アジア・ユーラシアダイナミズム時代を創造する志

多摩大学教授 金美徳

<梗概>

 アジア経済は,世界経済に占める割合が2030年代には5割を超えると予想されている。日本は,この現実を直視して官民連携によるアジア戦略を打ち立てることが優先課題となっているが,果たしてアジア・新興国市場の開拓は,上手く行っているのだろうか。もし日本が未だにアジアに対して上から目線であるならば,アジアは敏感に反応し,企業や消費者の心は掴めない。そこでフラットで自然な関係で接近し,戦略的な思考ができるグローバル人材の育成が急務となる。最近では,アジア版「エラスムス構想」ともいえる「キャンパス・アジア構想」が立ち上げられ,アジア的なグローバル人材の育成がスタートしている。

1.アジア・ユーラシアのダイナミズム

 アジア経済の現状についてまずみてみよう。アジアのGDPは,現在世界の約27%だが,2030年代には50%を超えると予想されている。これは換言すれば,「アジア経済=世界経済」の時代を迎えることを意味する。日本の貿易構造を見ても,対アジア貿易の割合が5割を占め,米国は13%程度だ。さらに,日本の対ユーラシア地域(アジアと欧州)との貿易に至っては74%に達する。まさしく日本は,アジア・ユーラシアに食べさせてもらっている。
 そうだとすれば,日本がこれから育てるべき人材は,アジア・ユーラシアで働ける,または稼げる人材である。大学はいうまでもないが,企業も同様の視点が不可欠だ。しかし,このような問題意識を持っている人が,どれだけいるだろうか。
 日本は,明治以来「アジアは教える対象だ」という上から目線の傾向がある。しかしアジア経済が発展する一方,日本経済が勢いを失い停滞するという今日に至っては,アジアに対して卑屈になり,迎合し,へりくだるという新たな現象も起きている。アジアの人は,相手の目線が上からなのか,下からなのか,に対して非常に敏感だ。上からだと癪にさわるが,下からだと却って警戒する。
 アジア諸国のビジネスパーソンの学歴を見ると,ある面で日本よりもアジアの方が上だ。アジアのビジネスパーソンは,欧米のMBAに学びPh.Dをもつ人材が日本より多い。そうなると日本の方が学歴コンプレックスをもつようになる。
 そこで大事なことは,アジアに対してフラットに見る視点,またアジアのビジネスパーソンとフラットに付き合うことである。つまり同じ立場,同じ目線で,自然に付き合うということ。しかしこれが大変難しい。それは,政治家や研究者とて同じだ。なぜなら日本では,フラットなアジア観を確立するための教育が積極的に行われていないからだ。このフラットなアジア観が欠如しているがために,アジアのみならず,ユーラシアでの日本のビジネスが活性化されない。ただ,アジアに対する学習やトレーニングは,相当意識して行わないと効果を上げられない。
 フラットなアジア観を確立するための教育とは,アジアの政治経済や近現代史の情報や知識の習得であり,アジアの中の日本を考えて,アジアを見る目を磨くことである。すなわち「アジアの教養(リベラルアーツ)」を学ぶということだ。アジアのリベラルアーツをしっかりと学んでこそ,アジアマインドやアジアセンスが磨かれ,アジア・ユーラシアで稼げるグローバル人材が育つ。これができなかった結果,日本のモノ作りが大きく揺らいでいるのである。
 日本のモノ作りは,パナソニックが2年連続7500億円超の赤字決算,シャープは1兆円を超える純資産をすべて使い果たし,ソニーは5期連続の赤字決算などに見られるが如く,惨憺たる状況だ。この原因は,韓国や中国の企業が頑張ったというよりも,むしろ日本企業の怠慢やアジア観の欠如に起因するところが大きいのではなかろうか。日本のビジネスパーソンのくだらないプライドや企業論理のために,また日本の技術は世界最高水準にも関わらず,それを妄信して殿様商売をしたために,どれほど多くの日本の利益・財産や国益が損なわれたことだろうか。韓国や中国の企業を悔しがるのではなく,自分自身を責めるべきではないか。そこでまずは,アジア・ユーラシアを知ることだ。

