多様性の中の共存
―「共創」と「共成」

小林道憲(福井大学元教授)
Michinori Kobayashi

 

<梗概>
 現代世界の歴史的潮流をみると,そこには分散と統合の繰り返しという特徴が見える。すなわち,民族主義運動や反グローバリズムとしてのテロリズムなどの分散と,EUなどの地域統合の動きである。分散と統合の動きは相反するベクトルというよりは,一つの表と裏の関係と見るべきだろう。これからの世界は,極端な普遍主義や特殊主義ではやっていけないことは明白であり,「多様性の中の共存」の理念が重要な指標となると思う。その理念は,アジアの歴史と経験の中に萌芽が見出せるので,それを世界に向けてより昇華した形で生かしていければと考える。

1.分散と統合

(1)分散の動き
 21世紀初頭にあるわれわれだが,現代世界で起きている特徴的な現象は,じつは今世紀になって起きたというよりは,前世紀末,とくにソ連崩壊の1990年代以降に顕著に現れた現象と考えてよい。すなわち,世界史には分散と統合の時代の繰り返しという側面がある。まず分散の動きについて見てみよう。その代表的なものが,民族主義の復活や原理主義の動きである。
 ところで,ソ連崩壊の歴史的な意義とは何だったのか。端的に言えば,民族主義が共産主義という普遍主義を滅亡させた動きだった。ソ連という一種の「仮想国家」によって統合されていた諸民族共和国がソ連崩壊によってばらばらになり,それぞれが独立していった。その後ロシア共和国内でも(更に下位レベルの)民族独立運動が起きている。
 この流れから考えると,アジアにおける共産主義国家の崩壊も早晩起こり得るだろう。中国の一党独裁体制がいつまでも続くとは思えない。ここ20年ほど,中国は政治的には巨大な一党独裁体制と官僚制によって市場経済を取り入れ改革開放路線を敷いてやってきた。このような中途半端な体制が永続するはずはない。現に,官僚の腐敗,貧富の格差,地方と都市部の格差,環境汚染などさまざまな問題が山積している。
 これを中国近代史と比較してみると,もっとはっきりしてくる。清朝の近代史は,西洋近代の衝撃を受けて,最初は洋務運動という形で始まった。そのときの理念は「中体西用」,西洋の技術だけを導入し,政治システム・法制度などの改革はやらないという考えだった。しかしこれはうまく行かず,康有為・梁啓超などが現れ,当時の日本に学んだ政治システムの改革を目指す変法自強運動が起こったが,これも保守派の巻き返しに遭ってつぶれてしまった。そして孫文の辛亥革命を待つことになる。
 政治改革をやらずに一党独裁体制を今後も維持しようとする現中国政府のやり方は,清朝の近代化への取り組みと同じ轍を踏んでいるといえる。かつて天安門事件があったが,これは経済の自由化とともに政治改革もしなければならないことを証明した事件だった。これは,変法自強運動同様,失敗に終わったが,失敗だとしてもそれが無意味だったわけではない。先駆的動きとして評価できる。
 中国もいずれは一党独裁体制が崩壊していくとすれば,かなり大きな問題を伴うことになる。チベット,新疆ウィグル,内モンゴル,台湾などの独立運動が起きる可能性がある。旧ソ連が崩壊した後の状況の再現である。共産主義という普遍主義を民族主義が崩壊・滅亡させていくという動きだ。
 20世紀を振り返ってみれば,第一次世界大戦後,第二次世界大戦後,冷戦終結後などのように,大国を中心とする支配システムが崩壊した後,必ず民族の独立運動が起こった。大国の支配下にあって息を潜めていた動きが,胎動し始めるのである。これは分散の方向への動きである。
 もう一つは,反グローバリズムの動きである。米国は二つの大戦を通して戦勝国の立場を維持しながら,反抗する国々を滅ぼしてきた。最終的にソ連も滅ぼし,今日でも,米国は,世界の一極支配の野望は失っていないと思う。しかし,そうしたグローバリズムの動きに対して反グローバリズムの動きが出てくる。その一例が,イスラーム過激派のテロリズムだ。現代は表だって戦争が出来ない時代であり,テロは新しい戦争の形態といえる。これは簡単に止むことはないだろう。この動きも,分散の動きである。

