「領海警備」議論と軍艦対処

防衛大学校教授・1等海佐 吉田 真

<梗概>

 領域警備,とりわけ領海の警備に関する議論が盛んである。我が国領海に侵入し,無害でない航行を行う他国軍艦に対しては,国としての対外的実力行使である防衛作用をもって当たることが適当である。空白なく防衛作用を発揮させていくためには,平時における「国際の法規及び慣例」による法的枠組みを創り出し,政府方針と現場の措置を合致させる態勢を構築していくことが緊要である。そこでは,連続した情勢判断による「動的なROE(交戦規定)の運用」が効果を上げる。それを行う「補佐機構」も設置する必要がある。

<キーワード>

 領海,軍艦,海上警備行動,武器等防護,防衛出動,ROE,国際の法規及び慣例,授権者

<はじめに>

 我が国周辺海域で,中国軍艦の活動が活発化し,尖閣諸島をめぐり,政府船舶の領海侵入が頻発化する中,「領域警備」とりわけ領海の警備に関する議論が高まっている。
 我が国領海等で違法行動する民船については,国内法を執行していけばよいが,公船である政府船舶や軍艦には,それらがもつ「免除」の性質や内容が慣習法上で確定しており,国内法による強制性を伴う警察権の執行は制限される。そのような強制的手段に至る場合は,国と国の問題を意識した,防衛作用で対応しなければならない。 
自衛隊は,普段から付近を航行する他国軍艦等を警戒監視しており,他国軍艦が領海に入る事態があれば,これに引き続き対応することになる。
昨今の「領域警備」の議論では,海上自衛隊に「海上における警備行動」(自衛隊法82条)(以下「海上警備行動」という)を発令し対応すべきである旨の意見が多い。この海上警備行動には,かつては,警察作用と防衛作用の両方があるとする見解もあったが,現在は,警察作用として議論されているように見える。警察作用である以上,領海侵入する他国軍艦への対処を,この行動で実効的に実施することは難しくなる。
 本稿は,我が国領海内に侵入する他国軍艦への対処に焦点を当てつつ,この警察作用による対応上の不十分性を確認するとともに,今後とるべき防衛作用を顕現し得る,法的枠組や態勢について提起していこうとするものである。

1.最近の「領域警備」に関する議論

 最近の「領域警備」に関する議論では,自衛隊による平時からの警備,それに伴う警察機関との連携,別組織の設置,海上警備行動での対応などが提起されている。代表的な言説を挙げながら,それについて考察してみたい。

(1)平時自衛隊による警備
 平時からの自衛隊による警備活動に関するものとして代表的なものに,次のようなものがある。
「自衛隊法に警戒監視や領域警備規定を設け,平素から,警戒監視に当たらせるとともに,治安出動や防衛出動以前の段階から領域警備ができるようにしなければならない」。
<論点・考察>この中に出てくる「警戒監視」については,自衛隊法ではなく,防衛省設置法(昭和29年6月9日,法律第164号)第4条「所掌事務」中18項の「所掌事務の遂行に必要な調査及び研究」を根拠に,連綿として実施されている。また,「領域警備」については,相手に施す作用,それを命じる権限と責任を有する授権者などについての検討が必要になってくる。本稿は,我が国領海に侵入する他国軍艦への対応に焦点を当てつつ,それらの方向性を提起していくものである。

(2)自衛隊と海上保安庁との連携
 自衛隊と海上保安庁との連携に関しては,次のような意見がある。
「海域では自衛隊と海保(筆者注;海上保安庁)の近接活動が常態では無いのだから,そこにシームレス状態を求めるならば,両者の任務・活動にどうしても相互乗り入れの重合部分を設ける必要がある,その法整備を急げ」。
<論点・考察>自衛隊法に規定されている治安出動や海上警備行動は,国内の治安上の警察行動であるという観点で,既に警察機関との「重合部分」が設けられているということができる。連携に関するこの意見は,任務の重合部分を定めることによって,両者の近接を生み,シームレスな対応になることを期待しているようである。近接して任務を遂行するにせよ,離隔して行うにせよ,これまでと違う重合的な任務を与える場合,対象が民船か公船か,実行行為は警察作用か,防衛作用か,指揮統制をどうするか等の検討が必要になってくる。他国政府船舶と軍艦がともに連携をとって近接し領海に侵入するような事態では,日本の艦艇と巡視船の戦術的な連携が生まれるかも知れないが,民船はもとより,政府船舶に対しては海上保安庁巡視船が,軍艦に対しては海上自衛隊艦艇が対応するのが基本であろう。

