21世紀草の根民主主義のビジョン

A Vision of Grassroots Democracy in the 21st Century

秋成春(韓国・生活政治アカデミー院長/済州文化放送元社長)
Seong-choon Choo

 

<梗概>
 近代化の過程で誕生した国民国家は一般に中央集権的な性格を帯びており,韓日両国ともその性格を持って誕生したが,時代の潮流は分権型社会に向かっているように思われる。韓日の近代以前の社会をよく観察してみると,共同体的自治精神を活かしつつ主体的な住民の意思と参加を重視した生活の場があったことがわかる。アジア的な伝統を活かして,21世紀の草の根民主主義の新しいビジョンを育てていくことが,いま願われている。

 地方分権の時代的潮流
 地域の発展と地方分権の問題は,民主主義国家において最も先鋭で急を要するテーマとして登場している。自主と自立精神が基本となる分権思想は,依存的,画一的中央集権的思想との果敢なる決別が前提となり,地域住民自らの独立的な判断と責任で,地域の課題を解決していく真正なる分権型社会の実現こそが,先進民主社会へと進む必要不可欠な道程だといえる。
 韓日両国は,長い歴史を通じて追い越したり追い越されたりしながら,強力な中央集権思想が支配する国民国家形成時期を迎えるようになった。1970年代の韓国の開発独裁時代と日本の明治維新は,両国に民族主義で武装した力強い中央統制国家体制を建設した。この時期,経済開発と近代化の陰に地方自治精神は息を潜めていた。
 韓国は,70年代の開発独裁時代を経て産業化に成功し,経済復興によって国民国家時代を開いたが,全国化,画一化による上意下達式の国家体制の中に,地方は国家(中央政府)の末端細胞的な無意味な存在であった。一言で表現すれば,政治はなく一方的な指示と官僚による行政のみが存在する時代であった。
 韓国の地方自治は,1961年に起こった5.16軍事革命で中断されたが,地方自治として制度的装置が完成したのは1995年の第4回地方選挙からであった。韓国でも,1980年代に日本で言われた「3割自治」の姿が地方自治だといわれたのであった。
 もちろん,韓国の地域開発運動の中では,自助・自立的な民間運動が出現したり,忠清道地方で始まった福祉農道院の農村開発運動などは,私が大学時代に直接関心を持った草の根地域運動であった。
 福祉農道院運動は,セマウル運動に発展し,セマウル運動は韓国人に「なせばなる」という自信を植え付けてくれた国民運動として,歴史的に評価されて韓国型農村開発の国際的ブランドとなったが,最高統治者が導いた官治運動の限界も否定することはできない。
 一方,明治維新によって強力で統一された国民国家となった日本は,後発の帝国主義国家となって他国を武力で圧迫して19世紀末の北東アジアの覇権国家となったが,太平洋戦争に負けることにより廃墟と化した。戦後は,再び民主国家として復活し,北東アジアの中心に登場するようになった。
 日本は,明治時代に後進国の地位から脱出するための過程で地域開発に関する豊かな経験を多くもっているが,地方振興政策は主に国家の強権によって一方的に行なわれたとみることができる。主に中央政府主導の下に経済主義的,技術論的介入による行政が主導した開発であった。
 このように日韓両国とも,発展途上国から脱出する過程における地域開発事例のさまざまな経験は,似たパターンを持っていたと思う。日本の先例は,韓国にとって他山の石となったといえる。
 日本はいま,地域分権から地域主権まで,地方自治体の独立性を強調しながら「地域主権戦略大綱」を発表して,まるで軍事作戦のように推し進める体勢にあるが,官僚の抵抗も甘くはないようだ。地方自治体に権限や財源を委譲して,多様な地域文化と伝統によって創意的に地方自治体を運営しようというのである。最終的な目標は,「地域主権国家」である。
 しかし,地域主権の方向に関する保革両陣営の論争はまだ終わっていない。保守派は,グローバル経済と規制緩和を前提に,広域自治体論(道州制の導入)を主張し,リベラル派は,小さな規模の基礎的自治体が政治と市民の距離を近づけ,住民に対する行政サービスも質的に改善されると強調する。さらに彼らは,広域自治体論は新自由主義的改革の残滓で,地域主権思想に逆行するだけでなく,民主主義の原則から外れる反対方向の改革だと主張する。日本の地域主権の方向性が,どのように結論付けられるのか注目されるところだ。

