21世紀を拓く地域学部のコンセプト
―「地域づくりと地域の未来づくり」の智の拠点に―

富山国際大学地域学部長  北野 孝一

 

1.地域学部創設の背景

(1)20世紀と21世紀の違い
 20世紀と21世紀はその様相を異にしている。20世紀は科学技術が急激な進歩を遂げ,特に物質的な豊かさを人類にもたらした。しかしそのようなプラスの面だけではなく,一方では公害問題を始めとする環境問題が深刻になり,21世紀につながった。そのような負の遺産を受けて,21世紀はそうした諸問題をどう解決していくかという課題を持ってスタートした。有限な資源を有効利用し,無駄をなくす努力が要請されており,そのような中でいかに人類の幸福・福祉をさらに増進させていくかが,今世紀の課題となっている。

 先進諸国では環境問題への取り組みなどが既に着手されているが,中国を含めた途上国においては,これから環境問題(交通渋滞,大気汚染,廃棄物など)が深刻さを増すことが予想されている。しかも環境をめぐる問題は,国境を超えた対応が必要であるので,一国だけの対応では本質的な解決を見ることが難しい状況にある。

 人口問題にしても,20世紀後半から急激に増大し始め,21世紀半ばには100億人に至ると予想され,エネルギー・資源・食糧などの不足が懸念されている。日本はこれから人口減少の時代に入るので関係ないと思っている人もいるかもしれないが,地球規模で考えてみると相互依存しているのでそのような発想でいるわけにはいかない。それ故これからは,グローバルな視点を持ち,ボランティアの力も借りながら,循環型・持続可能な社会の建設に向けて努力しなければならないと考えている。

 もう一つの視点は,IT(情報通信技術)の問題である。近年のITの発展に伴う社会の変化には顕著なものがあるが,その一方でその情報格差(デジタル・デバイド)が広がっている。現在の世界人口63億人の中で,ITを活用している人口は約1割の6億人に過ぎない。この変化は,「IT革命」とも呼ばれるように,その前後では権力構造の変化が見られる。

 米倉誠一郎氏(注1)によれば,IT革命というのは,新しい情報技術が既存の権力の経済基盤を崩壊させるばかりでなく,既存権力を「権力」たらしめている情報優位性を奪っていくことにより,経済力と情報優位によって成り立っていた既存の権威や権力が急速にパワーを失っていくプロセスである。その中で私は,このIT革命の本質について,中央集権型の政治プロセスを破壊し,分権化が進み,豊かな地方経済に根ざした日本が出現するプロセスであると理解している。ここで分権化と豊かな地方都市の構築なしにIT革命を進めても,それは本質的に希求すべきものとはならない。IT革命の恩恵を享受するには,政府・自治体・地域社会の理解・連携が強く求められている。

 地方自治体におけるIT活用の現状を見てみると,情報発信による自治体のイメージ向上やホームページの公開などの段階に留まっている。しかしこれからは,ITを市民と行政の新しい掛け橋と位置づけ,行政をより開かれたものにし,自治体のあり方を皆で考え,再構築する時を迎えている。すなわち,インターネットなどのITを活用して,市民と行政とが協働して政策決定プロセスを構築していくことが要請されている。そのためには,行政側も,ITをもとにしたコミュニケーションの場の提供だけではなく,行政サイドからの十分な情報提供・情報公開に対する積極的な姿勢が必要になっている。

(2)地域学部の理念と目標
 前述のような時代認識のもと,情報通信技術(IT),環境,経営を基本に据えながら,しかもそれらをバランスよく学んだ人間でないと対応が難しい時代になっていると私は考えている。そこで複雑に絡み合う地域の問題を,情報,環境,経営の視点から理解し,多様性と国際性を踏まえて地域で起きている問題を総合的に解決できる人材の育成を目指して,本学部が創られたのである。

 本学地域学部は,上述の三つの視点に合わせて3コース,すなわち「情報系コース」,「環境系コース」,「経営コース」に分かれている。しかしそれぞれ一つの分野だけをやっていたのでは,従来の学問方法と同じになってしまい地域学部の理念が活かされないので,どのコースにおいても3つの分野についてバランスよく学びながら,それぞれの分野についてより専門的に学ぶ仕組みを作った。

 そのコンセプトとしては,「自分の守備範囲から,横に縦に広げてものを考える(観る)」ことである。そうすれば,他の部門と貼り合わせたときに両方の面をカバーする仕事ができるし(「のりしろ」が組織の壁を壊す),今社会で最も必要かつ全体を貫く仕事の本質が見えてくる。そのためには,キーとなる「情報(IT)」,「環境」,「経営」をバランスよく学ぶ,つまり従来のように文・理という区分けをせずに融合的なアプローチが大切である。そして教育の目標を,「地域づくりと地域の未来づくり」に置いている。
以下,それらについて,もう少し詳しく説明しよう。

