開発途上国とグッド・ガバナンス
―アフリカの事例―

国士舘大学元教授 岡田 昭男

 

1.はじめに

(1)序
先進国と開発途上国相互の問題が南北問題として論議されるようになってから,半世紀近く経過した。当初「途上国」の表現も,低開発国(under development country)と言い慣わされた。
 しかし,ネーミングの問題と言ってしまえばそれまでだが,やがて開発途上国(developing country,またはpays en voie de development)と表現され,また最近簡略化され,単に「途上国」と呼ばれることも屡々である。

 この途上国に対する援助や協力の問題に関して,それぞれ当該国の1人当たり国民所得の額等に従い貸付額が制限された。もし一人当たりの国民所得が1,000ドル以下,また数百ドル以下の場合,無償制度が適用され,有償の場合には低い利率が適用され(最低は,手数料のみの0.75%),1人当たり国民所得が高くなれば貸付金利は市中金利に近づく。また貸付期間についても,中・長期の場合制限がある。
 しかし,有償援助による場合,借り入れ国の返済が滞って累積債務となり,またその度合いが大きければ重債務貧困国(HIPC)となる場合がかなりある。こうした反面,対外債務をクリアーし,途上国を卒業して先進国の仲間入りするケース(韓国)もある。
(先進国の基準については,補足参照。)

<補足>
先進国の基準
先進国の基準として,いくつかの規則があるが,通常経済協力開発機構(Organization for Economic Co-operation and Development:略称OECD)に加盟申請して認められことが必要となる。2003年現在,加盟国は30カ国である。しかし有力な加盟国となるには,OECD内に設置される開発援助委員会:DAC(Development Assistance Committee)のメンバーとなることが必要である。
OECD加盟国(30カ国)
○日本,○ノルウェー,○スペイン
○米国,○スウェーデン,○ポルトガル
○カナダ,○デンマーク,○オーストラリア
 メキシコ,アイスランド,○ニュージーランド
○英国,○フィンランド,チェコ
○フランス,○アイルランド,ハンガリー
○ドイツ,○スイス,ポーランド
○イタリア,○オーストリア,韓国
○ベルギー,○ギリシア,スロバニア
○オランダ,トルコ,○ルクセンブルク
○印は,DACのメンバー国22カ国
(以上,参考資料は「2003年度版 世界の国一覧表」世界の動き社)

(2)ガバナンスの問題
 途上国が重債務貧困国からなかなか抜け出せないケースが多く,その原因が議論の対象となる。その場合,各々当該国の財政・経済の運用,法制,治安の維持運用の曖昧さが問題となり,かつ国際機関における議論の対象となり,近年この問題につき「ガバナンスの善し悪し」として表現されることが多くなった。

 当初,筆者はこの問題について最近調査した西アフリカ諸国経済共同体(ECOWAS)と中部アフリカ経済通貨同盟のケースから浮かび上がってきたガバナンスの問題をケース・スタディとして取り上げようと考えていたので,次に引き続き簡単に見ておきたいと思う。

 ところで,2003年6月のエビアン・サミット会議で,従来からも議論された問題の幅広い掘り起こしが当番国フランスにより行われるとともに,アフリカ連合首脳会議の代表者たちとの協議も可能となり,アフリカ側が掲げる「NEPAD(The New Partnership for Africa's Development)」が大きな論議を呼ぶことになった。但し,途上国側で十分審議し尽くしていない箇所もあるやに見受けられるところ,このNEPADにも関連して,ガバナンスの観点から検討してみたい。

2.西アフリカと中部アフリカに見るケース・スタディ

(1)西アフリカ諸国経済共同体(ECOWAS)に見るグッド・ガバナンスへの努力
ECOWASは,西アフリカの経済統合に向けてまず関税同盟を創設するために,加盟諸国の内部的都合はあっても,次の問題につき検討する。

イ)加盟各国において,域内関税を免除する場合,それぞれの国の得失につき検討する。
ロ)通貨圏の創設につきそれぞれ加盟国の対応につき検討する。
ハ)共通中央銀行創設のための共通規制の制定。
ニ)共通の為替安定機構創設の検討。

