米国の中等教育における生徒指導の現状

中京女子大学名誉教授 加藤 十八

 

1.はじめに

 米国の教育の現状、特に米国の中等教育における学習指導や生徒指導の実際について、最近の動向を紹介したい。

 米国の中等教育、すなわち中高生の生徒指導は、近年劇的に改善されている。現在の米国における生徒指導の最も大きな特徴は、「ゼロトレランス方式」(0-Tolerance)である。「ゼロトレランス」という言葉は、日本ではまだ耳慣れない言葉だと思う。toleranceとは、「寛容さ、寛大さ」という意味であるから、「ゼロトレランス」とは、「寛容さなしの指導」ということになる。例えば、校則に違反すれば、「退学」されることをはじめとして、校則どおりに直ちに措置されることを原則とする生徒指導である。

 私は、かつて1993年に日本比較教育学会で「米国におけるSchool Disciplineの研究―そのProcedureとAlternative Schoolについて−」というテーマの研究発表を行った。この「オールターナティブ・スクール」の設置と「ゼロトレランス方式」が、現在の米国の生徒指導における根幹をなしているといってよい。この両者の現実的効果が相俟って、現在の米国の学校は、健全で、規律正しい生徒指導が行われているといえる。

 ただ、米国の教育界がこのような成果を一朝一夕に挙げられたわけではなく、その間にはさまざまな試行錯誤の努力があったことも忘れてはならない。

2.生徒指導に関する学校の現状

 現在、米国では6・3・3制は殆ど採用されておらず、幼稚園から5年生まで(K−5)、そして日本の小学校6年から中学1、2年に相当するミドルスクール(中学校)、日本の中学校3年から高校3年生に相当するハイスクール(高校)の三つに分かれている。これは全米でほぼ統一された制度となっている。日本は一旦米国の制度を取り入れたらほとんど変更しないという傾向が強いが、米国は、その点ではかなり柔軟性があるといえる。

 99年3月に私は、ミシガン、ウェストバージニア、ウィスコンシン、アラバマ各州の小・中・高校16校を訪問・視察し、現場の校長、教頭先生と直接会い、現状について聞き取り調査をした。そのうちから、代表的な事例をいくつか紹介する。

 最初にミシガン州デトロイトの中心部(いわゆるダウンタウン)の学校を訪問した。ここは日本人の一人歩きが危険だといわれるところである。このような背景を念頭において学校を訪問したが、現実の学校の状況は、極めて規律正しく、明るい雰囲気であった。

(1)Golightly Educational Center
 この学校は幼稚園から中学校までを扱っており、ダウンタウンに位置しており、黒人(アフリカン・アメリカン)の学校である。一時期米国では人種差別をなくするために、強制的にバス移動するようにし、白人と黒人を統合するようにしたが、結局はうまくいかず現在では分離の傾向もある。ただ、田舎の地方では白人と黒人は一緒になっている。ダウンタウンに近づくにつれて、はっきりと分かれる傾向がある。黒人の優秀な人材を集め、彼らを育てるという「マグネットスクール」になっている。

 シェリー・トーマス(Sherry Thomas)校長に、生徒指導について聞いてみた。

 生徒指導の基本は、ゼロトレランス方式で、規則を守ることの重要性を強調していた。生徒綱領(student code)に違反した場合には、次の順で指導に当たるという。
@教師が指導する。
A保護者を召還する。
Bそれでも違反を繰り返す場合、1〜3日の停学。
C3日で直らない場合は、「生徒指導チーム」(RTC)で協議し、停学としたり、保護者を呼んだりする。「生徒指導チーム」とは、カウンセラー、心理学者、スピーチ療法者、ソーシャルワーカー、教師の5者が協力して取り組む制度である。

 生徒会長にも、あわせて状況を聞いてみたが、彼の回答は明快であった。
@秩序を守り、混乱を起こさない(Keep order, no confusion.)
A教師や父母を尊敬する(Respect teachers and parents.)
B 一生懸命勉強する(Hard tasks)

