朝鮮民主主義人民共和国法の現状と評釈
―中国人研究者の視点から

中国・長春理工大学法学院副教授 劉 宇/(訳・評者)中国政法大学 高橋 孝治

<梗概>

 日本においては朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)法の情報はほとんど入ってこない。ところが,中華人民共和国(中国)では,日本と比べると北朝鮮に関する研究はある程度盛んである。そこで,本稿は中国で発表された北朝鮮法に関する論考を翻訳し紹介するものである。本稿の原著は考察があるとは言い難いが,翻訳し紹介することには資料的価値はあると考える。具体的には本稿は,北朝鮮法を多数引用し,それについて評釈を行うものである。結論として北朝鮮は中国よりも社会主義的性質が強い社会といえる。

キーワード:北朝鮮法,社会主義法,法システムの評価,アジア法,中朝法比較

<訳者による解説>

 朝鮮民主主義人民共和国(以下,「訳者解説」内では「北朝鮮」という)は,日本の隣国であるにも関わらず,情報が極めて入手しにくい国である。これは法律の分野においても同様である。例えば,管見の限り,北朝鮮法の全体論を取り扱った日本語での文献は,藤井新『北朝鮮の法秩序――その成立と変容』(世織書房,2014)くらいしか見つからない。ところで,日本においては北朝鮮を「脅威」とする見方が多勢である。しかし,その脅威に対応するために,まずは相手のことをよく知らなければならない。相手をよく知れば,そこには平和的な対処の方法が見つかる可能性がある。本稿はそのような平和に寄与するという観点の下,北朝鮮の特に法制度についての資料を提供することを目的とする。
 北朝鮮の隣国の一つに中華人民共和国(以下,「中国」という)がある。北朝鮮と中国には交流があり,日本よりは北朝鮮の情報が入手しやすい状況にあると言える。そこで,本稿は,中国で発表された北朝鮮法の現状に関する論文を翻訳し紹介するという手法を用いる。原著は,長春理工大学法学院の副教授(日本の准教授に相当)である劉宇(研究領域:法理学,刑法,国際法)が2009年に発表した「朝鮮民主主義人民共和国法の現状と評釈――西側諸国の法伝統の視点から」(原題は「朝鮮民主主義人民共和国法律現状評述――以西方法律伝統為視角」『河北法学』(27巻12期)32~36頁収録)である。なお,残念なことに,中国では「事実を述べただけで,考察が存在しない学術論文」がよく見られる。原著である「朝鮮民主主義人民共和国法の現状と評釈――西側諸国の法伝統の視点から」も北朝鮮法を紹介するのみで,考察はほとんどされていない。しかし,日本において北朝鮮法に関する資料が非常に少ないことから資料的価値があると考える。なお,原著に加えて訳者の責任でいくつか注を追記してあるが,訳者注の中では訳者なりの考察を少々述べている。
 なお,この場を借りて,日本語訳の執筆に快諾をくれた原著者である劉宇長春理工大学法学院副教授に感謝を込めてここに記したい。また,翻訳に際し,中国では一般的に北朝鮮を「朝鮮」と呼ぶが,日本では「北朝鮮」と呼ぶ方が一般的であるので,原著の「朝鮮」という語は「北朝鮮」と訳した(本文中の「朝鮮民主主義人民共和国」と「北朝鮮」の使い分けは原著のままである)。

1.評釈の手法と参照対象

 一国の法律の状況を横断的に評することは極めて難しい。その理由としては,以下の二つの理由が挙げられる。第一に,法律が複雑であること。これまでに人類社会は発展し,一つの国が法治国家であることはもちろんのこと,法律によって社会が統治されていることも重要であると考えられるようになった。しかし,現代社会は煩雑であるため,必然的にいずれの国でも立法活動が常時行われている。これにより法律の条文は膨大なものとなり,全ての法律を遵守することは,不可能なのではないかと思うくらいに複雑になっている。二つ目は,各国の文化的差異である。どのような国家であろうとも,法律は他の事象と無関係ではなく,文化の一部となっている。各国の文化的差異は必然的に法律にも差異を生み出している。一国の法体系を評釈する際に,法律の中の異文化になじむことは思いのほか難しい。そのため,他国の法律を評釈する際に,客観性と公正性を失ってしまうことになる。それゆえ,このような文化的差異は他国の法律を評釈する際の障害にすらなり得る。上記2つの困難に直面するため,外国法を評釈するときは,まず評釈の手法と評釈する対象についてまず十分に考えなければならないのである。

(1)北朝鮮法の現状と評釈の方法
 北朝鮮法の現状を体系立てて評釈する場合,まず評釈の方法を明確にしなければならない。評釈方法を明らかにすることにより,誤った評釈を避けることができ,さらに評釈を行う意義も明らかになる。法体系は各国で異なるものではあるが,法学には共通の基本的な問題や見方,概念がある。そのため,このような共通理念を用いることにより,マクロ的視点から北朝鮮法の現状を巨視的に評釈することができる。北朝鮮の現行法もこのような比較法的な方法にのっとり評釈しなければならない1)。その具体的評釈方法は以下の通りである2)。
• 歴史と発展
• 法律に定められた人
• 法による社会の組織化の程度
• 法律の目的
• 契約
• 所有権
• 権力分立と権力の制限
• 司法手続き
• 法律に定められた刑罰