 従来,ガバナンスの論議が行われると途上国側の政治家は,「それは抽象的議論である。」とし,また「内政干渉である。」と批判的発言をし,かつ忌避する場合が見られた。

(2)中部アフリカ経済通貨同盟(CEMAC)に見るグッド・ガバナンスへの努力
 CEMACは,以前からあったUDEAC機構を改組したもので,この改組にあたってガバナンスに関連して加盟国が新たに加えることを容認し,かつ同意した主要部門の一つが「財政金融の補完制度」である。この制度は,中部アフリカ金融委員会(Commission Bancaire de l'Afrique Centrale:略称COBAC)と「多数国間監査制度(Systeme de surveillance multilaterale<マルチ・サーベイランス制度>)」の2つの機構から成る。

(A)COBAC
 COBACは,1990年に創設されたが,実際に活動を開始したのは1993年で,中部アフリカ経済通貨同盟(CEMAC)の金融業務と金融統制の効果を推進することを目的とし,特に金融業務監督体制の実施と域内銀行業務の確保にある。主要業務は次のとおりである。

イ)国別通貨当局(国別旧中央銀行)に属する許認可業務の監督。
ロ)市中銀行業務が関与する財政金融の調査と安定のための行政指導,第三者・株主の動産及び契約物件処理の監督等。
ハ)証拠物件処理の監督。
ニ)COBACは,国別の裁判機関が行う制裁に抵触することなく,指導の名目で行う裁判的機能を有する。このため,COBACは司法委員(Commission aux Comptes)を通じて戒告,懲戒,ある行為の禁止,またその他の銀行業務の停止または制限,さらに解雇等を宣言することができる。
ホ)COBACは加盟6カ国全域に亘り権限を有し,それは域内31銀行,17金融機関及び22支払事務所を所管する。
以上に見るように,COBACは加盟国に所属する主権を超えて指導する強制力を保持し,加盟国のみでは行うことが困難なガバナンスの実施をCOBACが行いうることを加盟国が容認したことに注目したい。

(B)CEMACの多数国間監査制度
 CEMACは域内経済統合の推進のため,その域内の政治経済と法律制度の漸進的調和のため,通貨協力を推進させる必要があった。
この目的に沿い,中部アフリカCEMAC加盟6カ国につき「多数国間監査制度(マルチ・サーベイランス制度)」を創設した。この機構はいずれCEMAC議会が創設された後に解消され,業務はCEMAC事務局に引き継ぐことに予定されているが,さしあたって収款委員会(Conseil de Convergence)と呼ばれマクロ政治経済の合議による多数国間監査制度で,この収款委員会はCEMAC加盟諸国に対し次の諸問題を深化促進することを使命とした。

イ)域内単一通貨の安定。
ロ)IMF,世銀による構造調整計画の遵守と実施。
ハ)住民の健全かつ持続的経済成長の推進,このための留意事項:
a)通貨の保証準備率は少なくとも公的・
在外資産の20%とする。
b)歳出をマイナスにしない。
c)国内及び国外における累積債務を生ぜしめない。
d)公的給与全体の増和は歳入増と同等かそれ以下であること。

 以上に見るCEMACの財政金融補完制度は,旧UDEAC体制では各加盟国の国内事項として考えられ,財政金融の諸問題に深く立ち入ることは内政干渉とも考えられていた。しかし,近年のグッド・ガバナンスの高まりから補完制度としてすべての加盟国が自らの国家主権を制限し合意により受諾したもので,国によってはその実施に際し相当の痛みと支障が伴うことが予想される。

3.グッド・ガバナンス

 ガバナンス(governance)の本来の意味は,統治,管理,改革等であるが,国際間で問題とされるグッド・ガバナンスは何を意味するであろうか。
世銀のペーパー(J.D.ウォルフェンソン世銀総裁)は,ガバナンスを優れたものと劣ったものにまず分類して,各々の特徴を次のように述べている(「変革のための連携」1998年9月年次総会スピーチ)。

