北東アジアのグランドデザインと日本の外交戦略

中野アソシエイツ代表 中野 有

 

グローバルNATOと自由と繁栄の弧

 カーター政権の大統領補佐官ズビグネフ・ブレジンスキー氏が,新たな国際秩序の構築の過程について実に興味深い洞察を行っている。米国,EU,そして中国を頂点とする東アジアコミュニティーが,世界の三極構造を形成しつつある。その過程において,日本,ロシア,ブラジル,インドは「スゥイング・ステーツ」すなわち流動的な弧を描くように動く国家だという観察である。とりわけ,ブレジンスキー氏は,日本は孤立化するということと,ロシアが西側に対し憤慨的であるということを懸念している。このようなユニークな地政学的局面において,NATOの拡張に伴い,日本が安全保障の一環として グローバルN
ATOとの協力を深化させる可能性があると指摘している。

 米国は石油資源獲得に重要な世界戦略基盤,並びに米軍のトランスフォーメーションの戦略として,東欧,中東,インド,中国,北朝鮮のラインを「不安定の弧」と考えている。同じく日本の麻生外務大臣やインドのシン首相は,朝鮮半島,ベトナム,インド,中東諸国,トルコ,東欧に及ぶ弧のラインを「自由と繁栄の弧」と考察している。米国が不安定と考える弧を日本やインドが異なった期待感で観察しているのが興味深い。いずれにせよ,「不安定の弧」も「自由と繁栄の弧」もユーラシア大陸における中国の勢力を緩和させる戦略が含まれていると思われる。

 日本では日米同盟が基軸であり,それが揺れ動くことはないとの見方が強いと思われるが,ブレジンスキー氏のように日本を揺れ動く弧と考察する視点を観て,新たなる国際秩序の構築が想像を超える速度で推進されていると思われる。

協調的安全保障

 安全保障には4つの形態があると考えられる。第一は,覇権安定型,第二は,勢力均衡型,第三は,集団的安全保障,そして第四は,協調的安全保障,勢力の調和である。例えば,冷戦に勝利した米国は,テロとの戦いにおいて覇権安定型を目指したが失敗した。NATOは,軍事を基本とする集団的安全保障である。北東アジアは,朝鮮半島の38度線を境に勢力均衡型の冷戦構造が未だ残存している。

 ブレジンスキー氏が指摘するように日本がNATOの拡張に伴い,中国やロシアを牽制する意味でも大西洋を挟む米国とヨーロッパの集団的安全保障体制と並び,日本とNATOとの協力,すなわち日米同盟にヨーロッパが加わるという安全保障体制も将来起こりうると考察する。

 しかし,それはあくまで軍事を基本とした安全保障である。願わくばアジアにおいてEUのような経済協力を主体とした協調的安全保障や勢力の調和(Concert of Power)が実現されることを期待したい。しかし,その過渡期において集団的安全保障体制がない東アジアにおいて,NATOとの協力で日本の安全保障体制を強化するのも重要であると考察する。

 究極的には,日本は核を持たぬ平和国家として経済協力や文化協力によるソフトパワーや人間の安全保障を礎とした新たなる国際秩序の構築を目指す,地球社会の推進役を果す役割を担っていると考えられる。

対北朝鮮強硬派 

 米国の対北朝鮮強硬派に共通する考えは,金正日体制の核の放棄はありえないということである。金体制の生存のために核開発は最重要事項であり,外交交渉は成立しないとの一貫した姿勢である。このプリンシプルでブッシュ政権の一期目は,北朝鮮と直接交渉を行なうことなしに,六カ国協議が進められた。換言すると本音の外交が二国間外交であるとすると,多国間外交は現状維持を建て前としたものであり,北朝鮮を泳がせる政策であった。 

 ブッシュ政権の一期目が北朝鮮問題で現状維持政策を実践した背景には,イラク問題に集中しなければならない現実的な理由があった。加えて,冷戦構造が残存する北東アジアにおいて勢力均衡型の安全保障における北朝鮮の緩衝地帯としての不確実性要因は,必ずしも米国が推進するミサイル防衛の障壁にならないとの軍事産業複合体の考察があったと分析できる。 

