感性と教育
―感性を重視した工学教育のあり方

日本工業大学工業教育研究所長  木村 寛治

1.はじめに

 1995年12月に未来の原子力発電として期待されていた「もんじゅ」が大きな事故を起こした。「もんじゅ」は,日本における原子力エネルギー開発の最先端の技術と優秀な科学技術者の英知を集めてつくられたものであった。しかしその事故原因は,温度計の設計ミスという単純なものであった。発注を受けた熟練技術者は,その部分の設計図を見て疑問に思ったようだが,多数の先端的技術者は気がつかなかったという。

 科学技術者は一般的に分析の能力に優れている。しかし,ものづくりとなると分析の上にそれらを統合する過程が必要である。それぞれの科学技術者ひとりひとりは,きわめて優秀な人材なのであろうが,そうした技術を統合化するプロセスにおいて,何かが欠けていたに違いない。それは「勘」・「直観力」かもしれない。

 そこで,われわれは工学と感性の関係をとらえない限り,事故を防止することはできないのではないかと考えた。大学の学者は,科学や工学の中には「勘」や「直感力」などが働く余地はないと考える傾向が強い。しかし,現実には最先端の科学技術の分野で近年事故が多発しており,それに対してどうすれば防止することが可能かを考える必要があった。さらには,そのような暗黙知を若い世代にどのようにして継承していけばよいのかとの問題意識をも持った。このようなことをきっかけとして,本学では工学と感性の問題を考えることになった(注1)。

 一見すると,工学と感性は結びつきにくいように思える。工学は科学的,合理的であるが,感性はあいまい性をその特徴としているからだ。しかし,現実に多発する科学技術をめぐる事故にどう対処しそれを防いでいくかという観点は,特に本学のような実学を志向する大学としては,より関心を持たざるを得ない。

2.「感性」とは

(1)「感性」‘KANSEI’と日本人の特性
 まず,言葉の問題から考えてみたい。われわれが考えるところの「感性」を表す英語表現をさがしても適当な訳が見当たらない。そこで,このような意味での「感性」は,外国語への翻訳が難しいと考えて,われわれはそれをローマ字で‘KANSEI’と表記することにした。

 ところで,大学の学科名などに使用される「感性工学」などという場合の「感性」は,われわれがここで扱う「感性」とは意味が少し異なっている。「感性工学」の感性は,教育という側面からのアプローチではなく,工学的な観点のみである。例えば,モノの生産販売に際して,どのような形状の製品であればよく売れるか,どのような色であれば人に快感を与え売れるようになるか,というような観点を中心にして感性を取り扱っている。しかしわれわれの場合は,そのような限られた分野ではなく,もっと大きく全体を包括し,教育としてとらえようとしている。すなわち,感性を通してひとりひとりの情操が豊かになることを願っている。

 「感性」は,日本人の生活習慣に合ったものであると思う。例えば,日本人は自然と対話が容易に可能であるが,西洋人はそうではないように思う。西欧の場合一般に「対話」というと,基本的に人間と人間の関係を意味する。しかし,日本人の場合は,人間関係のみならず,自然物,例えば大きな木や岩に向かって対話をすることが可能であり,自然と対話をすることのできる心の構造は,日本人の特徴といえる。

 また,感性は「感受性」や「感動」とも表現できる。日本人が生き物や自然との対話ができるということを別の言葉で表現すれば,環境を大切にする民族性を持つともいえる。例えば,小さな一輪の花に向かって話しかけることは,その小さな花に感動し,花の気持ちを汲み取ることができることになり,感受性が豊かだということができる。日本人はどんな花にも魂が宿ると考えるように,環境にやさしい民族である。このように感性が豊かになれば世界平和にもつながっていく。

 今,世界ではイラク問題を初めとして人と人との対立が先鋭化する状況が見られる。その中にあって,日本人は自然と対話をすることのできる感性を持っている。日本人は,良し悪しは別にして神も仏もいっしょにしてしまうほどの寛容性を持っている。そのような感性をひとつの特徴として発揮していけば,現代の宗教対立の世界においても貢献できる余地があるように思われる。

(2)原体験の重要さ
 科学技術の進歩は,具体―抽象の間を何度も繰りかえすところから始まる。先ず,具体的に考え,次にそれを抽象化する。それをさらに高い次元に具体化させていく。このような営みをスパイラル状に進めていく。具体は,体で触れることから習得することがとても重要である。このような体感から入る「認識」とともに頭から入る認識というものもある。前者は情意的認識,後者は理性的認識といわれ,心理学者の説明によれば,情意的認識の上に理性的認識があってこそ,その認識は本物に近づくという。

