核廃絶へのビジョンと北朝鮮問題への対応

日本国際問題研究所軍縮・不拡散促進センター所長 阿部信泰

1.使いにくい兵器=核兵器
 私はここで,21世紀の長期ビジョンの観点から核軍縮問題について述べてみたい。
 基本的な国家安全保障戦略を考えるときに,まず基本命題として,日本・米国などの国にとっては核兵器をなくす方向にもって行った方がいいということを,前提として述べておきたい。人間を含めた生物圏を無差別に殺傷することのできる,強大な破壊力をもつ核兵器はなくしてほしいという感情論は,人の自然な思いであると思う。
 次に,現実の国際政治における核兵器の使用について考えてみよう。第二次世界大戦後,米国が関与した戦争や国際紛争,すなわち湾岸戦争,イラク戦争,ユーゴ紛争,さらに古くはベトナム戦争,朝鮮戦争などにおいて,米国はすでに60数年前に核兵器を開発して保有していた上,軍人側からは核兵器を使用したいとの声があったものの,大統領の判断によって最終的には核兵器が使われることはなかった。また,旧ソ連でもアフガン戦争でかなりの苦戦を強いられ最終的に敗北を喫することになりながらも,結局は核兵器を使用しなかった。
 それではなぜ,米ソ両大国は核兵器を使用しなかったのか。第一の理由として,核兵器は意外にも「使いにくい兵器」だということである。一旦使うと,ものすごい破壊力を持つと同時に,放射線物質による汚染が広範囲にわたって深刻な影響を及ぼす。それらは相手にダメージを与えるだけではなく,放射能などの拡散によって自分たちにも影響があり,しばらくは作戦行動をとることが困難になるほどの後遺症がある。
 先のイラク戦争では,最先端の兵器を誇る米軍でも誤爆があり,敵軍のみならず周辺の無辜の住民までも殺傷されたために,そのことがマスコミによって大々的に報道されて世論の非難が高まることがしばしばであった。コソボ紛争のときにも,米軍の爆撃によってセルビア人の一般市民が巻き込まれ殺傷される事件が発生し,米国内から戦争反対・中止の激しい声が聞こえるようになった。ベトナム戦争においても同様であった。
 このように,通常兵器による爆撃で数十人単位の死傷者を出しても,先進国の場合は世論の激しい反対の声があがることになる。まして核兵器のように,一発で何万,何十万人もの命を奪う破壊力を持つ場合には,それ以上の騒ぎを巻き起こすことは明らかであり,到底使用できるものではない。独裁国家や一党独裁の国であれば使うことも出来るかもしれないが,米国のような自由民主主義国家においては使うことが事実上不可能なのである。それならば,却ってそのような兵器は使わない方向にもっていった方が,戦略的にも有利だということだ。
 第二の点は,湾岸戦争でも明らかになったことだが,米国は最先端の通常兵器によって大半の戦争目的を果たすことが出来るということだ。戦争の目的は,「自分が目指すものを破壊するか,相手(軍隊)を破壊,あるいは軍の指揮官を殺傷することによって自分の意思を飲ませること」だとされる。そのためには余計な人間を殺す必要はない。ならば,核兵器のように一発で多くの人を殺傷するよりは,一発でできるだけ精密に余計なものを破壊せず,国内外からの批判も浴びない方が,戦争目的を達成するには有利なことは言うまでもない。このような兵器を使うだけの資金力を有し,科学技術をもった国は,基本的に欧米先進諸国くらいである(日本も技術力としてはあるだろう)。
 そのような国にとっては,上述の二つの理由により,やはり核兵器はできるだけ使わない方向にもって行った方が戦略的に有利である。そして長期戦略的に考えれば,核兵器はできるだけその役割を減らして,なくす方向に持っていこうというオバマ大統領の方針は,基本的に正しいし,日本もそれを支持すべきだと考える。

2.核兵器廃絶への道
 それでは具体的にどのようにしていけばよいのか。
 第一には,核兵器は強力な破壊力を有する無差別破壊兵器であり,国際法上「違法」であるとの,国際司法的判断を示したことである。すなわち,国際司法裁判所は1990年代に(国家存亡の最後の窮極的状況においては核兵器の使用が違法か否か判断しえないという例外を設けたものの)「核兵器は国際人道法上,一般的に違法である」との結論を出した(ただし,法的拘束力のない勧告的意見)。
 第二には,核兵器を持つ国家同士が交渉し,核保有国全体で2万発も要らないとの結論を導き出し,段階的に削減させていく方法である。
 第三に,政治家の判断としてモラル的にも「核兵器は使えない」という「タブー」「コンセンサス」を強めていくことである。
 米国では政治指導者にどうしたら核兵器を使わないようにさせるかを研究した例がある。例えば,朝鮮戦争やベトナム戦争も相当大変な戦争であったが,米国自体の存亡を危うくさせるほどの戦争ではなかったので,核兵器を使わなかったとの分析がある。また,ベトナム戦争やアフガン戦争はゲリラ戦になってしまったが,ゲリラ戦には核兵器は使えない。さらに,大統領個人には核兵器を使って何百万人もの犠牲者を出した人物として歴史に残りたくないとの判断も働く。このような分析結果を活かしながら,一種の「タブー」を強めていく。違法性判断のみならず,モラル的にも使用しないような状況を醸し出していくのである。

