フランスのホームグロウン・テロリスト―共和国原理と家族類型による考察

明治大学教授 鹿島 茂

<梗概>

 昨年フランスでは二度のISに関わる大きなテロ事件が起き,今年3月にはベルギーの空港で同様のテロ事件が起きて,欧州においてはマグレブおよびシリアを中心とする中東地域からの難民問題を抱える中,ホームグロウン・テロリスト対策が大きな課題の一つになっている。とくに近年ISに参じた欧州出身の外国人戦闘員の中で,フランス国籍を持つ者が断トツに多いといわれる。そこで,フランスにおけるホームグロウン・テロリストの問題には経済・社会的な疎外要因以外に,どのような背景があるのか,フランスの共和国原理と家族類型の理論(E.トッド)をもとに考えてみる。

1.ヨーロッパの多層文化

(1)ヨーロッパ文化の形成
 フランスを含むヨーロッパ文化の基層には,ケルト文化,ローマ文化,ゲルマン文化,キリスト教文化があるが,それぞれが地域の歴史的経緯と特性などによってブレンドの仕方・割合が国ごとに異なって現れ,現代のヨーロッパ各国の特色ある文化を形成している。(外から見ると)一様に見えるヨーロッパであるが,実は各国の文化様相が微妙に違っている背景には,そのような文化・歴史的経緯がある。
 そこでヨーロッパの文化がどのように形成されてきたのか,その歴史的流れを簡単に見てみよう。
 4世紀ごろ中央アジアから遊牧騎馬民族のフン族が気候変動によってヨーロッパ大陸に移動してきた。一つの民族が移動し始めると,ちょうど玉突き現象のように次々と別の民族も押し出されて西に移動を始め,ゲルマン系民族も西と南に移動したのだった。
 同じゲルマン系民族でも,ローマ帝国領内に入った集団と,その周辺部に移動した集団とでは,ローマ文化の影響の濃淡がかなり違って現れることになった。例えば,今日の(スペイン,フランス,イタリアなどの)「ラテン民族」は,ラテン=ローマの意味からも分かるように,ゲルマン民族が支配民族としてローマ帝国領内に侵入して形成されたとはいえ,ローマ文化の影響を強く受けたのである。
(2)家族類型の違い
 もう一つの特徴として,同じゲルマン系民族の中でも,家族形態が違った集団があったのではないか。どのように家族形態が違うのか,フランスの家族人類学者エマニュエル・トッドの理論を参考に考えてみたい。
 最初オランダあたりにいたアングロサクソン族は,フン族の移動に伴う民族移動によってイングランドに渡った。この経緯から,現代のデンマークも含めて,オランダ,イングランドは同じ系統の民族となっている。この家族類型は「絶対主義核家族」で,その特徴は,親子間の関係が弱く,兄弟の遺産相続が不平等ということ。しかしそれが自動的に決められているわけではなく,兄弟間で競争をして相続人を決める。それを社会に拡大すると,競争原理として現れ,これは今日のアングロサクソン族の大きな特徴ともなっている。
 ちなみに,同じイギリスでも,スコットランドとアイルランドにはケルト民族の影響が色濃く残っており,アングロサクソン族とは違う直系家族(後述)が支配的だ。
 第二の家族類型として,フランスに定住したフランク族に特徴的に現れている「平等主義核家族」がある。その特徴は,「絶対主義核家族」と同じく親の世代とは切れているが,兄弟が遺産の平等主義分割を行う。親世代と切れているので自由があるが,競争原理は余り見られない。ゆえに,この類型の基調は,自由と平等となる。
 これまで文化人類学では兄弟の要素をあまり重視してみてこなかったが,トッドの観点は兄弟間のあり方について詳しく分析しているところにその特徴が見られる。
 第三の類型は,ドイツに見られるように,親―子―孫の3代が一緒に暮らす「直系家族」である(日本もこの類型に属する)。この特徴は,兄弟間の競争を認めず,兄弟の中から相続人一人(多くは長子)を自動的に決めてしまうしくみだ。これが分布しているのは,ドイツ,北欧(フィンランドを除く),オーストリア,チェコ,フランス周辺部(ベルギー・ドイツ・スペイン各国境付近)などである。フランスは,大雑把に言えば,平等主義核家族が中心部にあって,その周辺部を直系家族に囲まれている。
 直系家族では相続人が自動的に長子に決められるので,弟たちは家族から出て行かざるを得ない。農業を中心とする時代は,家族から出て行ってできることは限られており,キリスト教の聖職者,傭兵,移民などが多かった。例えば,グリム童話でもよく知られた「ハーメルンの笛吹き男」の話は,まさにドイツの家族類型に由来するもので,次男以下が家族から排除されたために生まれた伝承とも言える。騎士団の発生もこれに類するものと見ることができよう。
 第四の類型は,ロシア型とも言われ,親子およびすべての兄弟の家族が一緒に住み,男の子が嫁をもらうとこれも一緒に住むという三世帯同居の「(外婚制)共同体家族」である。これはロシアや中国などに見られ,兄弟平等と親子の権威主義という特徴をもち,共産主義社会の特徴と非常に合致している。