2.世界的な構造変化

 アジアには48カ国あるが,狭義では24カ国である。さらに北東アジアといえば,7カ国(日本,中国,韓国,台湾,ロシア極東シベリア,モンゴル,北朝鮮)だが,その中でも中核は日中韓だ。日中韓がアジア経済のみならず,世界経済をリードしていると言っても過言でない。ところが,日本にとってこの中韓が最も苦手な国だ。また,「日中韓が分かれば,アジアが分かる,世界が分かる」という視点が欠けている。それどころか,それに蓋をしている,または避けているのかもしれない。
 アジア・ユーラシアの中心である北東アジアと北東アジアの中核である日中韓の視点が最も大切だ。この視点がなければ,政治外交や,経済ビジネスでズレてしまう。ビジネスの面からいえば,日本はビジネスセンスがないと思われてしまう。好き嫌いやプライドの問題を超えて,現実を直視すべきだ。こうした現実を見据えて取り組んでこそ,企業利益や国益に貢献できる。日本は,中途半端なプライドのために,多くのチャンスを失っているように見える。
 日本企業(特に商社)の企業文化を見ると,出世コースは米国,ヨーロッパ組で,三番手がアジア組だ。ようやく最近になって世界の現実に目覚め始め,出世コースの順位が入れ替わり,アジア組が出世頭になりつつある。しかしこのアジア組が育って執行役員になるまでに10年はかかる。それまでは,自前のアジア・グローバル人材がいないので,留学生を積極的に採用したり,外国人社員に頼ることになる。
 大学も日本企業と同じような傾向があったが,欧米偏重からアジアシフトを急いでいる。いまや欧米市場にだけ頼っていては,食べていけない。米国は,本当に豊かな国なのだろうか。例えば,米国人のパスポート所有率は19%だ(ちなみに日本は24%)。米国人ほど世界を知らない人はいないとも言える。米国人は,米国を語ること=世界を語ることと錯覚しているように見える。
 いま,世界では構造的変化が起きている。西洋文明が中心の時代から,アジア文明の時代にシフトしつつある。21世紀は,西洋文明とアジア文明(あるいはアジア太平洋文明)との競争,緊張関係で推移するだろう。22世紀は第三の文明,それらが融合した文明が生まれる可能性もある。
 ところで,アジアの文明は,何千年も前からあったもので,古代においては既にシルクロードを通じて東西の活発な交流がなされていた。先日,奈良県の飛鳥寺を訪ねたが,そこの文物からは朝鮮半島,中国,インド,ペルシアなどの息吹,ユーラシアの風を感じた。こうした大きな歴史観で見ないと,世界から笑われてしまう。欧州の歴史も再編の繰り返しで民族の離合集散が行なわれてきた。それは,欧州だけではなく世界の歴史の常識である。

