新政権下における日韓経済関係の展望

早稲田大学教授 深川由起子

<梗概>

 昨年末,韓国の新大統領に選出された朴槿恵氏は,父親の遺産を引きずった旧さとともに女性という新しさを兼ね備えた人物として,選挙戦終盤で50代以上のベビー・ブーマー世代の強い支持を得て当選した。選挙戦を通じて分かることは,李明博政権までの成長戦略によって解決しようという時代から,韓国もいよいよ高齢化社会に向う中で,分配が政治的イシューとなる時代を迎えたということである。韓国経済の長所を生かしつつ短所をどう克服していけるか,朴槿恵政権の今後の運営が試されている。日韓は経済的には相互依存関係がますます強まり産業構造の一体感が形成されつつある中,これからは一国単位の発想をやめて,例えば韓国と西日本を含む広域の経済圏(産業集積地)という視点から相互に協力・連携関係を深めていければ,ともに発展する道が開けていくに違いない。

1.朴槿恵大統領誕生の背景

 昨年末,朴槿恵氏が次期大統領に選出され朴新政権が出発したが,その閣僚人事と省庁再編関連法案等で野党の抵抗があり主要閣僚任命が大幅に遅れた。これはある意味で,現在の韓国社会が抱える葛藤・経済構造上の問題を反映していると見ることができる。
 朴槿恵大統領は,新しさと旧さをもった人物といえる。「新しさ」としては,初めての2世,女性,独身,理工系出身の大統領である。李明博前大統領とは同じ政党に属するのだが,非常に仲が悪く,全く別の派閥から出たとのイメージをつくって票を集めた。最近の大統領選挙では得票数が拮抗することが多いが,今回は過半数を超える得票だった。
 大統領選挙では,対北朝鮮問題はこれまで必ず重要なイシューとなっていたが,今回は最初から最後まで経済問題のみといってもよい選挙戦であった。日本では韓国経済の成功が大きく報道されているので,日本人にはよく分かりにくいかもしれない。しかし韓国の庶民からすれば大企業(財閥)のみがもうけて一般庶民までその恩恵が回っておらず,非常に格差感の大きな社会になっていることがその背景にある。
 韓国版団塊世代(現在50~55歳)は,ある面でかわいそうな世代の代表である。一生懸命働きようやく管理職に就こうかという時期に通貨危機が起きたために管理職ポストが削減されるか,運が悪くれば整理解雇された世代だ。その後退職金をもらうと,自営業を始めた。韓国経済はマクロ的に見るといいのだが,内情は非常に厳しい。本格的な引退時期を迎えた彼らには,今後老後をどう設計して生きていくかという切実な問題が突きつけられている。それゆえ経済の成長戦略ではなく,初めて分配問題がイシューになったのであった。
 政治面でこれまでの大統領は例外なく,政権を降りた後は悲惨な末路があった。権力に群がる利権構造の世界が病弊として繰り返されてきたことに対して,庶民としてはもういい加減にしてくれという思いがあった。朴槿恵氏は,女性で独身だから子どものための財産贈与問題はないと自ら強調していたように,これまでのようなしがらみからクリーンなイメージがあって,それらが彼女の新しさをかもし出していた。
 新しさの一方で,彼女には「旧さ」あるいは「安定さ」もあった。
 韓国はインターネットが発達した国として,過去十数年の間,大統領選挙でもそれが威力を発揮した。インターネットとなると,どうしても若い世代が中心となった改革勢力が威勢をふるうことになる。その代表が盧武鉉政権であった。その反動で李明博政権が誕生したことから,そこには今度は非常に「古臭い」というイメージが強かった。今回の選挙で,若い世代は文在寅候補を圧倒的に支持し,ベビー・ブーマー以上の世代はほとんどが朴槿恵候補を応援した。それらが拮抗する中で,選挙戦最後の15時間前くらいに,またドラマが生まれた。
