アジアの環境悪化と持続可能な開発の展望

タイ・メコン河環境・資源研究所長 トングロジ・オンチャン

 

1.序論

 現代における世界的危機は、冷戦終結以前のものより複雑である。というのはその社会的影響力の大きさと地政学的な関連が甚大だからである。これは9月11日の痛ましい出来事がもたらした不確定な余波において特に顕著である。スウェーデンのストックホルムにおいて国連人間環境会議が1972年に開催されて以来過去30年にわたって、環境の危機は地球レベルにおいて一つの主要課題となっている。実際、1980年代には貧困と持続可能な開発の問題について世界から強い関心を寄せられ、環境と開発は不可分の関係だと認識されるようになった。先進国と途上国の両者における長い論議の末、「われら共有の未来」と題した最終報告書(1983年にできた「環境と開発に関する世界委員会」が準備)は、「持続可能な開発」について「将来の世代が自らの欲求を充足する能力を損なうことなく、今日の世代の欲求を満たすような開発」と定義している。そのとき以来、この持続可能な開発についての概念は広範囲に認識され、国際的には、1992年ブラジル・リオデジャネイロでの国連環境開発会議(地球サミット)で採択された。環境と開発の両方の問題を取り扱い、また北(先進地域)と南(発展途上地域)の間に存在するものの見方の違いを強調するフォーラム開催に加えて、「アジェンダ21」が世界的に実行に移されるべき行動計画として採択された。これは今日、環境分野のみならず持続可能な開発のプログラムにおいても、最も意義深く影響力もある拘束力のない法的文書である。その地球サミットから10年後の2002年8月26日〜9月4日に、南アフリカ共和国・ヨハネスブルグで開かれた「環境開発サミット」(持続可能な開発に関する世界首脳会議)では、環境問題をことに重要視した持続可能な開発に関するもう一つの主要な国際的イベントとして時に刻まれた。

 環境保全と持続可能な開発の目標達成に向けた集約的・国際的努力にもかかわらず、地球環境は過去数十年間にわたって悪化し続けている。「アジェンダ21」の政策実施にあたっては、この過去10年間効力を十分に持つには至らなかった。環境開発サミットでは、特に途上国にとっては貧困除去が今日の世界が直面している最大の挑戦的課題であり、また持続可能な発展の必要前提条件であると強調した。環境開発サミットはまた、いくつかの緊急な環境・開発問題について、新しい目標設定とそのタイムテーブルを導き出した。世界的危機が新しい国際的秩序と方向性を求めているのは明らかであり、福祉と平和という目標を実現しようというのであれば、それらを効果的に追求しなければならない。

 この論文は、地球環境が悪化している現状とその影響を、アジアと太平洋地域に特に重点を置きながら振り返る。それを持続可能な開発の文脈の中で論議するが、著者の見解によれば、それが人類の将来を方向付けるのである。この論文はまた最後に、持続可能な開発の目的を達成するために必要な一定の政策の方向性と基準についても言及する。

2.世界の経済発展と環境悪化の現状

(1)経済発展の推移
 私たちの地球環境の状態は、変化する社会・経済的な事情と密接に関連している。世界は過去40年間にわたって、先例をみない社会的、経済的、政治的、技術的変化を経験した。また、グローバル化と貿易の自由化(今日の世界貿易機構の役割による)が国際的開発推進の基調を形成した。その結果、世界経済は急速に拡大し、この間5倍以上の規模に発展した。世界平均で国民一人当たりの収入は1950年の2.6倍に増加した。事実、1980〜1990年にかけて世界経済は国内総生産(GDP)の実質レベルで毎年3.1%の成長、また1990〜1998年にかけてはこれが2.5%であった。これら二つの期間における年次経済成長率はそれぞれ1.4%、1.1%であった。この間特に途上国においては、寿命が延び、健康は増進、読み書きや教育のレベルが向上するなど、人類は感動的ともいえる発展を享受した。