 和歌山県に南方熊楠(1867-1941)(注2)という生物学者・民俗学者がいたが,彼はあの当時英国の科学雑誌Natureに論文を何本も発表した。しかし,彼は大学も出ておらず,独学でそのような学問を学んだのであった。彼は和歌山の高野山の周辺を歩き回り,その体験がもとになって(情意的認識)そのような成果(理性的認識)が現れたと考える。

 科学技術の中にも,肌身で覚えるもの(感性)がないといけない。しかし,日本は高度成長時代を経てそのような感性を学校教育の中から忘れ去ってしまった。特に,70年代以降の米ソの宇宙開発競争の時代の始まりとともに,その余波は日本にも及び,頭のみを使う知識教育偏重に傾いていった。つまり,自然とのふれあいなどを忘れ,机の上だけの学習に傾いてしまった。

 ノーベル化学賞を受賞した野依良治博士や白川英樹博士は,ともに小さいころに大自然との深いかかわりがあったという。白川博士は,岐阜県高山の出身で,子どものころは学校が終わるとすぐ裏の山に出かけて遊んだという。それらの原体験が新発見の基礎につながった。ある意味で,人間には無駄という時間はないかもしれない。われわれの普段の生活の中には,一見すると無駄と思われるような時間があるが,そのような中にこそむしろ尊いものがあるように思う。湯川秀樹博士もそのようなことをお話されている。

 ところで,人工衛星を打ち上げるときに重要な観点の一つは何かと言うと,地球上より打ち上げるときは小さく,宇宙に出てからは大きく広がらなければならないことである。その原理は,紙をぐしゃぐしゃにして広げ,そのしわを解析する中から見出された。また,木の葉は太陽光を多く得るために大きく広がろうとするので,それを解析するところからも発見できる。このように科学技術の出発点はものを見る感性に依存している。その背景として大切なことは,上述の例でいえば,子どものころ折り紙などをして楽しんだ体験が基礎になっている。本物の体験を子どものころに宝として積んでおくと,それがいつ発生して来るかはわからないが,それが種となって後に必ず生きてくる。その原体験がないと何も発芽しない。それゆえ,感性は知識の「触媒」である。知識だけでは知識で終わるが,知識と知識をつなげ新しいものを生み出すエネルギーの働きをする。

 また,平山郁夫画伯は広島県の生口島の出身で,子どものころよく海で泳いだり,丘の上に上っては瀬戸内海を眺めたりして絵を描くなどの原体験が多い。シルクロードの絵は有名であるが,平山氏は,「絵は写真を見ても描くことができる。しかし,私はシルクロードに行き砂漠の砂を嗅ぎながら絵を描くのでなければそこに魂が入らない。」という。実学主義の方であるがゆえに,その絵には訴える力があり,感性は子どものころが大切と力説されている。

(3)ものづくりと感性
 このように,子どものころの体験が重要であるが,そのときに同時にさまざまな「ものづくり」をすると感性がより一層高まることになる。

 われわれが「ものづくり」という場合に,単に目に見える形のあるモノをつくることだけを指すのではなく,例えば,物語をつくることも「ものづくり」と呼んでいる。単純に手や道具を使って何かモノをつくるという行為ばかりではなく,ひとりひとりがもっている得意な分野で何か形に表す(表現する)こと,音楽や文学の創作も含めて考えている。自分自身で何かを創作する体験の上に立つことが,感性を育てることにつながる。

 その基礎は,バーチャルではなく「ホンモノに触れる」ことでもある。例えば,ニセモノとホンモノをどうやって区別するのか。今では機器で科学的に分析すれば数値で真偽の判定が可能だが,かつてはどうしていたのか。ニセモノばかりを何万回見たところでその真偽を見分ける眼をもつことは不可能であろう。むしろホンモノを毎日見せて触れさせることによって,その真偽の判断が可能となっていく。このようにホンモノに触れることが,感性を高める一番貴重な体験ということができる。

 パソコンの例を挙げよう。子どもたちにパソコンを使って紙飛行機を作らせることは容易なことである。パソコンで最適条件の紙飛行機のデザインをしそれを紙にプリントして切り抜けばすばらしい紙飛行機の誕生となる。しかし,そこで終わってしまうことが多い。外に出て自然の風のある野外などに出て,自分が創作した紙飛行機を飛ばすことはしない。外に出て自然の風の中で紙飛行機を飛ばさせると,子どもたちは思ったように飛ばないことに気づき,そこから飛ばすための「探検」,続いて新しいことの「発見」,やめられなくなって「冒険」をするようになる。このような教育がなくなってしまった。本当ならば,設計→創作→実践→評価という一連のプロセスを経ていく必要がある。それが途切れ途切れになったところに問題がある。自然の中で自分の作ったものを動かしやめられなくなるような段階までいかないと,本当のつくる(創る)ことの楽しさはわからない。すなわち,感動・感性は育たない。

