21世紀の国際安全保障と日本の防衛

―現実を見据えたバランス国家の構築―

武蔵野学院大学特任教授 前川  清


<リード>

 冷戦終了後,国際安全保障の概念が広がり,日本の役割や防衛の在り方が改めて問われている。激動する国際情勢の中でまったなしのかじ取りを要求されるリアリズムの世界において,日本は国家の安全保障をどのように確保し,世界の平和と安全に寄与すべきなのか。現実を見据えたビジョンが求められている今,防衛分野に詳しく現場にも通じた前川清氏と中国問題の専門家石田収氏に,日本の外交・安全保障の課題と今後の展望を論じてもらった。

<聞き手>筑波学院大学教授 石田  収

<国際安全保障とは>

石田 21世紀に入りグローバル化が進展する中で,日本の国際貢献が求められている。従来,国家安全保障ということが言われてきたが,それとの対比で使われる「国際安全保障」の意味についてまず説明してほしい。

前川 国際安全保障(international security)とは,地球規模の紛争に対処するとともにそれを抑止して世界の平和と安全保障を実現しようとするものだ。このような考え方が出てきた背景には,冷戦時代が終わり米ロが協力する状況が生まれたことがある。国際安全保障では,二国間の安全保障だけではなく,国連や多国間の枠組みの果たす役割が大きい。

 戦後の日本は自国の国家安全保障について,米国に依存する防衛体制のために日本単独では自国の安全を守ることができない。そのため日本は国際安全保障に貢献・協力して,日本の防衛体制の不十分な部分を補う必要があり,他国と比べて国際安全保障に関与することがより重要だ。国際安全保障への貢献は,資金面と人的側面があるが,資金面の協力だけでは不十分で,両面のバランスが大事である。

 これまで日本では「国際貢献」という表現を多用してきたが,そこには「他の国のために何かをする」というイメージがある。しかし国際貢献は,最終的には日本自身のためでもあるので,最近は「国際安全保障への関与」という表現に改まってきた。そうすることによって日本外交の主体性を表すことができる。

石田 「国際安全保障」が言われ出したのは,いつごろからか?

前川 わたしの認識では21世紀に入ってからだと思う。

石田 かつて冷戦時代に欧州で展開された安全保障の概念は国際安全保障とは言えないか?

前川 冷戦時代は,米ソ対立の構図の中で両陣営の安全保障をどう構築するかが論じられた。冷戦後の新しい世界秩序形成の中で,国際安全保障の概念が出てきた。そのほかに近年は,緒方貞子氏が国連やユニセフなどの活動を通じて広めた「人間の安全保障」(human security)という概念も重視されている。

石田 「人間の安全保障」の中身は何か?

前川 簡単に言えば,国家や集合体としての国民全体の安全保障のために,個々の人間の安全保障が犠牲にされてはいけないという考え方だ。


<国際安全保障上の危機の諸相>

石田 国際安全保障にとっての現代の脅威にはどのようなものがあるか?

前川 東アジア地域で言えば,まず北朝鮮の核ミサイル開発とその拡散・流出だ。それと同時に,金正日国防委員長の健康問題と亡き後の体制変化への対応も,遠い将来の話でもないので,これも脅威といえるだろう。

 中東地域の海賊問題もある。海賊対策について日本はそれなりの国際貢献をしているが,これは日本自体のためでもある。ソマリア沿岸から紅海・スエズ運河を経由するルートは,日本の自動車の輸出ルート(輸出量の約2割を占める)にもなっている。仮にこの地域の海賊がアルカーイダと結びつくようになった場合,非常に危険なことになる。

 アフガニスタン問題も脅威だ。また,米国は近くイラクの主要都市から撤退を始めるが,イラクでは一時落ち着いていた爆破テロが再び漸増している。これも心配な点だ。

 中長期的には,G2とも称される米中新時代の覇権争いに,日本・欧州がどう対応するかという課題がある。最近は米中関係が緊密化していて,米国が中国に擦り寄っているとさえ見られる状況にある。米ロ対立の行方も懸念されるところだ。またイスラーム原理主義とキリスト教原理主義の対立などに見られる宗教的対立問題も根が深い。

