縮小社会の成長戦略と貿易自由化の意義

東京電機大学教授 阿部一知


<要約>

 昨年10月に菅政権がTPPへの参加表明を行ったが,農業問題を中心に反対の声も上がり,国内の意見集約もままならない状況にある。日本は総人口の減少傾向に加え,今後数十年のうちに世界有数の超高齢社会に突入していく展望にあるが,社会保障費の増大や国家債務の膨張など厳しい財政事情もあり,持続可能かつある程度の豊かさを維持するためにも,貿易自由化は重要な選択肢の一つである。日本にとっての自由貿易の意義を考察し,今後の戦略としてTPPやFTAをどう考えるべきか検討する。

 戦後の自由貿易体制の歴史は,GATT(関税および貿易に関する一般協定)から始まるが,多国間の自由貿易協定が各国の利害対立によって膠着する中,近年FTA(自由貿易協定)やEPA(経済連携協定)など,二国間あるいは地域国間の経済協定推進の動きが全世界的に活発化している。日本では,自由貿易に向けた市場開放が政策課題として取り上げられると,必ず国内問題として農業などがクローズアップされ,反対派の重要イッシュとなる。
そこで自由貿易の意義について確認しながら,現政府が進めようとしているTPP(環太平洋戦略的経済連携協定)やFTAの背景および現状を分析し,その上で今後の展望を考えてみたい。

1.自由貿易の意義
 島国日本にとっての自由貿易の意義について確認しておきたい。
 まず,日本は,その自然条件からして,資源・エネルギーなど完全自立して国を成り立たせることが難しい国である。ゆえに外国との貿易は,基本的に必須である。また,日本が産業として得意な分野は工業製品であるが,これは国内消費だけでは十分消化しきれず当然海外に輸出しなければならない。例えば,自動車生産にしても国内だけで売ろうとしたらその生産台数には自ずと限度が出てくる。グローバル化した現代にあって,日本がモノを海外に売って収入を得るという道を閉ざして鎖国状態になれば,国民の生活レベルがかなり落ち込むことは明らかだ。
 極端な話,仮に日本が今,完全な自由化を実現したとすれば,GDPのレベルで数%は拡大するだろう。今経済成長率が1%いくかいかないかで苦しんでいるときに,数%でも増加するとなれば,それはかなり大きい。それにも拘らず現実の日本は,ちょうど得意なモノを作らずに逆に不得意なモノを一生懸命作ろうとしているために,生活レベルを上げられるのにそれが実現できていないようなものである。
 第二に,韓国の例に見られるように,自由化することによって国内の産業が強化されるという効果がある。もちろん,弱い分野は結果的に淘汰されてしまうことが多いので,それはつらいことであり,当事者には酷なことである。前世紀の終わりに経済停滞に苦しんだ諸外国が取った政策は,まさに自由化を推進して国内産業を再編し強化する政策であった。持続可能な成長を考えた場合には,この自由化は避けて通ることのできない道である。そうしないでおくと,弱い分野が政府の保護政策によってそのまま温存されるだけでなく,通常の経済原理では自然な縮小方向への均衡が達成できないために,それが経済成長の「足かせ」となってしまう。
 この点は,淘汰される当事者にとってはきついことであるから,自由化推進の一方でそれを補完する政策を実施することが必要不可欠である。日本におけるバブル崩壊以降の「失われた20年」といわれた経済停滞の原因の一つに,自由化による構造改革と産業力強化策が不十分であったのではないかと思う。基本的に自由化が遅れていることは,指摘しておいていいだろう。
 自由化は,経済的成長に対する動学的要因として重要であり(生産性向上,生産量の拡大,資本蓄積など),それをやらなかったことが日本経済をマイナスに引っ張るモメントとして作用したとすれば,20年間の損失は相当なものであったと考えられる。仮に,年0.1%程度の押し下げ効果であっても,10年,20年のスパンを考慮するとかなりの経済成長の利益を失っていたことになる。
 現在の日本は,高齢社会が急速に進展し労働力人口が減少しているために,生産性の向上がないとすぐにマイナス成長に陥る状況にある。そのしわ寄せは若い年齢層に集中して,新しいことに挑戦しようにもできず,就職の門も狭くなっている。それがさらに経済停滞を生むというように,悪循環のスパイラルに入ってしまう可能性もある。
 国内において,新たな産業,元気な産業,生産性の高い産業が起きてくるような風土,しくみを整えておくことが重要だ。社会の高齢化が進み労働力人口が減少したときに,産業全体が生産性をあげるとともに,新たに元気な産業が起きてこないと,増えていく非労働力人口を養うことができない。つまり産業の生産性向上と効率化を進めないと,労働力人口の減少によって全体の生産水準が下がってしまう。一方で,非労働力人口は増加傾向にあるから,社会全体が,つらい,暗い雰囲気になってしまう。そして年金などの不足分は最終的には税金で補うことになるから,税負担の増加,給与は上がらない,などますます厳しい経済状況に陥っていく。
 第三に,日本の貿易依存度についての考え方である。
 現在の日本の貿易依存度は諸外国と比べかなり低いが(表1),戦後の変遷を振り返ってみると,日本の経済成長を引っ張ってきたのは基本的に製造業であり,工業製品を欧米に輸出して利益を上げてきたところにあった。最近の論調として,「内需重視」の意見があるが,この論者には輸入を嫌う傾向が見られる。しかし,元来天然資源のない日本は輸入なしでやっていくことは難しい。輸入依存度の低い国の大半は,米国やオーストラリアなど広大な面積をもつ資源や農業生産の豊かな国である。日本程度の大きさの国で,日本ほど貿易依存度の低い国は先進諸国でもほとんどない。その意味からももっと貿易依存度を高めても,多角化などの措置さえ講じていれば問題ないと言える。
 一般に日本は「貿易立国」だと言われるが,実体は少し「内向き」になり過ぎているのではないか。世界的な趨勢からいっても,世界との貿易にもっと目を向けてもいいと思う。

