北朝鮮の動向と朝鮮半島情勢の行方

山梨学院大学教授 宮塚 利雄

 

1.人とものの流れから見た日朝関係

 北朝鮮に関する私の研究は、人とものの流れから見た日本と北朝鮮関係という視点からの分析である。91年に2度北朝鮮に行き、その後は中国と北朝鮮の国境(約1400km)から観察している。また北朝鮮のさまざまな「もの」を集めながら、そうした「もの」を通して北朝鮮の現実を探ろうとしている。

(1)拉致事件の背景
 まず、人の流れでいえば、拉致問題がある。9月17日の小泉訪朝を基点として、日本と北朝鮮の立場がそれまでとは逆転したのではないかと思う。それまで北朝鮮は、実にしたたかな外交戦略で臨む国であった。例えば、ある外交担当者の話によれば、間違いなく8件11人の拉致の事実があるから認めよというと、彼らは「わが国には、拉致という言葉はない。故に、拉致された人はいない」と答える。しかし、実際には北朝鮮の辞書に「拉致」という言葉はきちっと掲載されている。彼らは「日本は高飛車に出れば退くだろう」と考えていた。北朝鮮に日本の国会議員がたびたび行って詰めてもだめなので、「行方不明者として調査してはどうか」と問い質したが、やはりだめだった。

 ところが02年9月に一国の首相が来るということで、あっさりと拉致の事実を認めた。ただ北朝鮮の誤算は、曽我ひとみさんを認めたために、第2、第3…の曽我さんがいるのではないかという疑念を生じさせてしまったことであった。その結果、日本人の多くが北朝鮮に対する不信感を増幅させることになった。その他、拉致被害者の死亡原因にも納得のいかない点が多いし、8人の拉致被害者のうち7人の死亡診断書が同じ病院から出されたという点も腑に落ちない。

 拉致の問題が、このように大きな問題になった背景には、実は93年、北朝鮮から韓国に亡命してきた安明進という人物がいる。その翌年の94年、私はその人物に直接会って話を聞いたが、そのときに既に横田めぐみさんらしき話が出ていた。しかし、そのころの日本では拉致問題は大きな話題にならなかった。その後、彼が97年に本を出したが、その中で横田めぐみらしき人物のことが出てくる。その内容には横田めぐみさんの両親も知らないようなことが含まれていたことから、両親はソウルに赴き安氏に会い、自分の娘に間違いないことを確信したという。そのことを通して、横田さんは「このまま(拉致被害者の各々が)一人一人でやっていたのでは埒があかない」として、拉致被害者の家族の会を作ることにした。このようにして拉致問題が、点から線となり、世の中の人々にも訴えるようになったのである。そうした努力が実を結んで、外務省をはじめ国が動くようになった。その意味では、安氏の証言が一連のきっかけとなったといってよいだろう。

 彼の証言の中で、衝撃的な事実がある。それは彼らスパイが北朝鮮国内で訓練を受けて、最初に行くところが日本だということである。日本の警察は、彼らが抵抗せず黙秘を使えば、そのまま北京経由で北朝鮮に送り帰すので、現地に戻れば彼らは英雄になれるという。日本人は外からの危機に対する意識が薄く、危機管理の面で非常に手薄である。例えば、日本では釣具店などで、日の出・日の入り、満潮・干潮などの時刻が正確に書かれた本が売られているが、そのような本は(スパイが)日本に潜入するのに非常に役に立つと言う。

(2)日朝貿易にみる物の交流
 日本にとって北朝鮮は悪いイメージが多い中で、日本に「益」になっていることもある。日本に輸入される全アサリの中で、約3分の2が北朝鮮産となっている。日本ではマツタケは「北朝鮮産」として有名だが、このアサリはまずそう言わない。どのようなしくみになっているのか。まず北朝鮮からアサリを買ってくる。それを例えば、九州の有明海にばら撒き、1週間から10日ほどおくと「有明海産アサリ」となり、値段も高くなって売れるという。また、潮干狩りシーズンには千葉の沿岸にまかれるという。

