福島原発事故の教訓と10年後を見据えた国家戦略
―科学リテラシーの視点から

四日市大学特任教授 新田義孝

<梗概>

 2011年の東日本大震災と福島原発事故は,日本が抱えていた根本問題をあからさまにしてくれた出来事であった。科学的知見に基づいた適切な施策が講じられないと,本来必要のない負担を国民に負わせることになることをはっきりと示した。また国政を担う為政者がしっかりした見識を持ってリーダーシップを発揮しなければならないことも見せてくれた。とくに資源エネルギー問題の解決は,これから日本が持続可能な発展ができるかを決める重要な課題となっている。10年後,30年後を見据えた長期戦略を立てて,いまから適切な手を打っていく必要があると同時に,大きな夢・志を持って果敢な取り組みを積極的に進めていくことが将来の発展の種を育てることになると思う。

1.福島原発事故放射能漏れへの政府対応の問題点

(1)科学リテラシーの欠如

 2011年3.11東北地方太平洋沖地震に伴う福島原発事故後の政府の対応は,まさに素人に政治を任せるとこうなるという見本のような事例であった。科学が蓄積してきた知見(科学リテラシー)を全く無視したような政治を行なった結果,国民を“恐怖”に陥れたことは,大きな「犯罪」であったと思う。以下,いくつか具体的な事例を挙げて説明したい。
①低線量放射線の健康影響の危険度を100倍深刻に理解した。 
 これまでチェルノブイリ事故や広島・長崎の原爆など,低線量被曝のデータがたくさん蓄積されている。事故当時,原子力工学の専門家がマスコミにたくさん登場して盛んに言説を述べていたが,実は人間の健康影響に関わる分野を考えれば,放射線医学の専門家がもっと前面に出てくるべきであった。
 一般に刺激が生物に与える影響には「閾値」があるが,それなのに放射線被曝には「閾値がない」との考えがまかり通っている。マスコミなどでそのような考え方が流布した結果,多くの国民は少しでも放射線に当たると影響が出ると短絡的に考えてしまい非常な不安感を抱いてしまった。
 例えば,広島・長崎原爆の生存者のうち,1950年から2000年までに固形ガンで死亡した人の数から分かることは次の通りである。
・放射線の影響を受ける範囲は100mSv(ミリシーベルト)超に限定される。100mSv未満では,死亡者の実数が7657人で予測数が7595人。その差は62人。統計的誤差の範囲内といえる。
・100mSv未満の単回被曝でも無視できない発ガンリスクが生じるという研究データが,この研究結果を含めて,どこにも存在しない。この研究の誤差範囲は,約1/1000。
 
②必要のない大規模避難を行い,心理的不安も煽った。
 現ロシア政府は,最近「チェルノブイリ事故25年,ロシアにおけるその影響と後遺症の克服についての総括および展望1986~2011」という政府報告書の中で,「チェルノブイリ原発事故が及ぼした社会的,経済的,精神的な影響を何倍も大きくさせてしまったのは,“汚染地域”を必要以上に厳格に規定した法律によるところが大きい。その結果,不必要な避難に伴う代償が大きすぎた」と述べた(中川恵一『放射線医が語る被ばくと発がんの真実』ベスト新書)。3.11地震に伴う原発事故への対応において,政府は必要以上に危険を煽り,必要の何倍もの避難民を出してしまった。避難先で亡くなられた方も,適切な対応をしていれば亡くならずに済んでいたかも知れない。
 このように広島・長崎,チェルノブイリ,マウス実験などの膨大な調査において,100mSv以下では健康に悪影響のあるデータはなく,100mSvが一つの目安である。100mSv/年を目安にすると,福島では避難する必要がなかったか,安心のため緊急避難数カ月後に戻っても,健康被害の懸念はほとんど無視できる状況であった。また20mSv/年を目安にしても,避難すべき地域は限られており,政府の避難命令はチェルノブイリ同様,人々を不安に陥れるだけではなかったかと思われる。
 体内に入った放射性物質による内部被曝で物理的半減期が30年と長いセシウム137にしても,体内での実効半減期は100日であり,これによる発ガンなどの健康被害はチェルノブイリ20年の疫学調査では見つかっていない。人体にはもともと平均4000ベクレルの放射性カリウムがあり,人や動物には体内の放射能に耐性がある(表1)。
 また,牛乳,農産物の放射能汚染に対しても過剰反応して,安全なものまで捨ててしまった。このように放射線医学など科学の知見をもっと有効に生かした対応をとっていれば,東京電力だけで補償できる範囲内に収まったかもしれない。

