国籍法違憲訴訟最高裁判決の意義


弁護士 秋山 昭八


国籍法改正の経緯

 日本人の母と外国人の父との子は,出産によって母子関係が確定するため,結婚の有無に関係なく出生時点で日本国籍となる。未婚の外国人母と日本人の父との間の子でも,胎児の段階で父親が認知すれば,出生時に父子関係が確認されているため日本国籍が認められる。

 これに対し国籍法3条は,同じ未婚の外国人母と日本人の父との子でも,出生後に認知した場合は,国籍取得には両親の結婚が必要と規定し,最高裁はこれを「不合理な差別」と指摘した。

 これをうけて,日本人の父と外国人の母の間に生まれた子の日本国籍取得の要件から父母の結婚を削除した改正国籍法が,08年12月5日午前の参院本会議で,与党と民主党などの賛成多数で可決,成立した。最高裁の違憲判決を受けたもので,日本人の父の認知だけで国籍を取得できるようになる。

 改正法は,日本人男性に金銭を払うなどして虚偽の認知をしてもらい国籍を取得する「偽装認知」を防ぐため,偽装認知による届出を行った場合は1年以下の懲役または20万円以下の罰金を科す規定を新設した。

国籍法改正論議の疑義

 改正について毎日新聞は「家族観や結婚観の変化を加速する契機となるに違いない。届出婚に執着する考え方は,結婚形態の多様化を容認する国際世論に,転換を迫られるかもしれない。少子化対策では自由な結婚観が重要といわれている」等と論じた。国籍の根本は家族観にあるはずだ。それをあいまいにしたり伝統的な家族観を否定したりする国籍法改正論議には大いなる疑問がある。

 国籍法改正案は,未婚の日本人の父との間に生まれ出生後に認知された婚外子が日本国籍を得られるように,現行の取得要件から「父母の結婚」を外そうというもので,与党と民主党が今国会での成立に合意したことで衆院では審議らしい審議もなく可決された。

 改正によって偽装認知による国籍の不法取得が横行しないか自民,民主両党内から疑問が出されて参院では一転して「慎重審議」となった。

 11月4日に閣議決定されると,5日付けで改正案が可決,成立したのは,最高裁判決という「錦の御旗」をかざしているからだ。発端は08年6月,未婚の日本人の父とフィリピン人の母の間に生まれた子供らが国籍確認を求めて起こした訴訟で,最高裁は婚姻条件によって区別する国籍法は憲法違反との判断を下した。

 各紙はこの判決に諸手をあげて賛成した。毎日は,「家族観や結婚観の変化を加速する契機となるに違いない。届出婚に執着する考え方は,結婚形態の多様化を容認する国際世論に,転換を迫られるかもしれない。少子化対策では,自由な結婚観が重要ともいわれている」などと論じた。

 一方で,「我が国の家族のあり方は国籍法を違憲とするほどの変化はないし,判決は単に違憲を宣言するにとどまらず,国籍法3条1項を読み替えて国籍を付与するという司法権の逸脱であり,国籍の根本は家族観にあるはずだ。それを曖昧にしたり伝統的な家族観を否定したりすることになる。」との反対意見もある。(「世界日報」増記代司論説)

 憲法10条は,日本国民たる要件は,法律でこれを定めるとし,国籍法1条は,日本国民たる要件は,この法律の定めるところによるとしている。

 同法2条1号は,出生の時に父または母が日本国民であるときに子を日本国民とするとし(出生による国籍の取得,国籍の生来的な取得),国籍の取得に関する父母両系血統主義を採用している。

 同法3条1項は,父母の婚姻及びその認知により嫡出子たる身分を取得した子で20未満の者は,認知をした父また母が子の出生の時に日本国民であった場合において,その父または母が現に日本国民であるとき,またはその死亡の時に日本国民であったときは,法務大臣に届け出ることによって,日本国籍を取得することができるとしている(届出による国籍の取得。以下,同項の定める国籍取得の要件のうち,父母の婚姻により嫡出子たる身分を取得したという部分を「準正要件」という)。同項の規定による届出をした者は,届出の時に日本国籍を取得する(同条2項)。