 シジミについて言うと、シジミ生産の多い宍道湖で近年その生産量が減っており、北朝鮮産シジミの輸入が増えている。その宍道湖の近くには、境港市という水揚げ高の多い港がある。境港市は日本で唯一北朝鮮の元山市と友好都市関係を結んでいる。それは日本海における水産業を営む上では、北朝鮮との関係が不可欠だと言う背景があるためである。

 2001年の日本への輸出実績で言えば、北朝鮮が輸出したマツタケは210トンで4億2600万円強である。アサリは4万7000トン超の61億円を超える。シジミも3500トンで4億1600万円と、前年比で1.5倍にも増えている。いずれにしても、アサリとシジミは今後も北朝鮮からの輸入量が増えると予想されている。

 ところで、そうした貝類を入れる箱の中に覚醒剤が混入されて密輸されているという問題が指摘されている。覚醒剤は、北朝鮮にとっては貴重な外貨獲得の手段となっている。また同じ覚醒剤でも、北朝鮮産と中国産とでは違いがある。一般に覚醒剤は、麻黄(まおう)というものからエフェドリンを抽出するのだが、北朝鮮産の覚醒剤は化学薬品で抽出しているために成分が違う。醤油に例えれば、中国産が「濃口」(純度が高い)で北朝鮮産が「薄口」となる。

 マツタケは、北朝鮮にとっては全く元手の要らない農産物である。北朝鮮ではマツタケのシーズンになると、軍人をマツタケの採れる山に配置して収穫を行っている。それだけ国の重要な輸出品目である。

 また北朝鮮の縫製技術の水準は高く、外貨獲得に多大な貢献をしている。例えば、衣類では、男子用のオーバーコート、アノラック、スーツ、ブレザー、ズボン、また女性用スーツ、ジャケット、スカート、トラックスーツ、スキースーツなどがある。それらの多くは、ミシンや針、布などが日本から輸出され、北朝鮮の工場で縫製されて再び日本に戻ってくる。これらは日朝貿易の中では3分の1くらいを占める重要な品目である。このような衣類は、量販店のみならず大手スーパーなどでも売られている。現在では、質の面でもいいものが入ってきている。

 ところで、このような輸出入業務を担当しているのは、日本の商社ではなく、在日朝鮮人の商社である。70年代に、北朝鮮が日本からいろいろと輸入しながらもその代金を支払わなかったこと(未払い代金)があり、当時の額で800億円前後に達していた。そのような状況に対して、当時の運輸省が貿易保険(旧輸出保険)を用いて代金を弁済してしまった。つまり北朝鮮は、貿易面から言えば、禁治産者のような立場であるから、日本の商社は貿易相手としない。そこで在日朝鮮人の会社が取引を行っている。

 また数年前までは、稲藁が入っていた。これは日本競馬会のトレーニングセンター(茨城県稲敷郡美浦村、滋賀県栗太郡栗東町)で厩舎の敷き藁に使われるものであった。なぜか。それは北朝鮮の場合、土壌の栄養不足や肥料不足などの問題があって、稲の茎は長くなるのだが穂がなりにくく、農薬も少ないので、厩舎の敷き藁としては最適だという。また、牛の飼料としても使われている。

 ところが中国は、北のそうした様子を見ながら不思議に思った。稲作生産量が減っているのに、どうして稲藁の輸出が増えているのか。調べてみると、中国産の稲藁を中朝国境を経由して運び日本に再輸出してもうけているということから、中国側からクレームがつけられその後統計上からは姿を消したのである。

 日本からの輸出品としては、プラスチック製品(プラスチック製の栓、ふたなど)、ゴム類など民生用品があり、最近では日本における放置自転車がかなり行っている。その理由は何か。95年の大洪水以来北朝鮮のインフラはかなりズタズタ状態になっている。農村に行くのに車で行けないので自転車で行く。日本製自転車がいいのには、二つ理由がある。一つには、小型で軽量、前部に籠がついていること。もう一つは、自転車についている電灯の電球を家庭用に転用しているためと思われる。