(2)北朝鮮法の現状評釈への応用
 一国の法律の現状を体系立てて評釈する際には,評釈や参照方法が問題となる。この評釈標準や参照方法の設定は,文化を基準にしなければならない。そして,このような評釈基準の設定は,避けて通れないものである。なぜならこのような評釈基準の設定がなければ,どのように評釈するべきなのかが分からなくなるからである。評釈を行う際には,評釈基準の設定を明確にしなければならない。そして,評釈の際には,その基準に忠実に対象の観察を行わなければならない。そして,ここから得られる結論は,文化の違いによる法律の差異が示されるのであり,法律の優劣を示しているわけではないことにも注意しなければならない。つまり,どのような結論であっても,法制度は各国平等なのである。
 本稿は,そのような観点の下,西側諸国の法文化や伝統が生み出した基本概念や論点,視点を基準にして比較検討を行うものとする。西側諸国の法文化や伝統を参照の基準とするのは,以下の理由による。第一に法治国家の理念は西側先進諸国で最も早く,最も完成されたと言えるからである。現在,一国の法律を評釈する際には,法治国家の概念に触れないわけにはいかないためである。第二には,法をもって国家を統治するという方法が,多くの国家がその発展の中で,目標としているからである。以上より,法治国家の基本理念は一国の法律を評釈する際に,合理的な比較の基準となるのである。

2.朝鮮民主主義人民共和国の立法の歴史と発展

 1948年8月,朝鮮最高人民会議は選挙を行い,同年9月9日に朝鮮民主主義人民共和国の成立を宣言した。1950年6月25日には朝鮮戦争が勃発し,同年10月25日に中国人民志願軍が,朝鮮に赴き攻撃を開始した。1953年7月27日,米国と中朝は停戦協定に署名した。その後1958年,北朝鮮は都市,農村の生産関係について社会主義改造が完成し,社会主義経済制度が成立されたことを宣言し,さらに1970年には社会主義工業化が実現したと宣言した。朝鮮民主主義人民共和国は常に立法作業を重視し,これらの宣言と前後してそれぞれ1948年憲法,1972年憲法,1992年憲法および1998年憲法を制定している。さらに,憲法を中心として,一つの完成された立法体系をも作り上げている。
 1948年から現在までの朝鮮民主主義人民共和国の立法の主な歴史的変遷は以下で述べるようないくつかの段階に分けられる。

(1)第一段階:立法の過渡期
 第一段階は,1948年の朝鮮民主主義人民共和国の成立から1972年の朝鮮民主主義人民共和国第5回最高人民会議第1次会議で憲法が通過するまでの期間である。この期間には,朝鮮戦争が勃発した。そのため,北朝鮮は戦後復興と社会主義改造に尽力する必要があり,立法も必然的に過渡的な性質を持つものとなった。北朝鮮は,以降も断続的に法改正作業を続けることになる。1950年に可決した刑法典は,この時期では最も主要な立法であり,刑法の主な任務は,国家,政権および社会主義制度の安定化であった。

(2)第二段階:立法の上昇期
 第二段階は,1972年の憲法改正から1992年の第9回最高人民会議第3次会議での憲法改正までの時期である。この期間,北朝鮮は多くの立法を断続的に行っており,これはまさに立法の上昇期と言える。この期間の立法作業は,主に民事法および経済法の分野が集中的に行われた。例えば,1976年の「民事訴訟法」,1977年の「土地法」,1983年の「税関法」,1986年の「環境保護法」,1989年の「合弁法実施規定」,1990年の「朝鮮民法典」および「家族法」,1992年の「合作法」3)などである。

(3)第三段階:立法の高潮期
 第三段階は,1992年の憲法改正から1998年の憲法改正までの時期である。北朝鮮はこの時期には,ある程度経済統制が寛容になり,多くの法律が公布され,また改正された。まさに立法の高潮期と呼ぶべき時代である。しかし,これらの時代の立法も明らかに計画経済の特徴を持っていた。この時期に公布された立法の主要なものに,1993年の「外貨管理法」,「商業法」,「土地賃借法」,1994年の「改正民事訴訟法」,1995年の「保険法」,「公証法」,「第3次改正刑法」などがある。

(4)第四段階:渉外立法期
 第四段階は,1998年から現在に至るまでの時期で,北朝鮮は渉外立法の分野の法律の改正を重点的に行った。これは,政治情勢の緩和による北朝鮮の開放の拡大である。例えば,1999年「外国人投資企業労働規定」,2000年の「合弁法施行規定」,2001年の「外国人投資企業高最新技術導入規定」,「加工貿易法」,「改正合弁法」,2002年の「改正外貨管理法」であり,さらに2006年に「中華人民共和国と朝鮮民主主義人民共和国の民事および刑事司法の共助に関する条約」が正式発効したことなどである。

3.朝鮮民主主義人民共和国法における「人」

 「平等」が法律上重要な地位にあることは,現代法治国家には当然のことと言える。このことは北朝鮮の現行法でも体現されている。朝鮮民主主義人民共和国憲法第65条は「公民は国家社会生活のあらゆる領域で,平等の権利を有する」と規定している。また,民事訴訟法第3条は,「国家は民事訴訟の当事者に平等な訴訟権を保障し,併せて訴訟行為に必要な要件を提示するものとする」と規定し,続く第6条は「朝鮮民主主義人民共和国民事訴訟法は,わが国の機関,企業,団体,公民の間に発生した民事権益に関する紛争を解決するために適用する」と規定している。
 しかし,この点につき,北朝鮮の現行法には必ずしも人を平等に扱っていない点が存在する。

