中国の土壌劣化と持続可能な土地開発のあり方

秋田県立大学教授  松本 聰

 地球規模で環境問題を考えたときに,「土壌劣化」は深刻な問題の一つである。土壌劣化には,砂漠化,土壌浸食,土壌塩類化などがあるが,いずれも食糧生産に重大な悪影響を及ぼすからである。

 世界の農耕地土壌には多くの種類があるが,とくに世界の畑土壌でもっとも高い生産性と安定性を維持してきた「黒色草原土壌」(mollisol,チェルノーゼム)は,米国・ロッキー山脈東側,ロシア・ウクライナ平原,東欧・プスタ平原,中国・東北部などに分布しており,歴史的に世界の穀倉地帯を形成してきた。ところが,それらが土壌浸食や土壌の塩類化・アルカリ化など,近年急速に「問題土壌」化しつつある。

 農用地として土壌を利用する際に,生物生産上支障をきたす要因が元来土壌に存在するか,または栽培の過程で支障をきたす要因が出現し,土壌の生産性が低下した土壌を一般に「問題土壌」(problem soils)と呼んでいる。前者は,乾燥地土壌や排水不良の低湿地土壌のように農耕地土壌として先天的な問題を抱えるものであり,後者は,土壌浸食に伴う作土流出による耕土不足や,肥沃性の低い下層土の露出による生産性の低下,土壌の塩類化など後天的要素によって起こるものである。ここで取り上げる土壌劣化の問題は,とくに後天的な問題土壌の出現が深く関与している。

 そこで本稿では,中国の土壌劣化を例に挙げながら,この問題土壌の現状とその再生への処方箋を考えてみたい。

1.半乾燥地の環境破壊

(1)自然の限度を越えた土地収奪
 コムギやオオムギなど世界の主要な畑作農業は,一般に乾燥地に近い半乾燥地で行われている。近年そのような地域が深刻な土壌荒廃を被っている。土壌荒廃とは,次第に土地の生産性が下がり,砂漠と同じ状況を呈するものを言うが,とくに20世紀後半以降,土壌の荒廃,砂漠化が拡大していった。

 半乾燥地を有する開発途上の国々の多くは,急速な人口増加と経済発展が同時進行して食糧生産の拡大が必要になるなど,人的な営力がかかって土地への負担が大きくなっている。それでもこれが適量の状態を越えなければ土壌荒廃は起こらないのだが,従来にない形で限度を越えて負荷が進行した場合には,土地の収奪が行われるようになる。

 元来,土壌は土地のもつ生産性,すなわち土壌が本来もっていた地力を農業を通じて生産という形で放出する。人間は生産を増やすために,化学肥料を施したり農薬を使ったり,遠方から水を引いてきて灌漑農業を行うなどの努力をしてきた。しかし,土地の生産性は化学肥料や農薬だけで単純に上がるものではない。土壌の生産性にかかわる存在として微生物がいる。微生物は土の中に入った有機物を分解してそれを作物が吸収できるようにしてくれるので,農業が持続可能なものになるのである。ところが農薬は,微生物にとっては毒に過ぎない。化学肥料は有機物ではないので施用し続けると次第に土が固くなり最後には土がダメになってしまう。このようなプロセスを経て土地の劣化が起こる。

 これは畑作地帯だけの問題ではなく,放牧地帯でも同様に限度を越えて家畜数を増やしていくと,今まで草原であったところが劣化していく。放牧地帯では毎年一定量の雨量によって牧草が成長しそれを食わせて養うことのできる家畜の適正数というものがあるが,それを遊牧民たちは伝統的に経験として知っていた。ところが,人口増加と経済発展に伴い生活レベルが上がると家畜数を急激に増やすようになり,いわゆる「過放牧」状態になる。しかし自然界の牧草の総量は変わらないので,結果的に牧草の収奪量が多くなって土地の荒廃が進むのである。かつては,普通の大人の身の丈を十分隠すほどの草が繁茂していた草原が,今ではかなり荒廃してしまったところが数多くみられる。草量に見合った放牧であれば,全部を食い尽くすことはなく,残った草は枯れると土に戻って堆肥となり自然循環する。そのサイクルが破れてしまうと回復はなかなか難しい。