2.北朝鮮の現状

(1)農業不振の根本原因
 北朝鮮が世界に誇れる技術には、サーカス、集団体操(マスゲーム)、覚醒剤、ピンポン球、そしてミサイル製造技術などがある。このようなミサイルを開発する能力がありながらも、どうして一般民生用や農業開発に国家の予算を回さないのか。食糧問題が深刻なのにもかかわらず、農業生産に多くの投資を行わないのはなぜか。そこには北朝鮮の置かれた地政学的な立場からもたらされた、政治的選択がある。それは北朝鮮が、中ソの間にはさまれて存在する中で、その生存を賭けて生きていくための国の根幹として立てたのが、ミサイル、BC兵器・核兵器開発なのであった。

 北朝鮮ではここ数年毎年のように異常気象・自然災害が発生している。田植えの時期の旱魃、6〜7月の出穂期における豪雨、収穫における台風災害などが連続して米の生産が振るわないと言う。93年、日本・韓国が米の大凶作の年に北朝鮮は「わが国は大豊作であった」と報道したことがあったが、実際にはそうではなかった。

 農業が振るわない原因は、北朝鮮の農業それ自体に根本問題があると思う。かつて金正日が農業大臣を更迭したことがあったが、その理由として「わが国のタネ(種)の問題で失敗したためだ」と説明した。また以前、社民党系のあるNGO団体が北朝鮮から農業代表団を日本に呼んだことがあった。そのとき私の質問に対して彼らは、「わが国の農業がうまく行かない原因の60%には、種の問題がある。その他、30%は土壌(肥料)の問題であり、10%が生産方式の問題だ」と答えた。

 北朝鮮では種の開発を永年怠ってきた。今から10年位前、北朝鮮の農業代表団が日本の優れた種を求めて青森県農業試験場藤坂支場(現・青森県十和田市相坂)にやってきたことがあった。青森では「フジサカ5号」をという改良品種を開発したことで冷害に強い稲作ができるようになった。ところが外務省の働きかけなどにより国交のない国には稲の品種をやってはいけないとして実現しなかった。

 その後、北朝鮮ではトウモロコシにとりかかったがうまくいかず、現在ではジャガイモに挑戦している(ジャガイモ大革命)。米国は、食糧援助はするが種モミなど種を作る技術は絶対に教えないという原則を固守している。

 次に、土壌の問題がある。北朝鮮では、もともと農民という階層は非常に少ない。北朝鮮は「階級支配」の国である。この国では生まれた子どもは、父母の職業=出身成分によって「核心階層」「動揺階層」「敵対階層」の3階層に分類され、更に曾祖父母の三世代前までさかのぼって調査された上で51の「成分」に区分けされる。その3階層の中で、敵対階層の人たちが優先的に農業や炭鉱労働に配置されてきた。したがって土、農業に対する愛情というものが彼ら(北朝鮮の農民)にはない。

 数年前からEM菌を利用したEM農法を導入して、食糧増産を図っている。在日朝鮮人などの資金を使って大規模な工場を北朝鮮に作っているが、それはEM菌を使って土壌を改良しようというものである。その前提としてEM菌は生ごみなどが不可欠であるにもかかわらず、ごみがないために失敗した。

 3つ目の農業生産方式についてであるが、もし中国と同様に請け負い農業を始めれば、北朝鮮の全体にまで大きな影響を及ぼしかねないために、それは実施できない。このような北朝鮮農業の失敗の根本原因は、やはり金日成の「主体農法」にいきつく。ある帰順者は「農業を知らない金日成の言う通りにやったことが間違いの根本であった」と皮肉った。

 このように農業不振の3つの原因全てがうまくいかない中で、北朝鮮農業は今後どうなるのか。最近、韓国のある学者は、「今のままではダメだ。今後は合弁で農業を進めるしかない」と言っている。また韓国・慶北大学の金順権教授が、北朝鮮各地に品種改良したトウモロコシを試験的に植えている。そしてその土地に合った品種を見つけて、韓国に持ち帰り、さらに改良を加えている。これが北朝鮮がいかにも自力で開発したかのように言っている「スーパー・トウモロコシ」の実態であるが、それが北朝鮮で栽培されるようになると、生産量が倍増するといわれている。

