温泉療法による健康づくり

北海道大学大学院教授 大塚  吉則

 

 ヨーロッパの温泉で,日本でもよく知られているのは,ドイツのバーデンバーデン(Baden-Baden)である。バーデンバーデンは,独仏国境付近のライン川近くに位置する街で,古くはローマ時代のカラカラ帝によって開発された古い温泉地である。昔から王侯貴族が保養するところとして有名であった。現在でも,観光地として多くの人でにぎわっている。
 
 このように温泉療法研究で有名なドイツにおいては,世界でも有数の温泉に関する各種研究がなされてきた。実は日本の温泉医学に関する学問も,ドイツの研究から学ぶところから始まった。
 
 ところで,日本の温泉地(入浴・宿泊施設がある場所)の数は,全国で約3100箇所あり,都道府県別では北海道が一番多く,次が長野県となっている。一方,源泉の本数は大分県が一番多く,次いで鹿児島,静岡,北海道の順になっている。温泉利用宿泊施設数では,静岡,長野,大分,北海道が多く,全国で一番入湯客(入湯税換算)が多い都市は,箱根町であり,次が札幌市である。このように北海道は,日本でも有数の温泉地である。
 
 私は永年,温泉地北海道で温泉療法の研究をしてきたが,温泉療法は自然環境を最大限に利用する自然指向型の治療法である。近年の温泉ブームの中でマスコミなどを通じて広く温泉が紹介されてはいるものの,その科学的側面や温泉療法に関しては正しく知られていないように思われる。そこでここでは,それらについて紹介しようと思う。

1.温泉とは

 まず,定義からみておく。
「温泉」については,温泉法で定義されている(注1)。それによると,鉱泉の他,地中より湧出する水蒸気,その他のガス(炭化水素を主成分とする天然ガスを除く)で,@化学成分,ガス状成分あるいは特殊成分が一定の濃度以上存在する,またはA源泉で常に25℃以上の泉温を有するものをいう。すなわち,温泉は「温度または物質」のいずれかの基準を満たせばよいことになり,規定量の物質は含有していないが水温が25℃以上のもの(単純泉という),または25℃未満であるが規程の物質を1種類でも含有していれば「温泉」に該当する。
 
 もう一つの基準としては,温泉水1kgを地中から汲み上げ,180度くらいで沸かして残ったミネラル分が1g以上ある場合を温泉としてよいという。
 なお,「鉱泉」という表現もあるが,これは温泉の定義から水蒸気とガスを除いたものに相当する。すなわち,地中より湧出する温水および硬水の泉水で,多量の固形物質,またはガス状物質,もしくは特殊な物質を含むか,あるいは泉温が源泉周囲の年平均気温より常に著しく高いものをいう。
 
 また,温泉には火山性の温泉と非火山性の温泉がある。火山性の温泉は,熱対流によるもので,地中に浸透してくる雨水などがマグマの熱で温められ,マグマの成分を含んで地表に湧出するもの。そのため硫黄を含む硫黄泉に代表される刺激性の酸性泉が多いのが特徴となっている。マグマから発生する蒸気が直接噴出することもあり,この蒸気が雨水に溶け込んで地表近くに貯留し,温泉として利用されることもある。もう一つの非火山性の温泉は,地球内部からの熱伝導によって生じるものである。ヨーロッパでは非火山性温泉が多く,炭酸塩泉が多数存在している。
 
 地球内部は高温で常に地表に向かう熱の流れがあるために,火山の存在しないところでも100m深くなるごとに約3℃上昇する。それゆえ1000mも掘れば地表よりも30℃ほど高い温度の地下水(深層地下水)が得られ,これも温泉の定義に照らし合わせれば立派な温泉となる。ただこうしたものの場合は,お湯を浴槽にためても水温が低くなりすぎて,浴用には適さないために,沸かして使うことになる。都市のど真ん中にある温泉は,おおかたこのようなものが多い。ただし,非火山性の温泉は,汲みすぎると水位が容易に低下し温度も低下しやすいので,注意が必要だ(注2)。