(2)砂漠化問題の根本原因
 土壌劣化の背景には,近年地球規模の気候変動による雨量の減少がある。農業や畜産業にとって雨量の減少は致命的であり,壊滅的な打撃を受けることになる。とくに1970-80年代から砂漠化問題が地球環境悪化の最も深刻な表現系として現れ,現在でも旱魃がその形態を変えながらも依然継続している。気候を元に戻すことは人間の力ではできないが,砂漠化防止のための世界的動きが非常に活発化した。

 実は,砂漠は窒素とリン酸を除いて植物に必要な栄養素を全部含んだ豊かな土壌で,この二つを肥料として与え,水をやれば理論的には簡単に緑化できる。栄養素は主として塩の形で存在するが,砂漠では水の蒸発に伴って水に溶けた塩が地表まで上ってきてしまうことが問題であった。これが「土壌の塩類化」で,こうなってしまうと手の施しようがない。

 事実,旧ソ連では中央アジアの砂漠で大規模な灌漑を行い,農業生産を飛躍的に増大させたことがあったが,現在ではその多くが真っ白な塩の大地となっている。またサウジアラビアでは,センター・ピポットという地下の化石水を利用した灌漑方法により砂漠国にもかかわらず小麦の輸出国となったが,地下の化石水の枯渇や土壌の塩類化が始まり,この方法も破綻をきたしつつある。

 それは砂漠化問題を土壌の荒廃と考えて,単なる技術的対応による解決策を先行させたことが問題であった。このことは自然全体の循環や調和を考えない自然科学的・技術的な対応の限界を示している。純然たる砂漠の緑化は,持続可能な開発方法とはいえない。砂漠は全陸地の約3分の1を占めているが,地球全体のエネルギー収支から考えると,地球全体のバランスをとりつつ残りの3分の2の緑の多い土地を守っていると考えられる。

 ここで注目されるのが半砂漠(半乾燥地)である。半砂漠は砂漠の周囲に広がっている乾燥地域で,陸地の約20数%もある。そこは昔は緑が豊かな地域であり,人間が農地に変えて土壌から一方的に養分の収奪を繰り返したために,植物の生育が悪くなり「砂漠化」していったのであった。もし技術的対応として「緑化」を行うとすれば,この地域に対して行うべきである。私自身,砂漠の緑化に30年来取り組んできたが,すべて砂漠化で失われた地域の緑化である。3分の1の純砂漠には手をつけていない。そこに手をつけることは,逆に3分の2を占める安定した気候条件にある湿潤地帯を不安定な状態にさせてしまうと考えるからである。

 このように砂漠化を引き起こす原因が,農業や牧畜業を行う「人的な営力」にあることを考えたときに,人間の問題として扱いながら砂漠化の解決策を考えることがより重要である。例えば,歴史的にその土地の人々がやってきた伝統農法や牧畜のやり方が,かえって砂漠化防止に有効だという発想である。そのような発想に立った技術的対応策が,これまで非常に不足していたと思う。このように現在では,「砂漠化問題」はとりもなおさず人的問題であるという認識が共有されつつある。

 また,砂漠化問題を抱えた国の中にはその解決に向けて真剣に取り組もうとするグループがある一方で,「そのような問題は経済大国からの支援を得て解決すればよいから,われわれは食べていくことだけに取り組めば十分だ」という考えの人々もいる。経済援助として資金・食糧援助を行うと一時的には状況が改善されるのだが,長い目で見た場合に,その現地の人々が援助に頼って以前ほど熱心に働かなくなってしまった例を私自身多くみてきた。安易に技術的経済的な援助だけを行うことは,彼らの必死で生きようとする意欲をそぎ,伝統的な乾燥地農法に対する智恵を失わせ,彼らが持つ技術をダメにしてしまうことにつながる。先進国側からすれば食糧支援や経済援助は,目に見える成果が現れやすい。しかし現在では,緊急的危機回避の場合を別にすれば,従来のような援助方法ではなくて,彼ら自身に伝統農法のよさを発見させていくような援助方法が非常に有用であると考えられている。それは一つ一つの歩みは非常に遅いものではあるが,逆に着実な方法として評価できるからである。