<リンケージ・クライシス>

石田 個々の脅威が複層化する現代世界において,先生は「リンケージ・クライシス」を避けるべきと言われているが,これは重要な指摘だ。

前川 例えば,極東と中東の脅威がリンケージした場合には,グローバル化してさらに大きな脅威になる可能性があるので,それを防止する必要があるということだ。極東の脅威として北朝鮮の核開発問題や中台問題があり,中東地域には,パレスチナ問題やパキスタン問題がある。それらが同時に火を噴いた場合は,米国といえども同時に対応することはできない。

 核ミサイル開発に関しては,北朝鮮とパキスタン・イランとのリンケージも注目すべきだ。とくに,イランの核ミサイル開発は米国にとって安全保障上の重大な関心事となっている。その背景にはイスラエルがある。イランの核ミサイル開発が成功した場合,最も脅威を受けるのはイスラエルで,それゆえイスラエルは米国で積極的なロビー活動を行なっている。

 ただ,オバマ大統領になって,米・イスラエル関係は以前と比べあまり順調とはいえない。09年6月イスラエルのバラク国防相が渡米し,オバマ大統領と会談した。その時オバマ大統領は,「さらなる入植地拡大を認めない」と明言した。イスラエルにとっては手ごわい大統領と映ったに違いない。

石田 北朝鮮問題と中台問題が関係することはあるか?

前川 直接はないだろうが,中国は両方にかかわっているので,中国の戦略と関連する問題だ。リンケージ・クライシスとしては,原油価格の上昇に伴う経済危機が,極東地域に大きな影響を及ぼすということもある。いくつかの危機が同時多発する場合は,シンクロナイズド・クライシスといって,最も危険なケースだ。それらが時間差をもって発生すればまだ対応は可能だ。

石田 ソマリアの海賊とアルカーイダの結びつきは本当にあるのか?

前川 それを裏付ける状況証拠はないが,アルカーイダとのかかわりについては,南イエメン,ソマリア地域で懸念される。

 今から5〜6年前までは,海賊の発生件数はマラッカ海峡が最大だった。マラッカ海峡の海賊問題では,日本も資金と技術の両面の貢献をかなりやった。その後,イラク戦争を契機として,海賊出没の中心がソマリア沖にシフトした。イラク戦争によってサダム・フセインの軍隊が崩壊し,イラク軍の火器がイエメン,ソマリア,アフガニスタンなどに流れた。それまで海賊の武器といえば機関銃などの小火器程度だったが,これを契機にロケット,バズーカ(RPG7)なども加わった。

石田 北朝鮮は,パキスタン,イラン,イラクとは長年の関係がある。

前川 実は,北朝鮮がミサイル開発の原型としたのはソ連のスカッドBだ。1973年の第四次中東戦争で北朝鮮はエジプトを支援し,ミグ21偵察機6機をパイロットつきで送った。エジプトはそのお礼の意味も含めて,ソ連が第四次中東戦争前にエジプトに供与したスカッドB(飛行距離2〜300キロ)を北朝鮮に与えた。それを原型として北朝鮮は,ノドンをつくった。

 当時,わたしは駐エジプト大使館の初代防衛駐在官であったが,その実態把握が重要な任務の一つだった。そのときの北朝鮮の書記官はその後に駐エジプト大使となり,米国に亡命した。この亡命者を通して,米国は北朝鮮のミサイル技術の進展の実情を知ることとなった。

石田 北朝鮮は第四次中東戦争でエジプトを支援したわけだ。

前川 スエズ運河の東方,シナイ半島には高さ30メートルもある巨大モニュメントが建っている。これは北朝鮮が(兵器供与のお礼の意味も含めて)建てたものだ。遠くから見るとミサイルのような形をしているが,近くから見ると銃剣だ。さらにカイロ郊外には,大きな戦争博物館がある。これも北朝鮮の支援によって建てられたもので,建設の経緯がしっかりと記されている。

石田 イランと北朝鮮との関係の始まりは,パーレビ体制崩壊後か?