2.多国間自由貿易とFTA
(1)GATTからWTO,FTAへ
 戦後貿易体制の変遷を見てみると,GATT(1947年)とそれを引き継いだWTO(世界貿易機関),すなわち多国間自由貿易が基本であった。ある国に通商上の待遇を与えれば,自動的に他の締結国もそれを享受できるという「最恵国待遇条項」(most-favored-nation treatment)は,歪みが少なく,公平な制度と言える。そこで世界の国々は,GATTウルグアイ・ラウンド(1986-93年)からWTO(1995年)設立へと一歩進め,さらにドーハ・ラウンド(2001年)などを通して更なる自由化を押し進めようとした。日本政府は,長らく,多国間の自由化を政策の基本としてきた。
 一般に,先進諸国は,多くの品目の貿易に関して自由化しているのだが,ある特定分野に限り極めて強い保護をかけている。保護された分野は,国内の反対が強烈なために絶対に開放しないという方針をもって対応していることが多い。一方,WTOに途上国が多く加盟するに伴い,途上国の市場開放を進めようとしたが,開放が議論されるような産業は,製造業など,途上国が今後の発展を期待する産業であるため,途上国はそれをやりたがらない。結果的に,先進諸国と途上国間の利害対立が先鋭化して膠着状態に陥ってしまった。
 ウルグアイ・ラウンドが進められていた1994年に,北米自由貿易協定(NAFTA,米国,カナダ,メキシコの3カ国)が発効し,それが比較的うまく進んだ。貿易の自由化によって,米国内でもいくつかの分野が壊滅的打撃を受けるのではないかと心配されたが,実際にはそうならなかった。またメキシコも国民所得向上につながるなど,加盟各国が比較的ウィン・ウィンで進んでいった。
 このような推移を見守っていた各国はこれにならい始め,90年代前半ごろから二国間あるいは地域国間のFTAが世界的に展開されるようになった。アジアではアセアンが積極的に取り組み始めたほか,韓国は非常に意欲的だ。また,欧州は,より強い貿易統合の形態である関税同盟を軸とするEECの形成で,こうした地域の経済統合は先駆者であるが,すでにEU(欧州連合)を93年にスタートさせた。その後は,EUと各国とがFTAを推進し始めた。このようにして今ではFTAが世界の大きな潮流となった。
(2)FTAの課題
 FTAはあくまで経済協定であるから,政治体制とは直接関係しないわけだが,国際条約であるために仲のいい国と,あるいは今後仲良くしようという意図を持って協定を結ぶ傾向も見られる。例えば,両国が地理的にかなり離れていると同時に貿易量もさほどでなくても,FTAを結んで仲良くしようという意思表示をすることがある。また,アセアンと中国,アセアンと日本の場合は,先にアセアンという市場を「陣取り」するという政治的な意味を帯びている。なかでも中国の場合は,FTAを結ぶことで自国の経済的な影響と権益の拡大を狙う意図をはっきりもっているようだ。二国間のFTAを結び,それ以外の国との関係を排除するようになると,FTA合戦となってしまい,本来の自由貿易の趣旨からずれてしまいかねず問題である。本来FTAは,このような政治的意図を持ってやると,かえって経済的な利益を損なってしまう。
 FTAには別の意味もある。それは資源の確保である。例えば,アフリカ諸国とのFTAでは,当該国の地下資源を入手することを一つの目的とし,商社が現地に行って合弁企業を設立するときなど差別しないように配慮してもらい,その代わりに経済協力を行なう。このようなやり方は一般的であるが,これも行き過ぎると囲い込みの様相を呈することになりかねない。自国との関係を他国に優先するように要請することは問題である。
 FTAなど地域貿易協定は,多角的自由貿易協定であり,最恵国待遇を基本とするWTOの補完的な役割(GATT24条)であるということ,つまり例外的であることがもともとの意味であることを忘れてはいけない。