 ところが世界的な所得再分配については、地域間、国家間、また国家内部においてもかなり不平等であった。例えば地球規模でみた場合、世界の所得再分配はかなり不平等で、事態はさらに深刻化していることが一般に知られている。中国は約12億の人口(1993年)をかかえる大国だが、世界の所得においてはわずか2.4%を占めるに過ぎない。一方、8億人をわずかに上回るOECD諸国が、世界の所得の約78%を占めるに至っている。事実、富めるものと貧しいものの所得格差は1960〜1997年にかけて大いに拡大し、1960年に上位20%が世界の全所得の70%を占めていたものが、1997年にはその割合が86%に増加した(世界銀行による)。富めるものが益々富み、貧しいものが益々貧しくなる傾向は明らかである。

 この実情は一般に国家レベルでも類似しており、特に途上国、なかでもアジア・太平洋地域では顕著である。例えばタイでも、1960〜1990年代半ばにかけて(1997年危機以前)経済が長期にわたって7%を超える急速度の成長を享受した一方、所得再分配はその不平等さを増したのである。また世界の他の地域でも証明されたように、タイの環境状態も相当に悪化し、特に高度成長時に顕著であった。

 21世紀においてこの挑戦的課題は、人間の生活維持それ自体に必要なものが欠乏するという執拗かつ深刻な問題を、地球規模でもって人類に投げかけている。今後貧困の解消策は世界的な注意を引くだろう。世界人口の五分の一は(約12億人)未だ日収1ドル以下の赤貧に生きているからであり、世界人口(60億人以上)のほぼ半数は日収2ドルの中で食べて生きているからである。それら極度の貧困にあえぐ者のうち四分の三は人里離れた地域に住んでおり、しかも大多数は女性である。さらに、その12億人の貧民のうち約9億人はアジア・太平洋地域に集中している。

 予期せぬアジア通貨危機が1997年におこったものの、これから将来に向けて世界経済は成長し続けることが期待される。一方、取得再分配の不平等とともに貧困も増加するだろう。この点において、アジア・太平洋地域のケースは特に重要である。30億人すなわち世界人口の58%を抱える同地域は、世界の陸地の30%、穀倉地帯の39%を占め、豊かな天然資源に恵まれる。人口密度も一平方キロメートルあたり93人と世界最高で、世界全体がわずか24人であるのと比較される。東アジアおよび東南アジアの中進工業国においては、都市化の割合も著しく高い。人口1000万人超える13の巨大都市のうち9つがアジア地域にある。この地域の過去30年間にわたる経済成長はことに印象的であった。

 ところでこの地域では地域間格差が非常に大きい。北東アジアと東アジア地域は継続的かつ急速な経済成長を遂げたものの、南アジアは遅れをとっている。国民一人当たりのGDP(1995年)で見ると、南アジアにおける506ドルから、北東および東アジアの794ドルと幅が見られる。さらに、世界の貧民のうち約四分の三がアジア、特に南アジアに生活している。このような社会・経済状況の急速な変化に伴い、深刻な環境悪化がもたらされた。

(2)劣化しつづける地球環境とその影響
 地球環境の現状は時とともに変化しつつ悪化の道をたどっている。その主な要因としては、人口増加、食物や住居に対する需要増、急激な工業化(すなわち経済成長)と都市化などがある。事実、社会はその発展のために天然資源を採取し、加工し、消費しなければならないので、世界経済は環境と切っても切れない関係にある。人口増加は環境を悪化させ、資源をかなり急速度に使用せしめる主要な要因として広く認識されている。この要因がさらに貧困の程度に拍車をかけている。

 人口増加と貧困、そして環境の間にある連関性は通常認識されている以上に複雑である。多くの要因によって環境変化がもたらされ、さらに貧困が引き起こされる。今日世界では、世界銀行のような国際開発機関を中心に貧困対策が講じられている。貧困が取り除かれない限り、環境保全や持続可能な発展は得られないと一般的に言われている。さらに、貧困の問題は難しく複雑な所得再分配の問題にも関係していて、これは国際、地域、国家のあらゆるレベルの問題となっている。

 1960年代初頭以来、アジアの農村経済は漸次工業化し都市化してきた。過去数十年にわたりこの地域は、目覚しく感動的ともいえる経済的実績によって、何百万人もの人々に所得や食品の安全性、健康管理や教育機会等の点で多くの改善がもたらされた。しかしながら、予期せぬアジア通貨危機が1997年7月にタイから始まり、それによって長期経済成長にブレーキがかかった。それ以来、多くのアジア諸国は経済的・財政的回復のために葛藤している。アジア地域はその急速な発展の初期段階から、主に政府政策の失敗、指導力の弱さ、腐敗によって環境悪化をこうむってきた。

