国連の誤った社会政策

米国・ヘリテージ財団上級特別研究員 パトリック・フェイガン

 

1.はじめに

 最初に、私の話は国連を称賛するような内容ではないことを予めお断りしておきたい。しかし、例えばある医者が患者が癌であると診断し、体にメスを入れて手術をするからといって、その医者が患者や患者の体を憎んでいるわけではない。反対に、それは医者の患者に対する関心と愛の表れである。

 したがって、もしここで私が行う「診断と処方」が現在の国連に対して否定的なものであったとしても、それは私が「反国連」であるということを意味しない。それはむしろ、全く逆である。国連は偉大な機構となる潜在力を持っている。しかし、現在のところ、社会問題の分野においては、国連は破滅への道を歩んでいる。私には詳細な批判をすべて行う時間がないので、重要な項目だけを列挙したい。

2.家庭崩壊

 まず、男性と女性の性行為によって子供が生まれるという、非常に単純でありながらも深遠で力強い事実から始めてみたい。どの国もこの問題を正しく扱わない限り、深刻な打撃を受けて悲惨な状態に陥る。子供は、安定した結婚の上に築かれた欠損のない家庭でよく育まれるのであり、それを必要としている。父親と母親が一つとなってそばにいるとき、子供はよく育つ。家庭崩壊が進行すればするほど、私たちはこうした家族や子供たちをすべて愛していかなければならないが、家庭が崩壊したときに、もっとも脆弱な立場に立つのが子供たちである。

 現在米国では、母親の胎内に宿された子のうち、結婚した父親・母親とともに18歳になることができるのは、100人中28人に過ぎない。3分の1は生まれることもなく中絶され、3分の1は婚外の子供として生まれる。生まれた子供100人のうち40人は、18歳になるまでに両親の離婚を経験する。

 このような統計はヨーロッパの状況と大きく違わない。膨大な社会学的データの蓄積により明白な結論が示されており、家庭崩壊が個々のデータに及ぼす影響については、もはや保守的な社会学者とリベラルな社会学者が論争するような段階ではない。政府が予算を投じるさまざまな社会問題、すなわち、貧困、犯罪、薬物依存、健康、教育、精神衛生などに対して、家庭崩壊が悪影響を与えることはあっても、よい影響を与えることは一つもない。

3.国連の社会政策の誤り

 さて、これから私はいわば癌を診断する医者として国連について述べるが、その体の健康な部分にはあまり関心を払わず、体を破壊しようとする悪性の癌にのみ注目したい。したがって私が否定的な点を強調するからといって、良い部分が多くあることを知らないわけではない。

 世界中のほとんどすべての国々が批准しているにもかかわらず、米国が批准していない国連の二つの主要な条約が、「児童の権利に関する条約」(1989年11月20日採択)と「女子に対するあらゆる形態の差別の撤廃に関する条約(女子差別撤廃条約)」(1979年12月18日採択)である。ここでも、これら二つの条約には良い部分はたくさんあるが、これらの条約によって推し進められていること、とりわけ国連人権委員会と解釈委員会が各国の状況に関して三年に一度報告しながら推し進めていることは受け入れ難い。これらの報告書の中で推し進められている社会政策は破壊的なものである。

 例えば、国連事務局は母親たちが家庭に留まって子供を育てるよりも、外に出て働くよう奨励している。そのような対立をあえて持ち込む必要はまったくない。ほとんどの女性は働きたがっているし、実際に働くだろう。しかし、わざわざ母親を子供から引き離す必要はない。子供が幼いときは、なおさらのことである。

 国連は一貫して幼い子供たちの母親を職場に引っ張り出そうとし、その代わり子供たちの世話をする他の機関を作るために莫大な資金を転用しようとしている。もし女性がそれを選択したいのであればそれで構わないが、それは決して健全な社会政策ではない。各種データは、子供たちが母親の世話を受けたときに最もよく育つことを示している。

 スウェーデンは恐らく男性が子育てをするに当たっては、環境、文化、社会的認知その他すべての条件において最高の国であるといえる。しかし、スウェーデンから来た人に聞けば分かるが、「それでも男性は子育てをしない」のである。圧倒的多数の男性が子育てをしていない。どういうわけか、小さな子供の世話は男性よりも女性のほうがうまいというのは、どの国においても常識のようである。