(3)別組織の設置
 自衛隊や海上保安庁とは別組織を創る議論としては,次のようなものがある。
「海上保安庁に陸自部隊と海自艦隊の一部を合体させて『国境警備隊』」とし,それが所属する「国境警備庁は防衛省とは別組織であるが,大規模な武力侵攻事態に際しては防衛大臣の指揮下に入る」とする。そこに所属する「国境警備官は・・平時から『武装警察』としての武器使用権限をもつが,武器の使用については『警察比例の原則』が準用され・・・不審船に対する強制停船手続きは,『国境警備マニュアル』で細かく定められている」。
<論点・考察>この意見に出てくる"能登半島沖不審船事件" 不審船への対応については,実際に生起した事案で,武器を使用して危害を加えた場合の免責要件が "警察官職務執行法" 警察官職務執行法(昭和23年7月12日法律第136号)(以下「警職法」という)第7条に定められた要件のみでは,十分に対応できなかったため,2001年に海上保安庁法(昭和23年4月27日法律第28号)の改正が行われ,執行上の強化が図られている。しかし,四面環海の我が国において,領海に入ってくる可能性のあるものは,形状が漁船や貨物船の不審船だけではなく,「領有」を主張しつつ我が国島嶼に接近する武装した政府船舶や,軍艦もある。それらへの対応では,警察作用では限界が生じる。海上保安庁とも自衛隊とも異なる組織を創るなら,最低限,他国政府船舶侵入への対応を強化するものにすべきであろう。その場合,「警察比例の原則」による作用でよいかという検討が必要になってくる。

(4)海上警備行動による対応
 中国の政府船舶による領海侵入に対して,
「海上警備行動を政府が発令し,海空自(筆者注:海空自衛隊)の戦力を即刻投入し,国家の強い意志を示すべき」との意見がある。
<論点・考察>海上警備行動で投入する自衛隊が,中国公船に対し何をするのかが問題となってくる。また,自衛隊の投入によりエスカレーションを誘引することや,国際社会の世論などにも配慮することが必要になるだろう。
また,尖閣諸島をめぐる軍艦出動に関するものでは,次のようなものがある。
「もし中国海軍が出動したら,自衛隊法82条の『海上警備行動』を発令する。この場合でも,同法第76条による『防衛出動』における『武力の行使』ではなく,海保を支援する海上警察行動の『武器の使用』と解釈を統一しておく」。
<論点・考察>尖閣諸島をめぐっては,中国も「自国の領海である」と主張し,日本の実効支配を崩そうとしている。如何に自衛隊の行為が「国内法執行の警察作用だ」と言っても,中国がこれを受け入れることはないであろう。強制性を有する措置は直ちに「国対国」の危急性を孕む問題を包含することを念頭に置きつつ,対応しなければならない。また,海上警備行動は,「警察比例の原則」を厳格に適用しており,主権侵害上の不安全要素を排除し難いという問題にも目が向けられる必要がある。

2.軍艦に対する対応様相

 ここでまず,我が国周辺を行動する他国の軍艦が,我が国領海に侵入し,無害でない航行をする場合,どのような措置対応になるのかを論じておきたい。
 我が国周辺海域を外国軍艦が行動する場合,前述のとおり,自衛隊は,防衛省設置法第4条18項の「調査,研究」を根拠とし,当該軍艦を連続して追跡し,警戒監視する。その他国軍艦が,我が国領海線に接近すれば,現場の通信や外交連絡網等を使って,その意思を確認することになるだろう。領海内に入った場合も,引き続き意思を確認しつつ,我が国国内法令に違反が認められれば,遵守を要求し,それを無視する場合,海洋法に関する国際連合条約(平成8年7月12日条約第6号)(以下「国連海洋法条約」という)第30条に基づき退去要求をすることになる。
 ここで,現状では,我が国には,軍艦の無害通航を規定する国内法令はなく,航行の違法性は,海上航行の安全,水産資源保護,漁業規制,海上災害及び汚染防止,出入国管理等に関わる国内法に照らして検討することになる。
 国連海洋法条約第19条2項で示される,無害でない通航について,軍艦に関する国内法を整備し,その違反に対しては遵守を要求し,要請を無視する場合に退去要求できるようにしておくことが望ましい。無害通航でない,即ち有害とみなされる航行には,第19条2項より抜粋してみれば,