本件事案

 フィリピン共和国籍を有する母は,在留期間の更新許可を受けることなく本邦に在留していた平成9年に,日本国籍を有する男性の子を出産した。親権者である母親は,平成15年2月,子が出生後に父から認知されたことを理由に,子が準正要件を満たさないにもかかわらず法務大臣宛に子の国籍取得届を提出したところ,同月中に,千葉地方法務局長から,右の届出は国籍取得の条件を備えているものとは認められないとする通知を受けた。

  そこで母親は,国籍法3条1項の規定が憲法14条1項に違反するなどとして,右国籍取得届を提出したことにより日本国籍を取得した旨を主張した。

第1審判決

 第1審判決は,国籍法3条1項が,準正子と父母が内縁関係にある非嫡出子との間で国籍取得の可否について合理的な理由のない区別を生じさせている点で,憲法14条1項に違反するとした。国籍法3条1項の規定は,父母の婚姻(内縁関係を含む)及びその認知により嫡出子または非嫡出子たる身分を取得した子について一定の要件の下に国籍取得を認めるものと理解すべきことになるとし,母は内縁関係にあるから届出による日本国籍の取得が認められるとした。

控訴審判決

 国籍法3条1項の国籍取得要件である「婚姻」に事実上の婚姻関係が含まれるとの拡張ないし類推解釈をすることは許されず,同項のうち婚姻ないし嫡出子を要件とする部分だけを違憲無効とし,同項を拡張ないし類推解釈するものと解しても,結局,裁判所に同法に定めのない国籍取得の要件の創設を求めるものにほかならず,裁判所がこのような立法作用を行うことは許されない。

上告審判決

 本判決(多数意見)は,国籍法3条1項が,日本国民である父と日本国民でない母との間に出生し,父から出生後に認知された非嫡出子について,父母の婚姻により嫡出子たる身分を取得した場合(準正のあった場合)に限り届出による日本国籍の取得を認め,認知されたにとどまる子と準正のあった子との間における日本国籍の取得に関する区別を生じさせていることは,合理的な理由のない差別として,憲法14条1項に違反するものであったとした。

 次に本判決(多数意見)は,日本国民である父と日本国民でない母との間に出生し,父から出生後に認知された子は,国籍法3条1項所定の国籍取得要件のうち,父母の婚姻により嫡出子たる身分を取得したことという本件区別を生じさせている部分を除いた要件が満たされるときは,同項に基づいて日本国籍を取得することが認められると解すべきであるとし,法務大臣あての国籍取得届を提出したことによって,日本国籍を取得したものと解するのが相当であるとした。

 国籍法3条の立法趣旨について,「日本国民母の子は,父が外国人であっても,子の嫡出又は非嫡出を問わず,出生により日本国籍を取得するが,日本国民父の子は,母が外国人であれば,出生時に父子関係が確定している場合(子が嫡出子である場合又は父から胎児認知されている場合)でなければ,出生により日本国籍を取得しない。このことは,日本国民父の子に着目すれば,父母の婚姻が子の出生の前であるか後であるかによって,子の国籍に大きな差異が生じることを意味し,制度の均衡上考慮する必要がある。我が国では往々にして,子が生まれてから婚姻の届出をするということも少なくないことを考えると,このような準正子については,帰化の手続によることなく,実質的に血統主義の補完措置として,より簡易な方法による日本国籍の取得を認める必要がある。」とする。

 また,親と生活関係を同一にする未成年の嫡出子は親と同一の国籍であることが望ましく,日本国民父の準正子は,父母の婚姻によって嫡出子たる身分を取得したことにより,通常は日本国民の家族関係に包摂され,我が国との真実の結合関係を有することが明らかとなったものであるから,単に父から認知されたにすぎない非嫡出子と違って,その者の意思により簡易に日本国籍を付与することが事実上適当であると説明している。

