緊密化する南北関係と日本の東アジア外交の課題

元NHK解説主幹  饗庭 孝典

1.新しい段階に入った南北関係

(1)南北を一体の存在としてみる目
 北東アジア地域における地域統合に向けた動きは,世界の他の地域と比べて「出遅れ」の感があるが,その試みは環日本海圏構想,東アジア経済圏構想などという形でかなり前からあった。それらが具体化されなかった要因としては,冷戦時代の遺産である地域内諸国の政治・経済・社会体制の違いをはじめ,経済の格差,更には日本の「歴史的過去」をめぐる域内諸国の感情的わだかまりなどが挙げられようが,何と言っても「朝鮮問題」の存在が決定的に大きかった。然しそれもここ10年ほどの間にかなりの変化がみられ,ポスト冷戦の図式としてのリージョナリズムが北東アジアでも機能する可能性が出てきた。

 変化の端的な現れが,朝鮮半島の南北関係である。長年,対北朝鮮との対決体制が続いた韓国で,反体制・民主化運動の土台の上に成立した金大中政権の「太陽(包容)政策」によって北朝鮮との新しい関係が始まり,現在の盧武鉉政権がそれを継承しつつ,新しい南北関係が本格的に動き出した。

 南北「合作」への進展を示す事例は各方面で顕著に見られる。政治面では,南北双方から金正日国防委員長の韓国「答礼」訪問をめぐる動きが伝えられ,また韓国の与野党合同による北朝鮮訪問が企画されている。それを機会に,南北の政府当局,企業,労働組合,市民・社会団体を含めた「南北経済社会発展協議会」を作る計画も進んでいる。軍事面では,軍事的緊張を緩和するための将官級会談の定期化をはじめ,西海における繁漁期の偶発的衝突の防止や,軍事停戦ラインでの誹謗中傷宣伝活動の中止など,具体的な措置がすでに取られている。

 経済面では,南北交易がここ数年着実に増え,98年に2.2億ドルだったのが01年には4.3億ドル,03年には7.2億ドルを記録した。開城に建設中の韓国企業の工業団地も今年末までにはモデル地区への入居が始まるようである。交易量の今後の増加に備え,南北双方が7港ずつ「開港」する計画も進んでいる。南北間の人の動きも増え,韓国からの訪北者は(金剛山観光の旅行者を除いても)98年の3,317人から01年には約8,700人,03年には約16,000人を数えた。

 韓国人の北への「親近感」を深める上で,金大中政権時代から多額の赤字に耐えながら続けてきた現代財閥による金剛山観光旅行の「功績」が大きいが,観光船による海上ルートに加え,非武装地帯を通る陸上ルートのバスツアーが日常化し,マイカー観光も始まった。金剛山ダムの水をソウル市民の飲料水にパイプ送水しようという話も取りざたされている。かつて全斗煥政権時代に北朝鮮が金剛山ダムを作った時,南への水攻めに使うためではないかと大騒ぎになったことを思うと隔世の感がある。

 南北間の「交渉関係」は70年代に始まるが,当時は互いに相手を国として認めず,自己の優位を示すことが主眼であった。社会主義陣営の崩壊で生存の危機に置かれた北朝鮮は,金日成時代の末期から対南関係を「生産的」なものにしようと現実的に取り組み,金正日時代になって金大中大統領を迎え入れての首脳会議が実現した。その後の動きを見ると,北朝鮮は韓国との交流を通しての支援引き出しが体制維持にとって不可欠との認識を益々はっきりと持っているようだ。

 これまでの南北関係の紆余曲折を考えると,今後,関係改善が一直線に進むとは言えないし,軍事的対峙へ逆戻りする危険もない訳ではないが,韓国の国内情勢や北朝鮮の置かれた状況を考えれば,そう簡単には後戻りできない段階まで入っていることは確かである。更に確かなことは,韓国の人達が北からの脅威を感じる度合いが急速に低くなっていることである。南北が分断・対立する朝鮮半島に慣れてきた日本も,半島全体を「一体化に向かう」存在(国)として見る目が必要である。

 南北が一体化した場合,すぐ隣に人口7,200万人,面積約22万平方キロ(日本の本州とほぼ同じ)の国が出現する。その国は当然,分断していたための遅れを取り戻そうと「燃え上がる」可能性を秘めている。南北の境を越えて自由往来が進めば経済は活性化し,停滞していた北朝鮮の人口も急速に増えるだろう。