 北朝鮮への強硬策を主張してきたラムズフェルド長官,ボルトン大使等が見事にブッシュ政権から外されたのである。そしてこの主張を唱えるチェイニー副大統領のパワーにも明らかに陰りが観られる。  

 北朝鮮は,国際社会の強い警告にも拘らず,06年7月にはミサイル実験, 同年10月には核実験を行ったのみならず,米ドルの偽札を製造し,日本人や韓国人を拉致し,それらの問題を反省どころか曖昧にする,ならずもの国家である。  

 それにも拘らず,中国,韓国,ロシアは,北朝鮮への宥和政策をとり続けてきた。そして,最近では,米国が北朝鮮への強硬路線から宥和政策に変貌を遂げようとしているのである。北朝鮮を取り巻く5カ国で,日本が唯一の強硬派となってしまった。  

 ブッシュ政権を去ったボルトン大使等のネオコン派は,北朝鮮への強硬政策を続ける日本の姿勢を評価しているのである。この最近の北東アジアを取り巻く情勢の変化を鑑みるに,北朝鮮問題の本質を把握する必要があると思われる。 

米国が宥和政策に変貌した 3 つの理由

 筆者は,日本一国でも核やミサイルの開発を諦めぬ北朝鮮へ経済制裁を仕掛けると姿勢を続けることは間違った判断でないと考える。何故なら,経済制裁と建設的関与の程よいバランスが保たれ,封じ込めと関与政策が成り立つからである。同時に,米国がどうして北朝鮮への現状維持政策から宥和政策に変貌したかを分析する必要があると考察する。概して三つの理由があると思う。 

 第一,北朝鮮が核を保有したことで抑止力として日本が独自で核兵器を保有するとの懸念が生み出されたことと,核のドミノ現象の回避のためには,北朝鮮問題の解決が重要と判断。これは,米中露韓のすべての共通した考えであると思う。特に,未だ米国には,日本とドイツには核兵器を保有させないという安全保障の大前提がある。 

 第二,中国が人工衛星の攻撃用実験を行なったことで,軍事産業複合体のパラダイムが北朝鮮の不確実性要因に依存する姿勢から,宇宙空間への開発にシフトしはじめたことにある。ポーランドやチェコにミサイル防衛のための建設が行なわれるとのことで, NATOとロシアの対立が際立っているが,北東アジアでは,ミサイル防衛のみならず中国への封じ込め戦略の一環として軍事産業が絡む宇宙産業が展開されると考察する。 

 第三,北朝鮮が核を保有し,ミサイル開発も予測以上に進んでいるとの判断で,軍事制裁への可能性が低下したこと。ブッシュ政権の対北朝鮮強硬派が舞台を去り,ライス国務長官を中心とする実利主義的外交に加えて,ペンタゴンのゲーツ国防長官と中国への経済の相互依存を強調する元ゴールドマンサックス会長のポールセン財務長官とのトリオが北朝鮮問題を中国問題の一環として考察する包括的戦略を推進していると読む。米中の経済的相互依存関係が,米中の北朝鮮への宥和政策に直結しているとも考察できる。 

大局的交渉

 大局的交渉(グランドバーゲン)として北朝鮮への米国による安全保障の保証と米朝の国交正常化もありうると読む。北朝鮮の核の放棄から核の平和利用という,朝鮮半島エネルギー開発機構(KEDO)に見られたクリントン政権の末期に逆戻りしたような錯覚さえ感じとれる。しかし,KEDOとの明確な違いは,13年前の朝鮮半島危機と違い,中ロの勢力が蓄えられたことに加え,中ロが北朝鮮の核開発を懸念している点である。 

 従って,米朝が接近し,北朝鮮の暴走を緩和することで,北東アジアの安定と発展が保証されることは,米中露韓の利益に繋がると考えられる。よって,日本を除く4カ国は実利外交として5万トンの重油提供と,北朝鮮が 核のリストを提供するという合意を守ることを前提に,追加として,95万トンの重油提供が示されている。日本だけが,核,ミサイル,拉致,偽札の製造という違法を続ける北朝鮮に対し経済制裁を主張している。日本の主張は,拉致問題が解決されるまで北朝鮮に妥協しないことにある。 

