感性と創造とデザイン

長崎総合科学大学客員教授 川口 勝之

 

1.はじめに

 私は,科学技術の究極の「悪」といわれている原爆とその後の平和を体験している。これは,一般の人々とは決定的に異なる「体験的学習」の蓄積がなされ,その後の行動や考え方に影響を及ぼしているかもしれない。さらに,科学技術者として「物づくり」の設計に永年携わった経験に基づいて,適正な方向性と動機づけの源流をなす「感性」と,その感性によって価値を認められ「創造」につながっていく過程,およびそれらを眼に見える形に表現する「デザイン」について示したいと思う。

 その目的とするところは,文系の暗黙知・情・意の沃野に,理系の意識的論理的知が投射されるとき何が生まれるか,さらに,理系の知の広野に文系の情・知・意をそそぎ込み,その方向性と道筋および「心」からとらえられた「実感」としての科学技術の理解とその利用法を獲得することにある。

 この15年間,環境計画を専攻し,また別に,興味の対象として芸術を介し「人に感動を与える形態的表現とはどんなものか」を調査してきた。その実感としての体験的学習に基づいて,感性と創造に関する論理の追求を試み,デザインによってそれらを表現してみたいと思う。具体的な適応例を多く掲げ,その入力と出力を提示して読者とともに考えて行きたい。

2.感性とその応用

 年を取って「経験の蓄積」がないと,本質的にわからない,または獲得できないある種の能力,「勘」が存在する。新機種の全体構造設計図において,安全性の評価および流動構造による性能を検討し,最終的に許可を与えるチェッカーの存在がある。いや,存在していたというのが正確だろう。大きな全体構造断面図を広げ,その全体の調和を感じ取り,どの部分が最も壊れやすいかを判断し,同時に流動構造により性能を検討する。計算をしないで強度不足を感じ取り,流動構造の簡易化を指摘することは,神技に近い。

 これと全く同じ「本物の評価」が,絵画の真贋判定である。鑑定者は,次々に送られる巻物に対して神技ともいうべき一瞬のうちに結論を下す。
要するに,「本物かどうか」の判定は,「感性の応用」ということができるが,感性とはどういうものだろうか。

 外部から入ってくる情報がその生命システムにとって価値があり,意味があることを見て取る能力,いわば「関係性」を見て取る能力が感性である。別の言い方をすれば,一見したところ何らかの関係があるとは思えない事実や概念を結びつけるような能力である。このことからも感性とは,何か新しいものの生成につながる過程,「創造」を予感させるものがある。

 脳の情報処理からこのことを眺めてみよう。
図1に示されるように,外部情報は,各種の感覚器官を介して電流に変換され,情報の関所といわれる視床を経由して,大脳皮質感覚野(認知情報処理)や扁桃体(情動情報処理)に送られる。大脳辺縁系に存在する扁桃体や視床,それらや脳幹などを包み込むような大脳皮質感覚野は,言語の発達につれて拡大していった脳で,知性や論理の情報処理を行う。これに対し扁桃体は,価値判断,すなわち自己か非自己か,敵か味方か,好きか嫌いか,食べられるか食べられないか,本物かどうかの速断をするところであり,これによって脳は,この価値を達成するための認知神経回路網を大脳皮質に作っていく。大脳皮質では,時間をかけて解析・検討を行う。大脳皮質感覚野は「考える心」であり,情動情報処理系は「感じる心」に対応する。

 夕刻,帰路,森の小道で蛇が動いた。視床から直接送られてくる情報によって,扁桃体はすぐ「怖い」「嫌いだ」という判断を下して中枢神経系に信号を送り,瞬間的に身をかわす。さらに自律交感神経を介して血圧を上げ,心臓の反応を引き起こす。

 しかし,この情報は時間をかけて大脳皮質で処理された結果,「蛇ではなく,縄を蹴飛ばしただけだ」と検討結果が出る。これは再び扁桃体に送られて価値の再評価がなされ,「あ,よかった。」となるのである。

 感性の源流となる潜在レベルでの情動的反応の例を示そう。
仲の良い夫婦がおり,妻から買い物を依頼された夫が用を済ませた後,「あなた,お釣りは?」と言われた。突然,夫は怒りが込み上げてきて,妻を罵倒し手を上げた。妻もいや本人自身もなぜこうなったか全くわからない。

 夫の方は,小学3年生の時,父親のお使いのお釣りを返さないことがあった。「お釣りは?」という言葉と,「自分は,お使いのお釣りをネコババした嫌な奴だ」という感情を関連づけて強い刺激として受け取り,長期記憶として固定されていたのである。「このことは,全く忘れていた」と本人も自白している。