2.フランス特有の平等主義

 すでに述べたように,フランスは平等主義の核家族を基礎とするので,個人の自由と競争しない平等主義という特徴をもつ。もちろんフランスでも周辺部は直系家族だからこれには当てはまらない。
 ただし,フランス王家は途中で平等主義核家族から直系家族に変わっていった。9世紀に,シャルルマーニュ大帝(カール大帝,位768-814年)の死後,フランク王国が東西フランクとイタリアの三つに分割されたように,この時代の王家は平等主義で土地も平等に分割された。しかし土地は平等分割を続けていくと,世代を経るごとにどんどん小さくなってしまう。そこでとくに持てる者(貴族など上流階級)から始まって,途中から直系家族に変わっていったのである。ただ財産の余りない民衆は平等分割が永年にわたって続けられた。
 1789年に平等主義を基礎としたフランス革命が起きて,アンシャン・レジームからの転換がなされた。フランスの平等主義は,前述したような経緯を見れば,単にフランス革命に発した考え方というだけではなく,歴史的にも深い背景があってフランスには非常に根強い考え方といえる。
 もう一方で,フランスは「カトリック教会の長女」といわれるほどにカトリックの影響の強い国だったが,同じカトリック国の中でも非常に際立った特徴を持っている。それは,カトリックの総本山(バチカン)に反旗を翻す,「一国型カトリック」で,これを「ガリカニスム(gallicanisme)」という。ガリカンには王権と結びつきやすい傾向がある。しかし,ローマ教皇と固く結びついたカトリック(教皇権至上主義)の場合は普遍主義であるためにこのような傾向は見られない。
 そしてフランスにおいては,平等主義(普遍主義)とガリカニスムは対立関係にある。フランスの18~19世紀の歴史を見ると,不思議な現象が見られる。すなわち,民衆から生まれた平等主義(普遍主義)とローマ教皇権至上主義(ultramontanismeウルトラモンタニスム)(=普遍主義,平等主義)が結びつく傾向があって,それは左派と右派の結びつきだ。このような傾向がフランスには,もともと見られるのである。両極端の右と左の平等主義が結びつき,真ん中に王家の直系家族主義があるという構造だ。時代ごとのさまざまなバージョンはあるが,基本的なパターンはこれなのである。
 右の平等主義と左の民衆型平等主義が双子のように存在するフランスで,それが頂点に達したのが,パリ・コミューン鎮圧後だった。1873年,国民議会で王政復古が決められたが,王党派は「三色旗の下の王政(=立憲君主制)は認めない」として拒否,結局は,共和制に戻ってしまった。その後も議論の対立は続いたが,そのときの対立軸は,直系家族型カトリック(ガリカニスム),民衆型平等主義(共和主義),右派のウルトラモンタニスムだった。最終的には,数的にも多い共和主義が勝利した。
 共和主義の問題は何か。中世以来(フランスの)カトリック教会は,教育権を独占してきた。とくにガリカン化したイエズス会が,強力に教育権を握っていた。そのため王権は最終的に普遍主義ではなくなり,やがてガリカニスムと結びついて,平等主義との戦いが繰り広げられた。しかし最終的には平等主義が勝利し,それが現在の共和国原理を作った。
 最近は,フランスでも多元主義の考え方について議論されているが,おそらく今後もそういう方向にはいかないだろう。フランスでは基本的に共和国原理でいくという共通認識が広く受け入れられている。国民戦線のルペンも共和国原理を否定していない。フランスには共和国原理を否定する個人・団体は,左右を問わず一つもない。