2.中国の土壌汚染

(1)黄土高原の土壌浸食
 かつて中国人研究者が,中国の文化地理学的側面から中国を二分する社会経済的・土壌地理学的線が存在することを明らかにした(1940年)。それは黒龍江省の黒河市と雲南省の騰沖市を結ぶ線(「黒河・騰沖線」と呼ぶ)である。

 それはどんな線か。この線の東側(太平洋側)は,雨量が比較的多く(年間降水量1000
mm程度),緑も比較的豊かで土地が肥沃な地域である。そのため人口収容力がある。この地域は,われわれが歴史的に知っていた中国のイメージの地域と言える。1940年当時,この線の東側に中国の人口の約97%が集中していたが,面積比でいうと中国全土の約30%にすぎない。一方,その西側の地域は,ほとんどが乾燥地域で,砂漠・岩石が多く,環境が厳しく人が住みにくい。ここの人口はわずか3%だが,面積は70%を占めていた。

 ところが,現在の統計でいうと,人口比率が大きく変化した。実は1949年に中華人民共和国が成立して以降,中国政府は国土の人口分布の不均衡を是正するために,人民を強制的に移住させる政策をとってきた。その結果,線の西方の人口が13%に増加した。割合でいうとわずか「1割増」であるが,実数でいえば当時でも1億人以上の人々を移動させたのである。その人々の大半が漢民族であった。彼らは農耕民族として高いレベルの農業技術を持っており,厳しい気候の地域に行くと,森林伐採をし開墾して少しでも多くの耕作地を耕そうとした。

 その結果,今から50年以上も前から黄土高原を中心に山がほとんど丸坊主になってしまったのである。山が裸になる理由は,森林が伐採されて雨が降ると土壌が浸食され荒廃していくためである。黄土高原は半乾燥地の真っ只中にあって,本来ならば標高1500m程度の高原地帯で夏でも涼しい地域である。しかし森林がほとんど伐採されて荒野と化して土壌浸食がすさまじい。そのような中で畑作農業を行っている。

 また,黄河の西方には,ゴビ砂漠やタクラマカン砂漠があり,その細かい砂塵が年間約2mm程度ずつ冬季を中心に季節風に飛ばされて黄土高原に堆積している。その一部は,朝鮮半島や日本に「黄砂」として飛来している。黄砂は粘土分が少ないのだが,永年にわたって堆積すると圧縮されて固まる。しかし,それは雨が降ると崩れやすく,激しい土壌浸食を起こす。それに伴う土砂流入により黄河の汚濁が始まった。

 黄土高原から流された土砂はみな黄河に流入して,最終的には黄河河口域の渤海湾に堆積しながらはきだされる。その結果,黄河河口域の干潟が増え続けている。その進行速度は年間2kmともいわれているが,我々が実地調査したところでは年間50m程度であった。しかし,海岸線が延びている事実には変わりない。

 干潟というのは,いわば海抜0m地帯のことであるから,いつも水が浸っている状態にある。発想を大胆に転換すれば,干潟から塩分さえ取り除くことができれば,すなわち干潟に海水が入ってこないようにして土を塩抜きすることができれば,この地域を非常に肥沃な耕作地に変えることが可能である。また適量の雨が降れば,土の塩抜きは技術的には比較的容易なことである。このように黄河河口域は,開発のやり方次第で大きな資源となりうる潜在性を持つ。

 ところで黄河は,夏季になると上流で大量の水を農業用などに消費するために,黄河の河口域はほとんど水がこなくなり船が遡行できない状態になる。9月ごろになると気候の影響により黄河上流域で農業ができなくなり黄河の水の使用が減るために,今度はとたんに流量が増加し始める。このように黄河の年間水量変化は非常に激しい。このような特徴とともに黄河河口域は面積が余りにも広いために,河川・土木工事をやるにしても資金面,技術面での課題がある。

