世界の動きから見た東アジア情勢の展望

筑波学院大学教授  石田 収

 東アジア地域は,現在,「日米VS中ロ」という大きな図式の中にある。すなわちパックス・アメリカーナを容認する日本と,それに対抗する中ロ,その間に韓国が入っているという構図である。2007〜08年にかけての東アジア情勢の展望を考えた場合,こうした図式の上に大きな変数,出来事が予想されるが,その行方とともにその底にある流れについて考察してみたい。

1.世界を動かす主な要因

 グローバルな視点から見ると,現在,世界を動かしている主な要因を6つ指摘することができる。

1) 共産主義
 東アジア地域には,朝鮮半島と台湾海峡を挟む中国に共産主義国家がいまだ残っており,この地域においては東西冷戦構造は終焉していない。さらにポスト共産主義への動きも確かなものになっていない。中国がどのようなシナリオで脱共産主義をはかるのかは現状では全く見えていない。

2) ナショナリズムの高揚
 韓国,中国,台湾,そして日本においてもナショナリズムの高まりが認められる。
中国においては,これは民族主義という名前ではなく「愛国主義」という形のナショナリズムである。中国では民族主義というとどの民族を指すのかが問題になるので愛国主義という名称を使っている。

 中国では1979年から改革開放政策を進めた結果,「社会主義の優位性」という「錦の御旗」が崩れてしまった。そのために,「社会主義がすぐれているがゆえに,中国において共産党が政権を掌握している」という共産党支配の正統性の論理が説得力を失ってしまった。それに代わるものとして,中国共産党は愛国主義=愛党主義を持ち出した。すなわち,新中国を建設したのは共産党であるという正統性を打ち出しながら中国の発展を望むのであれば共産党を愛するべきだというものである。この背景には天安門事件(1989年)への反省が大きいと思われる。

 中国の場合,一番単純な愛国主義は,スポーツである。つまりオリンピックなどの重要な国際大会で何が何でも金メダルを取るということである。しかし,それだけでは共産党を愛するという愛党主義には結びつかない。そこで「抗日・反日」を執拗に進めてきた。この「愛国主義」が爆発したのが,昨今の大規模な反日運動であった。

 台湾においては,共産中国とは違う意味のナショナリズムで,「台湾人意識」とでもいうべきものが高まっている。これはナショナリズムという範疇に含めていいのか,疑問の余地もあるが,台湾人としての意識の高まりである。「台湾では自分は台湾人であって,中国人ではない」と考える人がますます増えている。その結果,中国大陸と台湾の人々との精神的距離は広がっている。国民党政権が,来年の総統選挙で勝ったとしても,中台関係はそう簡単によくなるとは考えられない。台湾は,大陸中国とは違って世論の国であるので,簡単にはいかない。

3) 宗教
 ここで言う宗教は,イスラームの過激派などに代表される過激な宗教運動である。彼らの主張は,宗教指導者による政治,すなわち「宗政一致」である。イラン革命はその代表である。その考えに従えば,彼らは反王政であり,湾岸諸国の王政は打倒の対象である。

 このイスラム過激派は現在,対欧米のテロとなって噴出している。米国の今の最大の関心事は,テロリズムとの戦いとなっている。

4) 民主主義
 民主主義が一般的に世の中を動かす力になっているかどうかは大いに疑問である。しかし,例えば米国を例に取れば米国は確かに民主主義を旗印に世界を動かしてきたのは事実である。

 米国は民主,自由,人権などの旗印の下にまとまっている国であり,その価値を世界に広げていこうと考えている。それをイスラーム世界にも及ぼし,できれば中国にも及ぼしたいと考えている。この考え方は,米国政府高官の言葉の端々にも読み取ることができる。

 もっとも米国はこの国是と国益をその都度使い分けている。このため米国はダブル・スタンダードであるとしばしば批判されてきた。

 中国の場合,端的にいえば米国は選挙で選ばれていない中国共産党政権を正当なものとはみなしていないということである。中国はまた,こうした米国の主張に対して「和平演変」(平和裏に社会主義を切り崩す)が米国の戦略だとして猛反発している。つまり米中の主張の間にはまじわるところがない。米中は表面上,関係を強めているように見えても本質的な点で対立がある。