③“がんじがらめ”の規制をそのままにした無策の震災被害対策であった。
震災後の対応において,福島県をはじめとする東北など周辺各県では,平常時の規制(法律)をそのまま適応して処理しようとした。しかし,今回のような大震災においては,当該県知事に,平常時の規制を一旦停止することのできる権限を一定期間与えて,完全規制緩和による総合的対策の実施を保証すべきであった。そうすることによって,がれき処理を東北地方だけで資源化する,土地利用を合理的に実施する(思い切った街づくり),被災者の雇用優先(被災者救済資金や保険金などを支給しても雇用できる)などの,思い切った措置が取れたと思う。
 去る9月9日にNHKの特集番組で,震災復興予算の約8割が他用途に使われていたとの詳細な報道があったが,それには愕然とさせられた。例えば,沖縄では震災復興予算を使って防波堤工事を行なった,東海地方にある某企業の事業発展支援に使われた等々,何兆円もの貴重なお金が本来の目的から外れて使われていたのである。
 がれき処理について,現地から九州方面を含む遠方にわざわざ運んで処理しようとしているが,福島原発の近隣に処理施設を作って処理すればもっと効率的にやれるはずだ。筆者の試算だと,30万kWの火力発電所の10年分の燃料ががれきから得られるはずである。それができないのはやはり規制のせいである。

(2)しっかりした指導者の不在

 今回の民主党政権の失態もひどかったわけだが,野党である自民党の対応・行動もほめられたものではなかった。野党になった自民党としては,これを機に10年後を見据えた長期戦略を提示して国民の信頼を得るチャンスでもあったと思う。
 こう考えると優れた政治家を輩出するしくみが必要だと痛感する。しっかりした政策・ビジョンを立てるためには,シンクタンクとのリンクが必要である。そしてこれからの政治家には,少なくとも日露戦争後の近代史をよく学んで欲しいと思う。更に言えば,次のような内容についてもよく理解を深めて欲しい。すなわち,世界各国の政治形態,経済政策の中でも通貨管理とインフレ・デフレの関係,日本政府の経済状態(財産の把握と理解)などである。

2.10年後を見据えた国策

(1)人口減少に伴う世界の趨勢を読む

 日本はすでに数年前から人口減少が始まり,今後世界最高水準の超高齢社会を迎えようとしている。最近の調査によると,高齢者の健康度(自立度)はかなりよくなっている。男性の場合,10%は90歳まで自立でき,70%は72歳頃から低下し始める。女性は,87%が70歳過ぎから低下し始める。このように少なくとも70歳頃までは十分仕事ができる体力があることがわかる。それゆえ70歳まで働ける環境を整備し,その間は年金受給を繰り延べれば,国庫財政にも寄与する。このような人口学的な知見が政治や政策に十分反映されていないのは残念だ(参照:秋山弘子「長寿時代の科学と社会の構想」『科学』岩波書店,2010年)。