(2)経済改革とヤミ経済
 このような経済苦境の中、北朝鮮では2002年7月1日より経済改革を実施した。故金日成主席はかつて「朝鮮人民の理想的生活は、白いご飯を食べ、牛肉入りスープを飲み、絹製の着物を着て瓦葺の家に住むことだ」と言った。しかしそれは実現できなかった。その原因として、前述の農業上の問題の他に、農民の労働意欲がないことがあげられる。

 そこで7月からの改革では、今までは協同農場から国が1kg=80銭(0.8ウォン)で米を買い取り、1kg=8銭で売っていた。当時の一般労働者の平均給与が100〜150ウォンであった。このため農民たちは働いても働かなくても同じ給与であることから一生懸命働かなくなった。そしてヤミ市場で売れば高く売れるということから、国家に生産物が行かずヤミに流れるようになってしまった。その結果、国営商店は品物が不足し、反面ヤミ市場(農民市場またはチャン・マダン)では値段は高いが品物が溢れるという皮肉な現象となって現われた。

 そこでこうした矛盾を解消するために、一斉に物価を上げる措置を取った。その基準値として米の価格を上げ、1kg=8銭から44ウォンと一気に550倍にした。それとともに人民の給与も上げた。しかし中国の場合のように、物流の総量を増やしながら値段を上げればうまくいくものを、物量を増やさずに値段を上げたものだから、大混乱をきたした。つまりヤミに流れていたものが国営商店など国に戻ってくると国家は信じたのだが、実際にはそうならなかった。逆に、買占めと売り惜しみを増長させてしまった。

 それではそのような厳しい生活条件の中で、一般労働者はどうして高い品物を買うことが可能なのか。北から帰順者の話によると、北の人たちは意外にも一世帯が平均して280米ドルくらいのお金を持っているという。それは北の人々はこのような厳しい中で生きていくために、ヤミの商売に精を出しているからである。例えば、農民の場合は、自留地において一生懸命農産物を作りヤミ市場に高く売ってもうける。

 このように米の値段と給与を上げて、経済改革を進めようとしたがうまくいっていない現状である。

3.今後の展望

(1)内部革命の可能性
 よく言われる「北朝鮮内部からの革命説」の可能性についてだが、これはありえないと思う。ある学者は、北朝鮮内部にいろいろな反政府組織があるから革命の可能性はあると主張する。しかし私は、それはあくまでも点であって線には結びつかないと考えるので、その可能性は低いと思う。北朝鮮の場合、自分が考えていることを相手に伝えるのに通信・伝達手段がなく大衆の前で話すしか方法がない。更には移動手段がないこと、リーダーが立たないことなどの理由がある。この国は「もの言えば唇寒し」の国であるから、何か言えば即刻強制収容所行きとなってしまう。

 この国が一人の独裁者によって50年以上も統治してこられたのは、人間の理性と本能を統制したためである。前者は、主体思想のことである。すなわち金日成の言ったことが憲法でありすべてであり、それに逆らうものは反革命分子・反動分子として強制収容所に送られる。このように人間の理性を恐怖と暴力で抑えるという方法。もう一つは、人間はいくら理性的存在とはいっても食べて生きていくという本能の方がより欲望が強いので、それを食糧の配給制度によって統制した。核心階層(トマト階層:皮も中身も赤)には潤沢なものを与え、動揺階層(リンゴ階層:皮は赤だが、中身は白、人口の50%)、敵対階層(ブドウ階層:皮も中身も黒)などとは差別的に食糧を配給した。

 北朝鮮は、階級、階層別に配給方式が違っている。例えば、党の最高幹部には毎日さまざまな種類の食糧が与えられる(毎日供給対象)が、別な階層には「一週供給対象」、「二週供給対象」といったように差別化され、人民の大半は「一カ月供給対象」となっている。