(2)統合の動きと「多様性の中の共存」
 世界史には分散の動きだけではなく,同時に統合の方向も見出すことが出来る。その先駆がEUである。経済統合から始まり,政治統合へと移行しているが,それはなかなかの困難と努力を伴うものだ。米国や日本に対抗するためには,欧州の小国は国民国家の枠組みだけでは対抗していけないとの認識から統合を目指した面がある。アジア地域では,EUほどではないにしても,市場統合や経済統合に向けた動きは出てきている。このように統合の方向も見えている。
 それでは,世界史の現在は,どこにあるのか。分散と統合のせめぎあいの中にあるのではないか。ただ21世紀をわれわれが生きていかなければならないとすれば,極端な普遍主義だけではやっていけないだろう。既に述べたように,共産主義だけではなく,自由民主主義も(テロなどの)反抗にあっているわけで,極端な普遍主義をかざした支配と統合もなかなか立ちゆかない。
 逆に,極端な特殊主義(民族主義など)でもやっていけない。旧・ユーゴのように,国が分割しても,その中にまた小さい単位の民族主義が出てきて,最終的には崩壊に至るしかない。特殊主義を主張し過ぎても立ち行かなくなる。
 それでは,極端な普遍主義でもなく,極端な特殊主義でもなく,調和と均衡を保って世界が共存して生きていくにはどうすればよいのか。その理念は,「多様性の中の共存」ということだと思う。多様性を認めつつどのようにして生きていくかという工夫(知恵)が要請されている。

2.アジアの経験からみた「多様性の中の共存」

(1)アジアの伝統と経験
 自由民主主義と共産主義は,20世紀を支配した二つの普遍主義だった。それらはともに19世紀のヨーロッパ近代に源泉を持ち,近代化の進展と共に世界に拡散していった。そのうち共産主義が破綻の方向に向っていることは確かだ。自由民主主義も,民族主義や原理主義の抵抗を受けている。そのような趨勢の中から将来を見通したなら,多様な価値を互いに尊重しつつ共存するという哲学を持って,多元主義の時代を生きていくしかないのではないか。
 「多様性の中の共存」という理念が,21世紀の地球文明をリードしていくだろう。これを自信を持って提唱できるのがアジア地域ではないかと思う。アジア地域,なかでも東アジア,東南アジア,南アジアなどを念頭において考えてみると,これらは政治,宗教,文化的に多様な地域である。しかしその一方で,経済的,政治的,社会的には相互依存度を強めており,まさに分散と統合の二つの動きを同時に抱えている。しかも,アジア地域は,21世紀の地球文明の「重心」になりつつある。
 19世紀は欧州に重心があったが,20世紀を経て21世紀を迎え,地球を1回転して,世界の重心はアジアで結実しつつある。このアジアの中から「多様性の中の共存」の理念を主張していけるのではないか。そのためにはアジア諸国が今日までたどり着いた歴史的過程を少し振り返ってみたい。
 19世紀から20世紀の前半にかけて,アジアの多くの地域はヨーロッパ諸国の植民地になった。もっとも,中には,タイや日本のように植民地化されなかった地域もあった。どちらの道を歩んだとしても,ともに“近代化=西洋化”に対して運命的に取り組まざるを得なかった。
 夏目漱石風に言えば,外から覆いかぶさるように,あるいは外発的にやってきた西洋化,近代化の経験はアジアに共通している。植民地化は,その国にとって痛みの伴う非常に辛い経験ではあったが,それは半面で近代化の過程でもあった。インフラの整備,近代教育の普及など,宗主国の文化を学ぶ形で近代化が進められた。
 その過程で経験しなければならなかったことは,近代化と伝統の相克という課題だった。近代化を進めようとすれば,伝統を壊していかざるを得ず,それによって自分のアイデンティティも崩れていくという自己矛盾に遭遇することになった。その中で,日本は,西洋化と伝統の融合を図りつつ近代化を進めることに成功した国だった。植民地化された地域では,過酷な自立運動(独立運動)を展開しながら,同様のことを経験していった。
 アジア地域は,一方のみを選択するというよりは,自分たちのアイデンティティや伝統文化,伝統価値を維持しつつも,近代化・西洋化を果たしていくという経験を積んできた。それは多様な価値を並存するという経験であった。このように,アジアは,「多様性の中の共存」という理念を打ち出すだけの,精神的土壌を持っていたと思う。アジア諸国は,結果論ではあるが,近代化と伝統のバランスをなんとか図って超えていくことができた。第二次世界大戦後,植民地化された地域は宗主国の支配から自立(独立)を達成し,そうでなかった地域はより一層の近代化の道を歩んでいった。
 このようなアジア諸国の努力の結果として,今日のアジアの経済発展があり,それによって21世紀の新しい世界秩序への展望が持てるようになったと思う。