 北朝鮮問題にはユニラテラリズム(一国主義)ではなくマルチラテラリズム(多国主義)で対応すべきだ。一時的に制裁が必要な場合もある。しかし,歴史は制裁が効果のないことを証明している。一時的に制裁を与えたとしても,次には大きな飴を与えることが必要だ。その大きな飴が後述する「グランドデザイン」である。

勢力の調和

 21世紀の今日,地球世界は,ならずもの国家や国際テロ組織による大量破壊兵器の恐怖に直面している。そして,上海協力機構に代表される中国やロシアの勢力が新たなる国際秩序の構築に拍車をかけている。ユーラシア大陸においては,日米同盟のみならずオーストラリア,ニュージーランド,東南アジア,インド,トルコ,EUと大きな勢力の統合と拡張が起こりつつある。その勢力とは,決して冷戦時代のイデオロギーの対立,すなわち上海協力機構を中心とする勢力と日米同盟を中心とうる勢力の対立を意味するものでなく,勢力の調和(コンサート・オブ・パワー)でなければいけない。 

 では,北東アジアにおいてどのようにして勢力の調和が生み出されるのであろうか。

 朝鮮半島は38度線で分断されている。しかし,それが崩れる兆しは米中露韓の協力で見え朝鮮半島の統一に繋がる可能性もある。拉致問題で頑なな日本は,この北東アジアの複雑な構造の中で,北東アジア経済圏が生み出されたらどれ程,大きな平和へのステップになるかとのビジョンとシナリオを描く必要があろう。

 戦前の日本は,弱肉強食の帝国主義の時代において,エネルギー確保を前提に大東亜共栄圏の構築を行った。無残にも日本の単独主義による共栄圏構築は,軍事対立を引き起こした。ならば,21世紀の今日においては,多国間の協調による経済圏構築は,信頼醸成の構築に寄与すると信じたい。 

 中国を中心とする勢力は,今後,北東アジアに大きな影響を与えると考えられる。それに伴い米国には,アセアン・プラス3(中国,韓国,日本)の経済の統合に根強い不信感がある。この不信感を埋める最善策は,ブッシュ政権2期目で目覚め始めた米国の北東アジアに対する建設的関与政策を起爆剤に大きな北東アジアの開発ビジョンを提示し,それを実践することである。

グランドデザイン 

 北東アジアの空間に鉄道,道路,石油・天然ガスパイプライン,教育,通信などのインフラ整備が国境を越えて構築されることにより,国を越えた相互依存体制が生まれる。この北東アジアのグランドデザインの実現が,ひいては,勢力の調和と協調的安全保障の確立と安定と発展への礎になろう。

 要約すると,ミサイル,核開発,拉致に対する反省が見られない北朝鮮に対し,経済制裁を課すという日本の外交政策は正しいと考えられる。しかし,北朝鮮が 核兵器の放棄に繋がるリストを提出し,そして拉致問題でも進展の兆しが見られる状況になれば,日本は, 六カ国協議や国連の舞台を通じ,最も広大で包括的な平和へのグランドデザインを示す時期に来ているように考察する。安倍総理が米中の首脳と対談される時には,北東アジアの安定と発展に向けたグランドデザインが協議されることを期待する。

北東アジアの平和戦略12の提言

 あまり知られていないことだが,47年前(1960年)にジョン・F.ケネディ米大統領(当時)は「平和戦略の12の提言」という著書を出した。そこには@核問題A兵器条約BNATOの拡大CマーシャルプランDラテンアメリカの民主主義E中東政策Fアフリカ経済機構の創設Gベルリンの壁Hヨーロッパの中東政策I中国・共産主義と新しい世界機構としてのアジア開発銀行J国連の役割K宇宙産業−についての構想が描かれていた。