 隣国が豊かになり,安定することは本来結構なことである。かつて中国が改革開放に踏み出した時,日本はODA供与などで新しい国造りに協力した。その結果,中国は世界の工場,世界の市場として発展し,いまや「中国脅威論」さえ乗り越えて,沈滞した日本経済を「救出」する役割を果たすまでになった。北朝鮮が豊かで安定した国になることも日本にとってよいことである。北朝鮮は日本とは補完的な産業構造なので,生産拠点としても市場としてもその発展を歓迎すべき相手である。ただ,このように経済的潜在力に富み,一体化することで「民族力」でも強化された隣国が,もしこれまで以上に日本に対して敵対的であり,「民族的に嫌日」では困る。日本としてはそうならないような,朝鮮半島に対する外交戦略を構築する必要がある。

(2)韓国の対北朝鮮観の変化
 独立後の韓国の歴史を振り返ると,国内の政治状況が難しくなる度に,反日,反米,反北の動きが繰り返し起こってきた。それが国内の政治不満を外に逸らすための,国民糾合の役割を果たしてきた。88年のソウル・オリンピックを契機に,そのような「求敵サイクル」を脱しなければいけないという意識,一種の自信が芽生えた。国民を一つにまとめるにしても,反日・反米・反北というネガティブな旗印ではなく,ポジティブな「連帯」の対象としての日本,米国,北朝鮮を考えるようになったといえる。

 その象徴的な表れが,金大中大統領が来日した際に「もう日本の過去は問わない」といった言葉であろう。これは「日本の歴史的過去を水に流す」という次元のことではなく,国民糾合の方向性をよりポジティブなものにする決意の表明であった。同じように,北朝鮮に対する政策もポジティブに捉えようとした。それが歴史的訪朝となって実現した。その後の南北関係は金大中大統領が期待したとおりには進まなかった(金正日国防委員長の方が戸惑っていた感じがある)が,その時に蒔いた種は確実に芽を出し,それが盧武鉉政権を生み出すエネルギーともなり,いまの「南北協調ムード」の高揚につながっている。

 それに加えて,若い世代の人たちには朝鮮戦争の記憶が薄く(ないに等しい),また豊かさを当然なことと感じている彼らは経済困難に苦しむ北の同胞を「かわいそうな人たち」という素朴な気持ちでみている。金大中大統領は,金正日国防委員長との首脳会議を実現するため1億ドルの裏金を提供した,として後に政治的追及を受けたが,同大統領は「豊かな兄が貧しい弟に会いに行くのに手ぶらでいく訳にはいかない。合法的にあの金を持って行きたかったが,その方法がなかったので止むを得なかった」と弁明した。国民大半の反応は,法的判断はともかく,情理としては受け入れたように思われる。

 現在の盧武鉉政権を担う人達が北朝鮮を見る目線もこれと同様で,ムード的には北への傾斜の度合いが一層増している。金大中大統領は,北朝鮮の「国家保安法を廃止せよ」という要求に対し,「それなら南の解放を唱える労働党規約も改めてほしい」と反論したが,現政権はもっと「寛容」である。韓国の民主化運動で犠牲になった人達を復権するために作られた大統領直属の「疑問死糾明委員会」は最近,かつて韓国で破壊活動をするため北朝鮮から送り込まれて捕まり,転向を拒否して獄中で死んだ「南派スパイ」も民主化運動の犠牲者と認定した。また同「委員会」は,ソウル・オリンピックを前に起きた大韓航空機爆破事件も政権が仕組んだ陰謀の疑いがあり,その犠牲者も「疑問死」審査の対象として取り上げる考えを示し,韓国各界に波紋を呼んでいるが,大統領は何も言わない。

 02年6月29日,西海(黄海)で起こった南北の艦艇による銃撃戦で韓国側は6人の兵士が死亡した。その犠牲者を追悼する顕彰式が今年も市民を含めて盛大に行われる予定だったが,直前になって縮小変更され,軍からは少将クラスが一人参加しただけだった。しかも少将が代読した盧大統領のメッセージは,犠牲者を悼む言葉の後,今年6月にイラクで武装勢力に殺された金鮮一氏にとんで,国際テロを非難する内容だったので,戦死者の遺族たちは「なぜ北朝鮮の行為を非難しないのか,そこまで北朝鮮に気を使うのか」と激しく反発したという。

 このような状況に対して保守系の人達は,韓国の政治理念・体制は一体どうなってしまうのかと声高に盧武鉉政権の対北朝鮮政策を批判する。朝鮮戦争の記憶がある人たちには「北朝鮮は金日成を始祖とする社会主義朝鮮の全国化(いわゆる「赤化統一」)をいまも目論んでいる」との疑念がわだかまっているが,その人達は韓国社会の中では間違いなく少数派になってしまった。