前川 そうだ。もともと北朝鮮の核開発技術はパキスタンからもたらされた。当時,ミサイル技術ではソ連の技術援助もあって北朝鮮が進んでいた。一方,パキスタンはミサイル技術では遅れていたので,北朝鮮からミサイル技術をもらうことになった。その代わりに,パキスタンは核開発技術を北朝鮮に渡した。その影の人物が,「核の父」とも称されるカーン博士だ。

 カーン博士は,核開発技術を私的に北朝鮮やイランに横流ししたとして,パキスタン政府に拘束されたが,これはあくまで表向きのことだ。実際にはパキスタン政府は核開発技術の横流しを黙認していたムキがある。事実,昨年暮にカーン博士は拘束を解かれている。

 核開発技術がパキスタンからイラン,あるいは北朝鮮からイランに流出する可能性がある。そうなると極東と中東のリンケージ・クライシスとなる。これを最も恐れているのがイスラエルだ。

石田 イランとパキスタンの関係はどうか?

前川 パキスタンは米国から支援を受けていることもあって,表面的にはイランとは密接な関係にない。しかし実際には同じイスラーム圏として通じているところがある。パキスタンはイスラーム国家では最初の核保有国だが,それに対する共感がイスラーム世界にはある。

石田 イラン・パキスタン間に対立の要素はないのか?

前川 イランはシーア派でパキスタンはスンニー派だから,宗教的な意味での対立感情は底流にはあるだろう。例えば,サウジアラビアの軍事顧問団や軍関係技術は,同じスンニー派のパキスタンからの援助によるものが多かった。

 最近,中東で注目すべき国としてシリアがある。シリアは米国と国交があり,同時にイランとも関係が深い。イランはシリア国内のヒズボラを支援してイスラエル攻撃を教唆している。一昨年9月,イスラエルがシリア北部を空爆,攻撃したが,攻撃された施設が北朝鮮の核関係施設と非常に酷似していたと言われている。そのためシリアと北朝鮮とのリンケージが推測されている。

 1981年6月に,イスラエルがF16とF15戦闘機を使って,イラクのバグダッド南西部のオシラク原子炉(フランスの支援でつくられたもの)を空爆したことがあった(バビロン作戦)。そのとき使われたF16戦闘機は,実はパーレビ体制のイランに米国が売却予定だったものだ。パーレビ体制の崩壊によって,急遽それがイスラエルに供与され,それがオシラク攻撃の成功を高めた。

 現在のイランの場合,核施設が5〜6箇所以上あるのでイラクのときと違って,簡単に破壊することができない。イランの核ミサイル開発は,将来イスラエルにとって大きな脅威になる。それを避けるために,イスラエルが先制攻撃をする場合には,大変な事態を招くことになる。米国はイランの核開発を阻止しようとしているので,そこに米国が関与するかで大きく展開が違ってくる。

 ところで,米国はイラクに軍事基地を持つことを狙っている。湾岸戦争のころからサウジアラビアに米軍基地を持っていたが,その後撤退し,一時カタールに基地をおいていたが,中東地域ににらみをきかす意味で,地政学的に言っても一番いいのはイラクだ。イラクの駐留基地は今後もいろいろな形で残るだろう。

<オバマ政権と国際協調主義>

石田 新しく誕生した米国のオバマ新政権は,ブッシュ政権と違って国際協調を重視した外交姿勢を示している。

前川 国際協調主義は,逆にいえば日本に対しても新たな要求を突きつけてくる可能性があるということだ。

オバマ大統領は,今年8月までに3回EUを訪問したが,その主たる狙いはアフガンへの兵力増派などの協力要請だった。独仏はあまりいい返事をしなかったが。

 オバマ大統領は,2回目の欧州訪問の際にエジプトなど中東地域も訪問した。エジプトではカイロ大学で,コーランの一節を引用しながら文明論的にイスラームが重要な役割を果たしてきたことなど,イスラームに理解を示す講演を行なった。その背景には,イスラームテロが反米テロに結びつくことを避けようとする思いがあったと思う。反米テロは,端的にいうと,イスラーム原理主義とキリスト教原理主義との戦いであるから,それを回避したいということだ。