(2)エネルギー資源戦略

 最近,米国や欧州でシェールガス(頁岩=シェール層から採取される天然ガス)に関心が集まっているが,米国も自国のエネルギー資源として利用する以外に他国に輸出する余裕は少ないので,米国から大量輸入してエネルギーの安定供給を図ろうとしても,余り期待できない。そこで日本として必要なエネルギー資源の確保をどうするか。それには二つのシナリオが考えられる。
 一つは,豪州である。豪州は石炭や天然ガス資源が豊富で,とくに天然ガスは西海岸に未開発の資源があるのでそれを日豪が協力して開発する。豪州の石炭について言えば,エネルギー効率の高い国(→地球温暖化防止にも寄与)が率先して使えるようにすることだ。豪州は,2012年7月1日から炭素税を導入し,3年後に排出権取引をやろうとしている。数年前に豪州のある石炭会社に対して,「エネルギー効率の悪い中国に対して石炭を輸出するな」という差し止め訴訟が市民団体から起こされたという。本気で温暖化防止に取り組もうとするならば,(豪州のような)人口の少ない国内で排出権取引をやっても世界全体にはたいした影響はないのだから,むしろ石炭をエネルギー効率の低い国には輸出しないという政策の方が有効かもしれない。このようにエネルギー技術開発と環境問題などを絡めた政策を,例えば,APECの中の日米豪ニュージーランドなどが協力して実行することも重要だろう。
 最近ロシアは天然ガスの輸出に熱心だ。ロシアの天然ガスの輸出先として欧州が難しい情勢にある上,シェールガスの開発が進むという環境変化を受けて,中国や韓国,日本に盛んに売り込もうとしている。日本としては,対露関係でいうと歴史的・領土的な問題があって簡単に交渉が進むとも思えないし,感情的な要素もあるから,資源問題についてはやはり理念を共有できるような国々を中心に調達先を多様化しておくことが必要だろう。
 もう一つは,メタンハイドレートである。日本の近海でも採掘のための準備が進んでいる。現在の天然ガスの価格と比較すればまだペイしないが,10年後を考えれば開発技術が進んでコストが下がる可能性もあるから,一種の保険の発想でエネルギー自給率を高める戦略として投資しておく。

(3)外交・国土防衛

 中国も,今後少子高齢化が急速に進むと予想され,あと15年くらいの内には勢いを失うと思われる。ゆえにそれまでの期間,シーレーンを含めた国土防衛をしっかりする必要がある。防衛の基本は日米同盟であることはいうまでもないが,日本独自の高度技術は防衛に転用することが可能であり,そうした開発を進めていることを公表するだけでも,ある意味での抑止効果を持つ。
 例えば,海水面の温度を測定する地球温暖化監視のためのブイがある。これは東南アジアの海域にかなりの数が浮かべてあり,そこから得られた情報を人工衛星を介して日本で受信できるシステムが整備されている。これを東シナ海に浮かべておくと,中国の潜水艦の探知にも利用できる。
 北極の氷下の塩分濃度や温度などを日本の無人潜水艦が調査してきた。これも東シナ海などでの潜水艦監視に応用できる。また核融合のために開発されてきた超強力レーザーは,軍事衛星の破壊やミサイル破壊にも応用可能であり,国土侵略船への攻撃にも使える。
 かつてレーガン米大統領は,対ソ戦略としてSDI(戦略防衛構想)を計画したが,それによってソ連崩壊に導くことができた。
 場合によっては,約3兆円をかければ「ニュートリノ砲」がつくれると物理学者たちが概念設計している。ニュートリノ砲であるから,地球を貫通して反対側にまで攻撃することができるという。核爆弾の威力を消滅させてしまうのだ。このような壮大な計画を日米が協力して進めていると公表するだけでも,大きな抑止力を発揮する。

(4)教育・啓蒙戦略

 最初にも述べたように,科学リテラシーを国民に広く浸透させることが急務であろう。この問題は,日本だけではなく,欧米や豪州でも同じ悩みを抱えているようだ。
 豪州北東部に位置するクイーンズランド州はある時期非常な渇水と水不足に悩まされたことから,工場・生活廃水を水資源に再活用しようと考え,そのための技術開発を積極的に進めそのシステムを構築した。その結果,非常に純度の高い水が豊富に作れるようになった。ところが後になって雨が降りダムの貯水量が回復し,喫緊の水不足がなくなったとたん,その水再生技術開発に対してなじる声が出てきたという。
 クイーンズランド州の州都ブリスベンは気候も温和なために,シドニーからの移住者が増えており,将来再び水不足に陥る可能性は否定できない。数年前の渇水のときに市民は4割の節水を行い,水再生技術を開発して乗り越えた経験があったのに,そうした経験をすぐに忘れてしまう。市民は感情に左右されやすい傾向があるから,やはり科学リテラシーが必要である。
 日本は科学技術立国を標榜しているのだから,科学をしっかり勉強してその結果を生活に取り入れる習慣が必要である。とくにマスコミ,政治家,そして霞ヶ関の官僚たちには必須である。
 ある工場では,ガンマ線照射で滅菌をしている。日本の顧客には照射が終わった段ボール箱に「照射済」を示すシールを張って納品する。しかし,外国の顧客は,ダンボールの内側に照射によって変色するシールを貼って依頼してくるという。本当に照射したかどうかを,依頼主が判断しようという性悪説に基づく行動なのである。結局,科学技術については,最悪の事態を招くという想定,つまりリスクを考えた性悪説で導入し,最悪の事態を客観的に理解する,すなわち科学的知見を信頼するという原則が必要である。
 話は飛ぶが,「高レベル廃棄物の地下処分」も大きく誤解されている技術である。日本中の廃棄物を処理するのに地下の断面3.5km×1.5km,地上敷地面積約1平方キロメートル1カ所だけで済む。発電所と違って廃棄物を地下に設置すれば静止したままである。もっと冷静に判断してほしい。