武力による威嚇又は武力の行使,あらゆる種類の武器による演習又は訓練,沿岸国の防衛又は安全を害する情報収集,宣伝行為,航空機や軍用機器の船上発着又はその搬入,調査又は測量活動,通信の妨害,通航に直接関係を有しないその他のあらゆる活動

である。
 また,第21条では「無害通航権を行使する外国船舶は,かかる全ての法令及び海上衝突の予防に関する一般に受諾された国際的規則に従わなければならない」としており,「かかる全ての法令」とは,沿岸国が領海における無害通航に関し,例えば航行の安全及び海上交通の規則(同条1項(a)),海洋科学調査及び水路測量(同条1項(g))などについて,制定する法令のことである。その上に,第30条は「軍艦が沿岸国の法令を遵守せず,かつ,その軍艦に対して行われた遵守の要請を無視した場合には,沿岸国は,その軍艦に対し,領海から退去することを要求することができる」ことを謳っているのである。
 しかし,退去要求をしても退去せず,無害でない航行を継続するような場合の対応については,国連海洋法条約は積極的には規定していない。その場合,強制措置を伴う対応は,主権侵害に対する措置として,安全保障上の判断を伴うものとなる。
 国連海洋法条約第31条には,軍艦が「領海の通航に関する沿岸国の法令又はこの条約の規定若しくはその他の国際法の規定の不遵守から沿岸国に何らかの損失又は損害を与えた場合には,旗国は,それに対して国際責任を負わなければならない」と規定されており,旗国に抗議してもこれを止めさせない場合は,侵害排除及び原状復帰のため,被っている又は放置しておけば被るであろう,損失や損害の程度に見合うような,強制措置をとることは,許容されるものと考えられる。国連海洋法条約第30条についての見解でも「退去要求に従わないときは,沿岸国には同条を実施するために,必要最小限の武力を行使する権利がある」とするものがある。
 他国軍艦が,領海内に侵入すれば,陸上に対する攻撃や,密集化している航空機や艦船への攻撃が容易になるだろう。沿岸国には,機雷を敷設されることや魚雷による艦船攻撃,特殊部隊の搬入等の懸念も生じてこよう。空港や港湾,原子力発電所などの重要施設付近では,脅威の度合いは高まる。複数隻侵入の場合は,危急性をより高めよう。
 退去要求に応じない場合には,外交ルートによる警告とともに,現場では,その時々の国際情勢や,付近の状況を勘案して,必要に応じ,低レベルの強制性を発揮しつつ警告し続けることになろう。それでもなお,退去しない場合は,領海を侵す主権侵害として,放置しておけば当方が被る不利益の程度を勘案し,これを排除するための措置をとることになる。
我が国の国内法では,「能動的」に強制性を発揮する措置については,防衛出動下令下以外では難しい。
 当該軍艦若しくはその旗国から攻撃があった場合は,我が国では,防衛出動が下令されるまでの間は,自衛隊法第95条の武器等防護による措置で対応することになろう。その規定は,

「人又は武器,弾薬,火薬,船舶・・を防護するため必要であると認める相当の理由がある場合には,その事態に応じ合理的に必要と判断される限度で武器を使用することができる。ただし,刑法第36条(注:正当防衛)又は第37条(注:緊急避難)に該当する場合のほか,人に危害を与えてはならない」。

 とするものである。この場合,防衛出動が下令されるまでの間は,あくまで正当な自己防衛の範囲にすぎず,当該軍艦による主権侵害を排除する措置にはなり難い。
 では,海上警備行動が下令されていればどうなるであろうか。

3.海上警備行動による対応の限界と当行動に関する別の解釈

(1)警察作用としての海上警備行動
 海上警備行動の武器使用は,警職法第7条を準用して行われる。警察官のものと同様の武器使用ルールでは,国民の生命財産,日本船舶の安全等を守り抜くことは極めて困難となる。安全保障上の脅威は排除できない。
 どうしても必要な場合,その対応は「国際の法規及び慣例」によることになり,国内的には,その国際法による対応を裏付けるための法や態勢の整備が必要になってくる。