(2)対立を克服するアジアの知恵
 日本の場合,幕末に西洋近代の衝撃を受けて,「和魂洋才」というスローガンに見られるごとく,伝統と近代の融合,西洋的価値と伝統的価値の両立を図りつつ排外主義に陥らずに,外来文明を貪欲に受容してきた。宗教的,文化的にも多様な価値を並存させてきたと思う。
 日本の近代化の過程では,その背景には儒教的精神があった。明治維新をリードしたのは下級武士たちだったが,彼らの思想的背景を見れば儒教的なものがあった。
 例えば,福井藩の由利公正(1829-1909年)をみても,彼が行なった財政政策は,ある意味で明治政府の近代化政策と直結するものだった。彼は19歳のときに福井にきた熊本藩の儒学者横井小楠の思想と実践的学問に傾倒し,小楠が福井藩に正式に招かれたときに,その下で財政改革を行なった。具体的には,新しい藩札を発行し,それを元に積極的な殖産興業の経済政策を行なって成功した。横井小楠から学んだものの一つに「民富まずして国富まず」という考えがあるが,これは儒教的考えだ。これはまた孫文のいう三民主義(民族主義,民権主義,民生主義)に相当するものだ。このような背景があって,明治近代化の成功があった。
 更にいえば,江戸時代に培われた労働神聖観(働くことは貴いことだとする考え方)が,(明治期以降の)近代資本主義を育成する土台ともなった。伝統が近代化の過程でうまく生きていったといえる。
 近代化と伝統の両立,すなわち多様な価値を並存させることは,まさに日本文明の伝統的手法でもあった。中国から仏教,儒教,道教などを受け入れながら,自家薬籠中のものにして日本化していく。日本はそれを歴史的にやってきたわけで,多様な価値を歴史的に並存させて,自分達の文化的土壌に育ててきた。
 このようなところから「多様性の中の共存」という思想は生まれてくる。多かれ少なかれアジアはそのような傾向を持っている。
 この理念は21世紀の地球文明の理念となって行くと思う。既に述べたように,現代の世界は分散と統合の流れを併せ持つが,EU,南北アメリカ,アジアなどの地域のまとまりから,それらの連携による環太平洋地域形成など,より大きな次元へと統合する動きも見られる。このようなときに,「多様性の中の共存」をアジアから提唱することは意義のあることだと思う。
 アジアに注目すれば,南北格差の格差解消,経済的垂直分業から水平分業への移行,共存共栄,南北が相乗的に繁栄していく道が見えてきている。中韓,東南アジア,南アジアの経済発展がそれを示している。科学技術の発達,経済の発展について言えば,統合への方向は明らかだ。しかし,それをやっていく過程で,同時に文化的には多様性の方向性が見えてくる。これは逆の動きというのではなく,表裏の関係である。
 「多様性の中の共存」という理念は,かつてのヨーロッパ対非ヨーロッパ,共産主義対自由民主主義,南北の対立などの対立を克服していくための一つの理念になり得るものだ。アジア地域は,「多様性の中の共存」の下に,対立を克服する歴史的経験の場となっていると思う。
 アジアは,言語,文化,宗教,政治体制,近代化の度合いなど,多様な世界だが,それは障害にはならない。むしろ歓迎すべきことだ。文化的伝統を保持しつつ,共存を図る必要がある。それが不可能ではないことを,アジアの歴史と現実が示している。
 アジアは,「多の中の一」「一の中の多」という理念を世界に向けて提唱していいだろう。それは地球文明の理念になっていくだろう。独自の文化を持ちながら,同時に相互依存を高め,国際社会を形成していくのである。