 現在,黄土高原には約5700万人が住んでいるが,これは環境条件からするとかなり多いといえる。その一部の人々を土壌浸食の起こらない土壌改良した黄河河口域に移して高い生産性を維持すれば,中国の食糧問題は大幅に改善されるであろう。それはまた世界の食糧問題にも大きな安定感を与えるだろうと思う。

 現在中国の農産物が日本に大量に輸入されているが,中国自体はいま食糧輸入国に転落してしまった。今後中国が,石油資源のみならず,食糧までも世界から大量に買いあさるようになれば,石油以上に大変な食糧資源の逼迫状況が生まれてくるであろう。中国は自家生産を向上させることによって,今後は食糧輸出よりは食糧自給率を上げることを考えるべきであろう。それによってこそ中国経済の安定的基盤が築かれていくに違いない。中国が環境問題を自力でうまく解決し土壌改良に適切な手を打てれば,まだまだ資源には恵まれていると思う。

(2)土壌のアルカリ化
 中国のもっとも深刻な環境破壊は,黄土高原を中心とした土壌浸食問題であるが,その他にも土壌のアルカリ化という深刻な問題がある。アルカリ土壌の物理化学的特徴(pH11〜12)が土壌断面に現れると,土壌からまったく植生が消失し,雑草も生えなくなってしまう。このような現象は,中国の畑作の中心地である東北地方,北京周辺などのほか,さらに内モンゴル自治区から北方にも進行している。

 中国・東北地方は肥沃度の高い黒色草原土壌(mollisol)が分布し,畑作中心の農業が発達して中国の主要な食糧生産基地を形成してきた。この地域は緩やかな起伏をもつ準平原で構成され,かつてはコウリャン,ダイズ,コムギが主要作物であったが,現在ではトウモロコシの単作地帯となっている。夏季にはしばしば旱魃を受けるために,井戸水を利用した灌漑が普及する一方で,最近の十数年間で地下水の汲み上げによる急激な地下水低下も報告されている。

 黒龍江省や吉林省には合計約200万ヘクタールに及ぶアルカリ土壌の存在が確認されてているほか(王遒新ら「中国塩漬土」,1991),われわれの現地調査によって遼寧省北部でもアルカリ土壌が数千ヘクタールにわたってパッチ状に点在していることがわかった(松本聰,1997)。また内モンゴル自治区に隣接するモンゴル側の草原で土壌のアルカリ化による草地植生の著しい退化が観察されており,土壌のアルカリ化が中国の北部・東北部のmollisol地帯に急速に拡大していることが推察される。

 この原因としては,近年の気候変化とともに,地下水の汲み上げ過ぎが指摘されている。前述したように作付け作物が従来のコウリャン・ダイズ・コムギなど比較的水消費量の少ない作物から,水消費量の大きいトウモロコシの単作に切り替えられたことに注目しなければならないだろう(コムギ栽培の水消費量を1とすると,トウモロコシでは8〜9倍となる)。この地域は大河がないために,井戸を掘って地下水を汲み上げそれを大量に農業用に使うために地下水が枯れてしまうのである。また,中国の経済発展にともない,人々の肉消費量が増えることにより,政府の飼料作物の奨励策と飼料作物の価格引き上げは必然的にトウモロコシの作付け面積の拡大につながった。

 そして起伏の連なる準平原地帯での灌漑水・降雨による土壌表面からの物質の溶脱・移動は土壌吸着のもっとも弱いナトリウムで起こり,ナトリウムの窪地・低地での相対的な集積増加がESP(Exchange Sodium Percentage,交換性ナトリウム/交換性陽イオンの百分率)とナトリウム塩の加水分解による土壌反応の上昇をもたらし,アルカリ土壌の発生する原因をつくっていると考えられる。