3.日本の課題

 世界のどの国の人々も等しく自尊心を持っている。自尊心に関しては世界に優劣はない。したがって先進国が上で新興国が下,金持ちが上で貧しい人が下,資本主義が上で社会主義が下,大卒が上で高卒が下とは,誰も思っていない。もしこのようなことを少しでも思っているようであれば,人格に大きな問題があり,日本の品格が疑われる。世界は,学歴や肩書きよりもその人間性や教養,多様なモノの見方に興味をもつ。戦後日本は(企業も含めて),米国依存一辺倒だったが,これからは過剰に依存しないことが大切だ。そのためにもいかに主体性を確立するかを考え始めているところだと思われる。
 プライドとコンプレックス,優越感と劣等感は,紙一重である。未だに無意識なのかもしれないが,日本人が上でアジアが下だ,米国(欧米)が上だと思い込んでいる節がある。欧米に対する思いの裏返しが,そのままアジアに向けられている。それは世界の現実を分かっていないということになる。
 依存心が強い人は,強者になるために弱者を作るきらいがある。本当の強者は,努力して強くなる。弱者を作るということは,コンプレックスの裏返しだ。このような行為は,まさしく差別でコンプライアンスに引っ掛かる問題でもあり,ビジネスパーソンの風上にも置けない。世界に出て行けば,人の心は見透かされるということを自覚すべきだ。いくら顔で笑っていても,その心がアジア人を少しでも見下していれば,レントゲンのように鮮明に見透かされ,本音もバレてしまう。なぜ見透かされるということが分からないのか。それは,世界知らずだからだ。
 近代以降,欧米の植民地主義によって欧米―アジア・アフリカという縦の関係が築かれたが,いまやアジア文明が主流となる時代に移行する中で,フラットな,真の平等の関係が要請されている。そのトレンドを理解して,行動していかなければならない。かつてG7から冷戦後,米国一極体制に移行し,いまや無極化の時代となった。安倍首相が最近TICADを開いて3兆2000億円のアフリカ支援を表明したのはその意識の現われだと思う。
 現在,日韓関係は,戦後最悪といってもいいような状態だ。昨秋,李明博大統領が独島(竹島)を訪問したことが直接のきっかけだったかもしれないが,その背景には従軍慰安婦問題,歴史認識問題がある。百歩譲って李明博大統領の独島訪問が原因だったとして,そこで終わっていたら,世界の人は「韓国が悪い。李明博大統領のやり過ぎだ」と思っただろう。しかし,尖閣諸島問題による日中関係や,北方領土問題(メドベージェフ氏が大統領時と首相時に国後島に2回訪問)による日ロ関係までも戦後最悪の関係になってしまうと,世界は韓国・中国・ロシアが加害者で日本が被害者とは見てくれないであろう。
 世界は,日本は(どちらが原因で,悪いかという問題を離れて)いつも隣国と領土問題でトラブっている国としか見ないだろう。
 ちなみに,領土問題について言えば,サンフランシスコ平和条約の中で(同第2条),竹島については明示されず,北方領土についてはその範囲が明確に示されなかった。1972年の沖縄返還協定には,尖閣諸島の施政権(=使用権)の日本への返還と書かれてあるが,領有権については言及していない。こう見ると,米国は戦略上,そうせざるを得なかったともいえるが,意識的に占領地に火種を残しておいたのかもしれない。
 一方,米中関係は,戦後最高だ。現代世界は,米中G2の時代を迎えつつある。米中戦略会議を開き,月に数回担当者が会い,グローバルな問題のみならず,地球規模の話をしている。日本は,米中関係が悪化してくれることを望んでいるのかもしれないが,そのように思えば思うほど,国際情勢に対する認識不足に陥り,日本の国益を損なうことになる。