 地球的レベルにおける主要な環境問題は、土地と森林、生物多様性、淡水資源、沿岸・海洋資源、大気、市街地、災害に関連した問題である。問題の種類と深刻さは地域によってまちまちである。例えば土壌問題について言えば、その汚染は世界のどの地域においても共通に見出されているが、砂漠化についてはアフリカとアジア、それに太平洋地域において顕著に見られる問題である。温室効果ガス排出(気候変動)の問題は、北米・欧州のみならずアジア・太平洋地域においても重要だが、特にアフリカで深刻である。さらにアジア・太平洋地域では、環境問題の重要度は相対的なものであり、国によって相当異なっている。

 多くの国々が森林減少と都市の大気汚染の問題を比較的高い優先事項として位置づけているのに対し、廃棄物処理はその重要度の位置づけが相対的に低い。また世界レベル、地域レベルの両方に共通して特別に重要視すべき主要問題がある。それは気候変動、土壌汚染と森林減少、生物多様性、淡水資源、都市化(大気汚染、廃棄物)、それに沿岸・海洋資源などの問題である。アジア地域の環境は、様々なレベルで上述の環境破壊に永年さらされており、これが同地域に住む人々の生活水準のみならず、経済的生き残りにも脅威となっている。

(3)気候変動
 気候変動の問題は、効果的に対処できなければ将来に甚大な結果をもたらしかねないことから、それが深刻で悪化していると認識され、真剣に取り組まれるようになった。2001年の「気候変動に関する政府間パネル」(IPCC)の報告によれば、結論として1990年代は「おそらく」最も温暖な十年間で、1998年は1861年以降最も暖かかった年であった。

 事実、産業革命が始まって以来、主要な温室効果ガスの一つである二酸化炭素濃度が30%以上増加した。これは主に人間自身が引き起こした化石燃料の燃焼による二酸化炭素の放出からきていて、「地球温暖化」としても知られる地球温室効果現象の増加に著しい影響を与えてきた。温室効果ガスは、主に先進国、特に北米と欧州がもたらしている。しかしながら最近では、次第にアジア・太平洋地域が二酸化炭素濃度を濃くする原因になっている。なぜならこの過去20年間に、人口一人あたりの商業用エネルギーが2〜3%という高い水準で増加してきたからである。また二酸化炭素に加えて、この地域なかでも南アジアではメタンガスの放出が多い。最近の研究によると、気候変動は地球環境に複雑な影響をもたらすかもしれないという。

 2100年までに、地球の平均気温は1.0℃から3.5℃の範囲内で、おそらく2.0℃上昇すると予測されている。これは過去一万年間で最も温暖化が進むことになる。平均海水面は15pから95pの範囲でおそらく50cm程度上昇し、このことによって低地のデルタ地域に住む何百万人の人たちが移動を余儀なくされるだろうし、多くの小島の国々は埋没する可能性すらある。さらに憂慮すべきことは、現在の国際的努力をもってしても、またたとえ「大気の温室効果ガス濃度を、長期にわたって安定化させることができたとしても、地球温暖化は数十年間継続し、海水面も何世紀にわたって上昇し続け、何百万人もの人々に甚大な結果をもたらすだろう」という事実である。

(4)土壌劣化
 この問題は長期にわたって大きな懸念であった。特に農業と食料生産が大多数の人々にとって重要である発展途上国では深刻であった。主に人口の急激な増加がもたらす食料需要増によって、土地資源への圧力が駆り立てられてきた。土壌劣化は少なくとも世界全体で20億haが侵され、結果として世界の農地の約三分の二で生産力のある土地が著しく減少した。土壌劣化はいくつかの要因によってもたらされるが、それらは森林減少、過放牧、木材燃料消費、農業政策の失敗、工業化と都市化などである。また耕作可能な全体の土地のうち、23%が生産性が減少する程度にまで侵されたと推定されている。

 さらに、半乾燥地域や乾燥した準湿潤地域の土壌劣化が砂漠化につながっていく。事実、約36億ha、すなわち世界の乾燥地の70%が劣化している。「砂漠化防止のための国際連合条約」は、砂漠化と旱魃を克服しようとしてきた。食料需要増加に対応して農業を拡大するためにより一層の土地が必要となっていくだけに、この闘いは難しい任務となるだろう。森林地、あるいはこれに加えて脆弱な半乾燥地域をさらに農業用に転換していくことは避けられない。