 まず「情報」というのは、地域づくりを支えるインフラに相当する。特に現代社会において情報(IT)は、現代版の読み書きそろばんであるので,それを避けて通ることはできない。それゆえ情報知識とそれを使いこなせる能力(実践的スキル)をつける。

 次に,「環境」は「環境の調和とやさしさ」を追求することである。ここで「環境と」と言わず「環境の」としているところに一つの意味がこめられている。前者の場合は,自分を中心とした環境調和を考えるが,これからは人間を取り巻く環境相互が互いに調和しなければいけない。つまり,個々の技術の環境調和だけではなく,技術と技術,あるいは技術(もの)と人間,施設と社会などさまざまなものが相互に,全体が有機的に調和しなければ,本当の意味の調和・やさしさは実現できない。さらには高齢社会,福祉などの問題も環境の中に含めて考えている。

 第三に,「経営」の視点で活性化と発展を考えることである。従来の行政は,「はこもの」づくりに象徴されるように,むだが多かった。これからは,行政においても「サービス」という経営の視点がなければやっていけない。

 その上で,多様性と国際性を踏まえ,地域で起きる諸問題を自分で考え解決するという応用問題対応能力に優れ,かつ21世紀の地域未来づくりを担う人材の育成を図る。ここでいう「地域」は,狭いローカルという意味ではなく,研究対象によってそれぞれ範囲を異にするリージョン(region)を指している。例えば,市街地の活性化問題であれば「地域」は当該市街地となり,黄砂や酸性雨の問題となれば「地域」は東アジア全体であり,温暖化や炭酸ガス排出削減問題となれば「地域」は地球全体を意味することになる。

2.地域学部の特徴

(1)多様性と国際性
 多様性には、文化,歴史,宗教,人種,民族,習慣などさまざまな内容が含まれるが,特に21世紀は多様性とともに国際性の視点を抜きにしては世界を正しく認識することが難しい。例えば,われわれの身近にさまざまな国の人が住むようになったし,一つの事件がおきるとそれが瞬く間に狭い地域を超えて世界へと波及する世の中となっている。それゆえ国の壁を超えて考え,行動することのできる人材がどうしても必要になってくる。

 そのような目的のために本学部では,平成15年度から北陸地区では初めての「国際ボランティア実務士」の資格(全国大学実務教育協会)の課程を設置した。これはNGO・NPOネットワークとやま(NNNT),青年海外協力隊富山県OB会,国際協力事業団(03年10月,独立行政法人国際協力機構になった)(JICA)北陸支部などの協力を得てつくられたもので,NGO/NPO論,国際ボランティア論,国際協力論,海外ボランティア実習/演習,ボランティアリーダーシップ論などのカリキュラムを設けている。

 「国際ボランティア実習」では,その実習は海外で実施するようにした。本学が中国の中国海洋大学と提携した背景には,こうしたカリキュラムの一環として環境問題への取り組みなどを彼らといっしょにやろうとの考えもあった。今年度は,SARSの影響で中国に行けなかったので,その代わり太平洋島国のサモア独立国(注2)に行って国際ボランティアの実習を行った(8月下旬〜9月上旬)。学生たちは,現場訪問とともに保健省では保健婦隊員の仕事を手伝ったり,現地の若者たちと一緒に環境の現状調査活動をした。その中で彼らは,青年海外協力隊との実際の体験が最も強く印象に残っていたようである。

 環境問題でいえば,現地の人は食事を作る際に出るごみは窓などからぽんぽんと捨てているというので(未だプラスチックなどの合成化学材料は使用していないとはいえ,これからゴミ問題が発生するであろうから),現地の人たちとともにそうした環境問題について共に考えていきたいと語っていた。特に,日本は環境・公害問題において,かつて取り組んだノウハウを持っているのでそれを活かさない手はない。また富山県は公害問題でも長い歴史を持っている。

 このような海外実習は,学生は自費で行くことになるが,それでもその投資額以上の価値ある内容だと思う。こうした試みは,教室だけの講義だけでは絶対に学生たちに与えられないインパクトがある。

 また国際ボランティア養成課程の講義の一つに「国際協力論」がある。ここでは実際に国際協力に携わってきた青年海外協力隊OB,JICA職員およびそのOBなどの協力を得て,彼らに国際協力活動のノウハウ,苦労話などを講義してもらっている。しかし話だけでは観念的になってしまいかねないので,国際協力活動に必要な実務・技術教育も実施し,例えばJICA職員によるプロジェクトマネージメントのトレーニングも行っている。