2.療養泉の種類

 温泉水中に含有する成分による薬理作用は,温泉作用の中でも最も特異的なものであり,温泉たるゆえんにもなっている。
 不感温度(注3)で入浴すると,皮膚からの水吸収率は,1平方センチ1時間当たり約1マイクロ・リットルである。したがって1時間の全身浴で約18mlの水分が体内に吸収される計算になる。水に比べて体内に吸収されにくいものは,ナトリウムイオン,カルシウムイオン,硫酸イオンなどのイオン成分で,とくに多価イオンは0.01-0.0011マイクロ・リットル(平方センチ1時間当たり)程度である。一方,吸収されやすいものとしては,脂溶性ガス成分の二酸化炭素ガス,硫化水素ガス,ラドンガスなどで,水の数十から数百倍である。二酸化炭素や硫化水素は容易に経皮吸収され静脈系に入り,肺から呼出される。鉄,ヨードなどの無機物で脂溶性のものは皮脂腺を通過する。一般にこれらの成分の経皮吸収は,水温が高いほど促進される。
 
 次に,療養に値する温泉(療養泉)の含有成分による効果を見てみる(注4)。

(1)塩化物泉
 塩化物泉としては,ナトリウム塩化物泉,カルシウム塩化物泉,マグネシウム塩化物泉などがある。入浴後,皮膚表面のタンパクや脂肪と塩分が錯塩を形成して皮膚を被膜状に覆うために,汗の蒸発を防ぎ,保温効果がよく,「温まる湯」,「熱の湯」ともいわれる。したがって,浴後に真湯をかけたりして皮膚に付着した温泉成分を洗い流さないようにした方が効果的である。このことは他の泉質にも当てはまり,皮膚が弱くて温泉に負ける人を除き,上がり湯に真湯のシャワーは使わない方がよい。
 
 塩化ナトリウムの濃度が14g/kg以上の温泉を「強食塩泉」という。日本にはあまり多くないが,イスラエルの死海の塩分濃度は約300g/kgで,普通の海の塩分濃度(約30g/kg)と比べてもとてつもない高濃度である。かつてクレオパトラやシバの女王は美容のために死海に出かけたと言われるように,各種皮膚病に有効とされる。

(2)炭酸水素塩泉
 炭酸水素塩泉には,ナトリウム炭酸水素塩泉,カルシウム炭酸水素塩泉,マグネシウム炭酸水素塩泉などがある。これらの特徴は,アルカリ性なので,皮膚脂肪や分泌物を乳化して洗い流してくれる。汚れを落としてくれるので,肌がすべすべしてくる。軟化,清浄化作用があり,「美人の湯」とも言われる。いわゆる美肌効果があるわけだが,何度も温泉に入り過ぎると今度は肌ががさがさになってしまうので注意が必要だ。また,皮膚が清浄化されて,表面からの水分の蒸発が盛んになるため,体温が発散され,清涼感,冷感を覚えるために,「冷の湯」とも呼ばれる。

(3)硫酸塩泉
 硫酸塩泉には,ナトリウム硫酸塩泉(芒硝泉),カルシウム硫酸塩泉(石膏泉),マグネシウム硫酸塩泉(正苦味泉)などがある。どれも保温効果が大きく,降圧作用があり,高血圧症,動脈硬化症などが,よい適応症となっている。マグネシウム硫酸塩泉を飲むと便秘によい。カルシウム硫酸塩泉は,「ベビーパウダーをつけたような」という表現がよくなされるように,肌がすべすべしてくる。

(4)単純温泉
 単純温泉は,日本で一番多い泉質である。成分が一定基準値に達していないために,身体に与える刺激が少なく,万人向きの温泉と言われる(上述の条件で含有成分が1g未満,温度が25℃以上あるもの)。昔から「中風の湯」「神経痛の湯」として知られている。下呂温泉,道後温泉,湯布院温泉などが代表的なものである。

(5)二酸化炭素泉(炭酸泉)
 温泉水中の二酸化炭素濃度が1000mg/kg以上のものをいう。日本の温泉は一般に水温が高いためにガス成分が揮発してしまい炭酸泉は少ない。ヨーロッパに多く,なかには濃度が2000mg/kg以上のものもある。
 
 温泉に入るとぶくぶくと泡が立ち飲むとソーダ水のようで,消化にもよく胃腸の働きを盛んにする。末梢血管拡張作用があるために,血圧低下作用があり,高血圧,心臓病に適応がある。そのため「心臓の湯」ともいわれる。

(6)放射能泉
 俗に「ラジウム温泉」と呼ばれ,構成成分の主体はラドンとトロンである。皮膚と呼吸により吸入される。尿酸を排泄させる作用があり,「痛風の湯」といわれる。

