日韓関係の新展開と韓半島統一問題
―より広い視野から―

筑波大学名誉教授 加藤 栄一

 

1.日本と韓国の長い「はらから」関係

 日本人はどこから来たのかについて考えるべく,日本の国が初めて編纂した歴史書「日本書紀」を仔細に読んでみると,日本本位には記述されていないことがわかる。それによると,高天原には神々がおり,その中の主宰者(王,高皇産霊尊[タカミムスビノミコト])に孫がいたが,その孫は王の娘の子ども(男子)であった。北方系民族,モンゴロイドの伝統からすると王位継承は男系子孫に限られるために,その孫は王位継承者としてふさわしくない。そこで天の主宰者は,自分の孫に王位を継承できないので,その孫のためにどこか国を探した。その国として日本列島を見つけ,そこに行くようにと言った。その孫がニニギノミコト(瓊瓊杵尊)であった。

 ニニギノミコトは,天から日向の高千穂の峰に降り立った。その高千穂の山々の中に「カラクニ(韓国)岳」という峰がある。このカラクニ岳は韓国をはるかに眺めるのにいい場所であるからとして,その山のふもとに都をつくった。その後,ニニギノミコトの曾孫にあたる神武天皇が東征して大和国(現在の奈良県付近)に日本国を建国したのであった。ところで,この「高天原」(天の国)とは一体どこか。冷静に考えてみれば,その国はまさに韓半島であるといわざるを得ない。韓半島から日本にやってきたというのが天孫降臨思想である。この神話は,韓半島から韓民族が日本に渡ってきて天皇として日本を治めるようになったことを示唆している。

 この歴史的な事実を言語面から証明できないかということで,言語学者である朴炳植氏が,長い実証的研究の結果,日本語は韓国語から規則正しい法則にしたがってできたものであると結論付けた。(朴炳植,『ヤマト言葉の起源と古代朝鮮語』成甲書房,1986)もちろん時の経過とともに言葉も変化する。日本語は,先住民族のことばの音韻法則の影響を強く受けて,古代朝鮮語から分かれて日本語が形成された。一方,韓半島は先住民族の影響がなかったために,日本語のような大きな変容は遂げずに今日に至っている。

 その他にも,人間の最古の家畜であるイヌの遺伝子を調べてみると,日本犬に高い頻度で見出される遺伝子が,同様の頻度で韓半島にいるイヌ(韓国在来の珍島犬)の遺伝子にも見出された。これは,かつて大陸の人間がイヌを連れて日本にやってきたことの証拠である。(田名部雄一,『犬から探る古代日本人の謎』,PHP研究所,1985)

 このように日韓両国の関係は,長い歴史に見られるごとく昔から兄弟(はらから)関係であった。それゆえに今もう一度その友好関係を見直すことは,そう難しいことではない。また,どちらが兄でどちらが弟かといえば,先述した神話や「日本書紀」などにも見られるごとく,韓半島が本家であり日本は分家であることは明らかである。ただ,分家は豊かな土地で四方を海に囲まれていたために,他民族から侵略されることが少なく,長く平和を享受することができた。その結果,繁栄することができた。人間社会においても,分家が本家以上に繁栄するという事例は珍しいことではない。しかし,それに驕り高ぶって本家をないがしろにしたり,いじめたりすることはよくないといわざるを得ない。日韓の長い歴史において,分家が本家を攻めたという事実が何度かあったが,これははなはだよくないと思っている。

 文化面では,かつては大陸の方が先進地域であったために,日本は中国や韓国の影響をたくさん受けてきた。また経済面でも,密接な関係が維持されてきたものの,日本は明治維新期を境として経済的に非常に発展することとなった。この明治維新を契機とする近代化の面では,日本は韓国に一歩先んじたことになる。日本は,米国からの黒船来航に驚き,これを契機として非常な勢いで近代化・西欧化政策を進めた。明治維新期においても,日本では一種の農地改革を実施することによって,豊かな地主階級が生まれた。彼らが産業に投資したことが,近代日本の経済発展に大きく寄与することとなった。

 近年にいたっては,韓国も目覚しい経済発展を遂げている。最近の報道によると,韓国のサムソンは,日本のソニーをしのぐほどになったという。例えば,特許保有数では両者ともほぼ同数であるが,純益額ではサムソンの方が上回っている(注:2004年度の売上高及び純益はそれぞれ,サムソン560億ドル・100億ドル,ソニー690億ドル・10億ドルとなっている)。この事実に象徴されるように,経済面で日韓両国は完全に並ぶところに至ったと思う。