 このように一度刻まれた記憶は,潜在レベルで情動的な反応の引き金を引き,その効果は,消そうと思っても消えるものではないのである。そして,これは自覚がなく,自動的に引き金が引かれるので抵抗し難い。このような例は,市民感情などいたるところに存在する。例えば,生々しいテロの恐怖とか,原爆につながるものへの「拒絶反応」などがそれである。

 しかし,潜在レベルにおける情動反応の別の形,インスピレーションやイマジネーションは,感性的創造力につながって行き,新しい意味づけの創造がなされる。前述の「本物かどうか」の判定は,体験的学習を必要とするが,「勘」の能力とはこのようなものであろう。意思決定,行動の動機づけ,適正な方向性もこの感性が支配する。

3.適正な方向性と動機づけ―意思決定・行動の基本―

 人間が行動をおこす場合,何を行う場合にしても,その動機づけと適正な方向性が最も肝要である。同じ新しいものの創造に違いはないのだが,動機づけが適正でないために引き起こす功罪の例をあげよう。

(1)原爆の開発とその動機づけ
 原爆の開発は,物理学者アインシュタインとシラードが,時の大統領ルーズベルトへ提言し,いわゆるマンハッタン計画として実施されたものである。つまり,ナチスが原爆を開発中なので,米国がドイツより先に原爆を作る必要性を力説したのである。しかし,ドイツは1945年初めには既に降伏していたから,作る必要はなくなっていたのにも拘らず製作され,広島・長崎に投下され,未曾有の殺戮を与えた。この決定は,政治,復讐の正義,審番,「実験」の総合化された知性(認知情報処理系,考える心)から生み出されたものである。一旦,製作されるとそれを政治に利用したり,科学者は「実験」してみたくなるのが常である。この正義につながる論理で原爆を使用することの恐怖が人間には常につきまとうことになる。ここでは二つの誤り(生産と使用の決定)を犯している。「創造」でさえも適正な方向性が必要なのである。研究開発にも「動機づけとその適正な方向性」が最も重要である。

(2)研究開発と適正な方向性・動機づけ
 研究開発とは,目的の島に向かってクロールで泳いでいくようなものである。結果が出てくるまで方向転換ができるようでできない。島に着いて結果が得られても,脳の情報処理系は出力依存形なので,大抵目標値と結果には格差がある。この出力された結果が次のプロセスの前提,拘束条件となる。このように結果から出て,また新しい条件をプロセスに組み込むことを設計プロセスという。境界条件を入れると形が見えてくる。この繰り返しで次第に目標に近付くのである。この時プロセス自体も変えることもあるが,それは当初の目標達成度による。

 洞察力のある研究者であれば,その動機づけと方向性を誤ることなく,当たらずといえども遠からずの結果を得ることができる。

(3)本物を見極める眼
 真贋の判定の項でも述べたように,まず,何かを感じることが最も重要である。「勘」または情動反応の引き金により,「これは価値がある」「これは怪しい」と速断することが重要で,これによって脳はこの業績を処理するための神経回路網を認知情報処理系(大脳皮質)に作っていく。つまり,価値・意味を認めた情報によって脳活性が制御されるのである。

4.創造につながるもの―ある種の気概,美を求める心,環境適応能力―

 創造というのは,本来,主観的な意識が周囲の環境や他者との関係性を反映した「インスピレーション」や「イマジネーション」から発するものであり,さらに発展して「生成」につながる過程がその源流として存在する。この生成につながる過程というのは,「環境適応能力」や「美を求める心」を考えるとき,その創造への過程がよく理解できるであろう。

(1)酒樽のデザイン的創造
 酒樽は湾曲した側板とタガによってデザイン構成がなされるが,まず湾曲側板のポテンシャルを一様にそろえることが重要である。すなわち,高さ,湾曲度,接触部の表面粗度,面圧など科学的要素,技術をそろえることが重要である。そして,デザインの全体まとめとして「タガ」があり,名人は木槌でトントンと「タガ」を叩いて締付力を調整する。最後には,全体の「かたち」の表現がある。そこには芸術性ともいうべき,「かたち」,裸婦像のやわらかさ,やさしさや暖かさを表現することも可能であろう。

 このように材料や各種要素・技術を集約してデザインを行い,人に何かを感じさせるような「かたち」にまとめ上げることが肝要である。

(2)創造,生成につながる過程,および環境適応能力
 稲作は,水田に早苗を植え,雑草を除外し,米生産に適した,いわば単一な環境を人工的に作っている。これを放っておくと,雑草が茂り,ブッシュ,木立,木の葉,細菌・微生物の生成と環境は,複雑に「多様化」してくる。人工物が生産される社会環境も同じで,次第に不規則化,多様化してくる。いわゆるエントロピーの増大である。
文化の多様性の保護が叫ばれているが,多様化はなぜ必要であろうか。
理由は大きく二つあり,@単一な環境では,環境激変があれば種が滅ぶ。多様化環境であれば,環境変動があってもどの種かは生き延びる。A多様化環境では,異種が混合する機会が多くなり,新しい「創造」が生まれる。これは社会環境においても同様で,「情報」と「情報」がぶつかり合って創造が生まれるのである。
このように考えると,創造と生成につながる過程と環境適応能力の関連性もよく掴まえられるのではないかと思う。