 アジアに生きる民主主義の伝統
 ここで少し,近代国民国家形成以前の韓日両国の地域の共同体的生活の歴史について振り返ってみたい。とくに注目すべきことは,韓日両国は17〜18世紀に前近代的封建社会の枠の中に閉じ込められてはいたものの,各地域には地域住民が共同体的自治精神を活かしながら主体的で内発的に住民の意思と参加を重視した生活の現場があった。
 したがって,このような具体的な地域性と現場を観察するなら,東洋的共同体の生活がどのように「内発型発展力」を蓄積してきたか,また,このような伝統的生活の文化が今日の地方政治と自治に,いかに効果的に脈を引き継ぐようにできるか,その答えを見つけることができるように思う。
 まず,日本で農民哲学者との名声を得ている二宮尊徳(1787〜1856年)のエピソードを紹介する。
 幼年期の尊徳の名前は金次郎であったが,彼の勤勉さはかつて小学校教科書にも掲載され,全国の小学校の校庭には薪を背に担いで歩きながら本を読む金次郎の銅像を立てるほど,国民道徳宣揚政策の象徴的存在として評価されている。
 尊徳は18世紀末から19世紀初めにかけて,農村開発の実践家であると同時に指導者として一生を地域開発と農業技術改良に捧げた。また彼は,「実事求是」の実践哲学をもとに,自助自立の民主的協働共同体を建設して,住民が直接投票を通じて相互評価を実践するなど,村の課題を村の人々自身の参加によって解決するようにした。彼は地域の政治経済の民主化を根付かせ,当時としては珍しいほどに卓越した政治哲学者であった。
 太平洋戦争当時,米軍が日本国民の降伏を呼びかけて空中からばらまいたビラにも,日本の草の根民主主義の指導者として二宮尊徳の偉大さが説破されていたという。日本も米国のように,草の根民主主義国家として新たに生まれ変わることのできる土壌があるという歴史的事実を挙げて,日本も民主主義に帰ろうという説得だったと思われる。
 一方,日本が朝鮮半島を支配していた時代に一生を韓国の農法研究に捧げた農学者高橋昇(1892〜1946年)は,朝鮮の伝統農法を前近代的だと規定した朝鮮総督府に反旗を翻し,伝統と風土を無視した農法は人をダメにし,農業もダメにしてしまうとして,「朝鮮の農法は進んでいることを朝鮮の農民から直接学んだ」と彼の著書『朝鮮半島の農法と農民』の中で証言した。
 高橋は,日本の食糧供給基地に転落した朝鮮の貧困な農村で,一匹の牛を十戸以上で協同で育てる農民の姿を見ながら,韓国・朝鮮人の相互扶助の共同体的生活がどれほど美しいかに感嘆した。
 また,同時代の畜産技師であった松丸志摩三(1907〜73年)は,1949年に出した『朝鮮牛の話』の中で,次のように記している。
「朝鮮では牛の手綱を絶対に前に引っ張りません。牛の歩みにあわせて横か後ろからついていきます。それで,世界一の立派な韓牛が生まれたのです。朝鮮の人々の心がきれいだからです。牛は接する人の態度によって,おとなしくも荒くもなります。朝鮮の人たちは,長い歳月をかけて本当に牛の心を理解し,牛が自主的で自由な気持ちで働けるようにしながら,牛を飼育してきたのです」。
 当時,朝鮮の農村共同体は,人と自然と家畜が皆ひとつであった。誰も人によって疎外されたり,個人の欲で共同体の生活が破壊されることなどなかった。
 私たちは民主主義について論じるとき,欧米を先進民主主義国家というが,民主主義に必要な基本的理念や伝統はヨーロッパだけではなくアジアにも存在し,アジア人はヨーロッパ人よりももっと早くから民主主義理念を積んできたのである。
 韓日両国の19世紀の農村生活の現場についてはすでに上述したが,地域を中心に自然発生的に生じた地域共同体は,立派な草の根民主主義の現場であった。ともに生きていくという生活の知恵を実践することで,共同体の基盤を確かにしてきたのである。
 中国の哲学者である孟子は,民に悪い皇帝を追い出すことのできる権利を認め,「民意は天意」だと言った。ヨーロッパよりも2000年も前のことである。韓国の宗教である東学は,「人が天である」とし,民を天のように対せという教えであった。このように,儒教・仏教・東学の教えは民主主義の基本理念を提供するだけではなく,アジアにも民主主義哲学が存在する事実を証明している。
 このようなアジアの伝統的な長所を今日に生かして,21世紀の草の根民主主義の新しいビジョンを育てていかなければならない。