 国籍法3条1項に準正要件が設けられた理由について,出生による国籍の取得についての血統主義の趣旨を徹底させれば,日本国民父の非嫡出子にも届出による国籍取得を認めるべきこととなろうが,そのような制度を採用していないのは,日本国民の家族関係に包摂され,日本との結合関係が強いと認められるべきものでなければ,届出による国籍取得を認めるべきでないとの考慮によるものであるとする。そして同項が設けられた当時,父母両系血統主義を採用した国の中では準正の場合に限って国籍の取得を認める国が多かったこと,認知のみによって日本国籍の取得を認めると国籍取得のための仮装認知が生ずるおそれがあること等も,準正要件が設けられた理由とされている。

 昭和59年改正当時,父母両系血統主義を採用する国には,自国民父の非嫡出子につき,認知のみでは国籍を付与せず,準正子となった場合に国籍を付与するものが多かった。しかしながら,その後,自国民父の非嫡出子につき認知(又は父子関係の確認)のみをもって自国籍の取得を認める法制を採ることが国際的な傾向となっている。昭和59年改正当時,国籍取得を準正子に限るなどの立法例とされてきた諸国についてみても,イギリス,オーストリア,スイス,ドイツ及びノルウェーでは,今日までに,自国民父の非嫡出子について認知又は父子関係の確認をもって自国籍の取得を認めるよう法改正がされている。このほか,イタリア,ギリシア,スペイン,韓国,フランス,ベルギー等において,自国民父の認知等により準正を要せずに国籍を取得することが認められている。

 憲法14条1項は,合理的理由のない差別を禁止する趣旨のものであって,区別が合理性を有する限り,何ら同項に違反するものではないとするのが判例である(最大判昭39.5.27,最大判昭48.4.4)。

本件区別の合理性の根拠に関する見解

 準正子については,父母の婚姻により日本国民の家族としての共同生活を通じて日本国籍を認めるに足りる我が国との結び付きが認められること,単に認知されたにすぎない非嫡出子に日本国籍の取得を認めると,国籍取得を目的とした仮装認知(偽装認知)のおそれがあること,嫡出子と非嫡出子との法的取扱の区別は民法でも認められており,国籍取得において両者を区別することは我が国の伝統,社会事情,国民意識等を反映した結果として合理性を有すること,日本人父から認知された子は簡易帰化(同法8条1号)によって日本国籍を認められること等が挙げられている。

多数意見は,本件区別を生じさせた右の立法目的には合理的な根拠があるとしている。

 多数意見は,昭和59年改正当時,婚姻したことをもって我が国との密接な結び付きの存在を示すものとみることには相応の理由があったとみられるとして,右記時点における準正要件と前記の立法目的との合理的関連性を肯定している。多数意見は,本件区別を生じさせていることが昭和59年改正当時から違憲であったわけではないとの見方を示唆した上で,その後の内外の社会的環境等の変化により憲法適合性の評価に相違が生じた。

3人の反対意見

 準正により父が親権者となるなど父子関係が強固になること,届出のみにより国籍を付与する要件は明確かつ一律であることが適当であること,非準正子の場合には,我が国との結び付きの有無,程度を個別に判断する帰化制度によることが合理的であり,帰化の条件も大幅に緩和されていること等から,準正があった場合をもって届出により国籍取得を認めることとすることには十分合理性が認められるとし,国籍法が準正子に届出による国籍の取得を認め,非準正子は帰化によることとしていることは,憲法14条1項に違反しないとしている。

 なお,要件の一部を定めた部分を違憲無効とした上で,その余の要件を満たす場合にも同様の権利利益を付与することとすれば,当該規定による権利利益付与の対象範囲が拡大することとなる。最高裁として先例のない判断を示したもので,授権的,権利創設的規定の一部を違憲無効とした上で,残部の規定を有効とみてその適用範囲を拡大することについては,積極的な立法作用に類似することから,立法府との関係で慎重な検討が必要になる。