4.活発化する日韓経済連携

 いまは自国の利益だけを考えては,ビジネスが成立しない時代だ。最近私が出した『韓国企業だけが知っている日本企業「没落」の真実』(中経出版,2012年12月)の真の狙いは,そのタイトルとは違い「究極の日本再生論」でもある。日本の企業やビジネスパーソンは,くだらないプライドのために,国益とは相反することを実行しているのが問題だ。
 ここで日韓企業の経営スタイルを簡単に比較してみたい。
 韓国企業は,オーナー経営だからワンマン経営と言ってもいい。韓国のオーナー社長は,権限もお金もある。もちろん独裁的だなどといった問題点もあるが,こちらの方が前に果敢に進むことができる体制だ。韓国企業は,オーナーの利益,企業の利益,国の利益を考えており,経営のスピードも速い。社員はオーナーの悪口はあまり言わない。
 一方,日本企業は,民主主義的運営ではあるが,社員はトップの悪口を言っている。社長は給与が少なく,権限がないので,リーダーシップも発揮しにくい。日本のビジネスパーソンは,企業の利益よりも,自分のポジションや既得権益に執着する。日本企業は民主主義的であるといっても,まだその途上段階だ。その悪弊が現れて,ものごとの決定がスピード感を持ってなされないために経営を前に進めない。
 日韓企業は,一長一短があるが,今後それぞれの強みを活かし,融合して行くべきだ。日本の強みは,技術力,モノ作り,ブランド力だが,それだけでは今後稼げない時代になった。それでは,どの韓国の強みを活かすべきか。例えば,現地化,突破力,マーケティング,商業化能力だ。また,中国はコスト力,マーケット力,大陸的発想や戦略といった強みを持つ。台湾は,日韓中の隙間を埋める「摺合せ能力」が抜群だ。台湾の生産方式は日本式で,経済面では親日的なので,フィルター役が期待できる。いま,日本企業に求められているものは,ビジネススキルよりも韓国・中国・台湾の強み,換言すればアジアの知恵ではなかろうか。このようなアジアの知恵を活かすためには,大きな発想の転換が必要である。まずは,日本は隣国が韓国・中国・台湾でラッキーだったという発想転換から始めてみてはどうだろうか。
 日本の技術力は,確かに世界のトップである。日本とアジアの技術水準の差を数値で比較すれば,ある分野は日本が8で,アジアが2で大きな格差があるかもしれない。しかし日本の技術を進化させると共に売れるようにするには,アジアの技術や知恵が必要である。そのためにも技術面だけを見るのではなく,経営をトータルに見て五分五分の関係でお互い協力する方法を模索すべきだ。
 日韓関係は昨年以来,竹島問題で政治的には戦後最悪であるが,経済的には戦後最高の関係にある。
 日本にとって韓国は貿易黒字相手国で,黒字額は毎年2~3兆円に上る。また,日本は,東日本大震災前までは日本が部品と素材を売ってあげるから,韓国がそれを組み合わせて製品化し,世界に販売できるのだと高をくくっていた。ところが震災直後,パラダイムが変わった。つまり,韓国が買ってくれるから日本が食べて行けるという持ちつ持たれつの関係になったのである。
 日本企業の韓国に対する直接投資額も,過去最高となった。2012年の統計で,日本企業の対韓国直接投資額は前年比2倍の4000億円だった。なぜいま日本企業は,韓国に進出するのか。例えば,東レ,旭化成,日本電気硝子が最大規模の工場を韓国に建設している。住友化学も韓国工場を増強し,サムスンとの取引拡大に力を入れている。
 それでは,韓国進出の狙いは何か。インフラ(法人税を含む)やコスト競争力だけでない。韓国が結んだFTAも大きな魅力だ。韓国は,インド,EU,米国などとFTAを結んでいる。さらに韓中FTAの交渉も進んでいる。韓国を拠点にして中国に入っていく戦略を考えているのだ。つまり,韓国(半島)という最高の地政学的立地を利用する。これが地政学的戦略であり,リージョナルに捉えるというビジネスセンスだ。
 最近,日本では,技術流出問題がよく取り上げられる。この原因は,どこにあり,果たして誰が悪いのであろうか。日本の大企業では,技術者からリストラされることが多い。新日鉄は,ここ数年で従業員6万人のうち4万人がリストラされ,2万人体制にまで縮小した。その他の電機電子メーカーも1万人規模でリストラが断行されている。当然,技術者は,転職するだろうし,日本で転職できなければアジア企業に移ることもある。いま,新日鉄は,ポスコに対して技術流出を理由に裁判を起こして争っている。新日鉄をリストラされた技術者がポスコに移ったわけだが,その技術者は,「あれだけ新日鉄に尽くしたのに簡単に切られた。ポスコに行ったら待遇も良いし,生き甲斐があり幸せだ」という。優秀な技術者をしっかりつなぎとめておけない日本企業とリストラされた日本の技術者を積極的に採用する韓国企業とでは,どちらが悪いのであろうか。