(7)硫黄泉
 これも末梢血管を拡張させる効果があるが,二酸化炭素よりも強力であり,動脈硬化症,高血圧,心臓病に適している。硫黄には解毒作用もあるので,金属中毒や薬物中毒にも用いられる他,慢性関節リウマチ,慢性の湿疹などにもよい。さらに蒸気の吸入で去痰作用があり,慢性気管支炎や気管支拡張症などにも有効で,「痰の湯」とも呼ばれる。

(8)酸性泉
 日本のような火山国では酸性泉がヨーロッパ諸国に比べて多い。硫酸や塩酸が成分構成をしているために刺激性が強く,しばしば湯ただれを起こすので,真湯の上がり湯を浴後に使用できるような施設が多い。そのため病弱者,高齢者,皮膚の弱い人には適しない。一方,強い刺激や殺菌作用があるので,水虫,慢性湿疹など皮膚病に効果がある。代表的なものに草津温泉がある。

3.温泉の特質

 全国で温泉の掘削が行われ温泉が普及した結果,温泉水の自動販売機(温泉スタンド)や無料の温泉水持ち帰りなど,家庭でも気軽に本物の温泉を味わえるようになった。しかし,果たしてこれらも本物の温泉水といえるのだろうか。
 
 実は,温泉水も人間と同じように「老化現象」がある。高温,高圧の地下深くで生成された温泉水は,地表に湧出すると温度や圧力が急に低下したり,日光や空気にさらされるので,その性状が変化する。例えば,溶存していた炭酸ガスは空気中に抜けていき,溶存していたカルシウム,マグネシウム,硫黄などは沈殿する。鉄泉中の鉄イオンは,湧出時は無色透明であるが(二価の鉄イオン),空気中の酸素に触れると酸化されて酸化鉄(三価)になり,茶褐色のいわゆる鉄さびに変化して,生物活性が失われる。このように多くの温泉水は地上に湧出後,時間とともに物理・化学的性質が変化するため薬効が低下したりなくなったりしてしまう。この現象が温泉水の「老化現象」である。とくに,鉄泉,二酸化炭素泉,硫化水素泉,放射能泉にしばしば認められる。温泉水で化学的薬効作用が期待できるのは,湧出後3日くらいまでとされる。
 
 例えば,温泉スタンドなどでポリタンクに温泉水を入れて売っているが,あまり意味がないことになる。家に買ってきて温泉水の湯に入るという心理的,精神的満足感の効果は得られるが,薬効の観点からは期待薄ということになる。
 温泉に行くと,「温泉分析表」という表示がよく脱衣所などにかけられているが,その見方について説明する。
 
 まず,「温度」を見る。たとえば,32.7℃とあれば,沸かし湯ということがわかる。次に,「蒸発残留物」。これは先述したように,1kgの温泉水を沸かして残ったミネラル分の量である。1g以上あるものを温泉と定義しているので,もし22.6gとあれば,濃いと判断できる。そして,その成分の中で,何が多いのかをみる。20%以上含まれる成分を「主成分」というので,%表示の多いミネラルを見つける。例えば,プラスイオンでナトリウムが80%,マイナスイオンで塩素イオンが97%となっていれば,他の成分は無視して,「ナトリウム塩化物泉」となる。それが23gあれば,14g以上なので強食塩ということになる。
 
 また,pHをみれば,酸性か,アルカリ性かが分かる(注5)。ナトリウムが60%,マグネシウムが23%,塩素イオンが97%あったとすると,「ナトリウム・マグネシウム塩化物泉」となる。

4.温泉入浴の身体に与える影響

(1)全身浴,半身浴,部分浴
 風呂の入り方には,全身浴(肩まで浸かる),半身浴(横隔膜まで浸かる),部分浴(手・足など身体の一部分のみを水中に浸す)などがある。それらについて,静水圧の観点から長所・短所をみてみよう。
 
 水中では水深が1m増すごとに76mmHgずつの水圧が身体の表面に加わるが,これを「静水圧」という。例えば,立ったままで首まで水に浸かると,ふくらはぎで1〜1.5cm,胸囲で2〜3cm,腹囲で3〜5cmそれぞれ細くなる。
 