(2)防衛出動(自衛隊法第76条)への移行
 「警察作用の範疇を越えるような措置をとる時は,防衛出動に移行し実施するのだ」と整理することは一見可能である。防衛出動時の権限規定(自衛隊法88条)には,「武力の行使に際しては,国際の法規及び慣例によるべき場合にあってはこれを遵守」するということが謳われている。いざとなれば明確な防衛作用発揮の根拠として,これを発動すればよいと整理することは,理論上はあり得るのだろう。
 しかし,理論的には可能でも,状況は連続的に変化し,しかも直線的な変化とは限らないものである。急を要するにもかかわらず,手続き対応が間に合わなくなることもあり得る。判断に迷い慎重さゆえに時間がかかり,現場が危険にさらされることも生起するだろう。如何なる場合も,防衛出動へのスムーズな移行が,担保できるとは限らない。そうした法の運用上の問題があるのである。
 防衛出動は,基本的に大規模侵攻に対処するためのものであり,国民の生活上の権利の制限を伴うことになるため,原則として「国会の承認」が必要で,領海を侵犯し,無害でない航行をする他国軍艦に対処する上での,状況変化への適応には難がある。

(3)海上警備行動の権限規定及び防衛作用包含の解釈

ア)警察作用としての権限規定
 海上警備行動が発令された部隊や自衛官に与えられる権限規定は,自衛隊法第93条に定められており,警職法 "san" 第7条の規定が,「行動を命ぜられた自衛隊の自衛官の職務の執行について準用」されるということについて,少し詳しく見ていく。
 警職法第7条に規定されている武器使用は,

「犯人の逮捕若しくは逃走の防止,自己若しくは他人に対する防護又は公務執行に対する抵抗の抑止のため必要であると認める相当な理由のある場合においては,その事態に応じ合理的に必要と判断される限度において,武器を使用することができる」

 というもので,危害要件としては,刑法(明治40年法律第45号)第36条「正当防衛」若しくは同法第37条「緊急避難」,又は「禁固にあたる兇悪な罪を現に犯し,若しくは既に犯したと疑うに足りる十分な理由のある者」が,「抵抗し若しくは逃亡しようとする時」などに該当する場合である。前述のとおり,「警察比例の原則」を厳格に課している。
同じく自衛隊法第93条に謳われている,「海上保安庁法第20条2項の準用」による武器の使用の規定は,「軍艦及び各国政府が所有し又は運航する船舶」は除かれている。
海上警備行動の権限規定は,警察作用としての域を出ず,他国軍艦の我が国領海における違法性排除に関しては,自ずと限界が生じてくるものである。

イ)海上警備行動には防衛作用が包含されているとする別の解釈
 軍艦対処には,「警察作用とは異なる対外的公権力(実力)作用」,即ち防衛作用の発揮が適当と考えられるが,かつては,海上警備行動に,警察作用と防衛作用の両方が包含されているとの見解があった。
 長年防衛庁において法制の実務に携わってこられた宮崎弘毅氏は,海上警備行動を規定した自衛隊法第82条中の「特別の必要がある場合」の説明として,①自衛隊が国の自衛権に基づく防衛作用として行動することが当然とされる場合,及び②海上保安庁の警察力を持ってしては海上における治安を維持することができないと認められる場合の二つをあげ,次のように述べている。
 自衛隊法「海上警備行動」は,国家防衛武力集団すなわち「Armed Forces」としての自衛隊の自衛権の行使に基づく海上における防衛作用であり,また海上における国内法令違反の取り締まりとしての警察作用である。従って,①海上警備行動における強力行使については,自衛権の行使に基づく作用の権限行使は自衛隊法第7章(自衛隊の権限)に規定することなく国際法規および慣例により,②海上警察作用の権限行使については国民に対する警察強制権として同法第7章に規定した(注:①②の番号は筆者による)。
 そして①の自衛権の行使に基づく作用の権限を,自衛隊法第7章(自衛隊の権限等)に規定してないことについては,更に,次のように説明している。

領空侵犯に対する措置および海上警備行動の一部のように一般の住民に被害を及ぼさず,かつ国民に対する警察権の行使に該当しない空中および海上における国際法に定める自衛権に基づく強力行使については第7章に規定しない。

