ユダヤ教からみた平和の根源

Roots of Peace in Juaism

前島誠(ユダヤ教研究者)
Makoto Maejima

 

 <梗概>
 絶対者の宗教であるユダヤ教は,絶対者である神の前に立つ人間の生き方を教えている。平和を意味するヘブライ語「シャローム」の語源的意味は,ありのままの姿でいることだ。まさにそれが彼らの生き方の根底にあり,それを支えているのが聖書(旧約)やミシュナなど聖典の完全な学びなのである。

 「ありのままの姿」としての平安
 「平和」を意味するヘブライ語は「シャローム」だが,ユダヤ人はあいさつを交わすときに「シャローム」という。また別れの場面でも「シャローム」と言って,名残惜しさを表現する。「シャローム」という言葉を日常の場面でしばしば交わすということは,現実の彼らの生活が「シャローム」(平和,平安)からほど遠いものであったからだろう。つまり,ユダヤ人は歴史を通じて安らぎのない日々が多かったといえる。
 シャロームの原形はその形容詞形「シャレム」で,「安らいだ,平安な,ありのまま,完全な」などの意味を持つ。辞書的に説明すれば,?完全な,?全部の,全体の,?無事な,元気な,?完結した,完璧な,絶対の,などとなる。
 これらを総合して,「シャローム」をもっと分かりやすく解釈すれば,「ありのままの姿でいることが平和(安らか)だ」となる。それはまた,うそをつかない,偽りのない,ありのままの状態でもある。何も恰好をつけず飾らないでいれば,びくびくしないで済むし,心も安らぐわけだ。これがヘユダヤ人の基本的な平和に対する考え方である。
 逆に自分をよく見せようとすると,シャロームとは反対の状態になってしまう。キリスト教はどちらかというと,うわべを飾ることが好きなようだ。一方,ユダヤ教のシナゴーグはそうしたけばけばしさがなく,素朴な面がみられる。
 ユダヤ人は長い歴史を通じて祖国を持つことができなかった。ユダヤ民族が安らいでいられたのは,長い歴史の中でもダビデ王とソロモン王の統治したわずかな期間だけであった。その後は南北に分断し,アッシリアによって北イスラエル王国の首都が,さらにバビロニアによって南ユダ王国の首都エルサレムも奪われて国を失った。それに続く捕囚もあって悲惨な歴史の連続であった。紀元前2世紀にはセレウコス朝シリアのアンティオコスによって厳しい宗教迫害を受けた。
 外典聖書のマカバイ記には,そのようすが詳しく記されている。なかでもユダヤ人にとって子どもに割礼を受けさせられないことは最もつらいことであった。それでも割礼を施した母子は無残にも殺されてしまった。こうした圧政にマカバイが反乱をおこして独立した(ハスモン朝)が,その後も厳しい迫害の時代を経験し,最終的にはローマ帝国によって紀元2世紀に完全に滅ぼされてしまった。
 ユダヤ教にはメシア思想があるが,メシアに対する意識は時代によって温度差があり,それが最も強かったのが今から2000年前ごろ,ローマ帝国の圧政時代であった。その後も,その意識は維持され,1948年にイスラエルが復興し建国を果たした時は大変なことであった。国を失ってから2000年来の,先祖代々の苦しみがやっと解かれたという思いである。イスラエルが建国されたとき,ユダヤ人たちは嘆きの壁の前で三日三晩踊りとおしたという。
 ローマ帝国との二度にわたるユダヤ戦争を通じて完全に国を失ったあと,ユダヤ人たちはヨーロッパを中心に世界に流浪する民となった。とくにキリスト教世界においては,「ユダヤ人はイエス・キリストを殺した民族だ」と言われて,どこに行っても白眼視された。