 人間は立った状態では重力の影響で血液は下半身にたまっていく。水の中に横隔膜まで浸かる状態で立つと,皮膚表面の静脈が圧迫されて,血液は心臓の方に戻っていく。首まで浸かると,体全体が圧迫され心臓の容積が増える。普段は400〜450mlの心臓内の血液量が,600〜750mlに増え,心臓にかかる負担が増える。
 
 このように,全身浴は体全体に大きな圧力が加わり,血液が心臓に集中し,横隔膜が上がって肺呼吸がうまくいかなくなるので,とくに心肺に病気を持っている方にはお勧めできない。ただし,逆にこの静水圧を心肺機能の鍛錬に利用することも可能である。それに対して,横隔膜までの半身浴は,水圧の影響が少なくなり,ちょうど空気中で身体を横たえたときと同程度に心臓内の血液量が増加する(約130ml)。したがって,半身浴は心臓にあまり負担をかけない入浴方法といえる。
 
 さらによいやり方として,「浮遊浴」や「寝湯」がある。イスラエルの死海のように,海面にぷかぷか浮かぶような入り方が「浮遊浴」である。
 次に,部分浴についてみてみる。手首あるいは足首の上までお湯に浸けて,途中でお湯を足しながら15分くらい楽な姿勢で座っていると,全身が温まってくる。風邪を引いたとき,冷え性の人,生理痛,肩こり,筋肉痛,倦怠感など,お風呂に入らずとも身体が温まり,症状が楽になる。
 
 人間の血液は,1分以内に全身を循環する。そのためからだの一部分(手や足)をお湯に浸けていても体全体が温まってくる。例えば,風邪を引いた時に,バケツ一杯にしたお湯(40〜45℃)に薬用入浴剤1個を入れ,足をつけてから寝ると体がぽかぽか温まってくるので,風邪の回復に効果がある。しかし,薬用入浴剤1個をお風呂に入れても余り効果がない。もし効果をあげようとすれば,10個を入れて温泉の効果がようやく出るほどである。ただ,入浴剤の効果は,温泉効果というよりは,香りや色を楽しんでリラックスするところにある。
 
 足浴(足湯)の具体的効果としては,@寝つきが良くなる,A熟眠できる,B精神的にリラックスする,C体温上昇,血圧の低下,D足マッサージを加えると体温上昇が大きくなる,E免疫力が高まるなどが挙げられる。

(2)入浴と水温との関係(注6)
 水温が38℃以上になると,心拍数や心拍出量が増加し,末梢循環系では,毛細血管,小動脈,静脈が拡張し,血流量や血流速度が増加して,末梢血管抵抗が減少する。
 
 高温浴は交感神経を緊張させ,精神的にも肉体的にも活動的な状態を作り出す。42℃の湯に10分間浸かると,血圧は20〜40mmHg,脈拍は40程度,体温は2℃程度上昇する。したがって,高血圧症・動脈硬化症の患者や高齢者は高温浴は避けるべきだ。一方,37〜39℃のぬるめの微温浴は,副交感神経を刺激し,軽度の血圧・脈拍・体温の上昇は認められるものの,精神的にリラックスした状態になる。
 
 高温浴(42℃以上)で問題なのは,10分間入っただけでも血液粘度(どろどろ度)が上昇し,出た後も1時間程度継続して,その後ようやく粘度が低下していく。しかし,半身浴の場合は血液粘度の上昇はごく軽度であり,38℃のお湯ならばどろどろせず,むしろ血液粘度は低下する傾向を見せる。
 
 冬期間などは熱いお湯に入った方が温まるような感じを受けるが,実際は,ぬるめのお湯にゆっくりと浸かっていた方が身体が芯から温まり,湯冷めしづらくなる。高温の湯に入ると交感神経の作用で血管が縮んでしまい,血液が流れにくい状態になるので,からだの表面は熱くなっても体の芯は温まっていないからである。それゆえ湯から出た後湯冷めしやすいのである。それでお勧めの温度は,39〜40℃なのである。

5.入浴に際しての注意事項

(1)筋肉疲労をとるための運動直後の入浴は適切か
 運動時には酸素を供給するために筋肉に血液が集まり,運動後は乳酸などの老廃物を排泄するために筋肉の血流が増加する。入浴すると末梢血管が拡張し皮膚表面へ血液が大量に移動してしまうので,疲労した筋肉への酸素の供給や筋肉からの老廃物の除去が十分に行われなくなり,筋肉の疲労回復が遅れることになる。したがって,運動後,少なくとも30分から1時間程度の間隔をあけることがよい。そうすれば,筋肉の方の血液も拡散・循環し老廃物も運んでくれるので,体にもいいことになる。
 