 若い世代がネットで最後に選挙戦を盛り上げていく構図があったが,今回はSNSの躍進が目立った。ベビー・ブーマー世代もインターネット世代であるが,彼らは若い世代のネットでの盛り上がりを見ながら,このまま文在寅候補が当選するようなことになると盧武鉉政権の再来になりかねないとの強い危機感を抱いた。50代に入った彼らは,「旧い政治は嫌だが,安定は欲しい。明日がどうなるか分からないような政治は嫌だ」と考えたのだ。その結果,中高年世代の大反乱が起きて,一気に朴候補に票が流れた。従来の韓国の選挙では必ずといってよいほど全羅道と慶尚道に見られるような激しい地域間対立が特徴であったが,今回はそれが影を潜め,むしろ世代間対立の様相が顕著に現れた。
 朴槿恵は年齢が60代であり(1952年生),韓国現代史における「旧さ」の代表である朴正煕大統領の娘として,父親を否定して登場したわけではない。しかし,今回の大統領選挙で第三の候補として衆目を集めた安哲秀・ソウル大学教授の言動をみるといかにもアマチュア政治家の印象が強かったので,政治家らしい政治家を望む民心もあった。その点で朴槿恵は保守党セヌリ党の改革イメージがよい方向に作用した。
 これまで選挙のたびにイシュー化してきた対北朝鮮政策は,いまや韓国人にとって選択の幅はあまりなくなってしまった。太陽政策の10年間で相当の投資もしたが,それにもかかわらず北は核開発やミサイル発射をするなどふんだりけったりの結末だった。その後の李明博政権のような強硬姿勢による北からの攻撃を受けるのも嫌だ。今後も北への支援の必要性は理解するが,自分の明日の生活問題の方が切実という現実がある。その点で国民は,現実的な北朝鮮政策を望んだ。
 そういう安定志向の雰囲気の中で,かつての(父親である朴正煕大統領時代の)「漢江の奇跡」への郷愁もあった。「漢江の奇跡」では経済成長の恩恵が庶民にまで浸透したので,それへの郷愁である(60代以上)。そして盧武鉉政権のようなアマチュア政治への反感もあった。このような背景から,朴槿恵政権が誕生した。

2.李明博政権の経済運営と課題

(1)成長戦略中心から分配への流れ
 李明博政権の経済政策は,成長戦略中心で分配の発想がほとんどなかった。彼の公約は「韓国747計画」といわれる(年平均7%の経済成長,一人当たり国民所得4万ドル達成,世界7大経済大国にすること)が,それに見られるように成長志向が非常に顕著であった。その成長志向をグローバリズムに結びつけ,「グローバル・コリア」と称して企業の国際化を政府が強力に後押しした。李明博大統領自ら,(財閥大企業の元CEOとしての経験を活かして)新興国の攻略を狙う経済外交を展開し,EUや米国など各国とのFTAを強力に推進した。Anything But Japan(ABJ)政策,すなわち日本がやらないことすべてをやるという政策を展開した。
 他の途上国同様,韓国も経済成長すればすべて解決というように,分配に対する考え方がこれまで強かった。しかし韓国社会もいよいよ高齢化社会を迎え,年金・医療問題が切実な社会問題となりつつある。引退世帯の約半分が「貧困者世帯」に分類されるような状況は看過できない。とくに年金は,軍人・公務員・教員を除くと,生計維持に役に立たないほど,非常に厳しい現実がある。朴槿恵候補は,成長戦略によって生活基盤の底上げをしながらも,年金や高齢者医療の充実を図るというバランス型の政策を訴えた。文在寅候補は,金持ちから税金をたくさんとって分配すると主張した。
 大統領選挙戦で北朝鮮問題は争点化せず,経済問題の中でも「分配」が主たるテーマになった。その一つが「経済民主化」である。実は,韓国の憲法の中に「経済民主化」という文言があり,これまでも通貨危機後の改革で財閥への規制やその解体が行なわれてきたが,結局,近年では再び最終的に4大財閥が韓国経済を寡占するような状態になってしまった。それを象徴するできごとが,財閥オーナーの子弟が経営するパン屋(ベーカリー)事業によって,小規模商人によるパン屋経営が圧迫され国民からの反発を受けたことであった。