(2)現場重視の教育
 現実問題への対処として,学生に現場に行かせて自分の足で確かめさせることをモットーに教育をしている。

 その一環として本学では,インターンシップ(学外研修)制度(2単位)を平成13年度から導入した。これは大学と社会との連携を強化し,大学教育に風穴を開けるとともに,社会に大学教育成果を示し,大学生の若さと能力を社会にもたらすことを目的として実施している。学生たちは企業や機関に出向き,そこで自分の将来のキャリアに関連した就業体験を短期間の実習・研修として行っている。その際,事前研修としてまず目的・研修目標をはっきりさせた上で実習に臨み,事後にはレポート・報告書を作成し発表をすることにより,職業意識の啓発,学習意欲の向上,教育効果の実現,自主性・責任感を育成しようとしている。

 また地理の講義にしても,野外実習に行く,「海外ボランティア・リーダーシップ論」では,キャンプや岩登りをさせるなど体験重視の教育をしている。そうした体験的教育は学生にも大きな印象を与えている。そのほかにも,ベンチャー企業訪問,大きなショッピングセンターの訪問,ゴミ処理場見学など,カリキュラムに従って,現場見学を必ずするようにしている。

 ビジネス英語の講義にしても,今までは普通の英語教師にお願いしていたが,来年度からは総合商社の方で米国勤務の長かった方を講師に迎えてやってもらう予定にしている。それは単に英語の勉強だけではなく,ビジネスに関わる周辺の問題,文化などについても語ってもらいたいと考えている。

(3)地域との連携
 平成15年度には,地域学部の学部生が大山町教育委員会と協力して,小学生向けパソコン教室「PCクラブ」を実施した。これは大山町教育委員会が,学校週五日制の完全実施に伴い,子供たちが主体的に活動を選択しながら文化的活動に取り組めるように支援する子供元気支援センター事業「おおやま元気クラブ」を実施しているが,それに学生たちが協力する形で進めた。学生たちは,自らが子どもたちを指導する能動的立場に立つことで,大学の授業では得られない貴重な経験をしている。

 また毎年6名程度のコンピュータに詳しい学生を中心として「地域づくり支援グループ」を組織し,「学生のちょっといいはなし」のタイトルで,富山市の中心市街地の専門店を取材して,その店を紹介するホームページ作成支援活動を積極的に実施してきた。その後,これは鰍ワちづくりとやまに引き継がれ,中心商店街ホームページ「まちぶら」コンテンツ制作へと発展していった。このような活動が評価され,2003年6月には富山商工会議所から「Good Working賞」が授与された。

 富山市では03年7月から中心市街地で,清掃,商店・街観光案内,介助などの活動を行う「さわやか活動」に励む「アーバン・アデンダント事業」を始めたが,そこに本学の多数の学生も参加し協働して活動している。

(4)教育の品質保証
 2002年11月の「学校教育法」の改正により,国から認定された第三者評価機関の評価を受けることが全大学に義務づけられた。この第三者評価制度は2004年4月から実施され,大学については7年に一度,専門職大学院については5年に一度評価を受けることになる(注3)。もともと,1991年の大学設置基準の大綱化に併せ,大学の自己点検・評価が努力義務化され,さらに1999年には自己点検・評価の実施と結果の公表が義務化されるとともに,自己点検・評価の学外者による検証が義務化された流れから出てきたものだ。

 そうした流れの中で,私は国際的に通用する評価としてのISOを大学にも適用していこうと考えている(注4)。学校法人は「教育サービス」機関であるので,「ある付加価値をつけて学生を社会に出す」という教育サービスをすべきである。そして大学評価は,教育,社会活動,財務などトータルに評価する必要がある。その意味では,私はISO9000シリーズの品質管理システムによる評価を大学の評価にも取り入れることが有用ではないかと考えている。

 評価を実施していることを示すだけのための内部評価であっては意味がないと思う。内部での評価となると,書類上の評価だけを進めることになり,どうしても形式化してしまうおそれがある。評価を受けるということは,一度指摘された不備は二度と犯さないということでなければならない。最近大学病院で医療ミスが多発しているが,それはそのような安易な考えが蔓延しているためだと思う。

 さらに卒業生に対しても,卒業後の内外の要望に応えてそれに応じたカリキュラムを準備しようと考えている。卒業したときに学生を「品質保証」するだけではなく,その後も品質保証をしていくとの考えから,継続的教育ができるように大学としてもそのための環境を整えようと考えている。

 今までの同窓会は「親睦会」の意味であった。しかし,今後はITのネットワークをうまく利用しながら卒業後も活用できるようにし,本学を卒業してよかったといえるようなものにしていければと思っている。

 その一例として,地域学部の地域研究交流センターをベースに,生涯教育と地域学部卒業生としての知的水準の維持・向上のために,同窓会の組織ネットワークを活用してリカレントの場を提供しようとしている。企業,自治体,関係機関などで勤務していて新しい分野の研修,また専門性を深めたいなどの要望に応えて,教員陣は休日,平日の夜間などに卒業生に研修の場を積極的に提供すべく準備している。