 この二つの方法で統治することで、世界にもまれに見る独特な国家を築き上げてきた。しかし、ベルリンの壁の崩壊と食糧事情が95年ごろから決定的に悪化したことなどによって、最近ほころびが出始めてきた。

 例えば、かつては移動するたびに証明書がなければ汽車にも乗れなかった。それがいちいち証明書をもらっていたのでは買い物ができないということから、偽造証明書が出たり、賄賂でもって移動証明書が買えるようになってきた。また賄賂が横行することによって、社会的な道徳観念が崩壊してゆく。このように北朝鮮も内部から既に崩壊が始まっていることが分かる。

 北朝鮮における家庭崩壊も進んでいる。食事は家族一緒にするのが一般的であった。しかし女性も労働するようになると、代々伝わってきたいわゆる「お袋の味」というものがなくなる。食糧不足のために、一家離散となり家庭が崩壊する。富裕な階層はますます豊かになるが、貧しい家庭はますます悲惨な状態に陥っていく。その際たる結果が「脱北」である。

 私は永年中朝国境を観察しているが、92年ごろには「脱北者」ということはなかった。中朝国境をなしている二つの河川は、現地を知らない外国の者には「国際河川」というイメージがあるが、現地の人たちにとっては「川向こうの隣の村」という感覚なのである。食糧不足によって永年続いてきた食糧の配給制度が崩壊し、脱北者という現象となって現われたのである。

 その上、一般労働者の生活自体も崩れつつある。
平壌市に住む人で、水と電気の恩恵を潤沢に受けられるのは、余りいないと思う。例えば、平壌市内の高層アパートに住む人の場合、一般には上層部に住む方がいいと考えられるが、実際はそうではない。北朝鮮では電力不足状態が日常であるために電圧が不安定となり、水を屋上のタンクに汲み上げることが難しい。そのために慢性的な水不足となり、炊事、洗濯、洗面などに支障をきたすことになる。それで特権階層の人は、平屋かせいぜい2階建ての家に住むことになる。また食糧についていえば、主食の米のほかに、副食も不足している。

 今回の拉致被害者の方々を見て分かるように、皆歯が悪い。北朝鮮の歯ブラシ、歯磨き粉は、それを使うと歯を磨くというよりは歯を削るというような状態なのである。そこでそれを防ぐために、塩で磨いているという。

 このように理性と本能によって統治してきたこの国が、崩壊の危機に瀕しながらもかろうじて維持しているのは、金正日が軍部や一部の人を掌握しているからだと言える。もう一つ金正日を物的に支えているのが、日本にある在日朝鮮人の援助である。特に、朝銀を通して送られた資金が北朝鮮に渡ったが、その額たるや膨大なものであった。

(2)食糧援助の課題
 そのようなことをいっても、人道的観点から北朝鮮に対する食糧援助については、私は肯定論を持っている。ただ日本から援助された米は、残念ながら必要な人々には行き届いていない現状がある。以前、外務省の役人と国会議員が北朝鮮に行って援助した食糧が人々の手に届いたのを見届けたと言ったことがあった。北朝鮮において外国人が行けるところは限られており、車で行けるところだけである。しかし実際に餓えている人がいるのはそのようなところではない。

 また外国からの援助物資を移動することの出来るのは、軍か政府関係の車輌だけであるために、援助された食糧は一旦軍の倉庫に収められる。そうなるとまず軍関係に配分されることにならざるを得ない。日本のあるNGO団体が、バナナと卵を北朝鮮に援助し、託児所などに届けたことがあった。この行為は立派なことであると評価する。北朝鮮の人口は2300万人の中で、バナナを食べたことのある人はおそらく100分の1程度であろうと思う。実際に現地の子どもたちなどにバナナや卵を届けて食べさせ記念写真をとって帰ってくるが、そのあとに何が起こるか。脱北者の話によれば、その後、地方の幹部達が子どもたちからバナナを取り上げて自分たちで食べてしまうのだと言う。もっと別なものの援助にするか、食糧生産の技術を教えることの方がより重要だと言うのである。