3.伝統的宗教思想と「多様性の中の共存」

 「多様性の中の共存」という理念を,伝統的宗教思想に見出そうとすれば,どの宗教の中からも見出すことが出来る。伝統的宗教思想の中にあった視点を,今日の自由民主主義の中に活かしていけば,「多様性の中の共存」の理念は,21世紀の地球文明の指導理念となりうると思う。
 まず仏教についてみてみよう。「山川草木悉皆成仏」という言葉にみられるように,この宇宙に存在するすべてのものの中に“仏性”がある(悟りを開くことのできる本性をもつ),万物はそれぞれに貴い輝きを持つ存在である,すべて生きとし生けるものは無上の悟りを得る本性において平等である,という考えである。あるいは,「真理は一であるとともに,多である」という考えである。
 このような仏教の伝統的思想の中からも,「多様性の中の共存」という思想を取り出すことができるだろう。換言すれば,仏教の中にこの概念を理解する“コード”があるということだ。ゆえに,この理念は,仏教国には受け入れられる素地がある。このような仏教の考え方を21世紀の地球文明の価値として広めていけば,多種多様な価値をもつ諸国家がそれぞれに平等な価値を持ち,互いに尊重し合い依存し合うことができる。そのような指導理念になりうると思う。
 また,儒教的伝統を考えたときに,その核心に「礼」「仁」があるとすれば,これも互いに尊重しあって共同社会を成り立たせることのできる理念である。儒教の理念は国家をどう治めていくかに使われたが,これが国家の枠を超えて国際社会全体まで拡大していけば,儒教思想からも「多様性の中の共存」は構築していくことが出来ると思う。
 儒教思想が強いのは韓国や台湾だが,例えば,孫文の三民主義を取り上げてみよう。孫文はクリスチャンであったが,三民主義の背景には儒教的伝統があった。民族主義,民権主義,民生主義の三民主義だが,とくに民生主義はとくに儒教的伝統に基づく考え方である。その根源に「大同精神」(小異を捨てて大同につく)という考え方がある。これはまさに共存の思想だ。とくに三民主義に流れていった儒教精神は,地球文明をリードする共通コードになり得ると思う。
 次に,イスラームを見てみよう。イスラームからも「多様性の中の共存」というコードを引き出すことが出来る。もともとイスラームは商人の宗教であったので,モノの交換をやれれば戦争をする必要がなかった。アッバース朝のころは,広い範囲で平和が訪れた時代だった。経済倫理もイスラームによってつくられていた。クルアーン(コーラン)の中にも「信仰は強制してはならない」と書いてある。イスラーム社会は,通常の常識に反して,じつは多種多様な価値を持った人たちが共存できる社会だ。
 イスラームは基本的に布教をしない。ユダヤ教徒との共存にしても,今でも,パレスチナ以外の地域ではうまく共存しているところが少なくない。パレスチナ問題は,別のファクターに起因する部分が大きいと思う。宗教が異なることを理由に共存できないのではなく,別の要因に宗教の覆いが掛かって問題化していると見るのが適切であろう。この点は誤解してはいけない。
 とくに東南アジアのイスラーム,とくにインドネシアのイスラームの考え方は非常に穏健だ。インドネシアのイスラームの伝統的考え方の中から,「パンチャシラ」(インドネシア語: Pancasila),すなわちインドネシアの建国理念である建国五原則が出てきた。
 (憲法制定の前身となった)五原則は,?インドネシア民族主義(民族自立),?国際主義ないし人道主義(国際協調),?民主主義,?社会的繁栄,最後に?唯一神への信仰,である(注:現在の建国五原則では,“唯一神への信仰”が第一番に挙げられている)。この「唯一神」は,イスラームのアッラーだけを意味するではない。キリスト教の神,ヒンドゥーの神などを含む一般概念だ。インドネシアはムスリムが約9割を占める国ではあるが,ムスリム,キリスト教徒,仏教徒,ヒンドゥー教徒などみな共存している。インドネシアの風土からこのような建国の五原則が出てきたと思う。一種の文化遺産である。21世紀の地球文明を展望するときに,宗教多元主義の中の調和を考える上で,インドネシアの建国理念に学ぶことは重要なことだ。
 「神への信仰」とは,近代民主主義でいうところの信教の自由に相当する。どの神を信仰してもいいという,実に寛容な考え方だ。インドネシアは,もともと排外主義を排して国際的友愛を強調し,民族主義と国際主義の調和を理想と掲げている。そして代議制民主制,経済的平等を目指しているが,次第にそれらが実現されつつある。
 このパンチャシラを貫く思想こそ,「多様性の中の共存」の思想だ。多民族,多言語社会だからこそ,パンチャシラがインドネシアの建国原則,社会統合の原理になり得たのである。これはアジアの近代社会を生きてきたイスラーム思想から生まれた成果であった。これを地球文明全体に広げていけば,多様な諸国家の共存を可能にするだろう。
 更にアジアには,キリスト教国もある。キリスト教思想には,万人は神の前に平等だという考えが基礎にあり,17世紀以降の欧州では信教の自由が高い価値として掲げられてきた。人間一人一人が神の似姿として造られている,その一人一人は神につながっているというキリスト教の価値観から,神の前の平等思想が出てくる。
 欧米による植民地支配拡大のイデオロギーとして利用された歴史を超えて,もっと民族,人種,国家間の共存に拡大していけば,キリスト教からも「多様性の中の共存」という地球文明の理念は取り出すことが出来る。