 これらが生徒規律綱領であり、生徒は当然守らねばならないとの答えであった。

(2)マルチン・ルーサー・キング高校(Martin Luther King High School)
 前述の学校と同じ地区にあり、性格も同様の高等学校である。その名が示す通り、キング牧師の偉大な栄誉をたたえた名前の学校で、黒人の優秀なリーダーを育てようという趣旨に立っている。

 この学校の生徒指導は非常に厳しく、朝の校門には金属探知機が設置されており、生徒はそこに整列して入っていく。校内には、安全係(security officer)2人が常時巡視している他、廊下では常時監視係の教師が交代で監視している。また、警察官も常駐している。生徒はIDカード(身分証明書)を携帯している。ここも黒人対象のマグネットスクールである。

 モーガン(Morgan)教頭に、現状を聞いた。ここでの非行事件は極めて少なく、モーガン教頭が14年間勤務した中で、事件処理のための書類を書いたのは2件だけだという。また、半期(20週)に5件ほどの違反が上がってくる程度である。厳しい処置としては、教師に接触(touch)したらすぐに退学ということもあり、時にはミシガン州から追放される場合もあるという。

(3)シーホーム高校(Seholm High School)
 この学校は、デトロイトの北方、バーミンガム学校区にあり、高級住宅地の一角である。そのため生徒の父母の学歴、社会的ステータスも高く、飛び級クラスが設置されている。飛び級クラスは、10〜15%の生徒が該当する。

 校則違反などを繰り返し起こす生徒に対しては、放課後の居残り(detention)、土曜日の居残り(休日登校)が課せられる。ここでもゼロトレランス方式を採っており、教師と生徒との関係は友好的(informal)であり、上下関係的ではない。

(4)ウェスト・ブルームフィールド高校(West Bloomfield High School)
 この学校は、デトロイト西北部の中高級住宅地帯に位置している。

 ジョージ・フォルネロ(George V.Fornero)校長によると、生徒指導には次の二つのgolden ruleを設けて指導に当たっているという。
@よい行動・態度を取る(Behave well)
Aお互いに尊敬しあう(Respect each others)

 この学校は、「善行表彰プログラム」(Character Application Program)を実施している。つまり叱ることと褒めることを大切にするという考え方である。米国の学校ではどこへ行っても、スポーツや学業の成績が優秀な学生は、学内に掲示され、広報されている。日本でこのようなことをすると「差別」といわれる。例えば、月間数学最優秀生徒は掲示され、それ故に生徒は一生懸命勉強している。

 例えば、遅刻1回で45分間の居残り。この間他の生徒と引き離す。遅刻2回は、2回の居残り。3回は、土曜の居残り(休日登校)。また表彰、善行の場合は、全校放送などで知らせ、悪いことをした場合は公表する。このような遅刻の居残り措置は、安全係(security officer)7人が交代で指導している。

 また学校の規律は80年代から改善され、特に規則・処罰規定が明文化されて(written form)90年代以降目立ってよくなってきたという。70年代は、規則が不明確であったために生徒が反抗的になった。こうした経験から同校の教頭は、「規則を言葉にしなければならないことがわかった」と述懐していた。

 ここでは、オールターナティブ・スクールを取り入れている。

 生徒にはさまざまな生徒がいる。例えば、反抗的な生徒、不登校の生徒などは別途の道を用意して指導・教育するのがよい。問題行動生徒に対しては、管理職、カウンセラーから懲戒としてオールターナティブ・スクールに送る。各学期ごとに約10名程度を送っているという。

 例えば、生徒の喫煙が発見された場合、発見した教師がその生徒を教頭のところに連れてくると担当教頭が処罰する。またカウンセラーは、その生徒をケアーする立場で対応する。そして「生徒指導センター」(student service center)に送り、指導・措置する。SSCは生徒のあらゆる問題を解決指導するところとなっている。こうした指導に際して、学校ではいちいち職員会議は開かない。

