アジアの世紀における米国の戦略

米国・元国務副長官 リチャード・アーミテージ

 

1.アジア情勢を考える7つの指標

 「米国政府はアジアに対して戦略的プランがなく,場当たり的に対応している」と言われることがあるが,それは事実ではない。実際には,米国政府には基本的な対アジア戦略プランがある。とはいっても,遠い未来を見通すものではない。専門家の多くは,かなりの確信を持って先を見通せるのはせいぜい15年くらいだといっている。さらに,その中で確実だと言えることとなると数えるほどしかない。

 米国の戦略的重心がアジアにシフトしつつあるわけだが,米国政府がアジアについて議論する際の枠組みの中で,今後15年間について確実であると思われることをまず7項目指摘したい。

1)グローバリゼーションは不可逆的である。もちろん,確かなことには不確かなことが 付随するものである。ここで不確かなことは,開発途上国が世界経済のレベルに参入することができるかどうかである。そこから取り残される国があるかもしれない。

2)今後15年間,世界経済が成長し続けることは確かであるが,持てる国と持たざる国のギャップが広がるか縮まるかについては何とも言えない。もしこの格差が拡大すれば,それに伴う難しい問題が起こるだろうことは確実である。

3)今後15〜20年間に必要とされる石油の消費量に対して,現在の石油埋蔵量は十分だということである。しかし,ナイジェリアやスーダン,サウジアラビアなど,石油産油国の政治的安定さの将来展望についての保証はない。

4)中国の発展と台頭である。これは,19世紀におけるドイツの台頭,20世紀における米国の台頭と同程度に重要な出来事である。中国の発展について不確かなことは,直線的な発展をするのか,あるいは曲折した発展をするのかである。既存の勢力が台頭する新しい勢力に対応しようとするとき,安全保障や経済において地殻変動が起こることを歴史は示唆している。

5)すべての西洋諸国と日本が高齢化することである。日本の平均年齢は42.6歳で,日本は最も高齢化した社会の一つとなっている。その他の主な国の平均年齢をみてみると,米国37歳,イタリアとドイツが41歳,パキスタン19歳,インドネシア23歳,インド24歳,南アフリカ23.5歳である。どうして私が平均年齢にこだわるかと言えば,米国が基本的に他国と戦略的パートナーシップを結ぶ際に,高齢化した国家は社会保障を優先させるため,米国が安全保障などの“大義”で協力を求めても,予算をそちらに回すことができなくなる蓋然性が高いからである。

6)人口の都市集中化である。人々は田舎から都市へと移動しており,これも不可逆的な動きである。これに伴う不確かなことは,大都市をあずかる政策立案者たちが,人々に必要なインフラを適時に整備することができるかである。それができなければ,政府に対する国民の不満は高まるに違いない。

7)米国は少なくとも今後15年間は世界の主導的国家であり続けること。米国は世界のすべての地域に対して関心を持っており,世界に米国にとって無意味な地域はない。そのような役割を特定の国が米国に取って代わろうとするかどうかは不確かである。

2.アジアへシフトする米国の世界戦略

 2020年における世界人口は78億人と予想されている。地球がもし100人の村だと仮定すれば,56人がアジア人であり,そのうち19人が中国人,17人がインド人である。さらに16人がアフリカ人で,13人が西半球(米国大陸とその周辺の島および海域を指す)に住む人々となる。そのうち米国人は4人に過ぎない。そして,旧ソ連と東ヨーロッパが7人,西ヨーロッパが5人,中東3人ということになる。たった3%の人口の中東に,世界の紛争の85%が集中している勘定だ。

 ダクラス・マッカーサー(1880-1964年)が1903年にウェストポイントを卒業した後,7カ月にわたってアジア諸国を旅したことがあった。その時の日記の中に,「20世紀はアジアの世紀になるだろう」と書いている。それはある程度正しい指摘だったといえるが,その言葉はむしろ今の時代にこそより真実味をもつと思われる。

 米国の最も大きな10個の軍隊のうち,6個がアジアにある。世界でGDPの大きな10カ国のうち,5カ国がアジアにある。世界で最も人口の多い10カ国のうち,6カ国がアジアにある。現在,米国は戦術的に中東問題に深く関わっているものの,長期的戦略からすれば,アジアを軽視することはできない。それゆえ,米国の戦略的重点はアジアに移りつつある。