3.フランスの共和国原理

 フランス共和国の第一原理は,フランス共和国は「一にして不可分な共和国」で,第二原理は「ライックな共和国」である。「ライック(laïque)」という言葉の意味は,訳語が難しいが,「非(脱)宗教的,政教分離,世俗的」などという意味で,近年は「ライック」とカタカタで使うことが多い。言い換えれば,「宗教そのほか個人の信仰の実践は,プライベート空間においては全て認めるが,パブリックな空間においては一切認めない」ということになる。
 それでは,共和国原理「一にして不可分」を杓子定規に適用するとどうなるか。ある意味で(法の下での)平等以外の原理を認めない「平等独裁」となる。私的領域では何をやってもいいのだが,公的領域においては,例えば,宗教を掲げて学校を作ろうとしても認めない。フランス革命後しばらくは私学(カトリック系)の学校を認めていたが,だんだんと認めなくなり,ほとんど公立になっていった。そうなると教育は,共和国原理によって全部国家的に一元化されていく。
 フランス革命の主要敵はガリカニスムのカトリック教会だったので,カトリック教会をやっつけるための原理として共和国原理が採用された面があった。そこでカトリックの神父を批判するために,どのような風刺画でも許すという風刺原理が原則的に認められ,体制派を皮肉るウルトラモンタン系と極左派が風刺合戦を繰り広げた。共和国原理は,平等主義の大前提として自由がある「自由の下の平等主義」なので,(目的のためには)何をやってもいいということにもなる。この点で,風刺を認めない直系家族型のような権威の下の平等主義,一元主義とは根本的に違っている。
 カトリックとの(風刺画による)戦いは「強いもの」との戦いだった。(シャルリー・エブド紙襲撃事件後)イスラームの弱者に向けてそれをやるのはいけないという議論も提起された。しかし彼らの主張は,「イスラームは弱者ではなく,世界最強の普遍主義だから,これと戦うのは当たり前だ」で,弱い者いじめという意識はない。むしろ世界最強の組織と戦っているという意識だ。
 またフランスでは,外国人でもフランスで生まれればみなフランス人になれる(出生地主義)。移民1世の親も帰化申請があれば原則認められるので,外国人のままでいようとする人以外は,全員フランス人になることが可能だ。そしてフランス人になると(国籍取得),さまざまな社会保障の恩典を受けられるしくみが整っている。例えば,小さい子どもを持っている人が,近所の保育園に出向いていくと,その場で入園を許可される。日本では信じられないような話だ。
 ただしフランス人になった場合には,例えば,フランス語の使用,公立学校に通うことなど一元的にフランス人にならないといけない。公立学校の場合は,公の場において宗教的要素は一切認められない。その葛藤から起こったのが,1989年の「スカーフ事件」であった。
 実は,フランスの統計に表れる移民数は,実際の数よりも少ない。それはフランスで生まれた移民はフランス人になり,移民としてはカウントされないからだ。現在,フランスの移民は人口比で約10数%(500万人余り)と言われるが,それは帰化してない人の数であって,帰化したかフランスで生まれた移民二世・三世は実際はもっと多いことになる。おそらく20~25%くらいはいるのではないかと言われる。