 そこで,多数国参加の進歩的で建設的な抱擁政策として,「北東アジアの平和戦略12の提言」を示したい。

 第一は,協調的安全保障。これが最も重要である。北東アジアの場合は,朝鮮半島の38度線で対峙する勢力均衡型安全保障である。ミサイル防衛による平和追求は集団的安全保障へと移行していく。集団的安全保障とは軍事的に平和を維持する形態である。一方,国境を越えて共生圏を構築し,その地域の発展に貢献する協調的安全保障は,多国間協力の推進と地域の信頼醸成によってミサイル防衛の必要性を低下させることで可能となる。これが安全保障の最も進んだ形態である。

 第二は予防外交。朝鮮半島では決して戦争があってはならない。未然に防ぐことが必要だ。

 第三は経済圏の構築。北東アジアはユニークな地域である。中国と北朝鮮には大きな労働力がある。ロシア,モンゴル,そして北朝鮮には豊富な天然資源がある。韓国と日本には技術と資本がある。これを統合することで経済圏を構築できる。それによってこの地域すべてにプラスとなる大きなデザインを描くことが可能だ。 

 第四は歴史認識。戦前の日本は「大東亜共栄圏」を掲げたが,一国主義が間違っていた。日本は被爆犠牲国となり,敗戦した。そして戦後はODAの最大援助国となった。歴史は将来を映す鏡である。 

 第五はフィジカル・インテグレーション(physical integration)の構築。これは国境を越えた国際的公共財を創るということ。日本の政府開発援助(ODA)にしても米国の地域計画にしても国益を優先するが,これが間違っている。国境を越えた地域としてのODAを行うことで,多国間のインフラ整備や国際公共財の創出が可能になる。こうした方法で地球益を追求すべきである。 

 第六は天然ガスプロジェクト。天然ガスは世界で最も環境にやさしいエネルギーである。もし天然ガスパイプラインをロシア極東からモンゴル・中国・北朝鮮・韓国そして日本へと結べば,北東アジアの6カ国がエネルギーを共有できる。もし中国がエネルギー源を石炭から天然ガスに切り替えれば,酸性雨や黄砂などによる環境問題の解決にもつながる。また日本のエネルギーの中東依存を減らし,朝鮮半島の南北をつなぐことで地域の信頼醸成が生まれる。エネルギーの安全保障と信頼醸成は補完関係にあると考えられる。

 第七は,国際公交通網。北東アジアにはシベリア鉄道など9つの主要交通ルートがある。1920年代にその他いくつかの鉄道網,道路が建設された。しかし過去80年間,世界大戦や冷戦構造ゆえに機能してこなかった。

 第八は,北東アジアに本部を持つ新しい国際機関の創設。ワシントンやニューヨーク,パリ,ウィーン,ローマなどにはたくさんの国際機関本部がある。しかしアジアにはそのような大きな国際機関がない。あるのはマニラのアジア開発銀行,東京の国連大学ぐらいのものだ。一方,中国はオリンピックや万国博覧会の開催,国際機関の設立に大きな関心を持っている。北東アジアで21世紀型の問題に対処できる国際機関を設立することは大変意義のあることだ。それには日中韓を機軸とする@北東アジア途上地域の開発のためのインフラ整備Aアジアによる金融システムの構築B朝鮮半島の安定のための経済社会機構−の三つの大きな問題に取り組む必要がある。そして日中韓がそれぞれの特色を生かし,この三つの機能をまとめた「北東アジア経済社会開発機構」の設立を提案する。

 第九は,日米安保条約とグローバルNATO。これがこの地域の礎である。この礎は北東アジアに多国間の枠組みを創るうえで大変重要である。

 第十は多神教。中東の問題はイスラーム,ユダヤ,キリスト教,などいずれも一神教による問題である。この三つの兄弟宗教がけんかをしているのが現在の紛争のルーツである。この三つの宗教は妥協しない。そして世界の主流は一神教が占めている。

 第十一は協力,対話,抱擁。これがこの地域の安定の鍵である。

 第十二は多国間発展包括政策。これが私の「北東アジアの平和戦略12の提言」である。
(2007年5月23日)