 教師に反抗した場合は、直ちに10日間の停学となる。カウンセラーの指導を受ければ7日となる。

3.米国の生徒指導の特徴

 次に、米国の学校における生徒指導の特徴をいつくか挙げてみる。

(1)学校の雰囲気は自由で明るい
 米国の学校の雰囲気は、一般的に明るく健全で、生徒の顔が明るい。それと比べ、日本の生徒の顔は暗い印象がある。米国では大多数の健全な生徒が、よき学習環境を得られるように、学校内の秩序と安全に意を注ぐのが、生徒指導の目的となっている。

(2)規則主義
 「自由と民主主義」を守るためには、規則が最も重要である。学校に入学するとオリエンテーションがある。生徒と父母は「生徒便覧」(Student Handbook)を受け取る。その中に「生徒行動綱領」(Conduct Code)が記載されており、受領証にサインする。これがオリエンテーションであり、また学校との契約でもある。そこには、「この規則は、あなた達がよい生徒となるために大切な規則です。親とよく相談して守ってください。もし、違反すれば処罰が行われます」というような内容が記載されている。処罰の段階は、だいたい6段階で、中・高校生になるとさらに細かいものが渡される。そしてそのような校則の制限の中で、個々の生徒は自由に選択的に行動する。

(3)規則・処罰(discipline)を重視
 ゼロトレランス方式で大事なことは、規則違反をしたら直ちに処罰されるということである。それは理屈なしに罰するということでもある。そのために、普通「生徒指導綱領」には、責任(responsibility)、権利(right)、規律・処罰(discipline)が明記されている。

 特にクリントン大統領が「学校を規律正しくする」ということ(いわゆる「クリントン・コール」Clinton Call)を国民に呼びかけた。それを受けてカリフォルニア州などでは、制服規定を作り始めているという。

(4)指導・処罰には段階がある
@注意・話し合い
A学校の居残り(detention)
B停学(suspension)
Cオールターナティブ・スクール送り(Alternative School Program)
D 放校、退学など(expel)

(5)オールターナティブ・スクールの効果
 遅刻・(無断)欠席・不登校・怠け生徒、学力不振生徒、反抗生徒、非行・暴力生徒、麻薬・アルコール乱用生徒、妊娠・子持ち生徒などは、オールターナティブ・スクールに送られる。そのため、普通の学校(regular school)には、遅刻したり、教師を冒涜(profanity)したりする生徒はいない。したがって、ふつうの学校の生徒は、明るく、自由で、のびのびと勉学している。

(6)生徒指導の責任
 生徒指導の責任は、校長、教頭、カウンセラーなど管理職員にある。一般教師は、主として学習指導に専念する。生徒指導に関してふつうの教師は、一般的な規律指導の他に、問題生徒を発見して指導、確認し、カードに事実の記録を記入して管理職に提出する。普通、担当教頭が処罰を決定し、カウンセラーが指導助言する。

 ところが日本では、生徒の自殺事件が起こると、生徒指導の責任がまず担任教師に問われ、最終的には校長の責任が問われる。新聞などマスコミもそうだが、更に教育委員会や文部省までも「教師の指導力が悪い、もっとカウンセリング的手法を勉強しなさい」と言う。

 私も名古屋大学教育学部付属高校に16年いた経験から、その実情を知っている。教育学部で教育心理学などを学び、卒業した学生が高校教師になるが、それらの教師の専門性は、生徒指導にほとんど役に立たない。一般教科の教師や、体育の教師などの方がむしろ生徒指導に熱心で指導力があるとさえ言える。教育学部で学んだカウンセリング理論で、生徒指導に成果があったという例は、私の38年間の教員生活で寡聞にして聞いたことがない。

 文部省は「教師にカウンセリング・マインドがないから暴力生徒が出てくる。だから教師はもっとカウンセリングを勉強しなさい」という。私は物理の教師であるが、相当な教科学習の勉強をしなければ指導はうまくいかない。その準備のための時間を割かなければ、まともな学習指導はできない。若い教師はふつうカウンセリング研修に割く時間がないのが現状である。日本ではカウンセリングで生徒指導が解決出来るという、そのような建前論、見せ掛けの生徒指導論が横行している。