 もちろんバーチャルな世界も否定はしないけれども,もう一歩先までいって原体験することが何よりも重要であると思う。教育の営みにおいて,その計画段階から「感性」を育てる感動の教育が欠けてしまっている。

(4)学校教育と感性
 それでは学校教育の中でどのように感性を取り入れていくのか考えてみたい。

 感性が一番育つ時期は中高生までの時期だと言われる。そのとき,その親や教師が豊かな感性を持っていないと,その時期の子どもたちに豊かな感性を育てる環境を準備することができない。例えば,「石ころを集めてきなさい」と言って,子どもたちが集めてきた石ころに対して教師がどのような言葉かけをするかというのも感性の問題である。「変な形の石ばかりだな」と言うか,「この石は何かに見えるね」と言うかで,子どもの感性が違ってくる。
さらに学校の教師は,子どもの間違いをいい教材とする教師でなければならない。○×で単純に分別するだけではなくて,×の子どもの誤りをいかに上手に教材として使えるかがその教師の腕前(感性)なのである。それによって子どもの感性が違ってくる。

 学習指導要領でも「感性」の問題は取り扱われているが,それは音楽・美術などの芸術分野に限定されている。学習指導要領になぜ「感性」を入れないのかと聞くと,「感性は定義づけられないので入れない」と言う。
しかし,私はどの教科の中でも「感性」の観点を入れた教育が可能であり,かつ必要であると考える。例えば,国語の読み聞かせや和歌の学習などを通してでも感性を養うことは可能である。また,「侘(わ)び」といってもその概念だけでは理解するのが難しいが,茶道などを一度でも体験するとわかりやすくなる。

 刃物を使って小学生が他人を怪我させた事故があった。それによって旧文部省は学校での刃物の使用を禁止した。しかし,それは逆の発想であって,刃物の正しい使い方を教えることがより重要な観点なのである。事故や事件のたびに単純にその刃物や機器を使わないように指導するという安易な方法をとりやすい。残念なことである。それが感性の育成の障害になっており,結果として感性が育たないのである。「育てる」,「感じる」という発想が何においても重要である。

 また,学力低下が叫ばれているが,学力には機能面(情操)と知識面との二つがあると思う。一般には後者の知識の量を測定して学力を論ずることが多いが,それだけでは片手落ちである。ペーパー試験の点数が上がっただけで果たしてよいものか。それだけでうまく生きていけるのか。むしろ感性ややる気などの数値化・測定しにくい側面の要素の方が重要である。

 日本の高度成長期は,ある面で知識優先の教育を進めざるを得なかったのもやむをえないかもしれない。しかし,今はその段階を超えてもっと感性を重視した教育へと転換していくときを迎えていると思う。個性差は感性の違いにあると考える。

 最近小学校の理科の授業で,ものづくりをさせながら教えることが実践されつつあるが,これはいい傾向である。実験や製作を通して考え,理論を納得させる指導になった。私も同様の考えに立って,近隣の小学生を対象に毎月1回土曜日に集めてボランティアの方々(中高生や大学生,その他)とともにさまざまな体験に基づくワクワクセンターを開いている。それは,子どもたちにいろいろな体験をさせながら,自分の優れた部分や興味・関心のあるものを発見する機会となればと思っている。理屈がわからなくても体験を通して学ぶことは実に多い。

3.大学・社会における「感性」

(1)大学教育における感性
 大学教育では,まずゼミ・卒論・研究室の指導教官の言葉や態度よって,学生の感性の豊かさに差が生まれる。例えば,卒論のテーマ選びにしても,学生が持ってくるテーマの材料を一方的に否定してかかるか,それを一度認めながら別の方向にもっていくかなどの姿勢に差がある。

 教官から学生への一方的な授業だけではなく,一冊の本でも与えてそれを読ませ,その内容をどう受け止め,それをどう表現し,議論する教育が大切である。本学では,学生に読みたい本をリストアップさせてそれを図書館で購入してもらうよう指導している。それは工学系大学の図書館には,専門以外の教養を深めるようなジャンルの本が少ないためでもある。

 私の所属する工業教育研究所では,職場の第一線を退いた方々を大学に招いて特別講義の授業を実施している(注3)。長年第一線で活躍した技術者や開発に携わった人などを招き,その体験談を語ってもらうのである。例えば,新幹線のデザインに携わってきた技術者は,「美しいということは,最も機能的で効率的である。」と言った。流線型は美しいと同時に,最も効率的な形をしている。工学の仕事は,単なるものづくりではなく,美しいものをつくることである。こうした内容を通してものづくり(創り)の感性に触れることができる。