(5)森林減少と生物多様性
 耕作地を得るために森林を開墾したり焼き払ったり、また無秩序に木材を伐採したりすることで、広範囲にわたって森林が破壊されてきた。特にアジアと北中米においては顕著である。1990〜2000年の間、失われた森林は全世界の森林地域の2.43%にのぼった。事実、1990年代の世界の森林減少率は年間1,460万haと推定され、これは世界の森林を毎年正味4%失っていることに相当しており、これは主に途上国で起きている。

 このことが生物多様性にも影響を与えている。熱帯林が世界の地表を覆っている割合は10%未満だが、そこで世界の90%の生物種を生み出しているとも言われている。生物多様性は、食料や農業に遺伝子資源を供給している。さらに人間の健康と福祉もまた、天然資源から抽出される薬品・生薬に直接的に依存している。事実、世界人口の約75%は天然資源から直接導かれる伝統的薬品に頼っている。1997年に世界で最もよく売れた薬のうちの10点が天然資源から抽出されたものであることは、こうした依存性を示唆している。土地転換、気候変動、大気汚染、天然資源の過採取などによって引き起こされる生物種の減少・絶滅が、ここにきて主要な環境問題として浮上したのである。

 信頼すべき統計によると、11,000以上の生物種が現在生存の危機に瀕していると考えられ、800種以上は既に生息地を失い絶滅してしまった。人口減少への努力がなければ、加えて5,000種に絶滅の恐れがあるとされている。生息地や生態系を保護したり、また危機にさらされている野生の動・植物相を対象に国際取引を制限・禁止する方法等によって、実際、種を守るための多くの国際的政策が施行され、努力もなされてきた。ところで、生物多様性の危機に対する最も積極的な対応は、これまでのところ1993年12月に発効した「生物多様性条約」(CBD)であった(2001年12月までに182団体が署名)。

(6)淡水資源と公衆衛生
 水に対する需要は、主に人口増加、産業発展、灌漑農業の拡大によって著しく増加している。世界人口の約三分の一は、中程度あるいは高度に困難な水不足に苦しむ国に住んでいる。世界人口の40%を占める80カ国は1990年代半ばまでに深刻な水不足を被っていた。また2020年までに予測されることは、水の利用が40%増加し、その大部分は世界で天然に採取される淡水資源の70%を消費する食料生産に利用されること、特に食品安全のための重要な資源である水が比較的に不足するアジアと太平洋地域ではそうである。

 健康に対する大きな環境的脅威の一つが未処理水の利用である。事実、十億の人々が未だ安全な飲料水を十分に得られないということが分かっている。これらの人々の多くはアフリカとアジアに生活している。安全な水の供給と衛生が十分に得られない結果、水を原因とする疾病が何億も発生し、毎年500万人以上が亡くなっている。水の問題は量と質の両方に及んでいるが、特に水質に対する対応が遅れているのは残念である。

 今一つの重要な課題は、国境にまたがる水の奪い合いの問題である。というのは、水はいくつかの国や地域、民族や共同体にまたがって広く共有されているからである。水をめぐる紛争には長い歴史があり、時を経て水への需要が高まるにつれてこの問題は次第に深刻化しつつある。だからこそ国境をまたぐ環境ガバナンスに向けた国際的行動と協力が、効果的かつ緊急に求められている。この点に関して、メコン河の事例は特別に関心を惹くものである。

(7)都市化と大気汚染
 都市化は急速に拡大してきた。世界人口のうち都市部人口の割合は1972年に三分の一強であったのに対し、2007年までには半数を占めると言われている。途上国では都市化の割合が特に高く、1975年に27%であったものが、2000年には40%に上っている。この傾向は今後30年間続くと予測されている。

 この結果一千万人以上の人口を抱える巨大都市が数多く生み出され、そこでは貧困、社会的不平等、不衛生、水不足、汚染、犯罪などありとあらゆる種類の問題に直面している。過去40年間、巨大都市の数は著しく増え、特に途上国には世界十大都市のうち、メキシコ・シティ(1810万)、サン・パウロ(1780万)、ブエノス・アイレス(1260万)、リオ・デジャネイロ(1060万)など7つがある。これらの都市を住みよくしていくことは並大抵のことではない。急速な都市化と工業化は大気汚染を伴い、この問題は百年間を経て世界のほとんどの地域で深刻化してきている。