4.最後に

 21世紀は,大きな方向性として自由民主主義で行かざるを得ないだろう。近代自由民主主義の倫理観,価値観をいくつか挙げてみると,人間の尊厳,表現の自由,人格の平等,寛容の精神,公共の福祉などがある。ここでも,五原則になる。
 この基本的価値観を人類全体に広げていけば,いろいろな価値を認め,諸国家の共存を可能にする思想となり得る。既に述べたように,仏教,儒教,イスラーム,キリスト教などの宗教の中にもこのような「多様性の中の共存」理念が見出せるわけだから,「多様性の中の共存」は,21世紀の指導理念に成り得ると思う。もちろん現代風に若干肉付けする必要があることはいうまでもないが。
 21世紀の現代社会には,言うまでもなく,光と影がある。民族紛争やテロ,報復戦争が絶えず,南北の経済格差,人口爆発,環境汚染,などたくさんの難問が山積している。そして貧しいところから豊かなところへと人々が移動する現象も見られる。その結果,諸民族が入り乱れて住むようになると,人種対立,宗教的な差別のような問題も出てくる。エスニック・グループがときにはテロに訴えることもある。まさに不寛容の現実である。この側面を見失ってはいけない。 
 そのような危機を克服していくためにも,共存のシステムを創っていくしかない。民族と民族,グローバリズムと反グローバリズム,自然と人間などの共存のためのシステム作りである。多様なものが調和して共存していける多元的文明世界をいかに築いていくか。少なくとも,そのようなシステム構築の上での基本的な哲学的価値の一つに「多様性の中の共存」はなり得る。
 影の部分を言えば,きりがない。アジアでも経済発展が起きた地域では,まず人心の荒廃が起き,拝金主義が横行し,伝統宗教が形骸化し,社会的混乱が起きてくる。「豊かさの中の精神的貧困」という文明病が起きてくる。さらにアフリカのような途上国では,経済的貧困,飢餓,環境破壊,疫病の蔓延,人口爆発などの難問がある。
 このような格差や対立や矛盾を是正するのは,言葉でいうほど容易なことではない。したがって,「多様性の中の共存」という理念は,どこまでも“当為(ゾルレン)”に留まらざるを得ない。しかし,それでもこのような理念を構築していくべきであり,そういう共存システムを創っていかなければならない。理念に留まっているとはいえ,何らかの形で21世紀の地球文明の政治的,経済的,社会的システムを創って具体化していかなければならないとすれば,そこで必要になる理念だと思う。
 さらに一歩進めて,具体的な地球文明の構想を考えたときには,共通通貨の形成など,経済統合から政治統合へ移行していく地域統合のあり方の青写真を描く必要があるが,その点,ヨーロッパ統合の歩みは非常に参考になる。
 ただし,注意すべき点として,「多様性の中の共存」を考えるための前提条件がある。その一つは,中国問題だ。「多様性の中の共存」論は,共産中国が民主化され,自由化されるということを前提に議論している。「多様性の中の共存」は,覇権主義や一党独裁体制との共存はできない。
 もう一つが米国である。米国は,更地のような(伝統のない)ところに建国した国だから,伝統と近代化の葛藤を経験していない。その点で欧州には伝統の“足かせ” (近代化との葛藤の経験)があるので,民主主義にしても,純粋理念のまま実現(現実化)できるとは考えていない。ヨーロッパの民主主義は,事実,いろいろな伝統との妥協の上で運営されている。ところが,米国は純粋にやれたために,それを全世界にそのまま展開していこうとする。この姿勢は,逆に共存を妨げる要因になる。
 日本外交について言及すれば,自分はこう考えているという価値観を発信すべきだろう。そうでないと日本が何を考えているのか,他の国には理解できない。外交には“言葉の魅力”がある。かつてイランのハタミ大統領は,ハンチントンの「文明の衝突」に対して,「文明間の対話」を提唱した。この言葉,思想は,国連にも採用されて世界に広まっていった。このような言葉による発信が必要である。日本も「多様性の中の共存」を外交の理念として掲げるべきである。そして,覇権主義に対する反対はきちっと表明する必要がある。
 最後に付け加えると,「共存」という言葉ではやや意味が静的平板で,もの足りない気がしている。そこで私は,「共創」「共成」などの言葉を考えた。この漢字語からイメージされる概念が,共存の概念をさらに豊かにしてくれるように思う。
(2013年5月28日,平和政策研究所主催研究会における発題内容を整理して掲載)
(『世界平和研究』No.203,2014年11月1日秋季号)