(1)商事分野の行政等級化
 朝鮮民主主義人民共和国商業法第11条は,「商品供給は,注文書制により供給を行う。中央の商業指導部門,地方行政経済指導部門および商業部門,企業は人民大衆の需要を研究し,商品の注文書を作成し,国家計画部門は商品注文書により生産を割り振り,供給計画を指示する。商品生産部門,企業,団体は国家の計画に従い,商品の清算および供給を行わなければならない」と規定している。続く第12条では,「一元化商品供給システムにより,中央商業指導部門は,国家計画部門から商品の総量を得て,道に応じて商品の分配を行う。道行政経済指導部門は,分配された商品を市(地区),郡に応じて分配を行う」と規定している。
 市場経済と法律にとって重要なものである平等は,自然的に発生する関係であると言える。ところが,北朝鮮の商業分野では計画経済体制が実行されており,商業分野には商業指導部門による身分制が発生している。この点から,市場経済における市場間での平等が北朝鮮にあるとは言えない。

(2)商業分野と一般的民事分野の分離
 商業分野では計画経済体制が実行されており,商業分野と一般の民事分野はその乖離が大きいと言える。この乖離は,市場経済による国家の民法商法分離とは異なる。すなわち,市場経済による国家では,商法は特殊な民法として捉えられ,商法の分野であれ,一般の民法の分野であれ,法律上主体の地位は平等である。しかし,北朝鮮の商業分野は行政等級化により,民法中の法律主体の地位の平等原則が非常に限定的なものとなっている。例えば,朝鮮民主主義人民共和国民事訴訟法第53条には,以下のように規定されている。
「以下の案件は民事裁判手続きによって解決されなければならない。①仲裁もしくは行政手続きによって解決すべき案件を除いた財産紛争案件。②離婚案件。③子女養育費,養育費請求に関係する案件。④民事権利および法律的に意義のある事実を証明する案件。⑤民事裁判手続きによって解決することが定められているその他の事件」4)。

(3)民事分野における財産関係および身分関係に関する法律上の区別
 1990年の「朝鮮民主主義人民共和国民法典」第2条によれば「朝鮮民主主義人民共和国民法は,機関,企業,団体,公民の間に存在する相互に同等な地位上に形成される財産関係を調整する。国家は機関,企業,団体,公民は民事法律関係上当事者として独立の地位にあることを保障する」とある。
 この規定には二点注意すべき点がある。一つは,商業分野の計画経済の特徴により,民法が調整するのは,「機関,企業,団体,公民の間に存在する相互に同等な地位上に形成される財産関係」の範囲に限られるということである。二点目は,身分関係の問題に関しては民法の調整範囲に含んでいない点である5)。特に後者は疑問が尽きない点と言える。つまり,身分関係の問題に民法上の法律主体の地位の平等原則は適用されるのかが明確ではないのである。そのため,身分関係に関する紛争が民事訴訟法によって解決することが可能なのかも疑問が残る点である6)。

(4)司法による紛争解決範囲の狭さ
 北朝鮮には「民事訴訟法」は存在するものの,商業分野に関しては依然として計画経済体制である。さらに身分関係についても民法の調整範囲とはしていない。そのため,「民事訴訟法」の適用範囲も当然に広くはならない。さらに,民事訴訟法中の当事者の法的地位の平等が適用される範囲も広くない。特に注目したいのが民事訴訟法第53条第1項の「仲裁もしくは行政手続きによって解決すべき案件を除いた財産紛争案件」という規定である。この規定は実質上財産紛争問題を裁判以外の方法(行政手続きなど)で解決するための法的根拠となっている。

4.朝鮮民主主義人民共和国法による社会の組織化レベル

 「秩序ある法社会の前提は,各行為規範の間に相互衝突がなく,かつそれらが協調していなければならない。さらに,法律が実行されて実現する秩序維持と平和の保障は,ごくわずかの各行為規範の協調では不十分である。このような各行為規範の協調によって,法律社会に生きる人々は,正しい行動を取ることができる。これこそが,このような法律行為によって秩序を形成するために必要な実行性なのである」[莱茵荷徳 2007:16]。このように,現代法治国家は,法律にはある種の協調と有効な規範体系であることが必要である。

(1)朝鮮民主主義人民共和国法における複数の法の衝突
 ランクの異なる国家機関の部門がそれぞれ法律を発布する権限を持っている場合,法律間で起こる衝突(矛盾)を解消する必要がある状況が生まれる。このような法律の矛盾の発生の防止を,法治国家では「規範体系の位階構造」で保障している。北朝鮮では中国でいう「立法法」7)に相当する規定が存在しないにも関わらず,立法の中央集権化,立法権限の棲み分けにより法律間に衝突が生じたとしても,それが多くならないようにしている。朝鮮民主主義人民共和国憲法第91条の規定によれば,最高人民会議は憲法を改正および補充する権限を持ち,補充部門の法を可決もしくは改正する権限も持つ。
また,憲法第110条第1項の規定によれば,最高人民会議常任委員会は憲法,現行の部門法および条例について解釈権を持つ。さらに憲法第119条の規定では内閣は憲法および部門法により国家管理に関する条例を制定,改正および補充することができるとなっている。また,憲法第143条では地方人民会議はその地域で執行される国家法に関する措置を取るものとされている。
 つまり,西側法治国家では,法律間の衝突問題は,ランクの異なる国家機関の部門および地方自治によって生み出されるが,北朝鮮の現行法の衝突は,市場経済色を帯びた法律と計画経済色を帯びた法律が矛盾を引き起こしていることが主な原因と言える。例えば,商業法と民法および民事訴訟法の衝突である。