5) 地域主義の動き 
 地域主義(regionalism)がもっともさかんであるのは欧州である。すなわち,欧州はEUとして,さまざまな困難を乗り越えて拡大を続けている。最近では,東欧諸国にまで加盟が拡がっている。EUが一つの地域としてまとまっていく趨勢を受けて,他の地域でも地域統合の動きが活発化している。

 東アジア地域においても,「東アジア共同体構想」という形でここ数年議論が活発化している。しかし,東アジア共同体実現までには,多くの難関がありそうで簡単には行かないだろう。

 一番の障害要因は,中国・韓国などに見られるナショナリズムである。ナショナリズムと地域主義とは相容れない部分があるので,行く手には山また山がある感は否めない。ただ,全体的な方向性としては,東アジア地域ではアセアンを中心とした地域主義が進んでいるので,そこに日本・韓国・中国・オーストラリアなどが加わる形で進んでいくことは間違いないだろう。ただ,米国は米国抜きの東アジア共同体には基本的には反対と見られる。米国は自身を太平洋国家と位置づけているので,米国抜きに東アジア共同体が進むのは国益に反するからである。

 地域主義についていえば,近年,アジア人同士の国際結婚が増加するという社会現象が見られるために,「中国人だ」「韓国人だ」「日本人だ」という意識が薄れてゆく可能性がある。こうした国際結婚などの増加に見られる変化によってナショナリズムよりは地域主義,ひらたく表現すれば「同じアジア人だ」という意識への変換がなされる可能性がある。いわゆる「大アジア主義」が一つの論争として登場してきているのである。

 元来,「大アジア主義」は,ヨーロッパ諸国のアジアへの進出とその植民地支配に対抗する形で出てきたものであったが,第二次世界大戦後,アジア諸国が独立することによって姿を消してしまった。ところが,ここ数年,「大アジア主義」という考えが再び頭をもたげている。この議論は今後,さらに深まるものとみられる。

6)家族主義
 上述の5項目のほかに,東アジア地域,とりわけ中華文化圏において,世の中を動かしているパワーの一つとして,「家族主義」を挙げたい。とくに経済発展の著しい中国社会は,混乱と矛盾に満ち満ちて大変な状況ではあるが,それを最も支えている要素として「家族主義」がある。中国人は国家のために自らの命を捨てるつもりはないかもしれないが,家族のためならどのような苦労をもいとわずがんばるという気概が非常に強い。このような家族の絆の強固さは,中国社会の大きな特徴である。

 その背景として,中国社会が「不信社会」的側面を持っているために,家族や親族を頼らずには生きていけないという現実からきているところもあるように思える。実際,中国人に接してみても,日本などとは比較にならないほどの家族・親族間の強固な絆が見られる。そのような現実の中国社会を観察すると,この社会を支えているのは共産主義や愛国主義ではなく,まさに家族主義であると実感せざるを得ない。

 日本はあまりにも米国の影響を受けすぎて個人主義的考えが強くなってしまったが,家族主義を含めたアジア的価値をもう一度見直すべき時にきているのではないだろうか。

2.東アジア情勢の行方

 次に,東アジア諸国の政治日程とともに今後数年の行方について考察してみたい。
まず,日本では,本年7月に参議院選挙がある。これは安倍政権の今後の行方を占う上で重要なできごととなるだろう。近年における日本の政治傾向の大きな特徴は,「親米化」である。これは中南米諸国の反米化とは対照的動きである。その背景としては,中国や北朝鮮との対立,さらには韓国との軋轢が生じたことによって,日本は米国と仲良くし,その軍事力(核の傘を含む)の下にいないと安心できないという傾向をあげることができる。また,ソ連崩壊で日本の左翼勢力が弱体化したことも影響している。こうした傾向は,中国政府からすると非常に癪の種になっている。

