「専業主婦」を蔑視する米国リベラル派

 まれに突発的で率直な言説が,政治的な立場の違いを鮮明にすることがある。民主党系政治評論家ヒラリー・ローゼン氏は,(2012年)共和党大統領候補として有力視されているロムニー氏の妻・アン・ロムニー夫人の私生活をあばくことを通して,2012年の大統領選挙の流れを「独力」で大きく変えてしまった。ローゼン氏曰く「考えても見なさいよ。ロムニー夫人はこまでの人生で一日たりとも仕事をしたことがないのよ」と。それに対してロムニー夫人は,「私は家庭を守りながら5人の息子を育てることを選択しました。それは本当に大変なことでした」と応えた。その瞬間,政治談議は,女性のあり方をめぐるプロパガンダの戦いから,母親の役割に関する対リベラル派との戦いに一変してしまった。
 女性有権者と共和党の間に「くさび」を打ち込んで離間させようと,細心の注意を払いつつ進めてきた民主党の選挙運動が,ローゼン氏の過激な発言で台無しになってしまった。オバマ陣営の選挙運動員たちは,自分の候補をローゼン氏から距離を置くために,ツイッターで不賛成の意を明らかにようと懸命の努力をした。ローゼン氏は,圧力が加えられても即謝罪をしようとはしなかったが,巧みなことばで次のように述べた。「私も専業主婦のお母さんたちが大好きで,彼らに反対する理由はない」と。ただし次の一言は彼女の本音を表すもので残念なものである。「ただし専業主婦のお母さんたちは,私のよき友人の中の一部に過ぎません」。
 ローゼン氏は,職場に行くことではなく,家族の養育に専従することを選択した女性たちを蔑視する伝統的リベラル派の考えを反映している。彼女のわざとらしい腰の低さは,少なくともカーター時代を思い起こさせるが,米国社会はその時以降さらに進化している。21世紀の米国人たちは,女性が職業的に成功する道や個人的願望を成就する道が多様にあるという考え方に非常に共感している。子どもの有無に関係なく,自分のキャリアを伸ばすことに生きがいを見出す女性も少なくない。
 そうでない女性たちは,仕事の中から工面して子どもを育てるための時間を作り出す。中にはお母さんの役割に100%応えようという使命感をもって,家族と地域社会のために自分の全精力を捧げる女性もいる。彼らは,ボランティア活動に参加し,国家が有用とするさまざまな美徳を発揮する。
 このような道は,どれも個人的には妥当な選択ではあるが,リベラル派の目には,家庭にいる専業主婦たちは「女性」として多少「格」が落ちるように見えるようだ。彼らには「主婦」という単語が「落伍者」と同義語なのだ。
 専業主婦という配偶者をもつ「ぜいたくさ」に言及するオバマ大統領のような人たちは,生活に関連した専業主婦の犠牲的側面に気づいていない。大多数の米国人の家族は,増え続ける生活費と増大する税金を払うために,副収入源を必要としている。夫婦のうち一人だけの家計収入の家庭は,生活が実際かなり大変であるが,それは夫婦の合意のもと,それぞれの選択を反映したものだ。親であれば誰でも知っているように,仕事場に出勤することは,小さい子どもの世話をしてへとへとになることの大変さに比べれば,ある面では容易なことである。ロムニー家の場合,それが5倍になるわけだ。
 このような恥ずかしい攻撃をすることによって,来る11月の大統領選挙を前に,民主党はさらにすてばちのようになりつつあるかに見える。

(米国「ワシントンタイムズ」2012年5月より)