 大気汚染は主に化石燃料とバイオマスの燃焼によって引き起こされており、この燃焼がSO2, CO, NOx やVOC(揮発性有機化合物)それに重金属などの大気汚染物質を生み出すもとになっている。多くの先進工業国で大気汚染物質の排出が規制されるか、あるいは安定化しているのに対して、工業化が急速に拡大しているほとんどの途上国では継続して増加傾向にある。アジア・太平洋地域では、自動車数の急増、産業活動の活発化、たきぎや農業廃棄物のようなバイオマスの燃焼のために、最も人口の多い都市における大気汚染の程度がほぼ世界最高となっている。人体の健康を害するレベルという観点から測るにせよ、あるいは水質と土壌における高酸性度という観点にせよ、またあるいは他の基準によるにせよ、大気汚染の影響や損失は増大しつつある。

 国際環境計画による下記のような報告がある:
「屋内・屋外の大気汚染は、途上国における疾病という地球規模の重荷のほぼ5%をもたらす原因になっていると推定されている。農村地帯では屋内空調環境において高濃度のSPM(浮遊粒子状物質)にさらされる結果、年間約190万人が亡くなっている。一方、屋外でのSPMとSO2による致死は年間約50万人に達する。酸性降下物は土壌および水質の酸性化をもたらす原因の一つで、これが魚資源を減少させ、酸化に敏感な湖沼の多様性を失わせ、森林減少と土壌劣化をもたらしている。酸性雨は生態系に損傷を与え、落葉を誘発し、記念碑や史跡を侵食、農業生産性を低下させている。」

(8)沿岸および海洋資源
 生命力に満ちた海洋資源を開発したり、海洋生物の生息地を失っている事実は、今日海洋汚染として海洋の健全性を著しく脅かすと認識されている。多くの場合、海洋および沿岸の環境悪化は、陸上・海洋両者にまたがる天然資源の需要増や、海洋を廃棄物堆積に使うことへの需要増の圧迫によって引き起こされている。時を経て沿岸および海洋の環境悪化は継続してきたのみならず、その程度を強めてきたのである。

 そうすべき事情がますます逼迫するのは、人口増加と急速な都市化、観光が主な原因である。1994年時点で、世界人口の約37%は海岸から60q以内に住んでいると見積もられた。さらに、貧困とこうした人々の人間としての消費形態が問題を加速化させている。例えば、世界の約27%のサンゴ礁が、直接的な人間による危害と気候変動のために破壊されてきた。さらに32%のサンゴ礁が、今後30年以内に破壊されるかもしれないと予測されている。汚濁すなわち海洋汚染の最大の原因は沿岸における下水の垂れ流しで、これが過去30年間に著しく増加している。海洋天然資源の破壊と沿岸の水質汚濁は、公衆衛生に深刻な問題をもたらしている。

 アジア・太平洋地域では、漁場、マングローヴ、サンゴなどの沿岸資源の枯渇が特に深刻化している。これは多くの貧しい人たちが、ますます海洋資源に頼って生計を立てているからである。結果として、不衛生が何億もの水を原因とする疾病をもたらし、毎年500万人以上が死んでいる。例えば、漁獲と養殖はタイ、バングラディッシュ、インド、ベトナムを含むアジア・太平洋地域の多くの国々で広範囲に実施されているが、ここでは魚の乱獲と粗雑な養殖が共通に見うけられる。海老を養殖するためのマングローヴ伐採は近年における大きな問題の一つである。というのはアジアのマングローヴの60%以上がすでに養殖場に転換されてしまったと観測されているからである。事実、海老の輸出で世界をリードするタイでは、海老の養殖が沿岸および海洋資源に相当な損害をもたらしている。世界のサンゴの半分以上を抱える太平洋諸島の国々(PICs)では、広範囲にわたるサンゴが既に危機に瀕している(海洋環境の世界的かつ大規模な変化、地球温暖化、観光、人口増加、それに経済発展が原因である)。沿岸環境の悪化は、これがチェックされないままだと、世界的または地域的な持続可能な発展に影響を及ぼしかねない。

