成長戦略はこうあるべし

Key Points of Growth Strategy

加藤栄一(筑波大学名誉教授)
Peter Eiichi Kato

 

鳩山首相「七つの大罪」 

 去る2010年1月の施政方針演説で鳩山首相はマハトマ・ガンジーの「七つの大罪」を引用したが,その中の「労働なき富」はまさに首相自身のことではないかと,後日首相自身に向けて批判の矢が浴びせられた。そこで私はそれをもじって「鳩山首相,七つの大罪」を考えてみた。?労働なき富,?成算なき約束,?財源なきばらまき,?臆面 なき小沢依存,?展望なき官僚いじめ,?成長なき経済,?指導力なき政治,である。
 「民主党政権にないのは成長戦略だ」とよく言われるが,世論の厳しい声を受けて民主党は,昨年12月30日にようやく成長戦略を発表した。しかしその内容は噴飯物だ。これまでの20年間を振り返ってみても,日本は年3%の経済成長を経験したことはなかったのに,いきなり今年来年で年率3%の成長を達成すると豪語した。しかし民主党の成長戦略を見ても,何の展望もない。まるで七夕の飾りに「願いごと」を書いたようなものだ。昨今の日本経済を見ながら,まことに情けない限りである。

戦後日本の経済成長の歩み

 英国の歴史家A.トインビーは,戦後日本の経済成長と日本が世界の経済大国になったできごとを世界史の際立った事件として特筆した。それでは日本の昭和戦後の経済成長は,いかにして達成されたのか。今振り返ってみると,それなりの国家戦略もあったが,それとともに偶然の幸いもあった。
 戦後最初の改革は農地改革であったが,これははじめから経済成長を意図したものではなかった。地主に搾取されている小作人がかわいそうだから土地を与えてやろうというマッカーサーの温情から始まったものだ。ところが農地改革の思わざる効果 は,自作農になった人が非常に強い意欲をもつようになったことであった。彼らは自分の農地を得ることによって必死になって勤勉に働くとともに,農機具も購入した。生産性が向上し収入が増えると家電製品など耐久消費財の購入にもつながり,工業製品への大きな需要を生むきっかけともなった。
 また1950年に朝鮮戦争が起こると,特需といわれた需要が生じて工業の成長を生んだ。工業を担った会社は,日本的労働の三種の神器とも言われた終身雇用,年功賃金,企業内組合という特徴をもつ家族的経営が基本であったが,それに守られて労働分配性は高く,所得・需要は大きく拡大した。
 政府は,輸出銀行やジェトロを設立して,外需の開拓(輸出振興)に努めた。また生産性本部を設け,工業標準を整備しながら生産性を向上させた。投資面 では,公共投資を行いインフラを整備,民間投資によって工場機械を近代化し技術を輸入した。これらはみな生産性を向上させた。
 国家戦略としては,池田内閣の「所得倍増論」や田中内閣の「列島改造論」があった。これらに対しては多数の官僚が知恵を搾り出してありとあらゆる戦略を作り出した。こうして官民一致して日本の成長を実現させたのである。
 現在はどうなったか。戦後の原動力となった農業は,耕地の細分化と農協の保守化,労働力の老齢化で生産性は上がらない。工業において,株は半分を外国人が保有するようになったために,労働分配率が低く抑えられている。利益の多くは株主に分配されている。マルクス主義者のことばを借りれば,「米国の資本家階級が日本の労働者階級を搾取している」状態である。そうなるとお金は米国がもっていくので,日本の労働者がお金を国内で使うことにはならない。これでは所得・需要が縮小してしまうのも道理である。
 一方,外需はどうかというと,米国への輸出は,米国も不況であるので抑えられがちである。また最近のドル安円高傾向も外需への期待を少なくしている。
 かつて盛んであった生産性向上運動も最近はしぼんでしまったようだ。投資面 では,財政難で公共投資ができなくなり,民間投資もしぼんでいる。
 そして何より国家戦略がない。鳩山政権は,バラマキをやるために財源に窮して事業仕分けを行なった。そのとき,「世界一でなく第二位 でもいいではないか」と言って,スーパーコンピュータへの投資など科学技術予算まで削ろうとした。これはまさに金の卵を生むガチョウを殺すの愚である。成長させれば財源は出てくるのであるから,まずは成長戦略を立てることが重要になる。