5.戦略的思考に学ぶ

 日本企業には,アジア戦略を描ける経営企画人材,プロジェクト・マネージメントや多国籍人材を束ねることのできる人材が,不足しているのではなかろうか。世界のビジネスパーソンは,一緒に仕事をしたくなるような人,一緒に仕事をすれば学ぶことができ成長できるリーダーを探し求めている。このような人材をどこで育てるのか。いまの日本の大学では難しい。
 日本の企業や大学を見ていると,依存体質が上から下まで浸透してしまっており,自分の言葉がない。学生も同様で,自分の言葉,主張がない。しかしその理由を「これが日本特有の処世術」だという弁明をする人がいるが果たしてそう言えるのだろうか。日本でも権限のあるオーナー経営者や能力のあるリーダーは,自分の言葉を持って語っている。日本特有という人は,むしろ自分の無能力さを正当化しているに過ぎない。
 ところで朴槿恵大統領になって韓国の外交戦略は変わった。これまでの韓国外交は,基本は米韓関係で,その次が日本というプライオリティーだった。首脳会談もその順番でこれまでやってきた。しかし,朴大統領は,米国の次に中国を選んだ。その背景には,現在米中関係が戦後最高の関係となっている国際情勢の本質を韓国が見極めたと考えられる。ところが日本は,日米同盟一本やりの硬直状態だ。米国が本当に日本のことを考えてくれるのか。いざ有事の時に,日本のために米国民を犠牲にして血を流しても日本人一人を本当に守ってくれるのか。これに対して日本では,蓋をしてしまい真剣に議論しようとしない。もっと冷静に自国の利益のことを考えてほしいと思う。日本の国益を考えるときには,アジアとの共通利益の実現を考えるべきだ。
 世の中は戦略で動いている。好き嫌いで動いているのではない。日本はどちらかというと,好き嫌いで動いているような傾向が見られる。悪意の有無を離れて,戦略的に動くのが世界の現実だ。韓国は,北朝鮮問題という爆弾がお尻にあるので,リスクマネジメント能力は極めて高く戦略性に富む国だと思う。韓国は大陸国,半島国と言われるが,正確に言えば,南北が分断されている間は島国だ。
 最近の日本では「韓国に負けて悔しい」という声が聞かれるが,そう言う前に,もっと努力して稼げと言いたい。究極のアスリートは,一番のライバルを尊敬する。悪党までもうまく飲み込むような度量がある。それには自信に満ちた懐がないとできない。
 韓国の戦略の中で,官民連携による経済外交,対外市場開拓について,某大企業の幹部に講演したことがあった。彼らの反応は「なつかいしい感じがする。日本も昔,官民連携をやったな。韓国は古いな」だった。ところが,最近の安倍首相を見ると,まさに官民一体になった経済外交を展開しているではないか。私から見れば,自分たちが一番嫌だと言っていたことを真似ているわけだ。原発輸出にしても,日本は消極的であったが韓国がアラブ首長国連邦と4兆円規模の原発建設工事を受注するや,驚きを隠しきれず,焦り始めた。また,大震災後,脱原発の風潮の中で,日本は原発輸出を積極的に推進している。その他にも,FTA・TPP,仁川空港・羽田空港,韓流・クールジャパン,観光客誘致なども,韓国をベンチマークしている。

6.アジアのビジネス・モデルに学ぶ勇気

 かつてエズラ・ヴォーゲルが著した『ジャパン・アズ・ナンバーワン』(1979年)の核心は,日本的経営から学ぶことだった。これに啓発された米国企業は,日本企業からしっかりと学び見事に低迷していた米国経済を復活させた。これは,簡単なことでなかったはずだ。なぜなら米国は,1945年から52年まで日本を占領し,民主的な政治・経済システム,近代的な経営についても教えてあげて,独立までもさせてあげた立場にあったからだ。そのような立場であった米国企業が,日本企業に学ぶということは相当な屈辱感を味わったに違いない。
 さて2010年代,日本企業は,アジア企業から学べるかという命題を突き付けられている。いざアジア企業から学べと言われても,ピンと来ないだろう。ただ,アジアの知恵,地政学的戦略,新興国ビジネスモデルであったら参考になるのではなかろうか。これを活かす日本の知恵が必要だ。
 韓国が成功した大きな理由は,先進国のビジネスモデルではなく,新興国のビジネスモデルを確立したことだ。「BRICs」は2001年11月,ゴールドマン・サックスが投資家向けレポート「Building Better Global Economic BRICs」を発表して世に知られるようになった概念だが,その時韓国はいち早くそのレポートに基づいて戦略を立て世界に進出して一気にそのチャンスをつかんだ。
 以前,私が企業の現場にいたとき(2005年ごろ),日本企業にBRICsの話を持ち出すと「それはまだまだだ。様子を見よう」という返事がほとんどだった。しかしそれは逃げ,責任を取りたくない,失敗したくないということの裏返しに過ぎない。失敗したくないという中から,成果は出てこない。利益とは,何か。利益とは,究極的にはリスクだ。ゆえにリスク回避とは,利益回避に等しい。会社のために働くのではなく,自分のポジションのために働いているからそう考えるのだろう。
 韓国企業は,身を削っている。サムスンの利益は,社員の「血」の代価であり,韓国民の血の量だ。そこまでして経済的利益を求めたくないと考える日本人が多い。それでは,いまは幸せかもしれないが,今後はそれで食べて行けるのかということになる。先輩たちのこれまでのご苦労のおかげでいまの発展した日本経済がある。冷戦の影響もあっただろう。冷戦がなかったら,日本は,果たして経済発展できただろうか。そして朝鮮戦争の特需,すなわち朝鮮半島の400万人の犠牲が日本経済の土台を築いたということも否めない。
 日本企業の社員は,新興国に行くことを嫌う。行ってもニューヨークやロンドンだ。しかしいまは,ニューヨークやロンドンではカネを生まない。カネを生むのは,新興国,なかでも辺境だ。
 昨年私は,中国の新疆ウィグルに行ってきた。新疆ウィグル自治区の経済発展は非常に目覚ましい。この地域は,危ないといって行きたがらない。私は,ウィグル暴動3周年という一番危ないと言われた時期に行ってみたが,すごい勢いを感じた。そこは中央アジアなど8カ国と国境で接している。そのエネルギーを見事に取り込んでいる。上海フォルクスワーゲンは,自動車生産基地建設のために現地に250億円規模の投資を計画している。このように「辺境」が世界最先端のビジネス・チャンスになっている。しかし日本は,そのようなところに行きたがらない。ややもすれば日本では,東京から関西に配置になっただけでそわそわして,本社に顔を向けている。海外に行っても3年待って帰国を待ち望むだけだ。韓国人は,家族連れで海外に行き,業績が出なければ会社を辞めて現地に居座って仕事を探す。