 温泉宿に泊まると部屋によく饅頭などの菓子とお茶が準備されている。これにはいろいろな意味があるが,一番の意味は,温泉宿までやってきた体の疲れをほぐして休めてから,風呂に入った方が効果的だということである。温泉宿にきてすぐ風呂に入るということは,前述したように,運動直後の風呂に入るのと同じことだから避けた方が賢明だろう。

(2)食後すぐに入浴することは適切か
 食事のときは消化管に血液が分布するので,入浴による血液の末梢への移動は,運動時と同様にやはり好ましくない。また,静水圧によって胃が押し上げられるために胃から小腸への食物の排出が制限される。それゆえ,食事後30分,できれば1時間くらいは入浴を避けることが望ましい。

(3)一番湯は体にいいか
 水道水のお湯と比べ体液は濃いために,浸透圧の関係で濃い体から薄い風呂湯の方にいろいろな物質が滲出することになる。人が入るにしたがって,お湯がかき回され「軟らかく」なっていく。つまり上下で温度差がなくなり,人の皮膚からよごれ,脂,電解質などがお湯に溶け込むために,お湯がまろやかになって肌に与える刺激が少なくなってくる。その意味では,一番風呂は体によいものではない。昔から「お年寄りはさら湯に入らない方がよい」と言われてきたのには一理がある。そこで最初に入る場合は,入浴剤などを入れることが一つの解決策になる。入浴剤にはお湯をまろやかにする働きがあり,一番風呂の刺激の強さをやわらげてくれるので,その防止につながる。
 
 朝風呂はどうか。朝風呂は体によくないので入らない方がいいと言われる。朝は,体の神経系が夜型から日昼活動型に転換するときなので,自律神経が不安定な状態にある。自律神経が不安定であると,血圧の調整がうまくいかない。さらに夜は汗をかいているために脱水状態にあり,心筋梗塞や脳梗塞を起こしやすい時間帯である朝に風呂に入ることは,その危険性を高めることにつながる恐れがある。それで朝風呂に入る場合は,まず部屋で洗面をして目を覚まし,水分を十分補給してから入れば危険性は少なくなる。

(4)風邪と入浴
 風邪の罹患と習慣的温泉浴の関係を調べてみると,相関関係があることがわかる(表2)。例えば,家庭に温泉があって毎日のように温泉入浴ができる湯布院町の小学生と温泉の存在しない庄内町の小学生との比較データによると,風邪の罹患率に相当な差が現れている。これは温泉入浴が体の免疫力を高めているためと思われる。
 
 風邪を引いて発熱しているときの入浴は避けるべきだが,風邪の引き始めで多少の寒気のみのときには,ぬるめの湯に身体を温める入浴剤などを入れて,ゆっくりと浸かって温まるのはよい。浴後は,湯冷めをしないように十分着込んで,なるべく早めに布団に入る。風邪も峠を過ぎれば身体を温めたり,肌を清潔にしたりすることが大切なので,湯冷めをしないように慎重に入浴することは問題ない。

6.温泉療法

「温泉(地)療法」(balneotherapy,spa treatment)とは,地下の天然産物である温泉水,天然ガスや泥状物質などのほか,温泉地の気候要素なども含めて医療に利用し,温泉浴,飲泉,各種水治療法,理学療法(マッサージや温熱),運動・食事療法などを組み合わせた複合療法である。患者は日常生活から離れ,空気のきれいな静かな自然環境にある温泉地に転地するので,その心理的効果や気候要素の刺激による効果も期待できる。
 その目的には,次のようなものがある。最近は,「予防医学的・ウエルネス目的」が主流になっている。

1)予防医学的・ウエルネス目的
@生活習慣病のリスクファクターを除去し,予防法を学ぶ
A積極的な健康づくりの方法を学び,体験する
B疾患の早期発見と早期治療を行う
Cエステ・美容

2)リハビリテーション目的
@運動負荷などで生体の運動適応能を高める
A精神的ストレスに対する適応能を増加させる
B家庭や職場など社会的ストレスより解放する

3)慢性疾患に対処する目的
@生体に備わっている自然治癒能力の反応性と防御能を改善する
A障害した機能の回復および正常な機能を増強させる
B薬剤による治療を必要最小限にさせるか,もしくは中止する
C療養期間の長期化を防ぐ
D疾患に対する適切な治療法を指導する
E心身の過緊張や病気のための社会的不適合性を改善する
F生活の質の向上を図る
 