3.TPPの背景
 東アジア諸国(アセアン,日本・韓国・中国など)の1990年代以降の貿易相手国を見ると,最終財の最も大きな輸出先は米国であった。米国はマクロ的に見れば,貿易で赤字になっても,アジアからの資本流入で赤字をファイナンスした上で,金融収益で利益を上げ経済成長するという構図となっていた。
 その中で,アセアン諸国内で互いの生産工程を共有しようという動きが出てきた。すでに,日韓からアセアンだけでなく,中国にも巨額の直接投資と工場移転が発生した。こうした事情を背景に,アセアンの会議に,日中韓三国が加わることで,「アセアン・プラス3」という会合が持たれるようになった。ただし,日中韓三国の間では,自由貿易協定は存在しない。他方,三国はアセアンとは,それぞれ自由貿易協定を結んでいる。このため,アセアンと日本,アセアンと中国,アセアンと韓国というように,アセアンをハブにして日中韓が関係するというしくみが生まれてきた。貿易の規模から言えば,日中韓3カ国の方がアセアンよりはるかに大きいのだが,自由化をリードするのはアセアンで,それに3カ国がぶらさがった形となった。これを,アセアン・プラス1が三つ存在するというように言うこともある。
 しかし,アセアン・プラス3の会合を重ねる中で,「東アジア自由貿易協定」(EAFTA)が提案され,03年9月の日中韓経済大臣会合の折,EAFTAを一歩一歩実現すべき長期的ゴールであることに関して意見の一致を見た。
 ただし,この枠組みには米国が入っていない。そもそもアセアン・プラス3など,東アジア諸国の自由貿易関係の会議は米国抜きでスタートしており,米国が含まれる枠組みとしてはAPEC(アジア太平洋経済協力)があった。APECにはアセアン・プラス3の諸国が含まれるのだが,APECは別の性格のものである。いままで,自由貿易協定の関係で具体的成果がでているかというと,出ていない。
 一方,米国も座視してはいない。米中貿易はアンバランスがひどいし,オバマ政権は金融危機以後金融だけに頼ることへの危険性を認識して,輸出の確保と雇用創出を企図するようになった。オバマ大統領は民主党をバックとしており,北部や中西部の製造業は支持基盤でもあるから,輸出振興と雇用創出は優先課題の一つになっている。こうした背景からオバマ政権は,南米を含めてアジアへの輸出振興を考えるのは自然である。実際,米政府がTPP(2006年に4カ国でスタート)に本格的に関係し始めたのは,ブッシュ大統領が08年に全分野の交渉に参加を表明したのが最初で,その後09年にはオバマ大統領も参加を表明。そのような米国の動きを受けて,ベトナムやオーストラリアなど5カ国も参加を表明した。米国のTPPへの参加表明は唐突であったが,菅政権も2010年10月になってにわかにTPPへの参加検討を表明した。
 TPPは自由化レベルが高い包括的協定で,モノやサービスの貿易自由化だけでなく,政府調達,貿易の円滑化,競争政策,知的所有権の保護など幅広い分野を対象としている。またAPECの目標を共有し,より広範な自由化を進めることが目的とされる。2010年秋の横浜APEC首脳会議では,TPPはアセアン・プラス3,アセアン・プラス6と並んで,アジア太平洋自由貿易圏実現のための具体的な経済的枠組みの一つとされた。
 ただしTPPは,原則的に例外措置を認めない貿易自由化協定なので,FTA以上に国内調整が難しい側面がある。TPPは,多国間の協定であるから,日本だけが一部の分野について全面保護という主張はなかなか受け入れられない。その意味で国内の説得活動が非常に難しい。それが2011年6月までに果たしてできるかどうか。自由化によって打撃を受ける分野について補助金や所得保障などの支援措置を行なうことになるので,予算が何兆円もかかる。さらにこの措置は長期間にわたって行なわなければならない。その意味で,拙速せずに,手厚く,丁寧に交渉を進めなければならない。それは短期間にできることではないだろう。
しかし,日本にとっては,TPP参加にはアジア太平洋の貿易・投資のルール設定プロセスに参加できるメリットがある。大きな枠組みで言えば,TPPなどの自由貿易体制を整えておくことは,将来の日本にとって非常に重要なことであることを認識しておくべきだろう。