(2)法律の実行性を保証する手段としての行政化と刑罰化
 北朝鮮の現行法の多くに見られる欠陥は,「法律上の責任」に関する部分である。例えば,商業法,教育法などは責任に応じて法律上の責任について規定しているが,その大部分は行政責任および刑事責任であり,民事責任については規定していない。これは計画経済体制の表れとも言える。さらに,例えば朝鮮民主主義人民共和国刑法第127条の人民経済計画を安易に立てる罪,第128条の人民経済計画を修正する罪,第129条の人民経済計画の目標を達成できなかった罪なども計画経済体制の表れに該当する。

5.朝鮮民主主義人民共和国法の目的

 西側法治国家では,法律の主な目的は利害衝突の調整であり,その利害調整にはできる限り正義に合致することが求められている。ここでいう正義とは,憲法による正義と手続的正義の意味である。
 これに対し,北朝鮮の現行法の目的は以下のようになっている。

(1)計画経済体制下の国家中心主義の立場
 朝鮮民主主義人民共和国憲法第34条は以下のように規定している。「朝鮮民主主義人民共和国の国民経済は計画経済である。国家は経済管理を行う際,大安の事業体系8)に基づき,経済試算を行い,原価,価格,利益などの経済レバレッジを正確に利用する。国家は社会主義経済の発展規律に基づき,国民経済発展計画の制定および執行を行い,これにより備蓄と消費の適切な関係,経済建設を促進し,人民生活のレベルを高め,国防の力を強化することを促進する。国家は計画の一元化と細分化を行い,生産速度の加速と国民経済の比例的発展を行う」。
 このように,多くの西側法治国家の個人主義的世界観とは異なり,北朝鮮における政治共同体の主要目的は超個人主義の立場にあることがうかがえる。北朝鮮では,利益衝突の調整はわずかばかりの私的自治の方式により行われている。

(2)社会主義制度文化の貫徹
 朝鮮民主主義人民共和国憲法第39条では「朝鮮民主主義人民共和国は社会主義文化を繁栄発展させ,労働者の生産能力を高めるために,健康で文化的な生活に必要なサービスを満足をさせる」としている。続く第40条では「朝鮮民主主義人民共和国は文化革命を徹底して行い,人をみな自然と社会に関する深い知識と高度な文化技術レベルを持つ社会主義,共産主義を建設する者にし,全社会を知識分子化するものとする」と,第41条では「朝鮮民主主義人民共和国は社会主義労働者のために,奉仕的な人民的,革命的文化を建設するものとする。国家は社会主義民族文化を建設する中で,帝国主義的文化の浸透と復古主義傾向に反対するものとし,民族文化遺産を保護し,社会主義の現実的継承と発展をさせるようにするものとする」と規定している。さらに,第42条は「国家は全ての領域で旧社会の生活方式を除去し,新しい社会主義生活方式を全面的に確立するものとする」と規定している。このような社会主義制度文化の貫徹を一歩ずつ進めるために,刑法の中にも社会主義文化を侵害する罪に関する専門の章が設けられている。

6.朝鮮民主主義人民共和国法における契約

(1)対外経済貿易分野のみに認められる契約の自由
 朝鮮民主主義人民共和国合弁法第5条には「合弁企業は,合弁各方が出資した財産に対し所有権を持ち,自ら経営活動を展開することができる」と規定している。続く第11条は「合弁企業に対する出資比率は,合弁各方の合議によって決定するものとする。合弁各方は現金,現物,工業財産権,技術ノウハウ,土地使用権などで出資を行うことができる。その価格はその時の国際市場価格を参照して,合弁各方の評議によって決定する」と規定している。
さらに,第12条は「合弁を行う者の一方が他方の同意を得た後,取締役会の議論により決定することで,自己の出資額を第三者に譲渡もしくは相続させることができる」と規定し,朝鮮民主主義人民共和国加工貿易法第18条は「以下の一つに該当する場合,当事者は違約金および損害賠償の支払いを請求する権利を有する。①正当な理由なく,契約の履行を遅滞もしくは拒絶する場合。②包装,品質,数量などが契約条件と合致しない場合。③適切な時期に契約に規定された加工費もしくは商品価格を支払わない場合。④その他の違約行為がある場合」。
 ところで,対外経済貿易分野における契約の自由の原則は,ある程度経済計画体制により制限を受けている。例えば,合弁法第23条は,「合弁企業は共和国国内での経営活動に必要な物資の購入をすることができ,企業が生産した製品を販売することができる。このとき,規定された期限内に関連機関に物資購入および製品販売の年度計画を提出しなければならない」と規定している。