4.ホームグロウン・テロリストを生むメカニズム

 イスラームの家族類型は一応ロシア型の「共同体家族」であるが,違いがある。共同体家族の典型であるロシア型は外婚制だが,イスラームの場合は内婚制だ。内婚制は,もともといとこ婚から発する婚姻形態だ。
 フランスにやってくる移民は移民のコミュニティーをつくりたがる。しかし,私的領域では中間団体の存在は認めるが,公的な領域においては認めないという共和国原理のフランスでは,(米国のサラダボール型の共和主義と違って)移民のコミュニティーは原則認められない。
 例えば,イスラームの家族が複数まとまってフランスに移民したとする。嫁はその複数家族の中から選ぶのが原則だ。しかし嫁となる女性も,フランスに住めばフランスの無宗教学校に通うことになる。完全にフランス人になり社会に溶け込めば,民族的背景が違っても社会的上昇のアクセスは保証される。女性はここで解放される。古い因習をもつイスラーム共同体内で暮らすよりも,そこから出る方がいいということにもなる。残された兄弟たちにしても,フランス人と結婚したりしてイスラーム共同体から飛び出すことも可能だが,その中にとどまって取り残される人も出てくる。
 イスラームの人々は,イスラーム社会に暮らしていれば,自分たちの家族を解体されることはない。しかし移民は,かならず<受入国の家族形態の絶対性>に縛られることになる。例えば,日本人が米国に行った場合,直系家族のままいようとしてもそれは難しい。子どもは米国の学校に行くと,直系家族は次第に崩れていかざるを得ない。
 受入国の家族類型(の目に見えない支配力)によって,移民の家族類型が壊されることになる。フランスにおいてはその圧力が非常に強く,イスラームの人々はそれを強く感じている。家族が解体され,親がいなくなれば兄弟は居場所がなくなってしまう。フランスのテロ犯で兄弟が多いのは共同体家族の名残といえる。
 それに対してベルギーは直系家族社会だから,その圧力があまり少ない。ドイツ,フランス北部,日本などの直系家族社会では,移民が入ってきても,彼らは永遠に移民のままでドイツ人,ベルギー人には(簡単には)なれない。その結果,ベルギーのモレンベーグ地区のような移民コミュニティーが形成される。そこではイスラームの宗教実践と婚姻形態もそのまま保存される。
 これは,出身国の家族類型が保持されて家族が解体しないというメリットはあるが,デメリットもある。いつまでたっても移民は統合されずにマイノリティーにとどまるということだ。これはこれで大きな問題になる。とくに貧富の差がからむ場合は。
 一般に若者は自我の目覚めの時期になると,自分とほとんど関係ない人間はうらやましがらないが,自分より少しいいくらいの暮らしをしている人に対しては,「自分が苦しんでいるのに,何で彼らはちゃらちゃらしているんだ!」と(羨ましさが反転・昂じて)憎しみを抱くようになる。革命はだいたいこのような若者の情念をもとに起きてくる。
 そして「ちゃらちゃらしているやつらを一網打尽にやっつけてくれるやつはいないか」と考える。これまでは左翼と右翼という両方の平等主義・普遍主義がその若者の情念を吸収してくれた。日本の戦前の天皇主義も平等主義で,2.26事件の陸軍皇道派の青年将校のような若者を引きつけた。天皇主義は一君万民の下での平等主義である。左右いずれにしても,若者は平等主義でないと憧れを抱かない。直系家族はあまり若者を引き付けることはない。
 ISは典型的な普遍主義,イスラームを超過激に解釈した平等主義だ。「万国から集まれ,(国がないところに)新しい国を作ろう」というのだから平等主義・普遍主義で,そこには自分たちとそれ以外という区別はない。(不満をもつ若者は)平等主義的組織にあこがれる。右翼,左翼は関係ない。自分が面白くないという情念を一気に破壊し瞬時に解決してくれるような平等主義を若者が必然的に求めていくときに,フランスの左翼はそれに応えてくれない。
 もう一方の右翼であるルペンはどうか。もともとルペンは,フランス北部と南部の直系家族主義から始まっている。それが途中から様変わりして,いまや平等主義だ。右の平等主義となった。国民戦線をちゃんと分析しないと見誤ってしまう。直系家族主義的な差異原理(自分と人とは違う)で国民戦線が動いていたと思っていたら,いつの間にか右の平等主義原理にシフトしていた。もともと国民戦線が排除しようとしていた黒人やアラブ人などが,反国民戦線をやめて最近は国民戦線に投票し,反ユダヤ主義を訴えている。最近の地方選挙で国民戦線が多くの得票を得た背景にはこのような事情がある。トッドの分析では,最近はむしろ社会党が差異原理に基づく主張に変わってきているという。
 米国の大統領選挙において,両陣営候補者選びでトランプ候補やサンダース候補に人気が集まっているのは,これと同じ理屈で,右と左の平等主義だ。危険な兆候である。
 イスラームの中で,右と左の平等主義に与することができない人たちは,ISの平等主義にあこがれる。フランスにやってくると,平等主義の教育を受け,家族類型も平等主義だから,長い間暮らしていると思考が平等主義的になってこざるを得ない。だいたいは平等主義原理のある国で育った人たちが,新しい平等主義を求めてISに行く。
 イスラームの集団の中にはもともと平等主義原理が生きている上,フランスも平等主義だから,二重にバイアスがかかってしまう。さらにいえば,テロはイスラームという宗教の問題ではなく,平等主義(普遍主義)同士の衝突の問題なのである。
 ちなみにイギリスはサラダボール型で,その地域の中のゲットーなどコミュニティーの中でフラストレーションを抱えた人(移民)が,ISの戦闘員として行くのだろう。つまりイギリスからイギリス人がISに行くことはまずない。イギリスの中で不満を抱えた移民(≠イギリス人)がISに行くのである。