(2)韓国経済の強み
 韓国の財政を見ると,社会保障関係に多くの予算を割いているわけでもないので,比較的余裕がある。とくに李明博政権は,法人税を安くし,R&Dを特定の大企業に支援しながら,日本に対抗するしくみを強化してきた。
 例えば,韓国電力は日本と比べ約三分の一の料金に設定している。それが可能なのは,政府からの補助金のおかげなのであるが,その一方で韓国電力は赤字を出し続けている。安い電気代をめがけて日本企業も進出しているほか,韓国企業もその恩恵にあずかって輸出競争力が強化された。
 韓国ウォンは,近年の二回のグローバル金融危機に際して国内金融市場から資金が一気に引いてウォンが暴落したが,大企業は手持ちの流動資本をたくさんかかえているために,却ってウォン安に乗って輸出ドライブをかけ経済を発展させることができた。そしてやがて(危機が安定期に向うと)ウォンは上昇に転じる。
 しかし李明博政権は,とくに円に対してはウォンが上がり過ぎないように市場介入して為替管理をした。この強い為替管理に対して米国から警告を何度も受けたほか,OECDの調査対象になるほどであった。この点に対して日本の中には不満を抱く人もいて,(李明博大統領の竹島訪問などの問題も加勢して)昨年「日韓通貨スワップ」をやめるという議論にもつながった。
 韓国経済の中で財閥系大企業の存在は大きい。かつて通貨危機に陥ったのは,財閥のむちゃくちゃな資金調達と過剰投資が原因だったとして,一度は財閥が断罪された。しかし韓国経済の成長力を高めようとする手っ取り早い方法となると,やはり財閥支援に傾斜する。とくに李明博政権は持ち株会社を許容し,連結子会社を含む財閥グループ全体に対する総合出資規制を緩和した。また,公正取引法の抜本改正が行なわれ事前規制から事後監視のやり方に改めたが,実質的には事後監視も甘く規制緩和がされただけであった。
 規制緩和に政府の支援も加わり,グローバル大企業は競争力を大幅に向上させた。韓国の大企業が通貨危機から得た教訓は,会社は収益,キャッシュ・フローがすべてだから儲からないことはやらないということだった。日本の失敗に学び,日本企業のように技術力だけ高めて売れない商品を作ることはやらない。そこそこの技術で最も儲かる分野に超大型の投資をし,圧倒的にコストを下げる。顧客が最も望む技術だけを付加して大量に販売する。韓国企業はこのようなやり方を非常に効率よく進めてきた。
 国内には下請け泣かせのような調達システムがあったが,収益がすべてなので,むしろ儲けられない中小企業が悪いとして温情をかけることはない。こうしてみると,韓国は市場原理そのものが支配する社会になってしまった。
 全体では日本に学んだこともあるかもしれないが,韓国もモノ作りの精度が上がっている。製造業の現場管理も高まり,丁寧なモノづくりができるようになった。開発とマーケティングのバランスは取れているし,基礎研究もそれなりにやっている。日本でいい基礎技術が開発されると間髪をいれずに買おうとするのは韓国企業だ。技術力の目利きは持っている。流通業者が「これがお勧めです」と言いたくなるような品質と価格のバランスをもっている。
 一方,日本の弱点である専門マネジメント(財務,マーケティング,知財・国際法務,広告,人材管理)は,全部米国の経営学(MBA)を取り入れたやり方だ。この二つをうまく組み合わせながら,最終的にはオーナーが決断する。それに文句を言う人はいないので,非常にスピード感がある。
 韓国企業は,外部の資源活用にも柔軟に対応し,海外からの人材も相当入れている(英語力)。IT化が非常に進展しており,例えば,余分なところに人を配置しないなど,非製造部門の効率化も相当進んでいる。この点で日本は遅れている。
 成果主義が徹底しているため,社員規律も優れている。目標と達成期限を与えられれば,必ず達成しようとして無理をしてでもやる。こうした精神が新興国攻略やグローバル戦略上の強みとなっている。