4.日中韓FTA
 1999年の第3回アセアン・プラス3会議の折,日中韓3カ国の首脳(小渕恵三首相,金大中大統領,朱鎔基首相)が,第一回の非公式首脳会合を持った。そのとき金大中大統領が,「将来のために3カ国間で貿易と投資の話しをしよう」と一つの提案を行ない,「今後,民間の研究機関で研究をさせて,われわれで報告を受けましょう」ということで合意した。首脳の合意をきっかけに3カ国間の非公式の勉強会(民間の実務者レベル)が2001年にスタートした。私も日本側の参加者として参加した。
 所得・生産・人口などの面で東アジアの大部分を占める3カ国間の貿易投資の体制が強化されることになれば,相互に大きな利益が上がることは予想できる。
 研究発足当初は,中国がWTOにも加盟しておらず,3カ国のFTAなどは想像することもできなかった。それでも2003年ごろから,3カ国共同研究としてそろそろFTAの研究をやろうではないかという強い提案があり,具体的な研究が進められた。日本政府は慎重な立場であったが,われわれとしては具体的な研究を鋭意進めていった。
 ここで各国の課題を簡単に見ておく。
(1)日本の課題
 対中関係では,労働集約的に国内で生産している農産物が,中国の輸出攻勢によって根こそぎやられてしまうのではないかとの心配がある。日本の商社が種を中国に持っていき栽培指導をしているが,それらが安価で今以上に大量に国内に入ってくれば日本農業は立ち行かないと懸念する。もちろんこれには一理がある。そこで日本政府は,完全に保護をかけた形でやることが最低限必要であると考えているようだ。また,一部の工業分野では中小企業が対中自由化を歓迎しない向きもあるようだ。
 経済以前の問題として,近年の日中摩擦も影響して「中国嫌い」という感情問題がある。最近それがエスカレートしているようにも見える。そのような国民感情を肌で感じる政治家は,積極的に動かなくなり,全体的に熱が冷めてしまう。経済の論理だけではなく,政治・感情の問題は影響が大きい。
 今後,アジア地域との取引がさらに増えていけば,日本の港湾・空港・道路鉄道網などインフラも利用が活発化されていくに違いない。とくにアジアとの関係で言えば,九州や沖縄,日本海の港湾が活発化するとともに,それが地域開発にもつながるだろう。韓国の釜山は,この地域で非常に大きなハブ港である。日本にも港湾や飛行場がたくさんあるのだが,費用面などで難点がありなかなかハブ化していかない課題を抱えている。
(2)韓国の課題
 韓国は,対中貿易では中小企業の将来が心配であり,対日貿易では大企業をも含めて競合することを心配している。これまで日韓両政府はFTA交渉を進めてきたが,さまざまな政治問題も影響して膠着状態にある。韓国は,日韓が似たような産業構造をしているために日本が本気で韓国に輸出攻勢をかけてきた場合には,韓国の大企業も中小企業も全滅だという悲観的な意識を持つこともある。また中国は,中国を抜いた形でも日韓FTAをあまり歓迎しないような政治判断をしているようにも思える。
(3)中国の課題
 中国はどちらかというと全般的に積極的姿勢を見せている。しかし,大事な分野は日本に開きたくないという思いがある。例えば,将来性のある高度技術産業,軍事に関係する分野は,日本からの直接投資を受けたくない(あるいは,合弁に限定する)方針をとっている。それ以外の分野については,日本からの投資や企業進出は歓迎するが,その後に自国企業の自立発展のためにも技術移転をしてほしいと要望している。これは日本側からすれば,投資の保護ができず懸念材料である。もちろん,知的所有権保護の問題もある。
(4)今後の展望
 3カ国の間にはこのような微妙な食い違いがあって,それらがなかなか調整できなかった。しかし,3カ国間の自由貿易関係が構築された方が全体的メリットがあるとの共通認識はあるので,違いを乗り越えて前進させたいという潜在的な思いがある。経済界も,そうした声が大きい。実際の進捗ははかばかしくないが,10年の研究プロセスを経ながら漸進的に進展していることも確かである。すなわち,2009年の鳩山首相(当時)による「東アジア共同体構想」の発表も後押しして,2010年春には政府関係者も参加する公式的勉強会に格上げされた。
日本としては,コメなど一部農業分野については開放できないが,それ以外は慎重に話し合っていこうという状況に見える。農水省や農の関係者は自由貿易協定自体を持ち出すことも嫌がる雰囲気があるが,財界は積極的である。お互いにあまりにもつらい分野で受け入れにくいところについては,互に理解しながら調整していけばいいと思う。経済的利益から言えば悪くない話であり,ないよりあった方がはるかにいいことは確かだ。