2.韓半島南北統一の展望

 韓国/朝鮮における心の傷は,南北分断である。したがって,南北の統一ということは誰もが願うはずのものであるが,南北の両国は体制がまったく違っている。北朝鮮の正式国名は「朝鮮民主主義人民共和国」であるが,これは実態とはまったく反対の名称の国ではないかと思う。北朝鮮の実態は,民主主義とはほど遠い国の仕組みであり,選挙によって大統領(元首)が代わる共和国でもない。ソ連邦の崩壊以降,少数派になってしまった一種の社会主義,専制主義体制の国として生きている。一方,南の方は,民主主義,資本主義,自由主義経済を基調として運営される国である。

 この体制のまったく違う国の平和的統一は,非常に困難だといわざるを得ない。かつては,やはり戦争のような大きな変動要因が起きない限り統一は難しいのではないかと,私自身考えた時期もあったが,現在では,平和的統一が前提でなければならないと強く思うようになった。

 それではその時期はいつか。離散家族の人々が生きている間に実現されることが望ましい。しからば,その兆候はあるのか。多くの兆候があるわけではないが,北朝鮮でも一部,市場経済化が進められているということがある。このことの意義に北朝鮮の国民が気づいてどんどん市場経済が拡大していけば,変化の道が見えてくるであろう。ちょうど,かつて中国においてケ小平が,「黒い猫でも,白い猫でも,ネズミをとる猫はよい猫だ」と言って,かたくなな社会主義者を戒めたごとく,国民・国が豊かになればいいということであれば,市場経済化,資本主義化の道に進むことであろう。

 小平がそのように言ったころ,私は「民主主義ではない独裁的政治・経済体制の中で,果たして資本主義が発展することがありえるのだろうか」と疑問を持ったことがあった。今は,そのような疑念はまったくない。

 歴史を振り返ってみると,フランス革命の前のフランスは,まさにルイ王朝の独裁政権であったけれども,その社会体制の中で資本主義が芽生え成長していった。そのことも一つの例とすれば,政治は独裁であるが経済は資本主義・市場経済ということは可能である。同様のことが,北朝鮮においても可能であろう。

 ただし,ここで注意すべきことは,北朝鮮の軍事力の問題である。軍事力のみに依存する体制においては,往々にしてあらゆる問題を軍事力によって解決しようとする傾向が出てくる。去る2月には北朝鮮が,公式的に核保有宣言を行った。これが暴発・暴走することは,大変な危機である。この点に関して,韓国国内において,特に若い世代の人たちの中に危機意識が非常に乏しいことが気になるところである。

 最近,岐阜県で一人の公務員男性が自殺しようと図る中,自分の家族を巻き添えに殺害するという悲惨な事件が発生した。これは何かというと,自殺したいという衝動は,世界を破壊したいという衝動と非常に類似したものである。それと同様のことが,もし北朝鮮で起きた場合は,これほど危険なことはない。平和的統一が一刻も早く実現されることが,非常に必要であると思う。

 この点について何か方策はないものか。日本国内にいる在日同胞の中の二つの団体(民団と朝総連)が長年いがみ合ってきたのであるが,最近,融和の方向に動きつつ,共同して南北統一の偉業に取り組もうという動きが出ているという。在日の人々は非常の大きな経済力を持っている。北朝鮮に対する影響力も無視できないものがある。それゆえ,この辺から糸口が開けてくるのではないかと思っている。

3.東アジア共同体形成に向けた諸課題

 韓国・日本の関係をもっと大きな視点から見つめてみれば,ともに東アジアの一員である。ヨーロッパは,戦後ヨーロッパ経済共同体(EEC)から始まり,欧州連合(EU)をつくり,近年では通貨まで統一することができた。その結果,最近では,EUの通貨であるユーロの価値が米国のドルの約1.5倍になってしまった。

 同様のことが東アジアでもできないことはないであろう。ただ,東アジアにおいては,いくつかの障害要因がある。一つは,東アジア共同体といった場合に,中国を除くわけにはいかないのだが,その中国は必ず主導権を狙うことになるだろう。この中国が謙遜であってくれればうまくいくのであるが,現在の中国は拡張主義・覇権主義(ヘゲモニー)をもっており,この点が最大の障害要因となっている。

 ある筋の情報によると,中国は21世紀の戦略構想の中で,中国の勢力図を描いているという。それによると,極東地域では,朝鮮半島全域,沖縄,台湾,シベリアの一部などをも含めて中国の勢力範囲と考えているという。中国がこのような拡張主義,覇権主義を持ったままで,東アジア諸国が共同体を形成することはできない。

 英米から見ると,東アジアのリーダーは中国・日本のどちらかであり,両国が主導権を巡って争っていると認識している。もし,中国が米国の脅威になる場合には,日本を米国に側につけて中国に対する対抗勢力とし,逆に日本が脅威となる場合には,中国を対抗勢力としていこうと考えている。事実,兵力で見ると,アジアの中で中国が一番突出した軍事力を保有している。特に,核兵器を保有しそれを米国にまで脅威を及ぼすことができるのは,アジアでは中国のみである。日本は非核三原則を維持しており,そのような立場にはない。

