海洋強国を目指す中国の「青い領土戦略」

筑波学院大学教授 石田 収


<梗概>

 近年中国は,軍事的拡張に伴う周辺国との摩擦が増えるとともに,世界第二位の経済大国となり世界のグローバル・パワーとなりつつある。そこには単に軍事的な国家戦略だけではなく,非軍事的な面を含む総合的な海洋発展戦略があることを知らなければならない。今春開催された全人代において今後取り組むべき「第12次五カ年計画」が発表されたが,その中に初めて一章を設ける形で「海洋発展戦略」が明確に打ち出された。今後ますます海洋展開を図る中国に対しては,そのグローバルな海洋発展戦略を理解した上で日本としてもきちっとした外交・防衛戦略を展開する必要がある。

 昨年(2010年)中国は日本のGDPを超えて世界第二の経済大国になった。また近年の中国の軍事力の急激な拡張をみるときに,米国と並ぶグローバル・パワーとなりつつあることを感じる。こうした中国の発展の背景には「21世紀における富強の中国建設」という明確な国家戦略がある。
中国研究者の多くは往々にして国内問題の分析に目が行きがちだが,近年の中国の動きは非常にグローバルな展開を見せており,国内だけではなくグローバルな視野に立って見ないとその本質を捉えることはできない。
中国の対外発展戦略には大きく二つあり,第一が対外経済発展戦略,第二が海洋発展戦略である。
 まず経済発展戦略についていうと,1980年代以降の対外開放政策によって,外資導入などを積極的に進めてきた(中国語で「引進来」という)が,その後ある程度発展した段階から,それに加えて積極的な海外経済進出戦略(外国企業の買収,米国債購入など対外直接投資)をとり始めた(中国語で「走出去」という)。これが今日見られる中国経済の著しい海外展開である。
 もう一つが海洋発展戦略である。マスコミなどには,中国海軍の軍事力拡張など軍事関連のニュースが話題になることが多いが,それは海洋発展戦略を支えるための手段であって,その本質は海洋発展戦略であることを知らなければならない。こうした全体的戦略を中国では「青い領土戦略」と呼んでいる。
 そこで本稿では,海洋発展戦略について概観する。

1.海洋大国から海洋強国へ

(1)海洋にこだわる理由
 中国が海洋を強く意識し始めたのは,20世紀末である。中国人はもともと中華思想によって海の向こうにはたいしたものはないとの発想が強く,海洋に関する関心は強くなかった。もちろん,明代の鄭和の海洋航海のように南方に積極的に出かけた時代もあったが,それは例外的なことであった。
 現代中国の海洋重視政策は,江沢民時代から始まった。すなわち,1995年に江沢民総書記(当時)は,「わが国は陸地国家であるが,同時に海洋国家である。われわれは戦略的に高度に海洋を認識し,全民族の海洋意識を高めなければならない」とし,「海洋強国の建設は,重要な歴史的任務であり,真剣に研究を進めなければならない」と述べた。そこで中国は,「海洋大国から海洋強国へ」というスローガンを掲げて取り組んでいる。
 それではなぜ中国は海にこだわるのか?
 第一に,陸の領土(の拡張)は既に限界にあり,国内の耕地面積の縮小もあって,巨大な人口をまかないきれないこと。
 第二は,オイル・ルート(シーレーン)の確保である。中国は最近日本の石油輸入量を超えて世界第二の石油輸入大国になるなど,今後も石油消費の増加が予想されている。一方,中国国内の油田開発では陸地石油の枯渇が予測される中,海底資源としての油田開発は中国近海でまだまだ可能性が見込める。