 アジアには民主化や経済発展の面で大きな進歩があると同時に,その一方で,多くの問題を抱えていることも広く知られている。その代表的なものが,北東アジアにおける軍事拡張主義の台頭,朝鮮半島の核開発問題,台湾海峡を挟む中台問題,日中間の領土やエネルギーを巡る争いなどである。

3.北東アジア情勢の展望

(1)朝鮮半島
 米国人の視点からすると,米韓関係は最も難しい関係の一つである。その背景には,大多数の米国人が知らない事実が関係していることがある。

 一般に米国人は,米韓関係は1950年に米国が国連軍を率いて北の共産主義から韓国を守ったときに始まったと認識している。しかし,韓国人は朝鮮王朝の時代から米韓関係が始まったと認識している。1882年,済物浦(現在の仁川)で米国と朝鮮王朝との間に条約が結ばれた(米朝修好通商条約)。この条約は,両国間の通商に関することや,韓国人の米国への移民の許可,米国の宣教師が朝鮮内で活動することの許可,および安全保障に関して交わされた条約で,1905年まで有効であった。ところが,1905年に「桂・タフト協定」という日米首脳の密約によって,米国はフィリピンに対する権益を認めてもらう見返りに,日本の朝鮮に対する支配権を承認したのであった。このことはほとんどの米国人が知らないにもかかわらず,韓国人は誰でも知っている事実である。したがって米韓関係は,1950年に始まったのではないのである。

 もう一つの困難さは,朝鮮半島の分断である。1943年の「カイロ宣言」で,強大国は朝鮮半島全体の統一を保持することを宣言していたのに,1945年に米国はソ連と妥協して朝鮮半島の分断統治を選択した。そのとき,米国のディーン・ラスク大佐(後に国務長官になる,1909-94年)が,旅行者用の地図を使って僅か20分で,地政学的な特徴や行政上の区分を一切考慮せずに,北緯38度線で朝鮮半島を分断したのであった。これが今日の軍事境界線(DMZ,38度線)のルーツとなった。

 1948年に李承晩政権は,米国に対して韓国から米軍を撤退させないように要請したのだが,1950年の「アチソン声明」により,米国は韓国を軍事的防衛ラインから外してしまう。これが同年6月25日の共産主義による侵略(北朝鮮による南侵)を招いたと言われている。そしてこの時から,米国は韓国を軍事的にサポートしてきたことだけを認識しているのである。

 このように,米国人と韓国人の間では,米韓関係に関する認識が非常に異なっているために難しい問題が多い。私たちは,お互いにこうした事実をよく理解する必要がある。多くの米国人は,日本と韓国の関係,日本と中国の関係が難しいことは知っているが,米国と韓国の間にも深刻な無理解と相互不信があることを知らなければならない。

 朝鮮半島問題に関する私の見解は,現状に関して楽観的である。言葉による戦いは,力(武力)による戦いよりもましだということだ。現在,北朝鮮との間では言葉による戦いが成り立っているという点が重要である。

 もう一つ言えることは,米国は北朝鮮問題で日本を継続的に支援する必要があるということだ。日本は北朝鮮との間に核問題だけでなく拉致問題を抱えている。米国政府の中には私と違う意見の者もいるが,私の意見としては,米政府は核問題の解決を優先するあまり,拉致問題において日本を助けるのを忘れてはならないと思う。北朝鮮が核武装を止めない場合,北朝鮮の孤立化政策を続けるだけである。また韓国政府や日本政府の同意なしに,米国が北朝鮮を武力攻撃することはありえない。

(2)中国  
 中国が現在急速な経済発展をしていることは事実である。2008年には北京オリンピックが開かれるが,中国はまさに世界の表舞台に立とうとしている。米国と中国は多くの点で共同歩調を取っている。北朝鮮をめぐる6カ国協議がその一つであり,伝染病の拡大防止においても協力している。また,中国は国連PKO活動の一環として,ハイチに文民警察を派遣している。