 但し,韓国の雇用は短期で不安定化しているという特徴がある。一般的に若者が就職するのは,徴兵と英語学習・インターンなどを経てだいたい25~6歳ごろだ。正規雇用として保証されている期間は37~8歳ごろまでで(「38度線」と揶揄されている),そのころ役員昇進の機会があり,昇進できるか否かでその後の人生の分かれ目になる。もし昇進の可能性がなくなると第二の人生を考えなければならなくなる。また40代前半には役員あるいはその手前の昇進の機会があるが,それもだめとなれば,46歳頃に退職を考えなければならない。
(3)韓国経済の課題
 ミクロ的に見ると,選ばれた人たちの集団である大企業の活躍は素晴らしい光の面だが,マクロ的に見ると,それ以外の分野が問題となっている。韓国には,「4大経済問題」がある。
①二度のグローバル危機を乗り切り,その後も4%台の経済成長を遂げてきたが,近年交易条件が悪化しつつある。輸出の主力品である半導体,テレビ,携帯電話,自動車などは,グローバル競争のために価格上昇は容易に望めない。一方で,石油と原材料,高付加価値の中間投入財は価格が上昇しており,交易条件はコンスタントに低下している。
 韓国は,輸出主導型で成長率を高め経済を発展させてきた反面,国内投資は手薄であった。政府(李明博政権)の積極的な支援もあって企業はグローバル化をかなり進めようとしたが,国内投資はあまりなされなかった。もちろん,液晶や半導体のように人を使わない機械設備のための投資はしてきたのだが,人をたくさん使うような分野への投資はほとんど起きていない。そのため全体的に国内投資が不足して潜在成長力はじわじわ低下しつつある。
②為替レートを永年弱含みにしてきたために,輸入インフレが起きるなど物価不安がある。また輸入原材料の上昇にもかかわらずエネルギー価格を安く抑えているために,省エネの意識が低く,エネルギー効率化が進まず,米国並みに悪い。世界で「グリーン成長」が流行ったときには,そのセンターになるとの宣伝がさかんに行なわれたが,自国の内実はそうでなかった。
③消費も投資もともに内需不振が継続し,その結果現れたのが家計負債問題である。今韓国の家計が抱える負債総額は1000兆ウォンを超える。政府財政と企業部門は黒字なのだが,その分家計は火の車になりながら,国全体の経済を支えているという構造がある。
 国全体は成長しているのだが,雇用が伸びない。まともな就職をするためには英語とITが必須だと考えて,国民あげて借金してまで子どもを海外留学させている。そして課外授業などの費用を含めた教育費が非常にかさんでいる。また借金して自営業をやってみたもののだめだったという事例も多い。教育負担は少子化の原因ともなり,不動産債務とともに家計を圧迫している。
④過去,韓国では不動産価格の崩壊経験がなく,グローバル金融危機のときでさえ不動産価格は上昇した。この「不動産不敗神話」により韓国人は,とりあえず借金してでも不動産に投資して自分の将来(老後)を保障しようと考えた。そのため不動産が年金の代替機能(老後の保障)を果たしている面がある。中産階級以上のシニア世代は,今住む住宅以外に投資目的で住宅を所有している人が非常に多い。ところが,この不動産価格が下落し始め,不安・懸念が増大しつつある。他方で賃貸は高騰し,若い世代は住宅難に苦しむ結果となっている。
 通貨危機後,財閥は銀行からの融資を受けずに社債で資本をまかなう傾向が出てきた結果,銀行は一般人を対象としたリテールの住宅貸付,融資にシフトしてきた。それがいま不良債権化しつつあるのだ。
(4)財閥系大企業の光と影
 韓国企業の大躍進は2000年代後半に顕著に現れた。エレクトロニクス企業についてみると,サムスンはリーマンショックや欧州危機を乗り切り,2007年ごろ日本の大企業を追い抜いた。自動車(現代自動車,起亜など)や鉄鋼(ポスコなど)企業も着実に成長している。