(2)経済計画に奉仕するための契約
 市場経済による国家における権利と義務は,国家法により生み出されただけのものではなく,一定の範囲で特定の法律関係に参加する当事者が自ら生み出すこともある。つまり,私的自治,すなわち法律が,個人が私法の領域において自ら形成した法律関係を尊重するものであり,一国の公民に有限な範囲内で相互の法律関係の自己処理を認めるものである。一般的に,このような状況下で全ての契約は成立していると言える。
 ところで,理想的な計画経済体制の下では,国家内の経済活動は全て政府が確定した政治目標を最優先に考えた上で,中央行政機構がその実現に向けての指導を行っている。中央行政機構は全ての生産単位に規定の数量の物品を完成させることを要求し,これにより,一定数量の生産資源と労働力が生産単位に分配される。中央行政機構はさらに,物資を詳細な計画に基づいてその他の生産単位や消費者に分配を行う。このような経済モデルの下では,個人もしくは生産単位には自身が自主的にもしくは自身の利益を増加させるために活動する余地がないと言える。しかも,「自身の利益の増加」は,法律が制度により個人および経済的独立主体が自由な協議により利益を得ることを許している行為であり,明らかに契約の本来の役割であると言える。これにより,契約の自由は私有財産と一緒に市場経済の核心を構成しているのである9)。つまり,北朝鮮の現行法の下では,契約の最も重要な目標は,国家の経済計画の完成であり,私的自治の意味での契約ではないのである。

(3)行政責任と刑事責任としての契約責任
 どのような契約を締結するのか,計画によって生み出された「計画行為」を決定することは計画の本分ではない。計画行為とは一種の行政行為であり,当局がこれらの手段を通じて具体的に企業に発する特別の指令である。そのため,計画行為は特定の企業と指令を発した当局の間の行政的法律関係と捉えられ,契約違反に対してまず発生するのは行政責任である。そして情状が重い場合には,刑事責任も発生する。朝鮮民主主義人民共和国刑法第131条は,「約定した規定に反して,人民経済計画の執行を阻害した場合,2年以下の労働改造に処する。情状が重い場合は,2年以下の有期懲役に処する」と規定している。続く刑法第132条は,「人民経済計画の実施のための労力,設備,材料,資金を無計画な生産もしくは建設に用い,人民経済計画の執行を阻害した場合,2年以下の労働改造に処する。情状が重い場合には,3年以下の有期懲役に処する」と規定している。

7.朝鮮民主主義人民共和国法における所有権

(1)生産資源の国家と合作企業による占有
 朝鮮民主主義人民共和国憲法第20条は「朝鮮民主主義人民共和国では,国家および合作企業が生産資源を占有するものとする」と規定している。さらに第21条では「国家の所有制は全民所有制である,国家所有の範囲につき,例外は存在しない。国家の全ての天然資源,鉄道,航空,運輸,郵便,電話および重要な企業,港湾,銀行は国家の所有に帰属する。国家は国家の経済発展に主導的作用を持つ国家所有制を優先的に保護するものとする。土地,農業機械,船舶および中小企業は合作企業の占有とすることができる。国家は合作企業の所有制を保護するものとする」と規定している。
 二つの形式による社会主義財産は全て国家法の特殊な保護を受け,朝鮮民主主義人民共和国刑法はこのために個人所有権を侵害する罪と区別して,国家と社会合作団体の所有権を保護する専門の節を設け,さらに国家と社会合作団体の所有権の侵害に対しての刑罰は明らかに厳格になっている。つまり,私法の分野にも社会主義財産の特殊な地位に関する規定を見ることができ,社会主義制度に不利益な財産処分は実質上認められていないと言える。もし国家もしくは合作企業の財産を不正に売却したら,買主が善意であっても返還を追及される。

(2)個人所有権の行使に対する一定の制限
 朝鮮民主主義人民共和国憲法第24条は,「個人所有権は公民個人に属し,個人消費を行うための占有とする。個人所有は,社会主義による労働の分配と国家や社会が福祉待遇により提供したものから構成される。家庭菜園および居住者個人が経営した副業により生産された製品およびその他合法な経営活動により得た収入も個人所有に属する。国家は個人所有を保護し,法律でその相続権を保護する」と規定している。
 北朝鮮憲法は,個人所有権を個人消費を行うための占有に限定している。このような財産権では資本を構成する存在にはなりえない。つまり,公民個人の所有権はただ公民が個人で購入するために必要な部分のみが認められているのであり,労働以外の方法で収入を得てはならないともされている。