2.米韓関係の変化と日本外交

(1)変化する米韓関係
 最近の米韓関係をみていると,「米国は朝鮮半島に軍隊を置く動機を失い,韓国は米軍の存在が鬱陶しくなっている」という構図である。これまで半世紀の間,米韓相互防衛条約(1953〜)によって支えられてきた両国関係が「体制疲労」をきたしている。冷戦の化石といわれた朝鮮半島も,東西対立の構造が消滅し,ロシアや中国の強力な後ろ盾を失った北朝鮮が南に攻めてくるとはまず考えられなくなった。

 顧みれば,米国は60年代後半から「朝鮮半島では大きな軍事的衝突はない」と読んでいた筈である。ベトナム戦争当時の65年,米国は韓国に戦闘部隊の派遣を求め,朴正煕大統領はこれに応えて実戦部隊2個師団をベトナムに派兵したが,当時,北朝鮮による南への軍事侵攻の危険があると判断していれば,このような措置は取れなかっただろう。それ以降も米国の朝鮮半島情勢の基本認識には変化がなかったと思う。冷戦時代を通して朝鮮半島は,東西対立の「発火点」の一つと位置づけられてはいたが,実際にはカーター大統領時代に大幅な在韓米軍削減さえ行われたのである。

 現今の米国の海外駐留軍再配置計画によると,05年末までに12,500人を朝鮮半島から引き上げた後,西太平洋地域の米地上軍の統合司令部を日本に置き,実戦部隊としての長距離打撃勢力はグアム周辺に置くといわれる。つまり米国は西太平洋地域から軍を引き上げるわけではなく,日米同盟を軸にして東アジアの安全保障を堅持する。そうなると米軍の防衛ラインは朝鮮半島をはずした形(半世紀前,冷戦体制が世界を覆った中で,米国が朝鮮半島を防衛ラインの外に置いた直後に北朝鮮の南侵で朝鮮戦争が勃発したことが想起される)となり,米韓相互防衛条約が維持されるとしても,朝鮮半島・中国と日本・米国との間に心理的な線が引かれることになる。

 盧大統領は機会あるごとに「自主国防」を唱え,世代交代した国会議員たちは,イラク追加派兵見直しは議論しても米軍の撤退計画に対する政治的議論は殆どしない。韓国での対米依存感・信頼感の低下が著しい中では,米国が韓国に「防人」を出す気持ちをそがれても不思議ではない。そして折にふれ表出する韓国の若い世代の嫌米感情の高まりや,南北間のさまざまなレベルで演出される「同族的連帯」の試みが,米国の韓国に対する同盟国意識をますます希薄化していく。

(2)米韓の北朝鮮観とその対応
 ブッシュ政権の米国は,北朝鮮を‘failed nation(失格国家)’と見做している。「多くの自国民を飢えさせ,自由を許さない個人崇拝・独裁政治を続ける国は,国際社会にまともなメンバーとして入ることはできない。Rogue nation(ならず者国家)より一段下の失格国家」という訳である。

 しかし今の韓国は,そのような国・北朝鮮を共生のパートナーとして強く感じている。たとえ核兵器保有を唯一の対抗手段と考える「ならず者国家」であっても,民族分断のマイナス状況から脱するためには当面,平和共存のパートナーとして支えていこうと考えている。一方の北朝鮮は,韓国のこういう「弱点」を絡め取るように「同族第一主義」を押し立て,米国との関係を改めるよう韓国に迫る。韓国人は次第に,自分たちのパートナーである北朝鮮をいじめる米国に嫌悪感を抱き始める。殊に若い世代でそれが顕著である。

 盧武鉉大統領としては,「万一北朝鮮が経済的に崩壊したら韓国だけの力では支えきれない。当面は北朝鮮に体力をつけさせることが先決,まず彼らとの共生を進め,統一はその先に置く」との計算があるのだろうが,ともかくこのような視角差のある米韓両国の関係が当面,好転することは期待できない。一方,日本は米国の西太平洋地域での主軸同盟国として関係が深まる。となると韓国人の目には,日本が「嫌な米国に結びついた国」と映り,日韓関係を難しくする可能性がある。