3.環境問題解決への取り組み

(1)政策の方向性
 世界的または地域的な環境管理に新しい取り組みが緊急に必要だということは明白である。過去数十年間にわたって国家、地域、世界レベルで実質的な努力が払われたにもかかわらず、環境の劣化と貧困は継続して持続可能な発展を脅かしている。人口増加や人口移動、経済発展、急速な工業化と都市化など、数々の社会・経済的変化がこうした環境的・社会的問題を深刻化することに手を貸している。こうした背景を考慮の上で必要なことは、現在の私たちの行為を再検証し、将来とるべき道を模索し、現存の枠組みを再構築し、明確な目標を打ち立て、数々の目標達成に導く行動計画を定めることである。

 国際的レベルでは、2002年のヨハネスブルグでの環境開発サミットにおいて、地球環境の悪化に取り組むにおいて意味のある進展を遂げようとするなら、より効果的な手段が必要であるという点に光が注がれた。数々の環境問題と取り組むにおいては、過去から学ぶことに加えて、その地域や国に固有な政策と(文化を含む)哲学を具体的に提示し、途上国でうまく開発また適用するのにふさわしい方法を具体化することが急務である。アジア・太平洋地域では、アジア経済の急速な成長に天然資源の枯渇と環境破壊が伴っている。大気・水質汚染、水不足、砂漠化、天然資源の枯渇は、ほぼ総ての形態の経済活動に悪い影響を及ぼし始めている。すなわち、洪水や地すべりなど土地が崩れることによって起こる災害を引き起こし、一般的にその地域の生活水準を低下させている。

 これらの問題と取り組むためには、数々の包括的な環境政策と規制を含むプログラムが必要である。過去数十年にわたり、環境の質向上のために様々な政策手段や技術が導入されてきた。多くの政策(例えば環境法)はほぼトップダウン方式であり、環境と天然資源の管理は政府の支配下に置かれていた。重要な変化は1980年代に起きた。特に広範囲なプロジェクトに適用されるEIA(環境アセスメント)を含む、環境関連法と条例に関してである。今日アジア・太平洋地域の多くの国々は数々の包括的環境保護法を制定しているが、その立法措置は技術標準、禁止、許認可、数値目標に集中している。

 しかしながら命令と管理による立法措置そのものには限界がある。例えば、適切な法令の起草、法制化、施行には時間が必要であり、規制が柔軟な対応を妨げたり、また実施に際して費用対効果がすぐれないこともありうる。加えて評価とその実施の問題は、特に急速な発展途上にある国々では事情がむしろ悪化しつつある。それは産業活動と都市化の膨張速度に(評価する側の)能力と人材が追いつけないためである。

 1980年代に活発に始まり浮上してきた重要なトレンドの一つが、環境問題を声高に叫ぶNGOと市民社会の影響力の増大である。環境ガバナンスは地域における大きな関心事であることから、ここ五年間に市民参加が次第に活発化してきた。事実、一般に認識されている環境ガバナンスの基準(原則)は、透明性と市民参加にある。今日のこのトレンドは、将来の効果的な環境管理に向けた新しい政策の方向性とその方法を示している。

 今日もう一つの将来有望な取り組み、または手段は、市場原理に基づく方法 (MBIs) を導入し応用することである。これは法律と条例、そしてその施行に完全に依存するところの、従来型の命令・管理によるアプローチ(CAC)に対して代案を提示するものである。言うまでもなく、効果的な法律の施行もまた、有効なMBIsの適応には必要である。

(2)持続可能な開発のための諸課題
 2002年9月初めにヨハネスブルグで開催された環境開発サミットが示した宣言で、国際的また地域的に関心の高まっている重要課題に言及しておくことは有益であろう。国際的レベルでの五つのテーマは、貧困削減、持続可能な生産・消費形態、再生可能エネルギー、水資源、沿岸・海洋資源と生物多様性、気候変動である。アジア・太平洋地域においては、七つの課題あるいは提案があり、これらは持続可能な開発のための体制づくり、貧困の削減、より清廉な生産活動と持続可能なエネルギー、土壌管理と生物多様性の保全、淡水資源の保全と管理とこれを利用する方法、沿岸・海洋資源と発展途上の島嶼国家の持続可能な発展、大気と気候変動に対する行動である。これらの提案は、国家戦略や地域的または小地域の主導で実行されていくだろう。