 この授業もそうだが,私の授業の中には,単位を与えない授業がある。しかし,それでもたくさんの学生が授業を聞きにくる。その趣旨は,単位をもらえるから受講するという受動的に受ける授業ではなく,その人の自発性,感性を大切に考えてのことなのである。大学では,そのような授業こそが感性を育てることにつながると思っている。

(2)日本工業大学の特長
 本学は工業高校の出身者が全体の90%近くを占めている。本学の設立当初からそうであった。近年高大連携が叫ばれる中,本学ではこのような特長を生かして,工業高校の単位の一部(専門科目)を大学の単位として認めている。工業高校のカリキュラムは,大体6割が普通科目で4割が専門(実技)科目となっているが,工業高校の科目と工業大学の科目の中には,基礎的で似た内容のものもあり,それらについては大学の単位として認定しようという考え方が基礎にある。高校の単位を認定する場合は,大学教官が高校に出向いて高校教師と一緒にティームティーチングの授業をする。そうすることによって,大学卒業に必要な単位が早期に取得でき,4年未満での卒業が可能となる。また,4年間在学するにしても,早期に単位を取得し残りの1年間は自由な時間として,大学院への進学や世界一周の旅に出るなどさまざまことに使うことが可能となり,より豊かな学生生活を過ごすことができる。工業高校の多感な時期にものづくりで育んだ感性や知識・技能を大学で生かすという発想である。

 大学の教員は,技能・技術の国家資格を持っている人は少ない。かえって工業高校卒業生の方がいろいろな資格を持っていることが多い。そこで,研究室に入った場合に,その資格を生かした授業や研究が可能となる。例えば,ガス溶接の資格を持った学生がいれば,彼に溶接作業をしてもらって実験装置をつくることが可能となる。以前本学では,酒(アルコール)からミクロ単位のダイヤモンドの製造に成功したことがあった。それは学生がガス取扱資格を使って実験をし,ダイヤモンドを作ったのである。高校段階での実験や体験を通して修得した内容と大学での理論が平行して身についていくところから,さまざまないいものが芽生えてくるのである。これこそまさに「感性」の働きといえる。
(2004年4月13日)

注1 日本工業大学の取り組みは,同大学理事長 大川陽康氏が主導して1998年に「技術教育国際フォーラム協議会」を立ち上げた。その目的は,「高度専門技術者の育成に関する教育の振興・開発について国際的視点から協議を行い,我国における科学技術の向上を図るとともに世界の科学技術と人類社会の持続的な発展に貢献すること」としている。詳しい内容は,技術教育国際フォーラム協議会・学校法人日本工業大学編『感性と独創力』(丸善,2003)を参照。

注2 みなかた・くまぐす(1867-1941)
 1867年和歌山県の和歌山城下橋丁で金物商の次男として生まれる。地元の和歌山師範学校付属中学校を経て,83年上京。共立学校経て大学予備門に入学。同校退学後,87年渡米し,シカゴで地衣類学者カルキンスに師事。その後,キューバを経て英国に渡り,大英博物館で標本整理の仕事をしながら独学で粘菌類の研究をした。この間,科学雑誌Natureに寄稿し10回の論文が採用された他,約70の新菌種を発見した。また,粘菌類以外にも,日本民俗学・文学・歴史などさまざまな分野に論文を発表し,博覧強記・奇行の人として知られた。1929年には,昭和天皇天皇和歌山県行幸に際して進講した。主な著書に,『十二支考』『南方閑話』『南方随筆』等多数。

注3 特別講義の趣旨について,「平成13年度自由 科目『技術開発と独創・感性』要旨集」(03年3月発行)の中で次のように述べている。
 科学技術が進展する中にあって,どうしても活字にできない技術,メディアに乗せられない技術,五感の中に含まれる潜在的な技術など深い経験や貴重な体験を通してしか得られない技術がある。そのような技術が,新しい技術を生み出したり,技術のハイテク化を支えたり,さらには,独創力の動機づけとなったりする。そこで,技術の研究や開発等に長年にわたって取り組んでこられた経験豊かな有識者から,ご自身の技術の研究や開発についての楽しさ,苦しさ,ひらめき,独創,ベンチャー化などについての広い経験談を聞き,独創力や感性の豊かな技術者の育成に役立てることとともに,今後の新しい独創的技術教育の視点を探求し,技術教育活動に生かすことを目的としてこの講座を行っている。ここでの講師は,「サイエンス・ボランティア名簿」(国立科学博物館企画課,日本工学会)を中心に依頼を行っている。平成10年4月より開講し,平成13年度は8名の有識者の方々に講演と学生との意見交換をしていただいた。また,この講座は大学卒業単位に組込まない「自由科目」とし,独創力や創造性に関心のある学生が参加できるよう,土曜日に設けている。参加者は,毎回,35名前後で大学1年生から大学院生までの構成となっている。昨年度までに54名の講師の講話と1890人の学生が聴講している。