 第三に,海の境界はあいまいな部分が多く,拡大する余地があるので,地下資源開発にも期待がもてること。
 中国の領土に対する基本的な考え方は,「国の国力の増減によって,辺境は膨らんだり,縮んだりする」という戦略的辺境(辺疆)論である。かつて近代以前の中国は,南シナ海全域が中国の海であったが,欧米の帝国主義の侵略によって管轄区域が狭められ,最終的に海の領土から排除されてしまったから,それを取り戻すことは歴史的任務であるという認識がある。まさに中華思想に裏打ちされた考え方だ。
(2)中国の主張する海洋管轄区域
 戦略的辺境論に立つ中国は,国門を海上300万?の海洋管轄区域まで広げるとの基本認識を持つ。これは陸地面積(約960万?)の三分の一に達する面積で,これを「青い国土」(藍色国土)と呼ぶ。300万?という数字は,排他的経済水域と大陸棚面積を合計したもので,その半分が周辺国家との紛争地域となっている。例えば,東シナ海は全部中国の海であって,日本が主張するような「中間線」の概念など全くないとの認識だ。
 さらに海岸線は18,000km,島の海岸線を含めると32,000km,内海・領海が37万?という。中国周辺海域の面積と平均深度は次の通り。
渤海 77,000平方キロメートル,18m
黄海 380,000平方キロメートル,44m
東シナ海 770,000平方キロメートル,370m
南シナ海 3,500,000平方キロメートル,1,212m
(3)海洋強国への道程
 21世紀は海洋の世紀であり,太平洋の世紀であるとの認識の下,「海洋文化の特性を身につけた民族が国際政治を左右し,経済発展を左右し,同時に自らの安全と繁栄を保障できる」(中国海洋学会「海洋世界」2005年5月号)。そこで「海権強国―貿易発達―国家富強」の発展モデルを考えている。
 地政学的に言えば,中国はこれまで「陸の大国」であったが,これからは「陸と海の大国」を目指す方向に進んでいく。それは中国が「海洋に広範な戦略的利益を有している」と考えるからである。
 2006年全国人民代表大会は,第11次五カ年計画(2006〜10年)の中に,初めて「海洋」という単独項目を入れた。この中で,「海洋意識を強化し,海洋権益を守り,海洋生態を保護し,海洋資源を開発し,海洋総合管理を実施し,海洋経済発展を促進する」と述べた。
 さらに中国は海洋に関して「中国は21世紀において大海洋,大視野,大目標の戦略的意識を持たなければならない」として,「三つの意識」を主張する。
 「大海洋」とは,地球面積の71%を占める海洋を中国発展の物質的基礎とすることである。「大視野」とは,海洋は地球に残された唯一の未開発の宝であることを認識することで,「大目標」とは,中国を海洋経済強国にすることである。そのため2008年に「国家海洋事業発展計画」をまとめ,2020年までに海洋科学技術の水準を先進国の中位水準に高めるとした。さらに「中国海洋戦略研究文集」によれば,「今後30年の間に,中国を東アジア地区の海洋強国にし,50年の間に太平洋の海洋強国を作り上げる」という。
 そして具体的な海洋発展目標を,以下のように掲げる。
2011〜15年 全面発展段階;海洋資源開発利用の幅の広さを大幅に広げる。
2016〜30年 高速推進段階;全面的な開発を進め,世界の先進的水準に高める。
2031〜21世紀中葉;海洋産業がGDPに占める割合を25%以上とする。深海と大洋で鉱物を取り,海洋核エネルギー利用とその新興産業の水準を世界の指導的水準にする。