3.マクロエンジニアリングのアイディア

 短期的な課題に対応する戦略ばかりではなく,マクロエンジニアリングの観点から大胆な発想と強い意志,そしてグランドデザインを描く力をもって取り組むことが,技術立国日本が21世紀の危機を打開していく基礎力の強化をもたらしてくれると思う。そこでいくつかのアイディを挙げてみたい。

(1)季節間熱貯蔵材料・システムの開発

 夏の熱を冬に,冬の冷熱を夏に使うといった発想である。太陽熱利用の温水器にしても,かつてのものと比較すると今のそれは格段に性能が向上している。少なくとも夏の熱を数カ月でも貯蔵できる技術を開発する。最近の話では,地下に耐水層があれば,そこに温熱を貯蔵しようという技術が開発されている。
 熱をもっとコンパクトに貯蔵する技術も,本気になって取り組めば開発は十分可能だと思う。これは省エネ対策としても有効な技術となりうるから,政府が技術開発のためのコンペを行なって積極的に進めるとよいだろう。

(2)超大型ハリケーン・台風の鎮静化技術・システムの開発

 近年,世界的にハリケーンや台風が大型化し大きな被害をもたらしているので,その対策としての技術開発である。とくに米国では切実な問題である。
 その原理は次の通りだ。台風の発生メカニズムは,海水温度が26度以上になったときに起こるというので,25度以下にしてやれば台風が育っていかない。海の水温は10メートル,20メートルも下に行くとだいぶ温度が下がるので,深層海水を汲み上げて噴霧するか,海水を攪拌すれば表面温度が低下する。波力エネルギーを利用したり,緊急の場合には潜水艦を導入して,こうした実験を行ないながら技術を開発する。

(3)中東の砂漠緑化のマクロエンジニアリング

 中東の砂漠緑化のアイディアの一つが「沙漠テント」である。アラビア半島南部に500メートルのテント山脈(あるいは砂で500メートルの高さの塀または山)をつくると,この地方は半年の間,南から北上する湿った風が吹いているので,テント山脈に当たって上昇気流を起こし雨を降らせるという原理である。これは実際に数値シミュレーションが行われている。こうした取り組みをODAや産油国の石油利益を使って進めるのである。
 この目的は,緑化を進めることによって大農業地帯を開発するとともに,現在中東地域の深刻な問題である若者の失業問題を解決し,食糧確保にも寄与するのである。それによって戦争やテロに参加することより,リスクの低い生き方を提供することが可能になる。
 また,アルカリ土壌の改良による豊かな農地への変換も取り組みの一つだ。石膏さえあれば不毛の土地を豊かな耕作地に変えることができる。筆者は中国と豪州でアルカリ土壌改良実験を行なった。とくに北陸電力(株)がスポンサーになって,クイーンズランド大学のアルカリ劣化農地に1ヘクタールの森を作ったが,今でも当地でシンボルになっている。

4.最後に

 民主党は2012年9月に,原発依存からの脱却に向けた「原発ゼロ社会を目指す」という提言(40年廃炉を厳格に適用し新規増設を認めず,2030年代に原発稼働ゼロを可能にするなど)をまとめた。それを受けて政府も原発ゼロに向けた新エネルギー・環境戦略を策定する方向だ。これに対しては産業界などから反発が出ている。
この問題を考える上で重要な観点は,前述したように人口学的推移の展望に基づきながら,今後(少なくとも21世紀中葉頃)日本に必要なエネルギー資源量,とくに電力のピーク(最大電力)がいかに推移するかの将来見通しを立てて戦略を立てることである。
 そのシナリオには,概ね以下の三つがある。