 食糧援助についていうと、賞味期限の切れたカップめんなどを送ろうとしても、企業の方で表向きはいろいろなことをいって簡単にはいかないことがある。米の援助をするにしても輸送の過程でそこから利益を得ようとする人もいて、なかなか理想どおりにはいかない現実である。

(3)周辺各国の対応
 現在の米国・ブッシュ政権は、前のクリントン政権とは違い強硬策を取っている。それではこの対立関係はいつまで続くのか。ある韓国のシンクタンクの予測によると、03年北朝鮮は史上最悪の食糧不足に陥るという。今までは外国からの食糧援助でもってなんとか食糧不足をしのいできた。その上、米国が重油の供給を停止した。そうした場合、北朝鮮に援助できる国は、日本と韓国しかないと思う。しかし日本は拉致問題が解決しない限り援助はしないといっているので、北朝鮮は一種の兵糧攻めにあることになりかねない。その意味で、この国の生殺与奪の権を握っているのは、韓国、中国、日本だと言える。特に、中国は北朝鮮と1400kmにわたって国境を接しており、ここを完全封鎖してしまえば、この国は完全にお手上げと言うことになる。

 そのような厳しい環境にありながらも北朝鮮がなかなか崩壊しない理由は、別に外貨を稼ぐ軍の組織(第二経済委員会)があるためである。これは、ミサイルの開発・製造から魚介類などの輸出までを担っており、ここに北朝鮮の電力などすべてのエネルギーが集約されて投入されている。これが民生用に転用されれば、北朝鮮経済ももっと好転するであろうが、そうしないのは北朝鮮国家の悪の選択である。

 北朝鮮がもし崩壊した場合に、もっとも困るのは中国であり、韓国、日本である。もし韓国主導で統一を果たした場合に、中国は米国と日本を背後にひかえた韓国と直接国境を接することになる。中国はそれを望まないので、どうしても緩衝地帯として北朝鮮が必要になる。それはかつて東南アジアをめぐって英仏がタイという国を間において対峙したことの例からも分かる。しかしだからといって、中国にしても現体制の維持を望んでいるわけではない。

(4)日朝国交正常化交渉の行方
 私自身は日朝国交正常化は出来ると思っている。しかし、それは一政治家の個人プレーによってなされる次元のものではない。その一番いい例が、91年の金丸訪朝である。彼の行動はスタンドプレーであったのではないか。彼の約束した援助額は、戦前の部分(補償)ばかりではなくして、戦後の40数年間の補償もしなければならないとしたために(金丸試案)、本来ならば50億ドル程度の援助額が100〜120億ドルとなってしまった。

 それではどのようにして、国交正常化を進めるのか。一つには拉致問題の解決がある。しかし今の進行状況はますます悪い方向に進んでいるように見える。ただ北朝鮮の事情として、食糧不足が相当深刻なためにその解決のために拉致問題解決へと連結する可能性も否定できない。北朝鮮外交の特徴として、ごねていく手法があるので楽観するわけにはいかない。拉致被害者の家族が帰っても、それで解決されたわけではなく、これは拉致問題の真相解明の出発点となる。その意味で時間がかかる問題である。この拉致問題の解決なくしては、正常化はなされないこともまた事実である。

 また、朝鮮半島に2つの国家があり、それぞれが国連に加盟しているという現実を考えた場合に、日本が一方の国しか承認しないということもおかしなことである。残念ながら、スタートの時点で躓いている。

 国交正常化はなさねばならない問題だが、政府が納得しても国民が納得しなければなされない。一方、北朝鮮はそうした国民(世論)の声というのがない国である。最近、北朝鮮は再び日本批判を始めた。先日北朝鮮外務省の副局長の発言は、日本を侮辱した表現で語っていた。現実には、このように越えていくべき多くの課題、難問があるが、北朝鮮の生活経済が破綻の方に向かっていることだけは確かなことである。北朝鮮の今の体制がいつまで続くかは未知数であるが、今後10年が一つのヤマ場と考える。(2002年12月14日発表)