 東洋の共同体精神と米国型正義論
 欧米を中心とする世界は長い間,ギリシア哲学とキリスト教思想を伝統として規定されてきた。しかし,21世紀は思想革命の激流がより荒れると予想される。中国とインド,そしてアジアの思想と文化伝統が新しい主流となり,人間と自然が平和な民主主義を構築していくことであろう。東洋では近代国民国家が形成される以前に,すでに人の生命と自然を大切にし,共同体的生活の様式を基本に暮らしてきた。
 韓国では「弘益人間」の理念にそって「私」という個人より私が属する共同体である「われわれ」の利をより大切に考え,配慮する美徳を尊重してきた伝統がある。西欧の個人主義と比べ,共同体的結束に重きを置く集団主義であると説明することができるだろう。
 今日,英米などの民主主義先進国は,「精神的には発展途上国」だと嘆く人も少なくない。西欧社会は,「皆が互いに他人」であり,他人に対する思いやりのない無関心,無気力の様相だけが存在する,「想像の中の社会」「殻社会」だという指摘である。
 とはいえ,過去の封建社会を支配していた人間的連帯や団結を,個人の自由を重視する個人主義が氾濫する中で,そんなに簡単に回復させることはできないという指摘も間違いではない。牛車を引いていた復古風の妄想かという譴責である。
 しかし,今日のように共同体の解体が加速化すれば,国家も仮想共同体に転落し人間の生活も自然も破壊されるしかない。結局,東洋人の生活の知恵と共同体精神を再び呼び覚ます思想的革命に期待が集まるのは,歴史の進むべき道なのかもしれない。
 したがって,共同体の復活が決して時代錯誤や復古的ではなく,今日,人間と自然が直面した危機を乗り越えようとする価値のある挑戦であり,偉大な出発だと心に刻むべきであろう。共同体精神は,分かち合いと思いやり,そして相手を尊重することであり,共生,共栄,共義なのである。
 韓国・西江大学のパク・ホソン教授は,彼の共同体論の中で,「共同体は,和解と統合の社会的,政治的基礎」だと説明している。
 また最近,米国・ハーバード大学のマイケル・サンデル教授の著書『これからの「正義」の話をしよう』が話題になっているが,サンデル教授は,共同体の連帯と帰属義務について説明しながら,これは同じ共同体の人である内部だけでなく外部にも向かっていると指摘し,私の共同体が歴史的道徳的責任を負うべき人々に対する義務を指摘している。さらにサンデル教授は,共同体の連帯と義務に関して,ドイツ人がユダヤ人との関係において,米国の白人が米国の黒人との関係において負うべき責任を指摘した。
 歴史的な違法行為に対する集団的謝罪と補償は,共同体的連帯意識が私の共同体ではない他の共同体にも道徳的責任を負うようにするよい例であるとしながら,私の国が犯した過去の過ちを補償することは,私の国に忠誠を誓う一つの方法だと強調した。
 東洋人の生活様式であった共同体精神が,米国流の正義論で一層豊かになり,多様なスペクトラムを持つようになったことに注目する価値がある。保守政治家たちが,個人主義を根拠に集団的謝罪を拒否し,個人はただ自身の選択と行動にだけ責任を負えばいいと固執するならば,自身の国の歴史と伝統に自負心を感じることは難しいということである。

 最後に
 韓日平和時代の新しい百年に向けて出発の宣言をしながら,両国の地域指導者の皆様がより一層自身の母国に愛国的自負心を感じることを期待しつつ,同時に歳月を飛び越えて歴史的共同体に深い帰属意識を持ってくださればと思う。この帰属意識は,コインの表と裏のように責任を伴うものである。
 「私の国の過去を現在に引き継いで,道徳的債務を解決する責任を認めないとしたら,私の国と歴史に真正なる自負心を感じることはできない」という地球的共同体正義論で知恵深い霊感を得てくださることを期待したい。

(「世界平和研究」2010年秋季号No.187号より)