<シナリオA>
・GDPが2050年まで増加し続ける。
 →20年廃炉で既に電力不足
 →40年廃炉で2025年ごろから電力不足

<シナリオB>
・一人当たりGDPが2007年をピークにその後一定となる。GDPと最大電力の関係は比例関係にあるので,最大電力も一定水準を維持。
 →20年廃炉でも大丈夫

<シナリオC>
・GDPは人口によって決まる,つまり今まで来た道を引き返す。
 →20年廃炉でも大丈夫

 今後の経済展望については,現状維持をしながらも僅かずつでも成長していく方向性を考えたときには,40年後には日本の総人口が9000万人まで減少するので,原子力発電所について40年経過したものから順次廃炉(40年廃炉)にしてゆくという「原発ゼロ」のシナリオも可能だろう。
 「原子力発電所が全部停止しても,今のところ停電もないし大丈夫だから,原発ゼロでも問題ない」との議論がある。それはお蔵入りした火力発電所をもう一度使って,電力の供給責任を果たそうと電力会社が対応することによって何とかなっているのである。私もお蔵入りした石油火力発電所を実際に見に行ったことがあったが,ペンキがはげるなど施設の老朽化だけではなく,発電効率が30%と極めて低い。石炭火力発電所の発電効率は,震災前で全国平均40%を超えていたのと比較すると,見るにたえない現状である。そのような事実は,マスコミでも余り報道されない。電力会社が必死でそのような劣悪な環境の中でがんばっているのに,彼らをバッシングするばかりである。
 それでは原子力発電の必要性はないのか。
 原子力発電もベストミックスの大切な要素の一つであり,エネルギー高騰への切り札,技術立国日本の技術輸出,先進国責任としての技術連携などの意味からも,必要性はなくなっていない。
 ただ21世紀中葉までのスパンで考えたときには,それまでの間に次の技術革新によって生まれてくるであろうエネルギー資源に対する戦略を準備していくことが重要になる。近年注目を浴びてきている,天然ガス,シェールガス,メタンハイドレートなど開発技術が進展しつつある。原子力にしても次の段階の技術が進歩していく可能性もある。
 次に,自然エネルギーについて簡単に述べれば,導入拡大に反対はしないが,その限界・制限条件をよくわきまえながら進めるべきであろう。とくにマスコミでも余り取り上げられないのが,「交流電流の電力系統の安定」問題である。交流は電圧と電流とが別々にサイン曲線を描いて走るわけだが,電力系統では電圧と電流のサイン曲線を一致させること(位相の一致)が重要になる(図2)。
 ところが,自然エネルギーなど品質のよくない不安定な電力が混じってくると(太陽光や風力発電では天気や風量によって発電量に変化が生じる),電力系統が不安定化する。交流の電力系統の安定を保つには,不安定電源からの電力供給は5%が限度といわれている。
2010年12月,中部電力管内で一瞬0.07秒の電圧低下が起こった結果,東芝の半導体製造の四日市工場が一部操業を停止し数百億円の損失を出したことがあった。電力会社はまさに系統安定化に大きなハイテクを使って電力の安定供給を行なっているのである。すなわち,翌日の需給曲線を予測して発電所の運転計画を立て,需要にあわせた発電を行なっている。それに対してスマートグリッドを作って,電力会社とは別の配電網を作ればいいとの意見もあるが,経済的に難点が大きい。
 いずれにしても,「放射線被曝の危険」を恐れて「原子力発電=危険→廃止」と感情的に反応して単純思考するのではなく,長期間にわたって徐々に別のエネルギーに移行すると考えるのが,たとえ同じ結論に導かれるにしても,より理性的な思考ではないかと思う。
そのためにも,10年後の日本のあり方はどうか,人口がどの程度になり,どのような暮らしぶりになっているのかなど,そのようなビジョンや展望をはっきりと描いて,高い志をもつことが何よりも重要だと思う。そこから現在の取り組み,つまり,モノやエネルギー資源をどうするか,環境問題をどうするか,国際関係をどうするかなどの具体的な内容を考えていくのである。そうしたビジョンを広く国民に持たせていくことが,今後の日本を再生させる第一歩ではないかと思う。

(2012年9月11日)