 日本企業と比べた大きな違いは,収益力の差である。エレクトロニクス企業でいうと,サムスンは高い収益力を維持しているが,日本企業は0%前後を推移している。唯一キャノンがサムスンに匹敵する収益力を上げている。それは,キャノンが(カメラ,コピー機など)サムスンとは競合する分野がないためだ。鉄鋼では,(最近年々低下傾向があるとはいえ)ポスコの収益力が圧倒している。既に述べたように,韓国企業は儲からないことはやらないからである。
 技術開発では日本が優位だとよくいわれるが,資金なくして研究開発もできない。エレクトロニクス分野では,サムスンの研究開発投資が世界で圧倒している。それに続くパナソニックやソニーが2011年度に研究開発投資額を減らしているのに,サムスンは大幅に増加させた。
 韓国国内での市場の寡占化の問題を見てみよう。韓国企業は国内市場の集中度が高く収益力が高いために,それを輸出に回せるという見方がある。その背景には,かつての通貨危機のときに,(韓国政府が主導して)企業を数社に絞り込んでしまったことがある。一方,日本は同じ分野に多くの企業が並び立ち,デフレ市場の中でパイを分け合う構造になっているために,収益力アップにつながらない。
 とくに5大企業グループ(サムスン,現代自動車,SK,LG,ロッテ)の中でも,サムスンへの集中度はずば抜けているが,国全体の企業収益に占める5大企業の割合も年毎に肥大化傾向を示している。
 そこで「経済民主化」が言われるようになった。しかし,製造業に限れば,中小企業もかなり健闘している。出荷額でも大企業に接近しているし,付加価値では遜色ないところまで伸びつつある。
 それでは何が問題なのか。その一つが給与格差である。大企業と中小企業の生産性の格差は狭まりつつあるが,給与格差は拡大しつつある。
 中小企業でも製造業分野は輸出主導型で健闘しているが,消費の不振のあおりを最も受けたのがより数の多い飲食店や流通業であった。流通業の末端には,いわゆる「パパ・ママ・ストアー」が多いが,大規模の流通業は大企業が支配している。そこで零細企業を救うために大企業に対する規制(立地や営業時間の制限)が検討されている。
 また大企業―下請け型中小企業の取引の非近代性・不公正が問題視されているが,近く公正取引委員会の力が強化されるので,地下経済も含めて厳格な運用と改革が進められるだろう。
 ただ,最近経済成長率が低下しつつある中で,大企業に対する締め付けが本当に厳格に進められるかどうかは不透明だ。韓国は輸出依存度が60%,貿易依存度が100%の国で,内需不振という現実の中で,公正取引法を厳格に運用し財閥への規制を強化した場合には,国全体のエンジンが停止してしまいかねない。そうなると結局は下請けを担う中小企業にもしわ寄せが及んでくる。そうした展望をしながらさまざまな議論が交わされている。
 全般的に言えば,グローバル製造業は業界全体が強くなってきているが,サービス業との格差が大きい。製造業でもハードの分野は競争力を強化しているが,ソフトとのインターフェイスをもつ分野はそれほどでもない。IT先進国といわれるほどの韓国だが,例えば,サムスンがiPhoneのような製品を開発したかといえばそうではない。サービス業やソフト関連をどう製造業と結び付けていくかが課題だ。ソフトやIT周辺分野は中小企業が多いが,そこと大企業との仲の悪さがある。
 またイノベーションの促進という課題もある。韓国企業は手っ取り早く儲けようとした結果,知的財産に関する係争が世界的に拡大しつつある。ただ日本と違って,そうした係争に対しても正面から闘う姿勢を持っている。例えば,サムスンはアップルとの国際的な訴訟に向けてかかえる国際弁護士は1000人もいるという。
 韓国の議論では,「財閥=悪」の結論に行きがちだが,問題の本質は中小企業の生産性とともに,社会政策が追いついていないことだ。公的年金,医療福祉制度,少子化対策などの社会政策が未整備なままであり,こうした改革に向けた財政負担を誰が負うのかという問題もある。