 また学生本人や保護者から資格取得希望が強いことを考慮して,通常のカリキュラムにはない課外講習を夏休み,冬休み,春休みなどに実施している。例えば,情報系では,初級/上級システムアドミニストレータ,基本情報技術者など,環境系では,公害防止管理者,危険物取扱者など,経営系では,販売士,中小企業診断士などの受験のための講習を実施している。

 地域学部では,これまでの1学年200人の定員を来年度(平成16年度)から120人に削減する。そのかわり密度の高い授業を行っていこうと考えている。学生一人一人の個性とレベルに応じて,それをどれだけ伸ばしてやれるかを考える教育である。そして一つの秀でた能力があれば,それを思う存分伸ばしてやれる機会を与えてやりたいと思う。

3.最後に

 21世紀の日本社会を活力あるものにしていくためには,その主役が「産・官から民へ」と変っていかざるを得ないと考えている。その際重要な役割を果たす存在が,行政にも企業にも担えない新しい「公共社会」を主体的に形づくる第三セクターとしてのNPO・NGOである。(税金で非営利の公共活動を行う行政が第一セクター,企業のように営利目的で民間が行う活動が第二セクターである。)

 多様性,国際化の進展のもとで,豊かで生き生きと楽しく生きていける社会は,NPO・NGOがたくさんあり,家族それぞれが何らかのNPO・NGOにかかわって活動している社会ではないだろうか。そうした公共社会を支えるものはボランティア精神であり,それは自分のみ楽しく愉快に過ごすのではなく,多くの人に喜んでもらい,自分自身も喜びを享受して充実した毎日を送ることができるものである。人に喜びを与えられる者だけが,人から喜びをもらうことができるのではないだろうか。21世紀においてわれわれ,特に若者が取り組むべき課題は多いが,それらに積極的にチャレンジすることのできる人材の輩出に,これからの大学は教育・実践活動を通じて大いに貢献すべきであろう。

 そしてそのような一人一人が主体的に社会に参画していくためには,さまざまなバリアーを超えることのできるIT(情報通信技術),持続可能な社会にはどうしても必要な環境への理解,低成長しか期待できない中での経営的視点が必要になる。そのような目的をもって,地域学部が創られたのである。それ故,今後,地域社会においてなくてはならない,必要不可欠な存在としての大学(学部)となれるように,迅速かつ時代の要請に応えられる実践的教育活動を実行・継続していかねばならないと思っている。(2003年11月21日)

 

注1 米倉誠一郎,「中央集権を突き崩すIT革命」,日本経済新聞署名記事,2000年10月1日
注2 サモア独立国
 面積2,935ku,人口17.2万人(98年)で,住民の約90%がサモア人(ポリネシア民族)の立憲君主国家。宗教はキリスト教。1962年に独立,97年国名を西サモアから「サモア」に変更した。首都はアピア。 
注3 「大学設置基準」(最終改正,2002年3月28日文科令九)より
 第二条(自己評価等)
 大学は,その教育研究水準の向上を図り,当該大学の目的及び社会的使命を達成するため,当該大学における教育研究活動等の状況について自ら点検及び評価を行い,その結果を公表するものとする。
 2 前項の点検及び評価を行うに当たっては,同項の趣旨に即し適切な項目を設定するとともに,適当な体制を整えて行うものとする。
 3 大学は,第一項の点検及び評価の結果について,当該大学の職員以外の者による検証を行うよう努めなければならない。
 「学校教育法の一部を改正する法律の施行に伴う関係政令の整備に関する政令」(2003年3月26日,政令74)より
 学校教育施行令の一部改正(2004年4月1日より施行)
 第五章 認証評価
 第四十条 (学校教育)法第六十九条の三第二項(法第七十条の十において準用する場合を含む。)の政令で定める期間は七年以内,法第六十九条の三第三項の政令で定める期間は五年以内とする。
注4 ISO(International Organization for Standardization)国際標準化機構。
 工業分野の単位,用語,規格などの国際的な調整と標準化を促進するため,各国の標準化担当機関が集合して1947年に設立された非政府組織。本部ジュネーブ。148の国・地域が加盟している。日本は52年に加入。ISOが策定する国際規格は法的拘束力はないが,当該分野における事実上の国際標準として広く採用されている。1987年にはISO9000シリーズと呼ばれる品質管理システムを,また,96年にはISO14000シリーズとして環境管理・監査システムを発効させている。日本の大学では,近年大学またはキャンパス単位でISO14001認証を取得する動きが進んでおり,京都精華大学,玉川大学,四日市大学,信州大学工学部,熊本大学薬学部など30弱に及んでいる。(有斐閣『経済辞典』第3版より一部引用)