 一方、米国の生徒指導は管理職、専門の教頭が担当することになっている。生徒指導のシステムとして、問題行動の生徒をカウンセラーが注意して、教頭が処罰することになっている。一般の教師でも生徒に対して居残り程度の処罰ができるようになっているが、だいたいは生徒の問題行動を発見したら、それをカードに記入して教頭に提出する。問題生徒は時間指定されて呼び出され、処罰を言い渡され、オールターナティブ・スクール送りなどになる。

 例えば、アトランタ近郊のロックデール郡のオールターナティブ・スクールでは、遅刻を3回すると2〜3日間ブースに入れられる。何故遅刻してきたのかは問われることもなく処置される。これがゼロトレランス方式の基本である。これによって生徒は、体で体験的に自分の過ちを悟るので2度と同じことは起こさない。もちろん、中には問題行動を繰り返す生徒もいるが、そのような生徒は少年院など他の施設に送られ、矯正される。

 アラバマ州では、1度入ると25〜40日入ることになるという。オレゴン州では、聞き分けのない生徒は真っ暗な牢屋のような部屋に3〜4時間入れられる。

 妊娠したり、出産した生徒のためには、特別なオールターナティブ・スクールに送られる。中には、学校内オールターナティブ・スクールというものもある。

(7)教育委員会の責任
 「生徒指導綱領」の詳細を、教育委員会が明示する。各学校は、これを基準にして、各学校の実情にあわせて補足し、各学校の校則を決める。併せて教育委員会は、生徒指導に関して、教育委員会、校長、教頭、カウンセラー、一般教員、父母などの職務と責任を明示する。

4.米国の生徒指導の前轍に学ぶ

 1970年代に「非管理教育」が米国で導入され、学校教育が混乱した時期があった。米国において失敗した「フリースクール」、「オープンスクール」などを日本の一部の学者たちは日本に導入しようとしている。文部省もそのような教育理念を導して、日本の教育がおかしくなった。

 そうした失敗をした米国では、現在では「ゼロトレランス方式」を基本として生徒指導に当たり、その結果、米国の正規の学校では、一般に規律正しく、明るく、自由で、のびのびとした雰囲気となった。日本の学校のように、大多数の善良な生徒の中に問題生徒を混在させたままにして、教師の指導が効かないような状態ではないのである。

 最後に、生徒指導についての日米の違いについてまとめてみよう(表参照)。

 生徒指導の理念としては、米国は「学校の安全・秩序の維持」というように目的が明確になっている。日本は「個性の尊重・育成」と具体性に乏しい。同じ「自由」という言葉を使っても、日米ではそれぞれ概念が違っている。米国では、ある制限の中で自由が選択できるものとして、責任性が強調されている。日本では「リベラル、自主性」に力点が置かれている。そのため、教師が生徒を管理してはいけないという考えに行きつくことになる。教師の指導に従わない生徒に果たしてカウンセリングが有効かどうか疑問に思う。私の38年間の教員生活の経験からして、また校長として多くの教員を県等のカウンセリング講習会に派遣したが、効果がどれほどあったかとの思いにかられる。

 米国には、安全、規律・処罰、薬物のない学校などの「国家教育目標」がある。元来、米国では教育は国家が管理しない制度であったが、ブッシュ大統領によって1990年から国家が関与するようになった。そして生徒指導綱領によって規則を明確化し、教育委員会、校長、教頭、一般教師、父母の責任を明記しているのである。ところが、日本では何か学校で事件がおこると担任教師や校長の責任にされてしまう。文部省は知らぬ存ぜぬの態度をとる。マスコミには「カウンセリング予算として十数億円出している」などと、文部省の指導責任を認めようとしない。こうした姿勢は直していかなければならない。

 戦後日本は、米国の進歩主義教育理念を取り入れ、現在でもそれを後生大事と守り続けている。ところが、米国では既にその理念を変革し、生徒指導をうまく機能させている。私自身、73年から数年おきに米国の学校を200校以上見てきたが、米国の学校は90年以降顕著に立ち直ってきた。日本も、米国のそうした姿勢に学び、いつまでも古い方法論に固執するのではなく、よりよい理念を主体的に選びながら、改革を進めて行く必要がある。
(1999年12月11日発表)