 その見解に従うならば,その防衛作用の部分について,今後,検討していけば良いことになる。

4.平時防衛作用の創造

 宮崎氏の見解のように,海上警備行動の規定に防衛作用が包含されるとする場合は,平時にそれによって軍艦に対応することが可能となり,その下に,必要な態勢を整備していくことができる。海上警備行動の規定が,警察作用のみであるとする場合は,防衛作用を規定する新たな法整備が必要になる。
 いずれにしても,「国際の法規及び慣例」による措置権限の規定と,現場の情勢への対応と政府方針とを一致させるための態勢検討が重要になり,かつ,対応の空白を生じさせない実効性が求められる。そこには,部隊に命じる権限と責任を有する授権者を誰にするのか,情勢分析などでその授権者を補佐する機構はどうするか,政府方針と部隊の行動措置を一致させる仕組みをどうするか,という問題が随伴する。

(1)法的枠組みの整備

 ア)「国際の法規及び慣例」に基づく措置権限の規定
 自衛隊法第7章(権限規定)の中に「国際の法規及び慣例による」こととされる記述があるのは,前述のとおり,防衛出動時の権限を定める第88条のみである。防衛出動とは異なる,平時における防衛作用によって発揮し得る枠組みをつくる必要性が提起される。

 イ)部隊に命じる権限と責任を有する者(授権者)の検討
 強制性を伴う対処については,国家間の危急的な問題になり得るから,情勢を連続的に検討した結果として慎重に決定されていくものである。自ずとそれを決断し自衛隊の部隊に下令していく責任と権限が与えられるレベルも,強制性を伴わない対処レベルとは違ってくるだろう。

(a)非強制性の段階
 警戒監視を続け,我が国領海に入る前から,現場の通信や外交ルート等の連絡網を活用して,相手の意思確認に努め,必要に応じ注意喚起し,侵入した際は,無害でない(即ち有害な)航行に対しては,法の遵守を要求し,これを無視する場合は,退去要求する非強制的な段階がある。時間的に圧縮される中での,非強制的な作用を施す初動対処になることを考えれば,常続的に警戒監視活動を担っている防衛省の長である防衛大臣(防衛省設置法第2条2項)を授権者にすることが適当である。

(b)強制性を伴う措置の段階
 それでもなお退去しない場合,その措置対応は,その時の行政府による「国家対国家」を念頭に置いた判断になる。軍事的,外交的,経済的問題が大きくなる可能性を考慮に入れ,深慮されることとなる。
 警告を続け,なお退去しない場合,主権侵害として,①国民の生命,財産,生活などへの侵害の観点,②放置しておけば当方が被るであろう通商,経済活動上の損失の観点,③我が国領域保全の観点,④国際社会秩序維持の責任等の観点から,これらの程度を勘案し,国際社会に訴えつつ,これを排除するための措置への移行を決断することになる。
 これら強制性を伴う措置の段階の最高権限は,時間的に困難な場合や特別な場合を除き,一義的には内閣総理大臣に授権するのが適当であろう。

(2)現場の対応と政府方針とを一致させるための態勢について

 ア)政府方針と一致させる具体的方策:交戦規定 (ROE: Rule of Engagement)の動的運用
 どんなに通信技術が発達しても,中央の意思決定空間で,完全に洋上の状況を把握することはできない。大きな方針を示し,使命(「目的」と「任務」)を与えた上で,現場の合理的な判断に委ねなければならない領域は,軍事を疎んできた人達が考える程小さくない。一方,実際に自衛隊の部隊が行う措置は,その時の政府方針に合致し,また状況に応じてコントロールされるものでなければならない。そのコントロールは,定められている法体系や,その時々の指令に拠るとするだけでは,法的手続きや,指令から実行までに,時間を要することから,不十分となる場合が出てくる。そこで効果を上げるのが交戦規定(以下「ROE」という)である。
 部隊がもつ機能や能力がリスト化されて,その発揮について,予め許されていない事項が,リストの発効というかたちで,部隊に分かるように,常続的に示されるものである。現場の指揮官は,やってはならないとされていること以外の手段で,合理的に判断し,与えられた使命を達成しようとするのである。
 リストの発効状況は,固定的なものではなく,連続的な情勢分析によって,危険度の変化や,対処方針及び部隊に付与する「任務」に変更があれば,それによって変わるものである。また,指揮系統を経て上がる,現場が発する進言によっても,発効リストが検討されていくべきものである。現場の状況が悪化し,厳しい状況になってもなお,政府が部隊の手足を縛り,結果として,部隊の被害が無為に大きくなることがあれば,その責任は,権限と責任を有する授権者が負う。政府には,現場からの状況報告はもとより,外交・通商チャンネルなどを通じた,あらゆる関連情報を,常続的に分析する態勢が求められる。
 部隊に与えられる使命は,その「目的」の部分で政府方針に合致していなければならない。リストの発効状況は,与えられる「任務」に調和したものでなくてはならず,部隊がなすべき「任務」の指令と,その「任務」遂行を可能にするROEリストが検討され,発令されていかなければならない。
リストの作成やその運用には,彼我の武器兵装についての知識や,部隊運用などについての専門的な知識経験を有する者が必要になる。それらの者とともに,授権者には,政治的・外交的判断を補佐する補佐機構が必要になるだろう