 これに対して私は以前から対応策を考えて実践してきた。方法論的に言うと,アルカリ土壌に対する土壌改良の基本は,土壌のナトリウムコロイドをカルシウムで置換し,構造性のすぐれたカルシウムコロイドを生成させると同時に,土壌pHを低下させることである。具体的には,酸を使ってアルカリ度数を下げる,つまり硫酸を使って中和させるわけだが,実際にはイオウを撒く。しかしイオウは水に溶けないので,イオウの成分とカルシウムの成分をいっしょにした硫酸カルシウム(石膏)を使う。石膏は水にやや溶け(難溶性塩),溶けた部分がナトリウムと置換して急速にpHが下がっていく。そうなるとアルカリ土壌の改良のきざしが見えてくる。石膏を使うことが非常に効果が大きいことがわかったが,それを現実に農家サイドでどのように行うか。

 元来,中国の土壌にはイオウ成分が少なく,資源としてもイオウが少ない。それは日本とは対照的に中国にはあまり火山がないことからもわかる。ところが中国の石炭にはイオウ成分が多い。現在でも中国のエネルギー資源の約70%が石炭となっており,石炭を使った発電所などから発生する亜硫酸ガスによって呼吸器障害などさまざまな疾病が引き起こされているほどである。

 そこでわれわれは,そのような二酸化イオウなどイオウ分を含む煤煙に目をつけ,その中の亜硫酸ガスを水酸化カルシウムと反応させて中和させ,脱硫石膏を作る技術を1990年代から開発し始めた。こうした方法を使うことによって,煤煙から二酸化イオウを除去して大気汚染防止を進めるとともに,生成した脱硫石灰を土壌改良資材に用いるという一石二鳥を狙ったのである。

 ただ脱硫石膏は無機化学物質であるので,土壌に石膏を投入するだけでは将来的に土が固くなってしまう可能性がある。そこで私は,家畜を飼養しその排泄物をうまくコンポスト化して有機堆肥をつくり,そのような土壌に石膏を投入すれば,やわらかくなって地力がつくのではないかとの見通しを持っている。

3.土壌と環境問題

 これまで「農業にとって土壌とは何か」ということがよく論じられてきたが,それ以上に,「土壌にとって農業とは何か」という土壌の目からものごとを一度考え直してみる必要がある。土壌にとっての農業とは「収奪」そのものである。つまり言葉を換えれば「環境破壊」である。人間の営為の大部分は環境破壊だといっても過言ではない。

 土壌は地球環境の中で物質循環の中に組み込まれている。ものが動いて(循環して)いれば,土壌も活動的であり,機能を低下させることはない。われわれ人間は循環系の中から,その一部を食糧生産という形でいただいているのである。われわれはその循環系の中からどの程度食糧という形でもらえるかという査定を,土壌ごとにすべきである。また,土地ごとに人口収容能力の限界というものがある。そのキャパシティを超えて収奪すると土壌がダメになってしまう。そして一旦荒廃してしまうと回復はかなり難しい。

 また遠い将来を見通したときに,土壌に代わる「ソイルレス・カルチャー」があるのではないかとよく聞く。例えば,水耕栽培がその代表といえるだろうが,最大の問題は経済的にペイしないこと(コスト高)である。水耕栽培の場合は,水口に一粒の微生物,病害菌でも入れば瞬く間に作物が全滅してしまう。そのために農家は病害菌に非常に神経をとがらせており,その防止のために大量の農薬を使用することになる。さらに処理水は循環型ではなく,膨大な水を使いそれを垂れ流している。水耕栽培によって作られた農作物の裏にある水の処理問題やコスト,エネルギーも考えないといけない。水耕栽培でムギが作
れるであろうか。

 そう考えると「土」は,非常に経済的であり有用なのである。土壌であればその中に微生物がいても有機物を入れれば,いつのまにか分解して植物が吸収できる形の無機物にしてくれる。現時点で,土地に代わる生物生産の代替物はないといえる。

 土壌は植物を育てる働きのほかに,環境を保全する働きを有する。土壌には無数の微生物が棲んでおり,これが環境保全に不可欠の存在なのである。微生物の中には農薬を分解したり,重金属を固定したりして土壌汚染を防止するものもある。今後は,地球環境との関連で土壌を研究していく「環境土壌学」の分野がますます重要になってくると信じている。これは土壌学者として私のもつビジョンである。

(2006年12月15日)