乱発される精神病診断の社会的弊害

 精神医学は,医学専門家の悩みの種だ。精神科学の各種疾病の名称は,「正常」からの逸脱を基礎として設定されている。何が正常かは,道徳と知的水準の変化によって変わってくる。ときには政治が「非正常」を新たな正常として再規定することもある。頻発する銃撃事件と医療保険制度および保険料負担が不確実になるにしたがって,精神的健康が国民の関心事の第一位に上がる。
 ここ数年間,行動主義心理学者とフロイト派学者は,大学の教科課程を支配する権限と予算についてけりをつけるまで戦った。
 アメリカ精神医学会が発刊する「精神障害の診断と統計の手引き」につけられた謳い文句である“精神医学の経典(bible)”という用語は,矛盾する言葉だ。同書第5版の出版に際して,専門家の間では精神疾患の種類と範囲についてすでに戦いが始まった。
 この本は,精神疾患診断のための医学案内書であり,医師たちの診療指針を示そうという趣旨でつくられたものだ。しかし不幸なことに,この案内書は,保険会社が保険料の支払い額を確定するために,どうしても読まなければならない本になってしまった。そして単なる指針ではなく“神の言葉”(bible)として見なされるようになった。人間に痛みをもたらす原因を理解する面において,精神医学と宗教は重複ししばしば衝突する。
 過食症,拒食症は「摂食障害」と呼ばれ,「自制」はそれらに対する適切な方法の中から除外された。平素,静かにいられない子どもは,「注意欠陥・多動性障害」患者として診断され,薬物治療の対象となる。このような診断と薬物治療は対象となる子どもを安定させるのに有用なこともあるが,そうでない場合もある。課外の運動の時間がより高い効果をあらわすこともある。
 重症な精神疾患は,個人による自力治療が不可能だ。しかし政府などから必要な治療費の補填が可能な点を利用した疾病・症状の種類の増加は,驚くべき水準だ。保険会社が補償対象「診断目録」をもって待機する状況では,差別がなくなり,精密診察の必要も増発する。
 同第5版の問題点を指摘した拙著「正常の救済」において,アレン・フランシス博士が,上記のような主張をしている。第4版の編集委員会委員長として活動した同博士は,精神疾患の診断がそれ以降,「非常に早く,非常に遠く」から来たと指摘する。
 同博士は,児童の精神障害を膨らました事例を三つ提示する。注意欠陥・多動性障害の診断件数が3倍に増え,自閉症及び躁鬱病とも呼ばれる小児双極性障害は40倍に増えた。成人の双極性障害も,倍増した。医療保険を迅速に適用する非精神科医師は,精神科治療剤の80%以上を処方している。この処方は,医師の給与に直結する。
 最新の診断名称の中で,「セックス中毒」というものがある。米国42代クリントン大統領は“遊び人”あるいは“道楽者”ではなく,「疾病」診断の無辜な犠牲者だった。この症状は追加研究が必要だと指摘されている。
 しかし悪い行動を疾病症状として認定し治療することは,笑い事では済まされない。この行為は,社会に費用を負担させるとともに過剰処方を受けさせ,「患者」の健康を冒している。児童期が重症の障害に変わっている。女児より多動性障害の診断をより多く受ける男児の場合がとくにそうだ。意地悪をする子どもは,「分裂性情緒調節障害」との診断を受け,特殊学習処方を受ける。このような診断と処方には,政府の莫大な資金支援が必要だ。
 薬物処方ができる未熟な医師が疾病診断を乱発した結果,重症な精神疾患を治療する熟練した精神科医師は,過労と低賃金,および人手不足に悩むことになる。したがって,精神疾患案内書は,「経典」ではなく,辞典として利用することが望ましいと,アメリカ国立精神衛生研究所長トーマス・インセル博士は語っている。
(Suzanne Fields・米コラムニスト「ワシントン・タイムズ」2013年6月より)