 現在進行中の北朝鮮を巡る6カ国協議の枠組みは,将来発展して北朝鮮問題のみならず,東アジアの諸問題を広く扱うしくみになるだろうと思う。さらには,それはおそらく恒久的なものへとつながっていく可能性を秘めている。

 その際,東アジア共同体形成においての原則事項が必要である。それは,独立,対等,不可侵である。どの国も独立を守り得,対等の関係を維持し,互いに不可侵でなければならない。それが中国の覇権主義をチェックする役割となるであろう。そして自由経済・市場経済による運営でなければならない。この点に関しては,北朝鮮も「政権さえ保障されれば,経済の自由化は問題はない」と同意することは十分に可能であろう。ただし,「資本主義の行き着く結果は,帝国主義・植民地主義である」とのマルクス主義の主張を反面教師として,植民地主義のない自由経済でなければならないと思う。

 EU成立の前には,準備過程があった。それは,独仏の歴史学者・教育学者が集まって喧々囂々と大議論を行い,双方の歴史認識を一致させたことであった。これがEU形成の基盤となっている。それと同様に,東アジア諸国においても,中国・韓国・日本の間における互いの歴史認識の一致に向けて努力することが何よりも大切であると確信する。これまで中国・韓国内において「反日教育」が行われてきたが,それは国の発展段階において国内政治状況を鑑みた場合にある時期それはやむをえない政治選択であったと思う。すべての国において,国家基盤が弱い段階においては,外に敵を設定して国内の不満を誘導することは,しばしばみられることであった。

 ただ,独立回復60年という歳月を経た現在において,いまや韓国の国家基盤は堅固なものになった。この時期においてさえも,そのような政策を取る必要はないと思う。日本では,広島・長崎への原爆投下,東京大空襲など先の戦争によって何十万という人々が犠牲になった。それだからといって,日本では反米教育をしてこなかった。いまでも米国をうらみに思っている人はいるであろうが,組織立った反米教育はしていない。これは戦後の日本が,日米同盟を国の安全保障の一番の要に据えていたために,これを揺るがすような反米教育はしないと考えたためであった。

 このように現在に至っては,韓国においてもそれほど反日教育をする必要性がなくなったと思う。それゆえ,独仏両国が努力したごとく,中国,韓国,日本の間において歴史の共通認識を形成することは可能であると信ずる。

 また,東アジア共同体においては,インフラストラクチャーも重要な要素である。その最たるものが日韓トンネル・プロジェクトだと思う。日韓トンネルが技術的に可能かどうかについては,北海道大学名誉教授の佐々保雄氏(故人)が中心となり既に100億円以上の調査費が投入されて調査した結果,可能であるとの結論が出されている。さらに,ハブ空港も必要であり,韓国には既に仁川国際空港というハブ空港が運行している。日本から海外に行くときに,そこを経由した方が便利な場合もある。日本では,名古屋にこの春新たな空港が開港した。これは国内線と国際線の接続が容易なように構造化されており,今後日本のハブ空港の一つとなるであろう。これらのハブ空港は,互いに競い合う側面もあるが,東アジアにこのようなハブ空港がたくさんあるほどより便益にかなうと見るのがよい。

4.米軍再編成と東アジア情勢

 最後に,米軍の再編成についてである。沖縄と韓国の米軍基地は,中国の膨張主義に対する抑止力の役割として重要である。パレスチナ,インド洋を経て韓半島にいたるいわゆる「不安定の弧」を守るために,米軍基地が各地に配置されている。中近東地域の安定のためにインド洋のモルジブ近くの島に基地を配置していたが,今回の津波で被害を受けたかもしれない。技術の発展によって航空機,軍艦の航続距離が長くなったために,今では沖縄の基地に拠点を置きながら,中近東をにらむことも可能になってきた。その意味でも沖縄の価値が高まった。

 ただ沖縄では基地問題が騒がしいために,それを北海道に移すという話も出ている。韓半島の非常事態に対応するためには,どちらでも距離的に同じなので問題はないように思うが,中国,中近東の非常事態に対応するためには,やはり沖縄の方が地理的にすぐれているといわざるを得ない。その妨害のために共産勢力がさまざまの基地反対活動を展開している。例えば,彼らは米軍基地での犯罪を針小棒大に報道するなどしている。冷静に判断すれば,米軍兵の犯罪率は沖縄県民のそれと比べても3分の1か4分の1程度なのである。われわれはそのような意図を持った反対運動のかく乱に惑わされずに,沖縄基地の価値を堅持する必要があるだろう。
(2005年3月2日,日韓指導者懇談会における発題要旨をまとめたものである。)