イ)ROEの動的運用を含む補佐機構の設置
 そのような補佐機構は何処に設置されれば良いだろうか。
 2003年から2004年にかけて,武力攻撃事態対処法(平成15年6月13日法律第79号)など,いわゆる有事法制が整備された。今日では,武力攻撃事態への対処に関する基本的な方針策定などのため,安全保障会議の下に,事態対処専門委員会が設置されることになっている(安全保障会議設置法第8条)。
 これに照らせば,内閣総理大臣の連続的な情勢判断を補佐し,ROEリストの発動,変更,部隊司令部等との調整を担う専門家からなる機構は,安全保障会議の下に常続的に設置されていることが望ましい。少なくとも防衛省で,領海内を脅かしそうな周辺を航行する軍艦への警戒の度合いが高まる時に,直ちに招集される態勢をつくっておくことが必要である。将来,国家安全保障会議(2006年,安倍政権時日本版NSC(National Security Council)の創設が提唱された)が設置されれば,安全保障担当補佐官の下に置くことも考えられるだろう。

(3)まとめ: 提案する法的枠組み
 これらの検討から,第1に,軍艦の無害でない通航に関する,国内法を制定することが望ましく,第2に,提起すべき法的枠組は,次のようになる。
ア)領海内において航行をする他国軍艦に対しては「国際の法規及び慣例」に基づき対応する。
イ)我が国領海内における,他国軍艦の無害でない航行が認められた場合,防衛大臣は内閣総理大臣の承認の下,当該軍艦に対する非強制的な範囲の措置を自衛隊の部隊に命じることができる。
防衛大臣は,時間的余裕が無く,又特別の必要がある場合には,当該軍艦に対する強制的措置を講じることができる。この場合,速やかに内閣総理大臣に報告しなければならない(注:近くに重要施設,船舶,人物が在り,直ちに危険に晒される状況がある場合等を念頭に,例外的な規定を設定)。
ウ)内閣総理大臣は,我が国の安全保障上必要と認める場合,領海内に入り無害でない航行をし,主権侵害する軍艦に対する強制的措置の実施を,自衛隊の部隊に命じることができる。その場合,速やかに国会に報告しなければならない(注:防衛出動への移行の可能性があり,この時点で,国会との連携を創り出すことが必要)。
エ)内閣総理大臣は,当該軍艦に対する対処を命ぜられた自衛隊の部隊が,「国際の法規及び慣例」により,必要な武力を行使するに当たって遵守すべき,交戦規定(注:ROE)を定め運用する。交戦規定の運用の一部を防衛大臣に委任することができる(注:非強制的措置の段階で,防衛大臣が運用すべきROEリストがある)。
オ)安全保障会議(又は国家安全保障会議)の下に,連続情勢判断及び交戦規定の運用等について内閣総理大臣を補佐するため,「他国軍艦領海内航行対処委員会(仮称)」を設置する。