 温泉療法のポイントは,ある一定期間温泉地に滞在していろいろな管理をし,まわりの自然環境からの刺激に反応させることにより,自然治癒力を高めることにある。それゆえ刺激に反応できない状態では,適切でないとなる。つまり,急性疾患で有熱,熱状が進行または悪化中のもの,悪性腫瘍,重篤な心・肝・腎疾患,出血性疾患,高度の貧血,妊娠初期と末期などは,対象外となる。
 
 温泉療法のメカニズムとしては,まず直接作用がある。直接作用には,@物理作用(静水圧,浮力,粘性,摩擦抵抗など),A温熱効果,B温泉水含有成分の化学・薬理作用(塩類,ガス成分の経皮吸収,飲泉),C併用療法による効果(運動,蒸気浴,サウナ,打たせ湯など)がある。
 
 そして直接作用を繰り返す中で,間接作用(非特異作用)が現れてくる。すなわち,温泉療法の直接的治療刺激の間歇的反復負荷,自然気候環境要素の連続的曝露,運動によるトレーニング,転地による社会心理効果などがあいまって,脳の中枢神経系,自律神経系,内分泌系,免疫系に非特異的に影響を与えるようになる。その結果,生体機能(バイオリズム)が変調を来たし,最終的には機能の正常化,防御能増強となって現れる。
 
 薬物・手術療法と温泉・気候療法の作用原理を比較してみる。人為的療法(薬物・手術療法)は,直接的に病因を指向して病因・病巣を除去するやり方で,病的状態から正常への修整,障害機能に対する代用機能の補充,置換を行う。
 
 一方,自然療法(温泉・気候療法)は,健康増進を指向する間接的やり方で,病的状態からの自立的回復を図りつつ(機能調整能の改善と病的状態の正常化),トレーニングによる生体防御能,適応能の増強を促進するものである。例えば,ガン治療が終わって摘出手術を終えた後も,なかなか回復が進まないときなど,温泉で療法を行って補うとよい。これらの療法をうまく併用することが重要である。
 
 このように温泉療法は,リハビリテーション領域ばかりではなく,種々の慢性疾患,精神科的疾患,術後の療養,さらには健康づくりなどの予防医学にも応用できるのである。今日の社会には健康志向,自然回帰志向の大きな流れがある。膨大な医療費の軽減化を図るためにも,温泉保養地療法の一層の普及・発展が必要だと考える。
(2007年7月17日)

注1 温泉法
 第1条(目的)この法律は,温泉を保護しその利用の適正を図り,公共の福祉の増進に寄与することをもつて目的とする。
 第2条(定義)この法律で「温泉」とは,地中から湧出する温水,鉱水及び水蒸気その他のガス(炭化水素を主成分とする天然ガスを除く。)で,別表に掲げる温度又は物質を有するものをいう。
 
 2 この法律で「温泉源」とは,未だ採取されない温泉をいう。

注2 泉温による分類は,次のとおり。
 冷鉱泉 25℃未満
 低温泉 25〜34℃未満
 温泉  34〜42℃未満
 高温泉 42℃以上
 冷鉱泉の例として,大分県の「寒の地獄」と呼ばれる温泉があり,慢性関節リウマチの保養地として知られており,温度は約13℃である。

注3 「不感温度」とは,その水温では熱くも冷たくも感じず,血圧や心拍数などの生理機能の変化がほとんど認められない温度をいう。

注4 泉質によりその適応症が規定されるとはいえ,温泉の効果は温泉地の地勢,気候,利用者の生活状態など,さまざまな因子がからんでくるので,温泉の成分のみで効用を決定できないところがある。

注5  PHによる分類は,次のとおり。
 酸性  pH3未満
 弱酸性 pH3以上6未満
 中性  pH6以上7.5未満
 弱アルカリ性 pH7.5以上8.5未満
 アルカリ性 pH8.5以上
注6 入浴と水温との関係を区分すると,次のようになる。
 冷水浴(25℃未満),低温浴(25〜34℃),不感温度浴(35〜36℃),微温浴(37〜39℃),温浴(40〜41℃),高温浴(42℃以上)。