 ユダヤ人の生活と律法(掟)
 ユダヤ人は聖書に記された掟に従って生きている。例えば,食べ物の禁忌(タブー)が多数あり,ある意味で生活面では外に向けて閉鎖的といえる。聖書(レビ記11章)には飲食律が記されているほか,ミシュナやタルムードにはさらに詳しい説明が施されている。これらの掟は絶対的であり,妥協の余地はない。そのため異邦人,異民族との交流に際しては支障となることもある。考えてみれば,イスラームやインドでも同様の禁忌があり,むしろこうしたことが世界のスタンダードと言えるかもしれない。その点で日本は食物禁忌が非常に少ない国である。
 またユダヤ教では,神と人間を徹底的に分離して考えるので,それらが混在したものは考えない。例えば,キリスト教でいう「三位一体神」のようなことは考えもしない。三位一体の中の「子」は,ユダヤ人にしてみれば問題外だ。それゆえ神学的にはキリスト教とは永遠に妥協できない。ただナザレのイエスはユダヤ人にとって「兄弟」「同胞」であり,「預言者みたいな者」であった。預言者は具体的な目的を持ってつかわされるのだが,イエスはそうではなかったからだ。
 ユダヤ人にとって神は,口にすることもはばかれるほどにアンタッチャブルな存在だ。それゆえ神について語ることをしない。そして神に対しては人間的な要求をしない。キリスト教や他の宗教に見られるような「神様,どうか○○してください」いう祈りはしない。
 普通は,神様の方から恵みを与えて下さる,導いて下さる,安らぎをくださるという願いを持つことが多いが,人間の方から要求を出すことはとんでもないことだ。
 神は預言者の口を通してその意思を伝えると考えるので,ユダヤ人の祈りは,神からきた言葉に対して「完全に従います」と応えるだけだ。神への人間的お願いがないので,祈りの内容は神への賛美となる。そのためにはありのままの姿でいるのがよい。神の声を聞く,神の意思に従うことを生命視するわけだが,その表れが掟なので,それを最重要視するのである。それゆえユダヤ教は,完全な「絶対者の宗教」なのである。
 聖書にはアブラハムが神と直接対話する場面もあるが,それはその時代のものと考え,神に要求をつきつけることはしない。神と対等に語ることはとんでもないと考える。それでユダヤ教には,祭りや時と場所に合わせた,そのための祈りの書ができている。しかもその内容をほとんどみな暗記している。

 絶対者(神)と私
 あるとき私がエルサレムのシナゴーグで礼拝中に祈りをささげていたとき,ユダヤ人の老人が隣に寄ってきて何か粉のようなものをつまんで私の目の前に差し出した。それは嗅ぎタバコを勧めたのであった。
 またあるときは礼拝中というのに,シナゴーグの端にあったテーブルを囲んで数人の若者が何やら世俗的な話をしていた。ユダヤ教の安息日の礼拝では7人の聖書朗読者(レクトール)が必要なのだが,その日は一人足らなかった。するとラビは(いまいましそうな顔をしながら)その若者の中から一人を呼び出した。するとその若者はタリート(祈祷衣)という布をまとって前に進み出,聖書の朗読を見事にこなしたのだった。しかもほとんど聖書も見ずに暗記している様子であった。朗読が終わるとまた元の場所に戻って他の若者と話に興じていた。
 こうしたことを体験しながら,ユダヤ教徒は(人目を気にして)つくろったりせずに,清濁あわせもつような生活をしながらも,その一方で聖書などは完全に暗記して身につけていることを知った。キリスト教の場合は,非常にまじめな顔を作って祈りに専念する。日本ではまじめでない人がいると周囲から冷たい視線を浴びる。ユダヤ教では神様と自分との関係だけなので,人の目を気にすることはない。
 神と私という絶対的な関係において私は,神様の前に立ち,表裏もなく,人の評価も気にすることなく,ありのままの姿を示すだけだ。これが「絶対者の宗教」の真の姿である。評価をするのは人間ではなく神様のみだ。それゆえ「ありのまま」の姿を現せたとき,平安,平和が訪れてくる。
 そのためには,神様のみことばを暗記するほどに身につけておかなければならない。ユダヤ教では,13歳になるまでにひと通り聖書をほぼ暗記する。それは家庭やシナゴーグでしこまれていく。13歳の成人式(バル・ミツバ,女性は12歳のバト・ミツバ)では,聖書朗読の試験が嘆きの壁の前で課される。それに合格してはじめて成人となることができ,シナゴーグにおける聖書朗読者に数えてもられるようになるのだ。これが成人になるためのイニシエーション(通過儀礼)である。それが無事終わると後ろで見ていたお母さんなどが飴を投げて祝う。こうした伝統を通して絶対者の前に立つ人間の心が鍛えられる。
 ユダヤ教の聖典には,第一聖典としての「聖書」(Biblia Hebraica)と,聖書に基づいて具体的な教えをまとめた第二聖典としての「ミシュナ」(Mishnah)(紀元2世紀ごろ)がある。ミシュナは,大きく6つの項目に分類されている。その後,時代の変化に合わせてミシュナをさらに解説した教えの集大成が「タルムード」(Talmud)といわれるものである(紀元5世紀以降)。
 タルムードをみて興味深いことは,第1頁がない。なぜか?。1という数字は人間に許されていないからだ。たとえタルムードのすべてを暗記し理解したとしても,1ページがお前に与えられていないということは,(永久に許されていないことであり)うぬぼれるなということを諭しているのである。絶対者の宗教であるユダヤ教は,このようにやるべきことが徹底している。

(「世界平和研究」2010年夏季号No.186より)