 北朝鮮の対日政策の基本には,「日本にとって北朝鮮と国交が持てないことは国際的弱点である」という考え方がある。政治的に孤立し,経済的に困窮しながら,日本に対して強気に出てくる理由はそこにある。韓国に対しては「今の繁栄は対米,対日従属によってもたらされたものにすぎない。北朝鮮を支援することで南北の一体化を強め,外勢に当たろう」と説いている。北朝鮮のこの主張は新しい政治風土の中の韓国でかなり浸透してきているように見える。北朝鮮は,「この半世紀の間,反米,反帝国主義を唱え続けてきた。いまや韓国では人民がそれを受け入れつつあり,われわれが勝利する状況が生まれている」と考えているのではないか。

3.半島性国家韓国の行く道

 朝鮮半島が現在おかれている歴史的立場について,韓国のある政府系研究者は次のように言う。「韓中日は世界経済の20数%を占め,東アジアの中では90%を占める。これが韓中日を一つのリージョンにする理由となる。朝鮮半島の南北は,分断を平和的方法で解決して民族的矛盾を克服し,東アジア全体が興隆期にある今の機会を掴んで,通信・物流サービス等の面で『東アジアのハブ』になる。」

 このような考え方に対して,韓国内にも「盧武鉉政権の北朝鮮を見る目は甘すぎる。軍事独裁政権に抵抗し,自力で民主化を成し遂げた韓国民が,どうして金正日独裁・世襲体制と共生できるのか」と批判する人達もいる。然し韓国民の間に広がる北朝鮮への「寛容」ムードは,経済支援の拡大による共生を唱える政府の対応を許容する政治的状況を作り出している。そして北朝鮮を「軟着陸」させるための資金を日本から出させるよう,日朝国交正常化交渉を韓国としても大いに応援しようという雰囲気でさえある。

 新しい政治指導者の中からは「(半島の分断によって)これまで人工的な島国化していた韓国を,これからは大陸と結びつけて発展させる」との主張も聞かれる。本来,半島性(大陸性と海洋性を兼ね備える)を持つ朝鮮半島が,冷戦体制の中で南北に分断され,南の韓国だけが大陸から切り離されて「島国」となり,日本や米国という海洋性グループに入ったが,これからは大陸性を取り戻す,ということだろう。これには,百年前の近代化では大陸の守旧勢力とのしがらみで遅れをとり,第二次大戦後は海洋性を活かして今の発展を得たのではないかという反論も出来るが,大陸勢力の中国とロシアがこれからグローバル化路線で発展するとなれば,百年前の歴史的アナロジーは通用しないかもしれない。

 これに関して最近,興味ある「歴史認識」問題が韓国と中国の間で持ち上がっている。このほどユネスコの世界遺産に指定された「高句麗遺跡」をめぐり,高句麗を古代中国の地方政権だったとする中国に対し,高句麗は朝鮮民族の古代国家であるとする韓国が「中国は旧態依然の中華思想で歴史を歪曲しようとしている」と反発し,これに北朝鮮も同調している。日本との歴史認識問題が殆ど近代に係わるものであるのに対して,高句麗問題は朝鮮民族の大本に関するものだけに,学界だけでなく韓国各界を挙げての対中ブーイングが起きているが,大陸性を強調すればいろいろなマイナス要素も浮上してこよう。

 この「歴史問題」には別の,南北間の深刻な問題も顔を覗かせている。分断された半世紀の間,異なった政治・社会制度の中で歴史を紡いできた南北が,それらをどこまで共有できるかである。いま民族が住む半島の名前一つとっても,一方は朝鮮半島と呼び,他方は韓半島と唱え,双方譲る気配はない。朝鮮か韓かは,国名から国語にも絡む「大問題」である。殊に金日成を絶対的存在とする主体思想による「歴史観」が政権の正統性に直接つながっている北朝鮮にとって,歴史は政治そのものである。

 南北双方が民族の同一性を強調し,一体化したNation-Stateを作ろうという。然しNation(民族)は一つでもState,つまり政治機構としての国家は,南北で歴史認識がこれほど異なっていては一つにすることは難しい。統一の日に向けて北朝鮮支援をと考える韓国人も,北朝鮮の体制とどう取り組むかのメドは立っていいない。それでもなお韓国ではいま南北の共生に向けて「民族の力量」を傾けようとしている。

 その過程で,ネガティブ・ターゲットを求める「古い癖」が出ないとも限らない。それは関係国のいずれにとっても極めて非生産的である。日本としては,隣国の民族的エネルギーを正しく評価し,韓国内の民意と北朝鮮の対応,殊に南北一体化への動きを見据えながら,かつ米国の朝鮮半島に対する平和的関与の熱意が失われないようにすることが,これからの重要な課題である。
(2004年7月6日)