 オバマ大統領は,その名前がバラク・フセイン・オバマというように,名前の語源上,ユダヤ,イスラエル,イスラーム,アフリカと関連があり,そのほかアジア(インドネシア)にも関係して,キリスト教徒でもある。このような多面的人物が米国のリーダーとして登場したことは,多元的世界にあって柔軟な行動をとるのにふさわしいと思う。

<米中関係と日本の外交>

石田 米中関係はどう動くか。

前川 中国は昨年,日本を抜いて米国債保有世界第一位となり,外貨保有高も世界一だ。GDPも近いうちに日本を抜いて世界第二位になるといわれている。米国は大量の国債を買ってもらっており,中国の対米影響力が高まっている。そのような流れの中で米中は接近していくだろう。

安全保障面でも米中の協調が出てきつつある。例えば,新疆ウィグル自治区の暴動問題がある。ウィグル族はイスラーム圏であるから,この地域の民族弾圧によって最近,アルカーイダが対中テロ宣言をした。この面で米中は対イスラーム・テロに対する共同戦線を張ることができる。

 ただし,国益の相互依存関係や経済利益の相互補完関係によっていくら米中が接近したとしても,覇権争い,石油をめぐる資源問題などでは,対立する要素もある。

石田 米国の立場から言えば,冷戦終結後は日本にこだわる理由が薄れたし,膨張する中国と直接交渉すればいいという考え方もある。

前川 しかし,米国といえども中国と対抗してやっていくためには日本やEUを味方につけなくては,今後単独では難しい。そうかといって日本としても,米国におんぶに抱っこというわけにもいかない。

石田 中国の軍事的膨張を日本はどう見るべきか?

前川 現在は,日本のバックに米国の軍事力が控えていることでバランスが取れている。日中間に経済摩擦,外交摩擦がおきたときに,中国は核を脅しに使うかもしれない。また東シナ海の油田など海底資源を巡っての争いで強く出てくることも考えられる。それに対してどうするのか。服従的態度でもいいというのは,中国に「朝貢」することをよしとするということだ。

 ただ,経済のグローバル化で中国も国際システムに組み込まれてきている。日本との間で摩擦を引き起こして,不安定な状況をわざわざ作り出すことは考えにくい。不安定な状況になれば,海外からの投資が減るなど経済面での打撃もある。国内的意味も含めて,中国はとにかく平和が望ましい。その上で経済発展を図り沿岸部と内陸部の格差を解消するなど安定した社会にもっていきたいに違いない。もちろん当面は共産党主導の独裁体制が維持されるだろうが。

ここで,中国と旧ソ連の違いをわきまえておく必要がある。旧ソ連は,ヨーロッパロシアと極東ロシアにまたがってユーラシア大陸を大きく支配していた。第二次世界大戦時に,東で不可侵条約を結んで西を攻めるなど,地政学的戦略をとることができた。その戦略に日本とドイツはひっかかってしまったわけだ。

一方,中国はあくまでもアジアの地域大国だ。西南部には中央アジア諸国やインドがあり,牽制されるので旧ソ連のような地政学的な強みはない。そのため空母をつくって太平洋などの海洋に展開しようとしている。


<東アジア情勢の展望と日本の対応>

石田 日本の安全保障に関して,ソ連崩壊後の日本の仮想敵国はどこか?

前川 中国は潜在的な,北朝鮮は顕在的な意味の仮想敵国だ。朝鮮半島については,核を持ったままで統一されれば,それも日本の脅威となる。

石田 北朝鮮が何らかの理由で日本を武力攻撃することはありうるか?

前川 政治交渉のための脅しの場合や,体制崩壊が起きるときには,破れかぶれで暴発することはありうる。

石田 それに対して米国は報復攻撃をするだろうか?

前川 北朝鮮に対してはありうるだろう。しかし日中が対立したときには,米国本土がやられても危険を冒してまで日本を支援するかはわからない。そのときは,日本がどれだけ国際貢献をし,米国に協力をしているかがその試金石となる。

問題は,日本の海洋国家としての軍事上の利点がなくなりつつあるということだ。これまでの時代は海が防波堤となってくれたが,ミサイルの時代には経空で直接攻撃されるので意味がない。

石田 朝鮮半島が統一された場合,どうなるか?