7.グローバル人材の育成

 アジアのグローバル人材育成のため,ようやく文部科学省も動き出した。センター試験廃止論もその流れにある。いま大学が困惑しているのは,産業界の「浮気」だ。大学は,産業界が求める人材を忠実に輩出してきたのに,産業界が留学生を大量に採用する動きを見せている。産業界が求めているのは,まさにアジア新興国で活躍できるグローバル人材だ。いまそのような流れがある。
 2009年に「キャンパス・アジア構想」が日中韓の政府レベルで合意され,昨年から始まった。このモデルは,国家間の文化的理解を促進し連帯感情を強化して「ヨーロッパ人」を育てようという「エラスムス計画」だ。学生時代に,二つの国の二つの大学を卒業すること,所謂「double degree」が基本で,米国もその流れにある。
 この「キャンパス・アジア構想」に全国の大学から応募があり,採択されたのが10大学だった。つまり,各国10大学ずつ選定し,日中韓のペアを10組作るわけだ。例えば,岡山大学は吉林大学(中国),成均館大学(韓国)とペアを組み,このコースを受けた学生は,三つの大学の名を冠したjoint degreeが授与される。5年後の完成を目指して進められている。私も昨年から岡山大学の「キャンパス・アジア」事業に関わっている。
 こういう動きが現在進行中だが,簡単な事業ではない。日本の大学の「アジア論」は,その多くがアジアの歴史,政治,経済史などで,内容的にも解説の方法もあまり面白くない。このような講義を聞いていたのでは,学生はアジアが嫌いになってしまう。最悪なのは,アジアが嫌いな教員がアジアを教えることだ。
 このようなアジア教育では,学生がアジアを嫌いになるだけでなく,日中韓の学生が互いに仲が悪くなってしまう。
アジアのリベラルアーツは,ビジネスのためにも必要だ。それがわかっていれば,相手国の人の琴線に触れるマーケティングができる。相手国の消費者の琴線に触れるキャッチコピーやモノを作らないと売れない。琴線とは,彼らの価値観,歴史観,政治信条だ。それはリスク(政治問題化など)を伴うものだが韓国企業はそこまでも踏み込んで入っていこうとする。
 アジアのためといっても同情してもらっては困る。同情は,かえってアジアの人を傷つけてしまう。アジアビジネスをやるからには腹をくくってやってほしい。つまり自分の身を削るものがないといけない。自分の都合,体裁,立場を全部キープしながら,アジアのためということは決してありえないのである。
 以上,日本と韓国,日本とアジアを比較しながら日本の企業やビジネスパーソンの課題を検討してきた。韓国やアジアの問題点は,日本の数倍,もしくは数十倍あることは重々承知している。しかし,今後,アジア・ユーラシアやアジア・新興国のエネルギーを取り込むには,アジアを鏡にして日本の身の丈を映し出すことが急務と考えている。日本の身の丈を自覚してこそ,この地域で力を発揮することができる。これまでの米国を鏡に映し出された日本の姿は,本当の姿であったのだろうか。米国の鏡では,過剰期待による空威張りや過剰依存による自信喪失に陥り,自らの姿を見失う恐れがある。やはり日本の足下であるアジアを鏡にしてこそ,本来の姿,自然の姿が映し出され,根底にある潜在力を解放できるだろう。

(2013年6月24日) (「世界平和研究」2013年夏季号より)