国籍法と国際法

 我が国の国籍法及び国際親子法の研究は従来,国内法の解釈に重点が置かれ,国際人権法との適合法については皆無に等しかった。従来人権問題が長らく国内管轄事項とされていたが,漸く第二次世界大戦後に多数の人権諸条約が成立した結果,国際法によって規律されるべきであることが認識されるようになった。それらの人権諸条約においても,国籍及び親子関係については最近まであまり詳しく規定されることがなかった。

本判決の意義

 判決は,国籍法2条1号は,出生時に日本国民との間に法律上の親子関係が生じている子については,その身分関係自体によって我が国との間に日本国民としての資格を与えるのにふさわしい結びつきが存在するものとして国籍取得を認めたものである。それに対し,法3条による国籍の伝来的取得の対象となる子は,出生時に日本国籍の取得が認められなかったために,そのほとんどの者が外国籍を取得し,外国との間に一定の結びつきが生じていることも考えられるのであるから,出生時に日本国民の子であった者とは事情を異にし,出生後に日本国民と法律上の親子関係を生じたことだけで当然に日本国籍を取得させなければならないということにはならない。そして,生後認知のみで国籍取得を認めるべきとする原告の主張を排斥した上で,日本国民との間に法律上の親子関係が生じたことに加え,我が国との間に一定の結びつきが存することを要求したのが法3条1項の趣旨であり,そのこと自体には合理性が認められること,我が国との結びつきを認める指標として,日本国民である親と認知を受けた子を含む家族関係が成立し,共同生活が成立している点を捉えること自体にも一応の合理性を認めることができるとした。

 その上で,本判決は,このような家族関係及び共同生活の成立は,父母が法律上の婚姻関係にある場合のみならず,父母の間にいわゆる内縁としての事実上の婚姻関係(これにはいわゆる重婚的内縁関係も含まれる。)が成立している場合にも当てはまるところ,認知を受けた非嫡出子が我が国との間で国籍取得を認めるに足りる結びつきを有するかどうかという観点から考えた場合に,その父母が法律上の婚姻関係を成立させているかどうかによってその取扱いを異にするだけの合理的な理由は認められない。日本国民を親とする家族の一員となっている非嫡出子について,父母の間に法律上の婚姻関係が成立していないことを理由に国籍取得を否定することは法3条1項本来の趣旨から逸脱し,準正子と非準正子との間に合理的な理由のない区別をもたらすものであり,法3条1項は,この点において憲法14条1項に違反すると結論付けた。

 本判決は,法3条1項が「父母の結婚」を要求した点が直ちに憲法14条1項に違反するという見解は採用しておらず,日本国籍の伝来的取得を認めるにあたっては,認知を受けたことには一定の合理性があるとの理解を前提に,「父母の結婚」を,一般に解釈されているように法律上の婚姻に限定されるものではなく,重婚的なものを含んだ内縁関係を広く含むものと解釈することでその合憲性を肯定しているとしている。この点については,法3条1項が「父母の婚姻」に加えて「嫡出子」を要件として掲げていることからすると,「父母の婚姻」は法律婚のみを指すものと解するのが立法者意思に適合するとの指摘があり得るところではあるが,内縁関係であっても夫婦の一形態として法律上,判例上も相当な保護が認められるようになった現状を前提に考えれば,国籍法の立法目的との関連で「婚姻」という文言を内縁関係を含むものと広く理解することも解釈論として不可能とはいえないであろう。

本判決は,一部無効とされた部分以外の法令はなお効力を維持するという理解を前提にしている。

  本判決は,認知を受けた非嫡出子すべてに国籍取得が認められるべきとの立場を採用したものではなく,あくまで法3条1項の「父母の婚姻」という文言を前提に結論を導いたものであるから,立法裁量に踏み込んだものではないということができるであろう。

(2009年1月6日)