<優れたガバナンス>
・1人当たりのGNPの伸びが見られる
・成人の識字率の向上が見られる
・乳幼児死亡率の低下が見られる
・貧困の緩和が見られる
・人材の育成(意欲ある公務員の養成が行われている)
・法律制度がしっかりしている
<劣ったガバナンス>
・責任と透明性の欠如
・汚職(腐敗の蔓延が顕著である)
・犯罪件数が多い
・教育,保健・衛生の充実の必要
・水資源充実の努力の必要

「金融危機」も「貧困」も原因は同じである。健全な財政や金融政策が打ち出されても良いガバナンスが行われなければ成功しない。 
重ねて補足説明すれば,優れたガバナンスのためには具体的に次の事項が挙げられる。
・汚職の解決
・人権,財産権,契約を保護する法律制度の必要
・安定した税制に枠組みを与える司法制度の必要
・透明な監督の行き届いた金融システムの必要

<参考>
 コーポレート・ガバナンス
・市場の規律を高める
・透明性の拡大
・投資家の信頼を強化する

4.「新国際開発体系」の勧め

 世銀によれば,さらにグッド・ガバナンスには包括的開発のフレーム・ワーク(新国際開発体系)が必要であると提言する。

(1)つまり国連を含む国際機関,各国政府,民間セクター,市民社会等あらゆるプレイヤーの協力による連携体制の必要性を指摘する。
(2)債務の束縛をカットし,前進のための資金を確保する。貧困の悪循環を解くことが必要。債務の削減は努力の入口であり,到達点ではない。
(3)機能的通貨制度の必要。
  ・公平で総合的・包括的ルールや慣行の必要。
  ・21世紀の開発ラウンドと位置づけられるべきであろう。
(4)環境に国境はないことの認識。
(5)保健(エイズ,マラリア,結核,ポリオ等の根絶)の必要。
(6)情報革命,知識格差の縮小,技術革新等の必要。

5.NEPADに見るグッド・ガバナンス

(1)序
 アフリカが経験した1973年をピークとする旱魃と飢餓,オイルショック,銅他レア・メタル等の国際価格の下落の三重苦の後,アフリカの経済危機は慢性化した。こうしたアフリカの危機を重視した国連は,アフリカ特別総会を開催し対策を検討したがアフリカの弱体化は止まず,他方世界経済のグローバル化はさらに進展し,アフリカ・ペシミズムの批判も高まった。こうした状況から,アフリカではアフリカ統一機構(OAU)からアフリカ連合に改組しようとする試みが,カダフィ大統領等の間で動きつつあったところ,南アのムベキ,ナイジェリアのオバサンジョ,アルジェリアのブーテフリカの3大統領の共同提案による「ミレニアム・アフリカ再生計画」と,セネガルのワデ大統領による「オメガ計画」を融合してNEPAD(New Partnership for Africa's Development)が出来上がり,第1回アフリカ連合首脳会議(2002年,ダーバン)に提出され,アフリカ加盟諸国全体がグッド・ガバナンスのため,遵守すべき重要事項として合意し採択された(内容の概要:紛争の予防と安全,汚職・腐敗の防止,人権・財産権の保護,合理的税制を与える司法制度,貧困からの脱出,アフリカ経済の活性化の推進等)。

(2)NEPADの考えるグッド・ガバナンス
 他方,かねてアフリカ側はこのNEPADの構想を温めていたところ,先進国側はアフリカの経済危機につき主要国の援助疲れもあるが,アフリカ支援のあり方を再検討していたので,2003年エビアン・サミットにおいて,特にG8諸国はジェノヴァ・サミット(2001年)に続くカナナスキス・サミット(2002年)のG8首脳会議においてアフリカ側首脳が提出していたNEPADに対し「アフリカ行動計画(AAP)」を採択した。その際,G8側は何よりもまずアフリカ諸国のグッド・ガバナンスに対する自助努力(オーナーシップ)の確認が得られてこそ,これに応えるG8諸国の支援(パートナーシップ)が可能となるとの合意が出来つつあった。