2.海洋発展戦略

(1)組織
 海洋戦略を取り仕切る組織は国家海洋局であるが,これは1964年に設立され,当初は海軍の管轄下にあったが,1980年に国家科学技術委員会の管轄に移管された。82年,国務院は「海洋調査活動は海軍との関係をとくに緊密にして海軍との関係,協力を強化しなければならない」とした。
 国家海洋局は,その周辺に多くの海洋関連機関を持つ。例えば,国家漁業総局,国家海洋局海洋情報研究所,同海洋発展戦略研究所,同第一海洋研究所,中国科学院海洋研究所,南海海洋研究所,青島海洋研究所などである。
 そして1998年,「専管経済区および大陸棚法」を制定した。この法律によれば大陸棚は,「中華人民共和国の領海の外で,本国陸地領土からの自然延長のすべてであり,大陸周辺外縁の海底区域の海床,底土まで延びている」とする。つまり,中国から延びる大陸棚はすべて中国のものであるということである。
(2)海洋経済区域
 2003年5月に国務院は,「全国海洋経済発展計画要綱(2001〜10)」をとりまとめ翌年公表した。その綱領を通して,中国の海洋発展計画の基本戦略が見えてきた。
 その目標は「2020年海洋経済強国の建設」である。同要綱は「わが国は海洋大国である」との認識のもと,今後海洋に本格的に進出する強い決意を示した上で,取り組むべき10のジャンルを掲げた。すなわち,漁業,交通運輸,石油・天然ガス,海浜観光,造船,製塩,海洋科学,淡水化,総合利用,生物医薬品の各分野である。
 そして海洋経済区域を大きく4つに分けて具体的な展開を図る。
 第一が「海岸帯と付近海域」。
 第二が「島とその付近」。
 「島および海を跨ぐインフラ建設を強化し,中心部の島の水源確保と風力発電所,潮力発電所の建設に力を入れる。深水養殖を重点的に発展させる。観光を発展させる。海水の淡水化を普及させる」。
 その後,中国国家海洋局は,2011年4月,初めて開発・利用可能な無人島のリストを発表し,今後開発権を民間に売り出すこととなった。
 第三が「大陸棚および排他的経済水域」。
大陸棚および排他的経済水域における石油,天然ガス開発については,「黄海ではさらに調査・探査を進め,油田,ガス田の発見に努めるべきだ。東シナ海では探査作業を強化し,生産量を着実に増やすべきである。南シナ海では探査の範囲とレベルを拡大し,海洋権益を守るべきだ」。
 第四が「国際深海底区域」。
 国際深海底区域については,「引き続き深海探査を繰り広げ,深海技術を大いに発展させ,深海産業を適時に発展させる。多金属団塊ターゲット鉱区を確定し,コバルト,リッチクラストなど新しい型の鉱物調査を繰り広げる一方,生物遺伝子技術の研究と開発に力を入れる。深海資源探査・開発技術能力の向上に努める」。
 中国が国際深海底に鉱区を設定した一つの重要地点は東太平洋である。それはハワイの東南地点で,ここには銅,鉛などの多くの金属資源があるという。
 この一環として中国は,これまで何度も世界規模で海洋調査を行う調査船を派遣している。2005年には初めて三大洋にまたがる海洋科学調査を終えたほか,07年に入ってからは,インド洋西南部深海底で新たな海底熱硫化物活動地域を発見した。またこれらを支えるために,海洋探査衛星を打ち上げている。
(3)海洋経済
 中国の海洋産業は,次の12の業種からなる。すなわち,水産,石油・天然ガス,海岸鉱区,製塩,海洋科学,バイオ製薬・健康食品,発電・海水の淡水化,造船,海洋プロジェクト,交通運輸,沿岸観光,海洋情報サービスである。また,海洋七大産業として,海洋水産業,海洋交通運輸業,海浜観光業,海洋石油ガス業,沿海造船業,海洋塩業,海浜砂鉱業をあげて展開している。
 こうした海洋経済分野への取り組みの結果,2010年の海洋総生産額は,前年比12.8%増の3兆8439億元で,GDPの9.7%を占める。海洋産業の生産額は,1980年に80億元であったが,90年には447億元,2000年には4133億元,2005年1兆6987億元と急増した。
(4)第12次五カ年計画
 今年3月,第12次五カ年計画(2011〜15年)要綱が発表されたが,その中で初めて「海洋経済発展」が一項目として取り上げられた。同要綱によれば,「陸海を統一的に計画することを堅持し,海洋発展戦略を制定実施し,海洋の開発支配,総合管理能力を高める」という。さらに以下のようなことを述べている。
 海洋資源を合理的に開発利用し,石油,天然ガス,海洋輸送,海洋漁業,海浜観光などの産業を積極的に発展させ,海洋バイオ医薬品,海水総合利用,海洋エンジニアリングなど新興産業を育成する。海域と島の管理を強め,離島の発展を後押しする。近海資源の過度の開発を抑制し,海面干拓の管理を強化し,無人島の利用活動を厳格に規範化する。極地,大洋の科学観測を積極的に繰り広げる。