 韓国は本年12月に大統領選挙があるが,近年の韓国の政治状況を見るにつけ,韓国が一体どの方向を向いて進もうとしているのかという疑問をもたざるを得ない。「日米VS中ロ」という図式の中で,韓国はどちら側につこうとしているのか,そのような岐路・転換点にあるといえる。一方の北朝鮮問題は,小休止状態で,長期的にはあまり展望はみえてこない。

 中国では今秋,5年に一回の中国共産党大会が開かれる。同大会において突発事態がなければ胡錦濤が再選されることは間違いない。この中国共産党大会を通して胡錦濤政権がさらに強固な権力基盤を確立するだろうと見られている。その場合,胡錦濤がどのような新たな政策を打ち出してくるかが焦点となる。何もやらなければ胡錦濤は歴史に残らない人物になってしまう。中国は指導者に定年制を敷いているので胡錦濤に残された時間はあと5年である。

 中国の歴代指導者はそれぞれ歴史に名を残してきた。毛沢東は新中国を建て, 小平は改革開放政策を推進し,江沢民は安定団結をとなえた。それでは胡錦濤は何をしようとするのか。今の段階では全く見えてこない。現在のスローガンとなっている「調和社会の建設」などは表面的なスローガンで中国が調和社会とはまったくかけ離れた社会になっていることは中国人民なら誰でも知っている。

 一番考えられることは,政治改革,政治の民主化であるが,しかし現時点ではその気がないことは明らかである。

 昨年来の中国国内マスコミに対する強硬な締め付けを見る限りにおいて,彼は意外と保守的な思想を持つ人物と見える。しかし,これとてはっきりしたものではない。これまで江沢民派に周囲を押さえつけられてきたが,今度の大会を機に彼が主導権を発揮して最後の5年間で本当に自分がやりたいことを推し進める可能性は十分にある。本質的なことは何もしないで今のまま進めば,現在のさまざまな危機を引きずりながら進むことになる。

 中国という国は,経済が発展すればするほど国内危機が深刻化するという状況にある。中国では国内の経済格差が拡大するとともに,国民の政府や党に対する不満が増大しつつある。

 最近,中国は外交的成果を誇っているが実は中国は外交的にいうと孤立している。中ロ接近は孤立しているもの同士が結びついているともいえる。中国の友好国は北朝鮮,ミャンマー,一部のアフリカ諸国程度で非常に少ない。ロシアは長い眼でみると友好国とはいえない。ロシアは中国人のシベリア進出に警戒心を強めている。中国は近年アフリカ外交を非常に活発に進めているが,それはある意味で孤立状態の裏返しとも言えるものだ。

 日中関係は当分良くなることはないだろう。中国が日本と仲良くするメリットは経済面だけで,それ以外ではメリットがないからだ。中国が日米同盟に対抗してアジアにおける覇権を目指そうとすれば,当然日米と対立せざるを得ない。それゆえ,靖国問題は表面的なものであって,その根っこには日中の対立があると思われる。

 台湾は08年3月に総統選挙が予定されているが,不透明な部分も残っている。この総統選挙で国民党政権が復活したとしても,中台両岸関係が急速に改善されるとは思えない。台湾は民主主義国家であるので,国民の世論を無視して一方的に中国側に歩み寄ることはできない。民進党よりは少しは悪化を防げる程度であろう。一方の大陸中国の戦略は,「戦わずして勝つ」というものである。もし武力衝突にでもなれば,大変な犠牲を払うことになる。さらには中国内政の混乱を引き起こさないとも限らない。そのため武力行使は実際にはできる状況になく,戦わずして勝てるよう時の熟すのを待っているのである。

 ロシアもまた来年大統領選挙を控えている。ロシア外交の特徴は実利外交といわれるがどこまで中国と歩調を合わせるかが大きなカギとなろう。

 東アジア地域とも密接な関係のある米国も,来年大統領選挙が行われる。米国にとっては,イラク,イラン問題が北朝鮮問題よりはるかに大きな問題であるので,東アジア問題については二番手になる可能性がある。また日本に対しては,同盟国としてさらに大きな負担を要求してくる可能性がある。

(2007年2月18日)