3.北朝鮮の核開発と日本の選択
 日豪が共催する「核拡散・核軍縮に関する国際委員会」(共同議長:豪ギャレス・エバンズ元外相・川口順子元外相)に私も関係しているが,同委員会では09年末までに報告書をまとめるべく準備作業を進めている。その過程で,いくつかの問題点が浮き彫りになった。
 日本にとって難しい問題として,隣国に核兵器をもった国が出現したために,目先の危機を横目に核兵器廃絶を単純に訴えられない状況が生まれたことである。北朝鮮が六カ国協議に復帰し,関係国の経済的利益等の提供に応じて核兵器の放棄を宣言することは理想であるが,これまでの十数年間の歩みを振り返ってみるとその道は容易でないことは明らかである。かつての米朝枠組み合意でも,北朝鮮は巧みに対応しながら結局は核開発を進めてきた。
 世界で一度核兵器を持った国でそれを放棄した国はほとんどないという厳然たる事実もある。唯一の例外があるとすれば,南アフリカ共和国である。かつて白人政権のときに周辺の脅威を感じて核兵器を密かに開発したようだが(1970-80年代),黒人政権への政権交代を目前にして自主的に前政権が核兵器の廃絶を発表した(1993年)。これは「体制変革」に伴うものであった。体制変革なしに核放棄を行なった事例はないのである(カザフスタンなど旧ソ連3国も特殊なケース)。
 北朝鮮の核問題に関しても,この先例を考えると,重大な体制変革なく現体制が維持される限りにおいて,北朝鮮が核放棄すること(希望的観測とはいえても)の現実的可能性は低いと思われる。あれだけ経済的に逼迫し貧しい状況にありながらも,相当の資金を投じて開発した核兵器であるからそうやすやすと放棄することはありえない。しかし希望を捨てずに政府間の交渉は継続していくべきだ。
 ことが起これば核兵器を使うという雰囲気があると,それに対抗して別の国も核開発・保有を考えかねない。そうさせないためにも,「核兵器はなかなか使えない」「核兵器は限られた場合にしか使えない」ということを高らかに国際社会が謳っていく必要がある。もちろん北朝鮮の事例に見るように,それも容易なことではない。
 例えば,北朝鮮に核兵器放棄を宣言してもらう,化学兵器に関しては化学兵器禁止条約に加盟してもらうなどを進める。それには何と言っても,中国に動いてもらわない限り北朝鮮は動かないから,日本が中国とじっくりテーブルに座って交渉し,北東アジアの平和に向けて北朝鮮の核をいかにしてなくしていくかを話し合う。
 そうしたときに中国側は次のように主張することがある。「日本は米国とミサイル防衛をやっているので,それによって中国の核抑止力が無力化されている。ゆえにミサイル防衛は即座に止めるべきだ」と。しかし,中国になかなか理解してもらえないかもしれないが,日本としては「日本が米国とのミサイル防衛をやる目的は北朝鮮の御しがたい行動を制し防衛するためだ」としっかりと説明をする。さらに米中間でもこの問題についてじっくりと議論してもらう。
 あるいは,中国は「先制攻撃に核兵器を使用しないように米国に要請する」「日本には米国の核の傘は不要だ」と主張してくるかもしれない。しかし,現実問題として,北朝鮮が38度線に大量の通常軍を配備し,化学兵器も配備されているとの情報もある中で,米国が核兵器不使用を宣言すれば,北朝鮮はそれを盾にとって通常戦力で南進することを企図しないとも限らない。
 米日が同時に支援しながら北朝鮮を核放棄へと進める努力に対して,北朝鮮に拒否権を与えてはいけない。また交渉の過程で,北朝鮮が動かないからとの理由で交渉をやめてはいない。このことは,イラン,インド,パキスタン,イスラエルについてもいえることだ。小さな核保有国が核放棄を止めないからとの理由で,大国も止めないということにはならないし,核廃絶に向けての歩みは積極的に進めるべきだ。日本としては核廃絶に向けた「旗振り役」を務めていくのがよい。
 いずれにしても,戦略的対話を通じて核軍縮・核廃絶を進めるために,望ましい状況を作り出すことを日本として積極的に進めていくべきだろう。

(2009年10月7日)

プロフィール あべ・のぶやす
1945年生まれ。東京大学法学部中退。外務省入省後米国留学,米国・アマースト大学卒業。ハーバード大学フェロー。ウィーン国際機関担当大使,駐サウジアラビア大使,コフィー・アナン国連事務総長の下での軍縮担当国連事務次長(03-06年),駐スイス兼リヒテンシュタイン大使等を歴任。現在,日本国際問題研究所軍縮・不拡散促進センター所長。他に,核不拡散・核軍縮に関する日豪国際委員会の諮問委員会委員,国連軍縮諮問委員会委員,ジュネーブ安全保障政策センター諮問委員会委員なども務める。