5.日本の選択
 今から40年後の日本は,総人口の4割近くを高齢者が占める世界でも類を見ない超高齢社会になるとされる。そのとき日本社会はどうあるべきか。今からそのときを見据えて活力ある持続可能な社会の仕組みを考えておかねばならない。
 経済面から考えれば,世界との貿易なしには日本社会が成り立たないことは言うまでもない。もし国を閉ざしたような経済社会を選択し場合は,日本は非常に貧しい国になってしまうだろう。
 ただし,対外的に開いていくには「覚悟」が必要だ。例えば,内需だけの経済では職が不足するが,対外自由化すれば,外国から企業や労働者がやって来るし,サービス分野も拡大する。また,国内だけでは若者の活躍する場が少なくなるので,彼らは当然アジア方面をはじめとする外国に働きに出て行かなければならなくなる。現代の日本人は移民を嫌がるかもしれないが,外国人が来ることと,外国に行くことが嫌だとなれば,対外的に閉鎖的な政策を取らざるを得ず,貧しい生活をがまんしなければならない。
 自由化の方向は,世界のほとんどの国が選択しているものであり,日本も現実的な選択をとったとすれば,これから日本も本質的な国際化が否応なしにやってくるので,それに対応できる内外の条件を十分に整えておかなければならない。自分の文化(アイデンティティ)も保ちながら,相手の文化をも知ってアジアで活躍する。このような覚悟をもたねばならない。
 ところで,韓国は1997年の経済危機を境に,それまでの社会とその後の社会とが劇的に変化した。つまりIMF体制によって,米国型経済社会への転換を余儀なくされたのであった。例えば,構造改革によって,規制を緩和し流動性の高い労働市場を実現した結果,日本のような正規・非正規社員の差別問題はないし,外資導入規制の排除,貿易の自由化を大胆に進めた。韓国経済は経済成長を回復し,いくつかの韓国企業は世界的にも強力なものとなった。ただし,国民の間の所得格差は広がったようである。しかし,これは覚悟の上であったようだ。
 韓国内でも淘汰された企業があることは確かだが,経済危機を契機に外圧という大きな変化の中で転換に向けた「政治的決断」を下したのである。韓国は日本よりも市場規模が小さいこともあり,自由化を徹底せざるを得ず,国民の不満を克服しながら果敢に進めた。日本はなまじパイが大きいのでブロックを作っても生きていけるために,変化に対する取り組みが中途半端,生ぬるいものになりやすい。しかし,日本も現状のままでは限界であることは多くの国民が感じていることであり,そうした「政治的決断」をする時を迎えていると思う。