前川 中国の影響下で朝鮮半島が統一された場合は,日露戦争以前の状態に似ることになり中国が南下してくるので危険だ。また米国主導で朝鮮半島が統一された場合には,米中が鴨緑江で接することになるので,中国としては最も避けたいシナリオだ。最近,北朝鮮からの脱北者を防ぐために鴨緑江を挟んで大陸側に中共軍を増強していると聞いている。

<日本の安全保障の課題>

石田 そのような中で日本の防衛態勢はどうあるべきか?

前川 日本独自で自己完結的防衛力を持つことは理想ではあるが,そこには経済的負担 の問題やアジア諸国からの反発も予想される。現在は,敵地攻撃について日米同盟に依存して米国に任せているが,それまでも日本独自でやろうとすると,経済的負担もさることながら,米国との関係悪化は避けられないだろう。やはり日米同盟を基軸として,これを空洞化しないようにすることが重要だ。

 そもそも日本の防衛は米国抜きでは成り立たない。もし日本が単独で防衛しようとすると,ある人の試算では現在の防衛費の10倍以上を要するという。対米依存の最大は何と言っても「核の傘」だろう。最近,非核三原則に関連して,核の持ち込みに関する村田良平・元外務次官の「密約」証言が物議をかもしている。一つの案としては,NATOのように核の持ち込みを認めるという考えもある。ただしそれには日本防衛のための持ち込みとはっきりと明言すべきだろう。

 また集団的自衛権の問題もある。米国に対しても必要な場合には支援する。これは憲法解釈で政府が意思さえあればやれることだ。ただし,それがなかなかできないのは,歴史の教訓として,かつて集団的自衛権の名の下に戦争に巻き込まれたという事例があるからである。問題は,日米がイコールパートナーになれるかどうかだ。

 そのためには相当な自前の力を持たなければならない。一つは,情報収集能力だ。情報衛星をもって自分で判断できなければ,米国によって誤った情報操作をされてしまいかねない。もう一つは,空母を持つことも考えられるが,他方,「空母は時代遅れだ。それよりも潜水艦だ。」という人もいる。冷戦時代でも日本の対潜能力はなかなかのもので,米国もそれを頼りにしていたほどだ。対潜能力を持っていれば,中国の潜水艦に対しても威力を発揮することができる。そうすれば米国とも情報のギブアンドテイクが可能になる。そうした自前の能力がないと米国の下請けになってしまう。これが問題だ。

 グローバル・パートナーで米国が要求しているのは,米国の国際安全保障にもっと協力して欲しいということだ。国際テロに対する世界的協力を得るとの名前の下に,米国は国際政治の主導権を維持しようとしているムキもあり,額面どおりに受けとれない部分もある。

 最近オバマ大統領が核廃絶を唱えており核軍縮の流れもある。現実には実現が難しいかもしれないが,核廃絶は日本が主導すべき課題でもあるはずだ。

 日本の周辺国はほとんど防衛費が増加傾向にある。その中で,日本の防衛費は小泉政権以降,下がる一方だ。予算が少ないので十分な兵器開発ができない。

<海洋国家日本の劣化>

前川 ただ軍事的なものと同時に,わたしが危惧することは,日本が海洋国家でありながらその利点が劣化していることだ。例えば,現在日本の外国航路運航の日本船籍船数は100隻弱,船員数が2600人ほどであるが,75年ごろは1600隻余り,船員数57000人であった。船員が減ったのは,なり手が減少したこと。日本船籍船数が減少したのは,税金の安いパナマなどの国に移籍したことなどが背景にある。日本は四面を海に囲まれた海洋国家でありながら,その内実が空洞化している。そのため外国人船員を雇って外国船籍船でもって海上輸送を行なっている現実だ。