8.朝鮮民主主義人民共和国法の権力分立と制限

(1)縦方向の分権:単一国家
 現在の国家の構成は,第一に単一制か複合制かに分類することができる。複合制はまたその制度に応じて,連邦制と連合制に分類できる。単一制国家は中央集権国家ともよばれ,国家の政治制度が中央の統制下で統一的に行われる国家をいう。つまり,単一制国家は一つの憲法と一つの最高中央政府により統治がなされ,地方政権が中央政府の指導に従属する形態を言う。複合制国家には複数の憲法が存在しており,中央政府の権力にも限界が存在しており,地方政府は高度の自治を有している10)。
 朝鮮民主主義人民共和国憲法第87条は「最高人民会議は朝鮮民主主義人民共和国の最高国家権力機関」であると規定している。さらに第119条は以下のように規定している。
「内閣は以下の任務と職権を行うものとする。①国家政策の執行を取る措置。②憲法と部門法規に基づいた,国家管理に関する条例の制定,改正および補充。③内閣各委員会,省,内閣直属機関および地方人民委員会の業務の指導。④内閣直属機関,重要行政経済機関および企業を設立もしくは廃止による国家管理機関の改革の措置。⑤国家の国民経済発展計画の編成および執行の措置。⑥国家予算の編成および執行の措置。⑦工業,農業,建設,運輸,通信,商業,貿易,国土管理,都市管理,教育,科学,文化,保険,体育,労働管理,環境保護,旅行およびその他の分野を組織し発展させる業務。⑧健全な貨幣制度および銀行制度に関する措置の採用。⑨国家管理の秩序を建設することの検査および監督。⑩社会秩序の維持,国家および合作社の財産利益の保護,公民の権利の保障に関する措置。⑪外国との条約締結,対外業務の遂行。⑫行政経済機関の決議や指示と矛盾する内閣の決議や指示の取り消し」。この規定から,北朝鮮は単一制国家であると言える。

(2)横方向の分権:議会至上主義
 横方向の分権,これは西側諸国では議会至上主義か三権分立かを意味する言葉である。北朝鮮は議会至上主義であると考えられている。朝鮮民主主義人民共和国憲法第91条は以下のように規定している。
「最高人民会議は以下の職権を行使する。①憲法の改正および補充。②部門法の可決,修正および補充。③最高人民会議常任委員会が最高人民会議閉会中に可決した重要な部門法の批准。④国家の対内および対外政策の基本となる原則の制定。⑤朝鮮民主主義人民共和国国防委員会委員長の選挙および罷免。⑥最高人民会議常任委員会委員長の選挙および罷免。⑦朝鮮民主主義人民共和国国防委員会委員長の指名に基づく,国防委員会第一副委員長,副委員長および委員の選挙および罷免。⑧最高人民会議常任委員会副委員長,名誉副委員長,秘書長および委員の選挙および罷免,内閣総理の選挙および罷免。⑨内閣総理の指名に基づく内閣副総理,内閣各部門の委員長およびその他内閣の構成員の任命。⑩最高人民検察院検察長の任免。⑪最高法院の法院長の選挙および罷免。⑫最高人民会議の各専門委員会の委員長,副委員長および委員の選挙および罷免。⑬国家の国民経済発展計画およびその執行状況報告の審査。⑭国家予算およびその執行状況報告の審査。⑮必要に応じて,内閣および中央機関の業務報告の聞き取りおよびそれに代わる措置。⑯関係部門が最高人民会議に提出した条約の批准および廃止の決定」11)。

(3)権力制限:無制限の権力
 単一制国家は,中央政府が国家主権を持つことを明確にし,かつ憲法に規定されている公民の基本的権利の尊重以外には無制限に権力を行使しうる。また,同時に地方政府は中央政府の支部にすぎず,中央の命令に服従する義務を負い,憲法もその自治権限を認めていない。つまり,議会至上主義の下では,議会の権力は無制限なものとなる。これに対して,西側諸国は憲法が規定する公民の基本的権利は違憲審査制度を通じて,これら権力に制限を加えるものとなっている。
 北朝鮮憲法は公民の基本的権利を規定しているものの,それは国家権力を制限するというものではなく,国家主義的発想からきている12)。朝鮮民主主義人民共和国憲法第63条は「朝鮮民主主義人民共和国公民の権利および義務は『一人は全体のために,全体は一人のために』という集団主義の原則をもって基礎とする」と規定している。さらに,違憲審査制度を持っていないため,権力制限を実現することは難しいと言える13)。

9.朝鮮民主主義共和国法の司法手続き

(1)裁判所の独立
 西側諸国とは異なり,北朝鮮は裁判所の独立は規定するものの,裁判官の独立は行われていない14)。朝鮮民主主義人民共和国憲法第160条は「裁判所は独立して裁判を行い,法律に基づいて裁判活動を行う」と規定している。

(2)司法の教育機能
 西側諸国の法律は,基本的に人民に平和な共同生活と秩序ある環境を保障するために作成される。生活を維持するために,どんな人であっても自治原則を守らなければならないという前提があり,西側諸国の法律は,この目的のために人々の道徳などにごくわずかな規制を行うものである。これに対し北朝鮮の法律は人民の内心にも明らかに影響を及ぼしており,人民に対する道徳教育を行っている。朝鮮民主主義人民共和国刑法第2条は,「国家は犯罪分子の処理に労働者階級原則を堅持するものとし,教育改造を主として,関連する法的制裁を組み合わせて行うものとする」と規定している15)。

(3)再審
 民事および刑事案件の第一審判決とは,たとえどんなものであれ,取消手続の審査を受けるものである。朝鮮民主主義人民共和国民事訴訟法第139条は「訴訟当事者もしくは検察官は第一審判決に対して,異議がある場合,上訴もしくは抗告をする権利を持つ。上訴もしくは抗告がなされた判決や裁定は,執行されない。中央裁判所の判決や裁定に対し,上訴や抗告はできない」と規定している。さらに建前上は全面的な審査を原則としているが,実際には上訴や抗告の範囲には制限がなされている。続く第146条は「第二審は上訴,抗告の資料と事件記録を根拠に全面的に第一審判決の判決や裁定が法律の要求や科学的証拠に基づいているかを審査し,その後で誤りがあれば追及する」と規定している。