3.周辺国との摩擦

(1)領海をめぐるトラブル
 このような形で海洋戦略が展開されているが,その最大の狙いは資源・エネルギーだ。今後十数年で中国の陸上石油資源は枯渇するとの予測もある。外国からの石油輸入も一つの手だが,海洋資源の開発は一番有利な戦略なので,それを進めようとしている。
 中国は92年に領海法を定め,尖閣諸島,南沙諸島,西沙諸島,東沙諸島,および黄海,東シナ海の大陸棚などを中国領と規定した。その結果,周辺各国と領海線をめぐってトラブルが発生している。
 国家海洋局海洋発展戦略研究所課題組が作成した「中国海洋発展報告」(2007年)によれば,境界が未画定の地域は以下のとおり。
1)黄海北部:対北朝鮮
2)黄海南部:対韓国
3)東シナ海:対韓国及び日本
4)南シナ海:対ベトナム,フィリピン,マレーシア
 2002年11月に中国とアセアンは首脳会議において「南シナ海行動宣言」に署名したが,未だ具体化されてはいない。それに対して米国が積極的に関与の姿勢を示している。クリントン米国務長官は,11年7月のアセアン地域フォーラムで,「南シナ海における領有権の主張は,国連海洋法条約など国際慣習法に合致した形で明確にすべきだ」と述べた。ベトナムやフィリピンは,中国との対抗上,米国をうまく引き入れていこうとしている。海洋を巡って,米中の対立が激化しつつある。
 太平洋地域では,21世紀半ばまでに第二列島線まで進出する計画で,米国も警戒している。さらにインド洋への関心も高い。中国のインド洋認識は,「海洋覇権の要」というものだ。例えば,オイル・ルートとの関係で,ペルシャ湾からシンガポールの間のパキスタンやミャンマーに海軍艦艇が立ち寄れる基地を作っている。
(2)中国の強硬姿勢
 中国の強硬姿勢が最近目立っているが,全面的に強硬姿勢だけを貫くわけではない。強硬姿勢と柔軟姿勢を時に応じてうまく使い分けしている。ただし,中国の対外姿勢は内政との関連が深い点に留意する必要がある。
 中国は96年に国連海洋法条約に批准したが,このときに領海内での船舶通航の保証などに関する四つの声明を出した。その一つが「海を隔てて隣接する国家とは話し合いを通じて,国際法の基礎の上に,公平の原則の下,海洋管轄権の境界を定める」であるが,もちろん文字通りに受け取れない側面もある。
 例えば,中国とフィリピンが南沙諸島のミスチーフ礁における領有問題で対立した際(1995年),中国は話し合い重視の姿勢を取り,強硬手段には訴えなかった。しかし,中国が妥協できるかとなると,本質的に妥協の姿勢はなく,力の空白が生ずると海軍力をバックにどんどんと出てくる。その結果,周辺国はいらいらするし,米国やインドも警戒感を強くしている。
(3)台湾問題
 海洋発展戦略の立場からすると,台湾はきわめて目障りな存在だ。中国が海洋に出て行こうとするときに,不沈空母のように存在しているからだ。ゆえに台湾問題の解決は中国の国家戦略目標の一つとなっている。
 中国の21世紀の戦略目標は三つある。第一が富強中国の実現,第二が台湾統一,第三が共産党体制の維持だ。第一と第三は実現しつつあるか実現しているが,台湾統一は,両岸の経済的結びつきが強まる動きはあっても,まったく見通しがない状態だ。いつまでもこのまま放置するのか。中国は「台湾問題は核心的利益だ」と主張するが,この意味は「絶対に妥協できない」ということだ。台湾統一によって中国共産党の歴史的任務が完結するとなるのだから妥協はできない。
 海洋発展戦略を進めようとすればするほど,台湾問題の解決に対する圧力は高まっていく。2020年,中国共産党結党100周年までには何とかしたいと思っている。軍事的解決に出ると,跳ね返りが大きいのでそれはなかなかできない。
 中国の一番の理想は「戦わずして勝つ」ことだ。一番いい方法は,台湾の方から中国になびいてくることだ。現在の中国国民党(馬英九政権)は,中国になびきつつある情勢だが,お互いに妥協できる部分と出来ない部分がある。こうした動きについて最近では,「台湾のフィンランド化」という表現も出始めている。しかし,台湾は民主主義国家なので,国民の意思を無視して政策を行なうことはできない。このような膠着状態の中で台湾統一の道筋は全く立っていない。

4.今後の展望と日本の対応

 日本としては,将来的には東アジア共同体構想があり,現実的には中国経済との深い結びつきもあるから,敵対することだけがすべてとはいえない。しかし基本的には,価値観を共有できる日米韓が連携して対中戦略を展開することが何より重要だろう。
 中国は敵が強大なときは強くは出てこない。だが一旦「スキ」(隙)を見せるとどこまでも入ってくる体質がある。つまり「軟土深耕」作戦(柔らかい土は深く掘れの意)だ。相手が一歩妥協すれば,さらに二歩進めるという作戦である。それに乗ってはいけない。日本は軟土ではなくコンクリートだと思わせれば,中国も入ってこない。ロシアは中国にとってコンクリートなので,中国も容易には出て行かない。結局,日本の姿勢如何ということになるだろう。
 現在の東アジアの勢力図を見ると,日米韓のGDPを合計すれば,中国のそれの4倍弱だ(21兆ドル対6兆ドル)。そこにEUも加わればもっと大きな差になる。中国もその辺はわかっている。中国はここ数年,多極化戦略を取り,米国の世界における力を落とそうとしているのも,こうした点が影響している。ゆえに日本としては,西側優位である現在,中国に対してあまり融和的姿勢を取るのは得策ではない。 
 もちろん,中国の将来について,今後10年後,20年後も中国共産党一党独裁が維持されるかは不透明だ。世界の流れを見れば,中東のジャスミン革命などに見られるように,民主化の潮流は確実なものがある。現在の中国の路線はそれとは全く後ろ向きといわざるを得ない。中国の次期最高指導者候補である習近平副主席は基本的に大きな改革をしないとみられる。国民の意識が高まっていくなかで,いまの体制が永続する保証はない。国内の路線対立などの内政と海洋発展の問題は微妙にリンクしているので,今後注意深く見ながら対応していくことが重要だろう。
 中国の同盟国はあまりない。ロシアも猜疑心で見ている。そのほかの同盟国を挙げれば,北朝鮮,ミャンマー,パキスタン,アフリカの小国などだ。グローバルに見ると,中国に対して西側優位にあることは確かなので,パクス・シニカ対パクス・アメリカーナという世界構造の中で日本は,米国との協調を基本とする姿勢を変える必要はないだろう。

(2011年9月9日)