 しかしながら,中国の活動には多くの懸念もある。例えば,中国はなぜ最近,(高句麗史が中国の少数民族が建国した中国史の一部だと扱うことにより)韓国と中国の領土問題を再燃させる「東北工程」(東北プロジェクト)を再開したのか。チベット問題の故に対立していたインドとの関係回復に乗り出したことなども懸念材料の一つである。ジンバブエ,スーダン,ベネズエラなどの人権弾圧を中国が支持していることも,中国の影響力拡大が目的であると見ざるを得ない。

 北東アジアでは,歴史上かつてなかった状況が生まれている。それは,中国と日本というこの地域の二つの大国が,同時期にほぼ互角の国力を持つようになったことである。歴史的に見ると,この地域では日清戦争の起こる1894年以前は中国が支配的であったが,それ以降は日本が支配的な位置を占めてきた。しかし,いまは両国の国力はほぼ対等になったのである。

 私は今後の米中関係が難しくなると決まっているわけではないと思う。私は中国が安定した国家になる可能性はあると思うし,それは中国の政府高官たちが何よりも望んでいることでもあると思う。彼らには解決すべき課題が数多くある。官吏の腐敗の問題,環境問題,水確保の問題,貧富の格差の問題などを,彼らがうまく解決できれば良いと思う。中国の混乱は私たちも望んでいない。

 また,中台関係の展望について,米国は台湾海峡問題の平和的解決を望んでいるが,米国が台湾に対して防衛力を提供し続けるのが最善の策であると感じている。台湾と中国本土の経済交流が進んでいるので,対立の温度は下がっている。

(3)日本
 現在,米国にとって日本以上に重要な国はない。それは日本が世界で第二位の経済大国だからでも,世界第二位のODA拠出国だからでも,60年間にわたって良き世界市民だったからでも,世界銀行,IMF,国連などの国際機関に世界第二位の貢献をしているからでもない。もちろんこれらはすべて事実であるが,それが主たる理由なのではない。米国にとって日本が重要である根本的理由は,日本がこれまで米軍に基地の使用を許可し,アジアの安全保障のために協力を惜しまなかったからである。アジアにおいては,ソフトパワー(文化,価値観,政策のアピールなどによる国際社会での影響力)だけでなく,ハードパワー(軍事力や経済力などによる対外的な強制力)も依然として必要である。特にこれからの中国の方向性を考慮に入れた場合はなおさらだ。その意味で,米国にとってアジアにおける日本の役割は重要なのである。

(4)東南アジア諸国連合(ASEAN)
 アセアンは6億の人口を有し,合計8000億ドル強のGDPを持つ地域であり,その中にはアジア最大のイスラーム国家であるインドネシアがある。ベトナムのようにエネルギッシュな国もある。また,これらの国々はシーレーンにおいて重要な位置を占めており,アセアン10カ国の役割はますます大きくなっている。

(5)ロシア
 ロシアはユーラシアに位置する国であるが,彼らの関心はアジアからヨーロッパの方にシフトしている。ロシアの極東における人口も,毎年10万人が西に移動している。このことは,ハバロフスクなどの極東都市のマーケットにおいて,ロシア人よりも中国人の役割が大きくなっていくことを意味する。このロシアの「西向き」の傾向は今後も続くと思われる。私は,ロシアが民主主義の方向に向かっていくことは間違いないと思う。もちろん現状は西欧の民主主義とは異なる状況であるが,その方向に向かっていることは確かなことである。

 しかしそれはまた長い時間を必要とするプロセスでもある。70年もの間共産主義の下にあった国が,一夜のうちに変わるのは難しい。ロシアには,HIV/AIDSの問題,イスラーム教徒の増加の問題,それとロシア正教との関係の問題など,難問が山積している。私はこれらの問題がうまく解決されることを希望する。

(6)インド
 インドは,多民族,多人種,多宗教の国の中で,世界最大の民主主義国家であるという点において,非常に魅力的な国である。現在,米国がインドと関係を強化しようとするのは,何も対中国カードというわけではなく,それが米国の国益自体に適っているためである。インドは「東方政策」を取っており,アジアの一員となることを望んでいる。アジアの経済発展は,多元主義,宗教的寛容に向かっていく。米国の関心は,アジアにおける経済発展と民主主義の発展を促進することである。

(2007年2月4日〜9日,米国・ワシントンDCおよびニューヨークにおいて開催されたUPF主催の国際指導者会議における講演内容の要旨をまとめて整理した。)