(4)検察機関の法律監督機能および広範な司法参加
 朝鮮民主主義人民共和国憲法第150条は以下のように規定している。「検察庁は以下の業務を執行する。①国家機関,企業,団体および公民が厳格に国家の法律を遵守しているかの監督。②国家機関の決議および指示が憲法や最高人民会議の法令および決議,国防委員会の決議および命令,最高人民会議常任委員会の政令,決議および指示,内閣の決議および指示に抵触しないか否かの監督。③朝鮮民主主義人民共和国の政権および社会主義制度,国家および合作企業の財産および憲法が付与した人民の権利および人民の生命財産の保護のための犯罪分子の摘発とその法律責任の追及」。さらに,検察官は民事訴訟を自ら提起することすらできる。朝鮮民主主義人民共和国民事訴訟法第8条は「民事事件の調査,審理は訴訟当事者,利害関係者もしくは検察官の訴訟申請によって進行する」と規定している。

10.朝鮮民主主義人民共和国法の刑罰

(1)罪刑法定主義の規定
 北朝鮮刑法は罪刑法定主義を規定しており,刑法第6条には「国家の刑法の規定により犯罪行為とされたものに対してのみ刑事責任を負担する」と規定されている。しかし,北朝鮮刑法の犯罪構成要件は比較的簡素に書かれており,罪刑法定原則が要求する明確性の原則の貫徹はされていない16)。

(2)国家本位,社会本位の色彩の明示
 各論部分には七種類の犯罪について規定されているが,公民個人の身体や財産権を侵害する犯罪は各論の最後の部分に規定されている。また,国家安全,民族自主,国家管理秩序などの犯罪が先の方に規定されている17)。

(3)社会文化秩序保護の重視
 専門の章を設けて社会主義文化を侵害する罪を規定しており,法による制裁は教育改造をもって主たる方法とすることとしている18)。
(2016年8月4日受理)