5.インテイジェント・デザインの本質

 「デザイン」とは,新しいものを実現していくために,必要なあらゆる要素を取り込み,その精神を「かたち」に表現することである。「かたち」に表現しないと,他人には見えないし,「物」が創れないからである。

 英国の風刺作家ヨナサン・スイフトは,「ヴィジョンとは,目に見えないものを目に見えるようにする術である」と言っている。文学や詩作成はその通りであろうが,技術屋としては「デザインとは,目に見えないものを目に見えるようにする技術である」とそのまま置き換えたい。また,マイケル・J.ベーエは,「部分(要素)のある目的をもった配列(構成)がデザインである」と言っている。
これらの名言に適合する生体分子エンジンの例を挙げよう。

(1)生体分子エンジンは物質・エネルギー変換系と情報系が精緻に調和した世界
 われわれの生体分子エンジンは,ラーメン一杯で10km以上走ることもでき,しかも体温で作動する。細胞によって構成されている筋源線維というアクチンとミオシンの分子線維が,Ca―の投入による滑り運動を基本としている。そのエネルギー源は,ATP(アデノシン三リン酸)という細胞のエネルギー通貨で,これを細胞内のミトコンドリアという器官が呼吸作用によって生成している。細胞はこのアデノシン三リン酸の分解の際に出てくる化学的エネルギーを利用している。筋肉の運動,エネルギー変換は,熱エネルギーのような流体分子の不規則エネルギーではなく,レーザーのような分子の位相の合った同調運動を自己組織している。すなわち,生体分子エンジンは,エネルギー変換系,物質循環系と同時に,情報系であり,これらが精緻に調和した世界を構成しているから,室温でしかも効率よく作動しているのである。

 要素のある目的をもった配列・構成とは,細胞分子の位相を合わせた同調運動のことであり,それが可能なように構成配列されたという意味である。この現象は,ゾウリムシの表面の無数の繊毛がすべて同調して移動すること,およびボートを多人数で漕ぐときの同調運動からも容易に理解することができるであろう。

(2)超耐熱合金の融点以上の温度で作動する「ガスタービン・ブレード」
 やはり,大出力を得るには,熱力学的な法則性を適用しなければならないが,出力や効率は高温作動流体の最高温度と吸込温度の比で定まるので,ガスの最高温度はどんどん上昇し,驚くべきことに目下,ブレード(羽根)を構成する超耐熱合金の融点以上の温度に達している。図2にその超融点で作動するガスタービン・ブレードの芸術家の印象を示す。ブレード自体は,精密鋳造で作られ,内部は圧縮機出口空気で複雑な経路で伝熱・噴射冷却される。最も温度が上昇する翼の前縁と後縁には,放電加工であけられた0.6mm程度の冷却孔が高さ方向に一面に見られる。内部冷却した後の空気流は,ここから吹き出してフィルムを形成し翼全面を覆って1510℃の高温高圧の空気から熱遮断を行うのである。このように冷却された翼材料の表面温度は900〜950℃程度となる。

 このことからもわかるように,最先端ガスタービン・ブレードは,材料開発,高温構造,冷却技術,および加工・工作技術が同等のレベルで集約されたものであり,特に0.6mmの前縁冷却孔が空気中に含まれるNaCl等で高温腐食して閉塞することがあれば,超耐熱合金の融点は1480℃程度であるから,融点以上のガス温が直接翼前面に衝突することになる。このように,各要素技術のうち,どれかが拙劣でもガスタービンは成立しなくなる。つまり,製品価値はそれを構成する「最低の技術」で定まり,新しい物を開発するデザイナーは,すべての構成要素技術を65点以下にならないようにそろえることに留意する。そうしないと設計性能が発揮できなくなるからである。こうすると一般的な陸上タービン寿命10万時間という範囲で取り替えが確実となり,設計通り寿命がくる。ハイテク技術は,ローテク技術と結びついて,その価値を若干引き上げるものである。これらのことは,マスメディアではよく誤解されて報道されている。ハイテク技術を支えているのは,その周辺技術なのである。未開発国で最も働いているのは,手押しの水ポンプであることに留意すべきである。

6.生産と逆生産のデザイン

 感性,創造およびデザインの概念を述べてきたが,著者自身は一体どんなデザインをするのかと問う人もあるだろう。ここで著者のデザインを紹介しておこう。
私のデザイン理念は,図3にも示されているように,無機物(C,N,Pなど),有機物構成物質から有機物質を生産し,エネルギー,食物生産を行った後に,残余の有機物質をまた元の無機物に戻す(浄化),この物質・エネルギー循環を工学のサポートで高度化することである。