 OECDの統計で見ると,社会保障指標では韓国は殆どにおいてまだ下の方だ。例えば,社会的紐帯度調査では(「あなたは社会のために自分を犠牲にしてもやるか」),日本は中位だが,韓国は下位にある。また高齢者の貧困比率では,45%できわだっている。退職者の生活費構造をみると,日本は公的年金と所得が6割くらいを占めるが,韓国は子ども・親戚の援助と所得が7~8割占めている。そうなると子どもがいない場合は,悲惨な生活になってしまう。

3.朴槿恵政権の課題

 李明博政権が成長一辺倒で投入してきた分,現在の韓国は,公平さの実現や分配という課題が大きくなっている。分配に集中すると成長ができなくなりはしないかという懸念もあり,成長と分配のバランスをどうするかに関して議論が続いている。
 李明博政権は「ABJモデル」を進めたが,アベノミックス登場によってそれが通用しなくなってしまった。考えてみれば,ABJモデルで輸出主導の成長は成功したが,国内投資不足,内需不振,ウォン安に慣れきってしまい為替の変動に対する適応力が低下,基礎研究をおろそかにしたこと,いいとこ取りでやってきたためのイノベーション不足,などの課題をかかえている。
 経済問題を財閥論争にしてしまうとイデオロギー論争になりかねないので,パイを拡大する増分改革を志向するのが現実的ではないかと思う。例えば,輸出型中小企業の育成,サービス化・ソフト化の促進,FTA環境の活用,産業集積の促進などである。
 実は,MBノミックス(李明博の経済政策)が大成功していた5年間に,日韓の産業構造が接近してきた。外国投資家の目には,(両国とも輸出依存度の高い国と映っており)日韓は為替・株価のシーソーゲームに見えるようで,日韓の産業構造には一体感がある。
 また日韓は人口動態が似通っており,少子高齢化,グローバル化の中の格差拡大といった共通の悩みを抱える。若年の失業率が高い反面,ミスマッチがあるために若年労働力が不足している。年金問題に関しては,定年延長という課題が浮上している。
 また資源確保という要請への対応では,国際的な取引交渉の場で日韓は個別に交渉をやるよりはいっしょに交渉に臨んだほうが有利にできると思う。今は人口規模で2~3億人の圏域でないと資源確保の交渉ができない時代なので,日韓がいっしょになることは互いに利益になる。食糧自給率向上も共通する課題でもあるから,資源確保の対応では共同歩調をとることは重要だろう。
 さらに日韓両国とも,農業,医療・介護,教育,環境,流通,観光,物流など構造改革を必要とする分野が共通している。ともに規制緩和がしにくい体質があるので,どちらかがうまく規制緩和をやったらそれを真似し合うというように,競争的に外圧を掛け合うことも一つの考えだ。市場という単位で見れば,やれることは多いと思う。
 最近話題になっているTPPの最大の目的は,自由主義社会が国家資本主義に対抗するための方策という面であろう。ただし韓国は,この点では両方の顔を持っているので,難しいところがある。

4.日韓関係をどう再構築するか

 韓国は近年世界各国とのFTA交渉を積極的に進めてきたが,FTAの相手を「経済領土」と呼び,その拡大を自慢する。しかしFTAの本当の目的は関税などの障壁を取り払い,市場統合をしていくところにあるので,国境概念で考えてはいけない。これからの経済発展モデルは,(一人当たりのGDP額などのように)国単位で考えるのではなく,産業集積がどこにできるかという視点が重要だ。国内市場には限界があるので,FTAなど自由貿易を進めていかなければならないが,「経済領土」という(国単位の)旧い発想はやめて欲しい。