<注>*訳者注以外は,原著者による注
1) ここでいう比較による評釈は,その評釈方法は西側諸国の法文化や伝統を用いて完成している。
2)本稿の基本的な評釈方法はドイツの法学者ラインホルト・ツィッペリウス(Reinhold Zippelius)の『法学導論』が述べる評釈方法を参考にしている。この評釈方法は西洋法学の伝統的基本概念で構成されていると評価できる。
3)(訳者注)合作法とは,合作企業に関する法律である。「合作企業は,共和国側投資家と外国側投資家が共同で投資し,共和国側が生産と経営を行い,合作契約条件に従い,相手側の投資分を償還し,または利潤を分配する企業をいう」(合作法第2条)。鄭鉄原,大内憲昭(監訳)『朝鮮民主主義人民共和国外国投資法規概説 羅津――先鋒自由経済貿易地帯関係法規』明石書店,1997年,267頁。
4)(訳者注)原著は明確に述べてはいないが,民事訴訟に「しなければならない」案件があらかじめ定められているため,民事上の問題は当事者同士が平等の地位に立った上での合意で解決するという方法による解決が大幅に制限されていると述べているものと思われる。
5)(訳者注)社会主義国は一般的に「家族法」を「民法」から切り離して一つの分野を構成するため(福島正夫「社会主義の家族法原理と諸政策」福島正夫(編)『家族 政策と法5 社会主義国・新興国』東京大学出版会1976年,31頁),北朝鮮で民法に身分関係が含まれていないからといって,必ずしも疑問となる点ではない。ただし,最近は社会主義国の大国である中国では,家族法も民法の一部であると捉える説も支持されつつある(木間正道=鈴木賢[ほか]『現代中国法入門』(第6版)有斐閣,2012年,212頁)。
6)(訳者注)3(2)で述べた通り,民事訴訟法第53条には,離婚案件や子女養育費,養育費請求に関係する案件など一定の身分関係に関する紛争が民事訴訟の対象になることが規定されている。しかし,ここには親子関係確認訴訟や養子縁組に関する訴訟などが規定されておらず,これらの紛争に関してはその取り扱い方法が不明確なのである。原著は明確には述べていないが,おそらく原著者はこのことを述べているものと思われる。
7)(訳者注) 立法法は中国の法律で,法律の効力の優先順位などについても規定している。
8)(訳者注)北朝鮮では,政治と経済の混合管理体系を「大安の事業体系」と呼んでいた。北朝鮮研究会(編),石坂浩一(監訳)『北朝鮮は,いま』(岩波新書(新赤版))岩波書店,2007年,93頁。
9)「契約」は市場経済による社会に存在しているが,計画経済による社会にも存在している。しかし,この両者は実質的には異なるものとなる。
10)本稿では,たとえ単一制国家同士であっても,その差異は非常に大きいことも認識している。単一制国家間の差異は,時には単一制国家と複合制国家の差異よりもその差異が大きい場合がある。それは,権力の集中が,何の原因によって権力集中が起こっているのか,どのように権力集中を行っているのか,という点から発生する差異である。
11)(訳者注)本文では「選挙および罷免」という表現を用いたが,在日本朝鮮人人権協会=朝鮮大学校朝鮮法研究会(編・訳)『朝鮮民主主義人民共和国主要法令集』(日本加除出版,2006年)8頁では「選挙又は召還」という表現を用いている。なお,「選挙および罷免」は劉宇による原文の忠実な訳である。
12)(訳者注)このような「権利」観は中国も同様である。木間正道=鈴木賢[ほか]『現代中国法入門』(第6版)有斐閣,2012年,90~91頁。
13)(訳者注)違憲審査制度が存在しない点は,中国も同様である。木間正道=鈴木賢[ほか]・前掲注(4)100頁。
14)(訳者注)このような「司法の独立」は,中国のそれと同様である。比較社会主義憲法の立場からは,社会主義国の「司法の独立」にはソ連型と中国型があるが,北朝鮮は中国型に分類される。木間正道=鈴木賢[ほか]・前掲注(4)330~331頁。
15)(訳者注)このように犯罪者に教育改造を行うとする点は中国も同様である。王雲海『死刑の比較研究―中国,米国,日本―』成文堂,2005年,184頁。
16)(訳者注)もっとも,「国家の刑法の規定により犯罪行為とされたものに対してのみ刑事責任を負担する」と規定されていてもそれが直ちに罪刑法定主義を認めたと捉えることには問題があると考える。例えば,中国には「法律の明文で犯罪行為と定められていなければ,犯罪として処罰することはできない」と,これに類似する規定があるにも関わらず,「西側諸国の罪刑法定主義」が導入されているとは評価できないとされている(坂口一成「中国刑法における罪刑法定主義の命運(1)―近代法の拒絶と受容―」『北大法学論集』(52巻3号) 2001年,885頁)。しかし,そんな中にあっても,「明確性の原則」を欠くと評価されている点から北朝鮮刑法にとって罪刑法定主義は中国のそれよりも遠い位置にあると評価できよう。
17)(訳者注)この点も中国刑法と同様である。
18)(訳者注)本稿の全体から見ると,やはりアジアの国で近い文化が根底にあるということと社会主義国であるという点で,中国と北朝鮮の法は類似点が多いように見える。訳者注の形で何度も指摘してきたが,多くの点で北朝鮮法と中国法の類似点が確認できる。逆に異なっている点については,本稿が触れた点に限って言えば,北朝鮮には「社会主義文化破壊罪」が存在していることと,北朝鮮では検察官が民事訴訟を提起できる点である。中国には「社会主義文化破壊罪」は存在しないし,中国の民事訴訟も職権主義が広範に認められてはいるが,検察官が民事訴訟を提起できるということはない(木間正道=鈴木賢[ほか]・前掲注(4)270~272頁)。この点から,中国と比較した場合,北朝鮮はより強く「社会主義の堅持」を掲げていると評価しうるし,民事訴訟の職権主義的性質が強く(民事訴訟の提訴まで国家が介入しうる),国家権力の私人への介入が中国よりも起こるような法構成になっていると評価できる。このような民事法における国家介入的,行政法的性質は社会主義法の特徴とも言える。その意味では,「社会主義」に度合いがあるとしたら,北朝鮮は中国よりも社会主義的性質が強い社会であると言える。

<原著参考文献>
1)莱茵荷徳・斉柏里烏斯(Reinhold Zippelius),金振豹(訳)『法学導論』中国・中国政法大学出版社,2007年。

<訳者参考文献>
1)王雲海『死刑の比較研究―中国,米国,日本―』成文堂,2005年。
2)北朝鮮研究会(編),石坂浩一(監訳)『北朝鮮は,いま』(岩波新書(新赤版))岩波書店,2007年。
3)木間正道=鈴木賢[ほか]『現代中国法入門』(第6版)有斐閣,2012年。
4)在日本朝鮮人人権協会=朝鮮大学校朝鮮法研究会(編・訳)『朝鮮民主主義人民共和国主要法令集』日本加除出版,2006年。
5)坂口一成「中国刑法における罪刑法定主義の命運(1)―近代法の拒絶と受容―」『北大法学論集』(52巻3号),2001年。
6)藤井新,平岩俊司=鐸木昌之[ほか](編)『北朝鮮の法秩序――その成立と変容』世織書房,2014年。
7)鄭鉄原,大内憲昭(監訳)『朝鮮民主主義人民共和国外国投資法規概説 羅津――先鋒自由経済貿易地帯関係法規』明石書店,1997年。
8)福島正夫「社会主義の家族法原理と諸政策」福島正夫(編)『家族 政策と法5 社会主義国・新興国』東京大学出版会,1976年。

Liu Yu 1976年生まれ。98年吉林大学法学院卒,同大学大学院修士課程および博士課程修了。法学博士。2003年より長春理工大学法文学院(現:法学院)に勤務,現在,長春理工大学法学院副教授。専門は,法理学,刑法,国際法。

たかはし・こうじ 1984年東京都生まれ。日本文化大学卒,法政大学大学院修了(会計修士MBA)。都内社労士事務所勤務,放送大学大学院修士課程修了(中国法),現在,中国政法大学刑事司法学院博士課程在学中。法律諮詢師(中国政府認定法律コンサルタント)。著書に『ビジネスマンのための中国労働法』。研究領域は,比較法・中国法,中国社会を素材にした法社会学。