(3)エビアン・サミットの根回し
 しかるところ,2003年6月のエビアン・サミットに際して当番国のフランスの根回しもあり,アフリカ問題に関し主要アフリカ諸国首脳とG8の首脳との協議が行われ,G8アフリカ行動計画実施報告書が俎上に挙げられ,アフリカのグッド・ガバナンスの問題がG8とアフリカ諸国の主要首脳の双方において再三協議され,将来の展望が期待されることとなった。
フランス側は,NEPADについては,特に下記の2点に注目した。
@アフリカ諸国は紛争予防,民主主義,人権,信頼できる法制環境を認めたこと。
A主要G8がNEPADの以上のアプローチを受け,協力する行動計画をもって応えたこと。

6.G8アフリカ行動計画実施報告書のまとめ

 G8エビアン・サミット首脳本会議(6月1日〜3日)に先立ち,G8諸国と新興・途上諸国の各首脳の個人代表との間でカナナスキス・サミットと同様親密に自由に意見交換を行い,世界経済,開発,テロ,大量破壊,中近東和平,アフリカ問題等の情勢につき実りある論議が行われた。

 従来の本会議の「コミュニケ」に替わって「議長総括」が当番国のフランスの責任でまとめられ発出された。また,個人代表間でまとめられた各種行動計画もG8の承認を得て総計13本も発出されたところ,その中には02年(カナナスキス会議)提出されたG8アフリカ計画の進捗状況を記した「実施報告書」も含まれた。

 この実施報告書は,前述のとおりG8の個人代表により提出されたものであるが,G8及びNEPAD双方の過去1年の取り組みにつき再評価を行い,今後もG8等の諸国や国際機関を交えつつパートナーシップを続けていくことが確認された。

(1)G8のNEPADの評価
 G8側は,アフリカ側が提案したNEPADに応えて「アフリカ行動計画(AAP)」を採択した。即ち,このアフリカ行動計画はG8のパートナーが共同でまたは個別でNEPADを支援して,アフリカ諸国を如何に支援し強化するかを述べたものである。

(2)NEPADに見るアフリカ側の誓約
 NEPADの約束には,「良い統治及び法の支配」,「国民への投資,経済成長」に拍車をかけ「貧困を軽減」する政治的,財政的誓約が含まれており:

@G8パートナーはこの点につきピア・レビュー・プロセスの効果がG8の将来のパートナー決定の方法となる,と注目している。
ANEPADはアフリカ自身の発展と世界経済への完全な統合に責任を果たしうるかにつき,大胆かつ明確なアフリカ側の見通しを示していることを評価している。
B「NEPAD」と「アフリカ行動計画」は相互に関連付けられており,一方の前途は他方の見通しの改善につながる。

(3)G8が認める「NEPADに見られる最近のアフリカ諸国の行動」に対する評価
@アフリカ連合の設立(アフリカの民主主義,人権,平和,グッド・ガバナンスへの共同責任の基礎となっている)。
Aアンゴラ,エリトリア,シエラレオネ,コンゴ等の和平のプロセスの推進。
B2010年をめどに策定されたベルリンプロセス。
Cアフリカにおけるピア・レビュー・メカニズム(APRM)の採択。
D2003年5月31日,15のアフリカ諸国がAPRMに参加するための協定(MOU)に署名した。このAPRMの発効は,アフリカにおける統治の発展のため重要なできごとであった。

7.おわりに

 ガバナンスの問題を通してG8は,アフリカ諸国首脳が示したNEPADに応える積極的意向は「アフリカ行動計画」にその趣旨は示され,またその具体的な内容は,
「平和と安全の推進,制度とガバナンスの強化,経済成長,貿易,民間投資,債務救済プロセスの改善,教育制度の改善,情報通信技術の発達,保健・衛生と感染症対策,農業生産の向上,水管理」等多岐にわたった。
 またこの実施について,多年度に亘るケースについても国際機関別,各国別として各々が金額も含めてその状況が示された。
エビアン・サミットで問題となったケースは,2004年にロンドンでその経過が報国されることになっている。
先進国と途上国の相互関係は,今後更に具体的に改善され,向上することになろう。
(2004年2月6日受稿,3月1日受理)