(4)この法的枠組み及び態勢整備による意義
 軍艦を対象とする警戒・監視には,大きな恐怖とストレスが付随する。まして尖閣諸島のように,相手国も領有を主張する島嶼の領海に侵入を試みる他国軍艦への対応には,危急性による緊張と恐怖感が伴う。相手の企図によって揺さぶられることもあり,図り知れない忍耐と粘り強さも必要になる。そうした行動であるため,現場指揮官が,合理的な判断措置に傾注できるようにしておくことが緊要である。この観点から,この法的枠組みは,次のような意義を高めるだろう。
ア)現場指揮官は,危急な状況が生じても,指令を待つことなく,又脅威への対処に空白をつくることなく,発効ROEリストによる制限の中で,対応し続けられる。
イ)部隊側からROEリストの発効状況に関して進言でき,行政府中央で検討され,応答されるため,現場指揮官は常に政府方針との一致を前提に,安心感をもって行動できるようになる。
ウ)現場指揮官は,明示されている部隊の能力発揮の限度の中で,合理的判断に基づき,使命達成に精力を傾注することができる。時間的に余裕のない状況下で,法の詳細確認や,外交の進捗や政府方針の理解などのために注ぐ労力を,減じることができる。
 また,文民による統制の観点からは,次の意義が高まる。
ア)常時,明確な文民統制発揮のかたちを堅持できる。即ち,内閣総理大臣及び防衛大臣が自衛隊の行動について,責任と権限を,連続(動)的に発揮している状況が維持される。
イ)連続情勢判断により,情勢の推移には遅滞なく政府方針が定まる態勢が強化され,その方針に合致した「任務」を部隊に付与できる。
ウ)ROEの動的運用により,武器兵装の発揮をコントロールして,不慮のエスカレーションを防止し,外交等他の国家諸機能との調和を図ることができる。

結 語

 我が国領海に入り,無害でない航行を行う他国軍艦に対しては,国としての対外的実力行使である防衛作用をもって当たることが適当である。
 空白なく防衛作用を発揮させていくためには,平時における「国際の法規及び慣例」による法的枠組みを創り出し,政府方針と現場の措置を合致させる態勢を構築していくことが緊要である。そこでは,連続した情勢判断による動的なROEの運用が効果を上げる。
 今日,「シームレス」で「動的」な防衛力が謳われているが,部隊の機動性向上もさることながら,こうした意思決定や指令面での,動的センスも重要なファクターになってくる。

(2012年12月17日)

百地章「『領土主権』意識の高まり生かせ」『産経新聞』,2012.6.4付。
佐瀬昌盛「中国の触手は覇権主義の表れだ」『産経新聞』,2012.6.6付。
家村和幸「尖閣防衛は国境警備隊で」『正論(2011年6月号)』,産経新聞社,208頁。
同上,208頁。
同上,208-9頁。
恵隆之介『誰も語れなかった沖縄の真実』ワック,2011年,15頁。
佐々淳行『本当に彼らが日本を滅ぼす』幻冬舎,2011年,205頁。
長期の海洋法会議を経て,第3回国連海洋法会議で1982年に採択された条約であり,1994年11月に発効となり,我が国は1996年6月に批准書を寄託し,7月に発効した。
軍艦や政府船舶を除く法令としては,「領海等における外国船舶の航行に関する法律」(平成20年6月11日法律第64号)がある。
一例として,松山健二「無害通航を行わない外国船舶への対抗措置に関する国際法上の論点」(国立国会図書館調査及び立法考査局『レファレンス』,2012.1),70頁で,紹介されている。
山下愛仁『国家安全保障の公法学』信山社出版,2010年,210頁。
宮崎弘毅「防衛二法と自衛隊の任務行動権限(その三);防衛法シリーズ(11)」,『国防』2月号,第27巻第2号,昭和53年,98頁。
同上。
同上,101頁。
正式名称は,「武力攻撃事態等における我が国の平和と独立並びに国及び国民の安全の確保に関する法律」。
2003年に有事法制関連3法が成立し,2004年に,有事法制関連7法及び関連3条約の締結が国会で承認された。
「平成23年度以降に関わる防衛計画の大綱について」(平成22年12月17日,安全保障会議決定,閣議決定)中,「Ⅳ 我が国の安全保障の基本方針」の中で謳われた。

プロフィール よしだ・まこと
1980年防衛大学校卒(24期)。筑波大学大学院。その後,海幕長副官,護衛艦副長,海幕運用課などを経て,98年護衛艦艦長,99年海上自衛隊幹部候補生学校主任教官,2000