 繰り返して言わなければならないが、環境開発サミットの究極的な関心は、三つの主要な柱すなわち経済成長、社会発展、環境保全を含む持続可能な発展である。これら三側面の関連性については今日きちんと認識されている。いかなる政策や戦略を定式化したり実施したりするにせよ、これら三側面全体を均衡をとってとり入れなければならない。したがって環境問題だけに取り組んでいくのでは不充分である。それで最近多くの国々が環境分野での取り組みを見直し、より優れた統合的戦略政策へと転換しているのである。

 アジア・太平洋地域では、アジア太平洋環境開発フォーラム(APFED)が五つの主要課題を特定し、これらに優先的に注意を払うことを要望している。それは、淡水資源、再生可能エネルギー、貿易、資金、都市化である。貧困削減が、我々が持続可能な発展を追求する上での核心部分を占めるとはいえ、世界における生産・消費形態を根本的に転換させることが持続性を成し遂げる上で非常に重要である。さらに、適切な管理とそのための体制づくりが、個々の持続可能な発展という挑戦に取り組むに際して何よりも重要なことである。最後に、持続可能な発展を現実のものとするためには、具体的かつ明確にベンチマークされた行動を取らなければならない。世界に向けたメッセージ(2002)の中で、アジア太平洋環境開発フォーラムは先の五つの核心問題に対し取りうる行動について、また管理と体制づくりの問題について数々の提案をおこなっている。例えば、淡水資源については、包括的水資源政策とその効果的な実施メカニズムを国家・地方レベルで形成すると同時に、紛争回避のため淡水資源を共有する協力のメカニズムを促進することを勧めている。貿易問題については、貿易環境政策分析とその実施ができるような体制づくりと、また貿易が持続可能な開発のための手段として機能することを確実にすることを要望している。都市化問題については、当該地域が都市化に対処していくために総合的な取り組みをしていくよう提案している。

 アジア・太平洋地域の持続可能な発展という目標を遂げるために、環境の数々の複雑な問題に取り組むことは困難な任務であり、新しい政策の方向性や取り組みが必要だというのは明白である。このトピックについては広く議論を重ねてきたし、様々な国際的また地域的会議や活動を通じて数々の有益な成果を手に入れてきた。特に、環境開発サミット2002が提案した数々の指針や施策は、世界が実施に移すことになっている。実施計画が効果的に実行に移され、持続可能な発展が成し遂げられるかは、豊かな国と貧しい国両方の国々がいかに行政として責任をもって行動するかを含めて、非常に多くの要因に依存するであろう。

(3)問題解決に向けた政策転換
 世界各国がその持続可能な発展を追求する上で従うべき新しい指針と方向性を、環境開発サミット2002の実施計画が示しているが、そのより良い環境づくりのためのいくつかの政策転換を以下に簡潔に述べる。

@政府の役割
 環境行政における政府の役割は変わらなければならないし、環境破壊に対処するに当たりその実施方法の有効性を検証しなければならない。いずれにしても、政府には果たすべき重要な役割がある。政府がもつ三つの政策手段(法令による制限、市場原理に基づく刺激策、国民に対する説明責任)は、いずれもより適切な実施策が求められている。政府は責任をとらねばならないし、説明責任を果たさなければならない。しかしながら多くの場合、環境行政を効果的に推し進めるための体制と人的資源は非常に限られているのが現状である。

A利害関係者の参加
 有効な環境行政の追求において、市民社会、特にNGOの役割はだんだんと認識されてきた。数々の経験が示すところによれば、政府が利害関係者全体をその政策決定の過程に関わらせていく場合に、環境政策は深くかつ長く持続する結果を生み出している。このことは、“環境目標の実現に向けて、市民社会や企業を戦略的に相互協力させる、機会提供者かつ主催者”として機能するように政府の役割を転換する必要性を示している。市民グループは、自分たちの固有の仕事の他に、地元企業や産業が環境問題にどう取り組んでいるかを監視したり、あるいはまたNGO団体が人的・物的資源が環境問題解決に向けて有効活用されているかを監視する手助けをすることも可能であろう。