 実は,九州から釜山にかけての超広域経済圏内には,世界の5大トップ自動車メーカーだけではなく,部品関連の世界最先端メーカーもかなり立地している。最近,日本の自動車メーカーも系列調達を止めているので,うまくいけばこれは効率のよい大きな産業集積地となる可能性がある。ただ日韓両国ともサービス業の構造改革の推進は共通の課題である。
 「韓流」がブームになるのは,それが似て非なるもので面白いからだ。日本人も韓国人も姿かたちは似ているが,行動パターンも違うし,ぎょっとするような世界があるので,興味を持つ。文化は双方向,水平的なものである。
例えば,日韓のアニメ・映画・ゲームなどのエンターティンメント・コンテンツ産業分野での産業協力は,急激に統合されつつあり相互依存関係が強くなっている。また観光を含む地方交流では,韓国の航空会社が赤字の(日本の)地方空港に乗り入れて地方の活性化に一役買っているが,近隣国同士としてやれるところがある。
 得も言われぬ理由により自分では改められない規制を競争的関係を利用して緩和していくことができるのが,日韓のパートナーシップなのだ。
 日韓とも独自では規格認証を世界標準にもっていけないので,互いに違う認証を採用し市場の棲み分けで対応してきた。今後はそのやり方ではグローバル競争に勝てないので,規格認証標準の共通化へと進める必要がある。
 韓国もOECDの中でいまや援助国になったが,対途上国支援のノウハウや哲学は日韓とも共通体験があるので,感染症予防や災害予防,途上国支援のための基礎研究開発やプログラム協力など,手を取り合って取り組める課題が少なくない。
 ともに高齢化社会に入っているので,貴重な人的資源を共通に活用することも必要だ。韓国は教育に関しては異常なほどの自尊心を持っているので,人的資源を活用してくれる国に対しては非常にフレンドリーな態度を示す。米韓関係の固さは,韓国のエリートが米国の高等教育にかなり依存してきたところにある。それに比べると,日韓関係の脆弱さが見られる。
 ところが,近年の韓国人留学生はかなり中国に向っており,中国最大の留学生派遣国となっている。朴槿恵大統領の中国通だけではなく,韓国社会が中国に傾斜しつつある。人の交流は重要だが,韓国の若者が親中派ばかりになってしまうのは,日本としては憂慮する点だ。ベビー・ブーマーの世代までは日本派もいたが,ここ15年ほどの間にいなくなってしまった。
 日本の韓国に関する言説に関していえば,賛美と非難で極端なものが多い。しかし現実には,どの社会でもそうだが,光と影の部分があるのは当然であるから,(日本としては)その辺を温かい目で理解してやる必要がある。ここ20年の間に,日本から昔のいい意味の「寛容さ」「いいかげんさ」がなくなってしまった。そして韓国もあれこれと自己主張しながら,困ったときには「日本が助けるのは当然」という態度を見せるために,日本人としては「それなら自分でやったら・・・」とあきれてしまう。しかし,韓国のような国は,世界で見れば特殊ではなく,いずれ他のアジア諸国もそうなっていくに違いない。そうであれば追いついてくる国に対してどう対処するかに関して,日本としては「新しい思考」が必要だろう。
 韓国は,今でも四大大国(米中日露)の大使が誰になるかに関してマスコミが騒ぎ立てる国柄だ。そこには「韓国は四大国に翻弄されてきたかわいそうな国」という自己認識があるために,周辺国をきょろきょろする習性がある。それで私は「ひまわりのように周辺を見回すのはやめて,ミドル・パワーとしてしっかり自信を持って欲しい」と忠告する。
 日韓関係が悪くなっている背景の一つに,韓国が日本を見下していることもある。日本が豊かな成熟経済を回復させられれば,韓国にとってのモデルはやはり日本なので,よい関係が生まれていくのではないか。現在の韓国は「日本は改革もできず,何をやっても遅い。何もしない過去の国」というイメージでとらえているので,日本を見下している。日本経済を復活させることが日韓関係をよくする道だと思う。

(2013年4月3日) (「世界平和研究」2013年夏季号より)