 太陽光,栄養塩,温度等の環境条件が最適になると,海洋バイオマス(植物プランクトン)が大量発生する。窒素やリン体の栄養塩は,次第に海底に蓄積されていくので,これを浮体式波動ポンプで海面上にくみ上げ,光合成作用により植物プランクトンに変換する。著者の発明した波動ポンプでは,波高10cmの微小波でも水を送ることができる。大量に発生したバイオマスは,環境が生態系に適合した秩序を形成できない状態に至ると,自律的に調整されて死滅する。プランクトンを摂取する動物の排泄物や大量死に基づく有機物,その他陸域からの有機物すべてが海底へ沈降し,海水中の溶存酸素およびバクテリアにより分解されて無機塩に戻る。現在の化石燃料のほとんどがこの植物プランクトンの変換したものといわれるほど膨大な量の世界なのである。

 図4に海水の深度と窒素体栄養塩,およびそれによって生産された植物プランクトンの量を示す。100mの深部の海水で培養された植物プランクトンの数は,1cc中10万個以上にのぼることがわかる。

 図5は,中・深層水を波動ポンプでくみ上げ,プランクトンを生産して養殖を行っているところである。図中の気水混合装置は,波動ポンプを利用して微粒化された空気・水の混合流を供給して,海底浄化とともに生物の活性化を行うものである。この微粒化空気混合ジェット噴流ポンプも著者の発明による。単体ではなく利用系が必要だが,この程度の全体構成では,あまり金をかけないでも実施できる。

 図6に波動ポンプを利用した高生産環境の造成を示す。
オランダは,国土の1/3を「風車」で造成した偉大な国である。大堤防と中に中堤防を造って区切り,海面より高い堤防上に運河を掘り,下の運河に溜まった水を「風車」で上の運河にくみ上げ,干潮時に一斉に水門を開いて水を北海に流す。この繰り返しにより干拓した地面に,まず雑草,ついで落葉樹を植え,20〜30年にわたり生態環境を利用した土地富養期間をおく。何という壮大な生命感あふれるデザインであろう。国土を中・深層水を利用して高生産環境に改造することができる。

 図は,波動ポンプで中・深層水をくみ上げ,海表面水と混合せしめ,生命生産に適した混合池をつくり,溶存酸素,栄養塩にあふれた水を,次の植物プランクトン増殖池に流し,次々に動物プランクトン増殖池に流して,質・量のある生物生産を行っていく仕組みである。未だ栄養物の残っている最終工程水は,海水中に放流して海中養殖を行う。

 図中左方には,波動ポンプを利用した海水淡水化設備,およびバイオマス燃料を利用したガスタービン発電所も見られる。さらに生産と併せて,文化的,教育的,または体験的な多重利用構造もデザインできる。水辺に地元の人々の高められた生活が体現できる環境設計が期待できる。

 図7は,陸域・海域を含めた特有な水辺環境の総合化されたエネルギー生産,食物生産および,波動ポンプ式の高生産海域造成の場を示す。動力源は,すべて自然の分散形エネルギーで処理されている。バイオマス,残材,雑草などすべての有機物を粉砕し,部分燃焼ガス化してH,COを生産し,あと加圧,触媒反応を行ってメタノールを生産する。この方法によれば,乾燥重量の半分のメタノールを生産することができる。これは燃料として自動車エンジンにもガスタービンにも低公害燃料として有利に用いることができる。

7.むすび

 著者の『地球環境システム設計論』をみた一読者の言葉をそのまま引用してむすびとしたい。
「自然の恵みを受けて生産してきたこれまでの水産は,海洋の持つ可能性のほんの上澄みだけを利用しているに過ぎない。工学的サポートという点で,いろいろ応用の可能性を考えさせられた。完結した自然調和形の生産領域をデザインすることは,少しも難しいことではないように思えてきた。海洋のもつ生態サイクルをうまく活用すれば,果てしない生産活動が可能だと信じられてきた……」
(これは,2005年4月2日,東京「法学館」における「創造デザイン学会」設立準備シンポジウムの記念講演の内容である。)

[引用文献]

1)川口勝之,『人間の内面的な感性の表現の研究―脳の情報処理よりみた次期社会の総合システム―』,平和教授アカデミー,2002年11月
2)山中俊治,『フューチャー・スタイル』,アスキー出版,1998
3)川口勝之,「高温ガスタービンの高温材料と高温構造について」,日本ガスタービン学会誌,9-34,1981
4)川口勝之,『地球環境システム設計論』,改訂増補版,九州大学出版会,1996
5)中島敏光,『日本プランクトン学会報』,第35巻,第1号,1988