5.今後の展望と日本への示唆

 若者たちが平等主義的フラストレーションからテロに走る問題を解決する方法としては,日本の全共闘世代が一時期学園闘争などで相当暴れていたのが急におとなしくなったことを考えてみると参考になる。それは若さを失ったことも一つだが,平等主義原理から自分中心原理に転換したことが大きかったと思う。つまり自分の幸せを見つければいいのだという自分中心原理(ミーイズム)だ。これは堕落した方向ではあるが,社会をおとなしくする一つの方向であることは確かだ。しっかりした賃金が与えられ,失業がなくなって少し豊かになれば,人はテロに走らず自分の生活を考えるようになる。豊かさの再分配が必要だ。
 ヨーロッパのイスラーム恐怖症についていうと,エマニュエル・トッドによれば,最初は「アラブ恐怖症」だったという。これは自分たちと顔や皮膚の色が違った(アラブ)人たちに対して拒否反応を示す傾向であり,人間としてある面で自然の反応といえる。ところが,(中東・アフリカの)イスラーム教徒がヨーロッパに入ってきてその割合も増えて,アラブ人や黒人がみんなフランス人になる。もともとフランスは共和国の平等主義の国だったから,人種の差を拒むということはなかった。それがイスラームというより抽象的なものへと差別対象が移行していく中で,イスラーム恐怖症が出てきたのだろう。
 さらに私の分析では,右のルペン(国民戦線)が普遍主義に変わったことで,普遍主義と普遍主義の戦いという構図にすり替わろうとしている。それは文明の衝突という様相にもなりかねない。問題は,フランス的共和主義原理(普遍主義)の右と左の双子,つまり国民戦線支持者と旧共産党支持者,そしてそれらの仮想敵としてのイスラームという普遍主義,この三つが対立していることである。それらはもともと家族類型に起因する対立でもあった。ゆえになかなか解消できない。キリスト教(カトリック)とイスラームの対立に見られるように,普遍主義は衝突すると互いに一切認めない。
 一方,日本のように直系家族原理の国は,米国のような特殊な普遍主義原理と対立しても永遠の対立にはならない。そのかわり,同じ直系家族類型の国同士,例えば,日本と韓国は,非常に仲が悪く,共存するのもなかなか難しい。
 ヨーロッパ世界にとってイスラームははるか遠いところに存在する普遍主義だったが,いまや隣にいる普遍主義となり,同じ普遍主義同士で対立・葛藤している。しかしトッドはそれも克服可能だと見ている。例えば,イスラームからの移民の流入がある程度止まって同化圧力によってみんなフランス人にしてしまうことで可能かもしれないと。
 この問題から日本が考えるべきことは何か。ドイツや日本のような直系家族原理の国に入った普遍主義に対しては,排除の原理が働く可能性があり,むしろ危険かもしれない。自分たちとそれ以外を区別する発想が根底にあるからだ。例えば,日本社会における在日の人たちに対する排除の論理,ナチス・ドイツにおける反ユダヤ主義などである。将来日本が移民政策を進めてもっと移民が入ってきた場合は,排除の論理がもっと強く働く可能性はある。日本にはドイツ型の危険性があるということになる。
(2016年4月25日述記,文責編集部)
<参考>
○フランス第4共和国憲法
(前文)無償で宗教によらない(ライックな)公教育を全階梯にわたって組織することは,国会の義務である。
第1篇第1条 フランスは,民主的,社会的ライシテに基づく,不可分の共和国である。
○フランス第5共和国憲法
(前文第一条)
La France est une République indivisible, laïque, démocratique et sociale. Elle assure l’égalité devant la loi de tous les citoyens sans distinction d’origine, de race ou de religion.
フランスは,非宗教的,民主的,社会的な,分割し得ない共和国である。フランスは,生まれ,人種,宗教の区別なしに,すべての市民に対して法の下での平等を保障する。

■プロフィール かしま・しげる
1949年神奈川県生まれ。東京大学文学部仏文学科卒,同大学院人文科学研究科博士課程単位取得満期退学。共立女子大学助教授,教授を経て,2008年より明治大学教授,現在,同国際日本学部教授。フランス文学者,評論家。フランス文学の研究翻訳,19世紀のフランス社会を中心に多数の著作,エッセイの執筆のほか,稀覯本,古書の蒐集でも知られる。『馬車が買いたい!』で第13回サントリー学芸賞,『子供より古書が大事と思いたい』で第12回講談社エッセイ賞,『愛書狂』でゲスナー賞,『職業別パリ風俗』で読売文学賞評論・伝記賞を受賞。他著書多数。