B体制づくり
 環境を管理するための体制の器は、各段階及び異なる利害関係者間において、一般に限界があるので、この重要な問題に一層の努力を注ぐ必要がある。体制づくりの問題は複雑な任務で、多くの資源、特に資金面、人的資源、情報を必要とする。情報技術が自由に手に入れられるという条件は、あらゆる形態の体制づくりに必要不可欠であると最近認識されてきた。国家レベルにおいて政策分析とその定式化に対する能力を強化することもまた、効率的環境マネジメントにとって非常に重要である。

C制度の改革
 多くの地方政府(地方自治体)は、より適切に環境問題に対処するために部署を改革するプログラムに着手している。多くの事例において見られる如く、環境行政サービスの提供及び環境の質的保全に対する権威と責任を委譲することが奨励されてきた。例えばタイでは1997年憲法によって、天然資源と環境の行政に、特に市民団体や地方政府などの努力によって広く市民参加ができる道が整えられた。こうした努力はまた、インドネシア、フィリピン、スリランカなど他のアジア各国でも進行中である。

D市場原理に基づく方法
 こうしたタイプの政策手段は地域レベルにおいて漸次導入されている。既に言及したように、MBIsはOECD諸国で明確に示されているような環境目標を達成するために用いることができる。アジア・太平洋地域では、様々なMBIsを実施または実験し、成功したりしなかったりしている。MBIsには様々な形態があり、税制、課徴金制度、デポジット制度(預かり金制度)、排出許可取引システム、契約履行保証などである。例えばタイでは、無鉛ガソリンの使用を奨励するのに、税の差別化制度を導入したがこれが有効に機能している。タイは長年をかけて無鉛ガソリンに移行してきたので、この種の税制はうまくいくことが分かってきた。したがって必要な刺激策を提供することで、MBIsによって費用対効果の高い無駄を省く政策を生み出すことができる。この政策手段は条件さえうまくそろえば、環境マネジメントに対して十分に機能しうる可能性を持つ。例えば、MBIsが有効に機能するためには、その前提条件として環境に関する法律や規制も効果的に施行させなければならない。

4.まとめ

 地球規模の危機は現実のものであり、効果的に対処する必要がある。持続可能な発展を追求する上での国際的努力は、近年強化されてきた。2002年ヨハネスブルグで開催された環境開発サミットはとても意義深いイベントであった。そこにおいて世界が関心をもつ主要なテーマと課題を確認すると同時に、持続可能な発展という目標を総ての国家が達成するために、より効果的な行動に向けての数々の指針と方向性の提示を含む実施計画を確認した。地球環境が時間とともに急速に劣化しており、特にアジア・太平洋地域では貧困も拡大し、多くの国民の生活水準も未だ極めて貧しいことが一般に知られている。この地域の主要な環境問題は、淡水資源、都市化と大気汚染、土壌汚染、生物多様性、沿岸・海洋資源である。これらの問題は引き続き深刻化していて、この問題がもたらす特に貧しい人たちの生活水準への影響は莫大なので、これを解決するためには効果的な手段を用いなければならない。このため国際的、地域的、国家的総てのレベルにおける努力が要求される。環境開発サミットが持続可能な方法による全体の生活水準向上に向け大いなる希望をもたらしはしたが、その成否は豊かな国と貧しい国の双方の政治的決断と両者の協力にかかっている。(2002年11月14〜18日、韓国・牙山市において開催された第28回ICWPにおいて発表された論文。尚、統計資料等は割愛した。)

■参考文献

アジア開発銀行、「アジア環境の展望」、2001年
アジア開発銀行、「アジア開発銀行の環境政策・研究報告書」、2002年
アジア太平洋環境開発フォーラム(APFED)、「世界へのメッセージ」、東京、2002年
ブレイク・ラトゥナー、『分水界の管理:資源比較と東南アジア大陸の暮らし』、WRI、2002年
国連環境計画、「地球環境の展望」、2002年
国連環境計画、「地球環境の展望」、2000年、2001年
国連環境計画、「地球環境の展望」、1997年
世界銀行、「世界開発報告」、ワシントンDC、2003年
世界銀行、「環境戦略」、ワシントンDC、2003年
環境開発サミット、「実施計画」、ヨハネスブルグ、2002年