@非嫡出子について
 国連は非嫡出子を正常なものにしようと働きかけている。それは本質的に、あらゆる形態の家族に平等な法的地位と、平等な経済的支援を与えるためである。これについても多くの事例がある。

A子供の権利の拡大について
 子供に権利があるということに反対する人はいない。しかし、「児童の権利に関する条約」の危険性は、良き両親の権威を剥奪しようとするところにある。そして、その代わりに国家やNGOを含むその他の機関に権威を与えて家庭生活に介入させ、子供を両親に敵対するように仕向けている。

B性的規範について
 避妊の普遍化は国連のみならず、米国やヨーロッパの諸国によって推進されている。これはあらゆる国を滅亡へと導く政策である。今から百年後には、ヨーロッパの文化と人種は見られなくなるだろう。現在の出生率では、四世代から五世代のうちにヨーロッパの人口の97%が消滅する。その政策を逆転させない限り、事実上ヨーロッパは消滅するだろう。スペインやイタリアは特に深刻で、その次がギリシアである。他の国々はこの問題について強く認識している。ヨーロッパではないが、シンガポールなどは出生率がもたらす国際的、国内的影響を深刻に受け止めている。

C堕胎について
 国連は、堕胎をあらゆる地域のあらゆる状況における女性の普遍的な権利にしようとの働きかけを強化している。

D売春について
 国連のあらゆる文書をよくみると、売春も本質的には主流的思想、合法化の方向へと向かっている。実現には至っていなくても、そのような方向性に進んでいる国がある。このことは、すべての国が性にどのように取り組むかという問題であり、私たち一人一人が根本的な選択を迫られているのである。

Eジェンダーの再定義について
 ジェンダー理論は国連事務局の中で急速に広まっており、すでに地上部隊の配置を終えて、軍備を整え、発射準備を完了しているかのようである。国連は世界のあらゆる国に対して法律や教科書を書き換えるよう働きかけており、特にアフリカや南米の開発途上国に圧力をかけている。これは一国の社会事情と主権に対する侵害であり、何か全く別の目論見があるとみなければ理解できない。条約を常に再解釈し、その中にある文言を無限に拡大解釈するのが、現在の国連の戦略である。今後数十年にわたり、世界中の国々の文化的規範を変えるためにこのような拡大解釈が繰り返されることだろう。

 高度な教育を受け、理路整然と自説を述べている国連人権委員会事務局のある女性の言葉を引用する。「最も論争の多い問題は、性的権利に関するものです。私たちは、人間の尊厳性と自由という共通の価値観が、偏狭な勢力に対して勝利を収めるのを望むばかりです」。この言葉は、伝統的な勢力が女性の役割を制限しようとしているという意味である。

4.最後に

 いま何が起きつつあることの概観を述べることで、結論としたい。すべての個人は、性欲との闘いにおいて自由な選択権を有している。それは強力な力である。それは抑制されるべきものであり、もし抑制されず、正しく導かれなければ非常に破壊的な力となる。あらゆる個人、国家、世界、そして国連には、二つの選択肢がある。私たちが性欲を結婚と家庭の中に限定しようと熱心に努力するか、あるいは国連のように、性行為を結婚以外のあらゆる形態に普遍化しようとするか、である。

 国連は明らかに後者を奨励している。前者は家庭や宗教的信条と同盟関係を結ぶ傾向がある。後者にとって宗教的信条は大きな障害である。国連事務局の報告書を見れば、彼らが婚外の性行為を普遍化する上で、宗教的信条を障害物として批判していることは明らかである。

 国連と世界の国々は大きな選択を迫られている。国連は破壊的な方向に向かっている。世界の国々は、米国やヨーロッパの国々で起こっている危険な傾向をはっきりと認識し、それに追随するのではなく、正しい選択をすべきである。
(2002年1月23日、米国・ワシントンDCにおいて開催された「米国・国連関係の未来を探求する」をテーマとするIIFWP主催国際会議にて発表された発題内容をまとめた。)