 日本の輸出入を船輸送で見てみると,輸入が年8億トン,輸出が1億トン。重量トン数でみると,輸出に高付加価値の商品が多いために入超だが,金額ベースだと逆に出超となっている。日本経済は,石油や鉄鉱石などの資源材料を輸入し,日本で付加価値をつけて輸出するという構造になっており,輸出入の重量と金額がアンバランスになっていることがわかる。ちなみに米国は,農産物の輸出もあるので輸出入ともほぼ同じ重量トン数となっている(別表参照,「日本経済(貿易・輸送)の構造的特色」)。

 以前,米国の第七艦隊に乗っていた米海軍将校の友人から聞いた話がある。彼はヨコスカからペルシャ湾を往復する機会があった。そのとき遭う船遭う船,皆日本のタンカーだった。その意味では米国第七艦隊は日本の商船を護衛しているようなものだと実感したという。このような話からも,日本は自国船の護衛にもっと真剣になるべきだと痛感した。

 日本は多いときで一日400万バーレルの石油を輸送し,それを「血液」として経済活動が行なわれている。しかし既に見たように海洋国家としての能力が劣化している。これに対して早急に対策を講じる必要がある。

<バランス国家の構築>

石田 日本の戦後は,いろいろな意味でゆがんだ形であった。

前川 戦後後遺症として,反戦,反軍の国民感情が強くなったことがある。同時に,軍事タブーも生まれた。国家を人間の体に譬えると,経済は血肉,軍事は骨筋,文化は頭脳にそれぞれ相当する。とくに日本は「骨と筋肉」(軍事)が弱く,骨粗しょう症ぎみだ。文化は価値観の問題でもあるので,その中で重要なものが宗教と教育だろう。日本は,経済はまあまあとしても,後者二つは非常に弱い。

石田 現代の国際政治における宗教の意義は重要だ。

前川 日本は多神教国家だが,一方のユダヤ教,キリスト教,イスラームは元をただせば同じ経典の民で,同じ一神教である。その中でキリスト教とイスラームとが対立している。こうした宗教面から平和実現に向けたアプローチ,いわゆる「ソフト・パワー」の役割がいま大きくなっている。

 最近米国では,「スマート・パワー戦略」といっている。それは,ソフト・パワーとハード・パワーをうまく結び付けて,適切に対応していくという考え方で,米国の国際政治学者ジョセフ・ナイが唱えている。

 宗教間の争いの仲介役としてうまくやれるのが,日本ではないかと最近ますます痛感している。日本は,歴史的に神仏を崇めてきたが,基本的に平安時代から明治時代までは神仏習合の世界であった。ところが明治時代になって天皇制中心の近代国家をつくるために神仏分離を行い,神道を国家神道として位置づけた。その行き過ぎ末路が太平洋戦争の悲劇であった。

 しかし,日本の宗教的伝統は神仏習合にあったわけで,それは共存,共生の原理に基づいている。日本各地の神社仏閣を訪ねてみると,神社の中に寺があり,寺院の中に神社の要素があることがわかる。中には寺の中に「三種の神器」が祀られているところもある。

 また比叡山延暦寺は国際的に宗教者を集めたイベントを開くなど平和を希求する活動を展開している。日本にはこのような精神が根底にあるので,それを世界にもっと発信していくべきではないか。

石田 宗教に関して言えば,日本は多神教で寛容性があるのだが,宗教のタブーに関して日本人は意外と無頓着なところがある。

前川 わたしは以前,イラクに派遣する自衛隊員たちに宗教的タブーに関する講義をしたことがある。イスラームのタブーについて知っておくことは重要なことだ。ブタ・タブーなど食べ物に関するものは知られているが,彫刻タブー・人形タブーなど,偶像タブーについては余り知られていない。例えば,土産として人形を持っていくのは(偶像とみなされるので)よくない。イラクで日本側とイラク側が共同で復興の記念碑を建てたが,その中に灯篭模様の彫刻を入れたが,それが現地の人によって(誤解を招き)破壊されてしまったことがあった。

 かつてインドネシアに「味の素」社が進出したときに,現地のライバル企業から「原材料にブタ由来の油を使っている」と告発され,訴訟になり重役が逮捕されるなどひどい経験を味わったことがある。そこでわたしは「異文化理解は平和を招くが,異文化の誤解は戦争を招く」と強調している。