成長戦略のポイント

 これからの成長戦略はどうあるべきか。ここでは総論的なことについて述べてみたい。
 基本的に成長には,需要,労働の質,科学技術,投資の増大が必要であるから,それらの要素を増強するための政策を考えればよい。しかし,民主党が出した成長戦略は,観光,福祉など各省庁の予算要求を並べたようなもので,体をなしているとは言いがたい。
 需要については,内需は言うまでもないが,外需も求めるべきだ。景気が停滞する米国に代わって,中国,インド等の急成長する新興国向け輸出を振興する。例えば,新興国向きジェトロ,新興国向き輸出銀行などを作ってしかるべきであろう。工場を新興国に移転した場合は,その投資から生ずる利益を日本に持ち帰れるように奨励する。少なくとも,二重課税はなくさなければならない。
 生産性の向上につれて必要労働者数が減り雇用は増えず,失業は慢性化することになるが,これはやむをえないことと考える。しかし労働者の質の高度化は必要になるから,当然教育は非常に必要となる。一方,失業者等貧困層に対してはどうすべきか。これに対しては「友愛給付」ともいうべきものを与える。これはほとんど100%消費に回ってしまうので,需要を生み国民経済にはプラスとして作用する。友愛給付には,失業保険,生活保護,子ども手当なども含まれるが,これらは全く生産性を増大しない。貧困層の減少は困難であり仕方ないだろう。少なくとも需要を生み出すことは間違いない。高度な教育の基礎は科学研究であるから,これは成長の種として大いに振興する。
 この点で,鳩山内閣の閣僚たちは経済学のイロハのイを知らないようだ。国会の予算委員会での討論を聞いていると,「子ども手当の経済効果 はどれほどか?」との質問に対して菅直人副総理兼財務・経済財政担当相は,「0.7です」と答えて自分で困っていた。経済学の教科書によれば,「乗数効果 」というものがあって,ふつう消費性向を0.8とみて残りの0.2は貯蓄に回ると考える。これに従えば,100億円を手当てに使うと,8割の80億円が使われ,それが再び同じ割合で64億円が消費に回る。このように計算していくとその額は次第に小さくなっていくが,それらの消費分を総計すると元の5倍になる。現在は,消費性向が0.7とも言われるので,それで計算しても消費の総計は約3.3倍になる。菅大臣は本来なら「約3.3倍になります」と胸を張ってよかったのだが,このような経済学の基礎理論である乗数効果 も知らないようだ。そのほかの閣僚も似たり寄ったりで,とんちんかんな答弁をしている。閣僚は専門家ではないからしかたないといわれるが,本来は大臣が分からなければ官僚がそれを補わなければならないはずだ。ところが民主党は官僚の国会答弁を禁止するなどして,官僚が大臣を手伝うことができなくなってしまった。これで果 たしていいのだろうか。非常に心配である。
 科学技術は生産性を高めるからまさに金の卵である。大切に考えて,これに公共の投資を集中しなければならない。工業インフラへの公共投資はすでに十分であるから,今後は情報産業のための情報インフラ,労働インフラ(女性労働のための保育所増設,高齢者の労働のための施設など)に公共投資すべきである。情報インフラは比較的安くて済む。民間投資のための資金は実は十分あるから,要するに投資先の種を見つけて,育てることである。
 これからの日本は超高齢社会なので,まず60〜70歳までは,少なくともハーフタイム(午前10時から午後4時くらい)の勤務ができるように社会のしくみを変える。そのためには通 勤経路のバリアフリー化(駅のエレベータ増設,バス停の改良など)や在宅勤務の整備(併せて事業所の分散はIT利用によって可能)を行なうべきである。
 近年,地方都市が非常に衰えており,街の中心部はいたるところシャッター通 りとなっている。これは街に人が出て歩かなくなってしまったためだ。一般 には郊外の大型ショッピングセンターに人が吸い取られてしまっているとも言われているが,私は郊外型ショッピングセンターにも限界があるように思う。最近はインターネット,テレビ,郵便,カタログなどの通 信販売がさかんになっている。一方,地方都市の地上に並んでいる商店は,「地霊」に守られていることもあって意外にも強い。
 また,高齢社会に対応して街の中に歩く人を増やすための工夫として,公衆トイレ,ベンチを整備すること,そして街中の駐車場の配置を整理し統合・整備するなどして車社会に適応した街づくりをすることによってこれまでの弱点を補えば地方都市再生につながるかもしれない。農業においては,大規模化,企業化を進めるべきである。

宰相は大勇が必要

 これらの成長戦略はほんの一部である。かつて田中内閣時代に「列島改造論」を進めようとしたときに,多くの官僚や学者などが知恵を絞ったように,もっともっと成長戦略を官民挙げて持ち寄るべきだ。その成長戦略を実現するためにはやはり財源が必要である。それをどこに求めるべきか。結局は,税金である。現在の日本は,1000兆円にも及ぶ借金を抱えており,増税が不可避であるのに,それを言うことを恐れていることが,鳩山首相の最大の罪悪である。バラマキだけやって国民のご機嫌をとり,選挙民を恐れて「増税」を口にしないのはいけない。自民党の最後の総理麻生太郎氏が「消費税増税」を明言したのは,えらいと思う。鳩山首相は,今後4年間は増税しないと言っているが,これこそ「成算なき約束」である。
 当面,今年7月の参議院議員選挙に向けて鳩山首相は,決して「消費税増税はしない」という甘い言葉を吐いてはならない。じっとガマンしつつ戦うべきだ。選挙が終わったら消費税をアップすべきである。さもなければ,国債の増発に次ぐ増発で日本国はつぶれてしまう。国家が借金でつぶれた例は,最近でもアイスランドなど少なくない。日本も借金が多くなって海外からの資金が入らなくなり,国債の利率が上昇しつつある。もし仮に,利率が1%上がれば,1000兆円の1%だから10兆円が厳しい財政の中からあっという間に吹っ飛んでしまう。それゆえ財政規律は守らなければならない。
 その一方で,成長戦略が肝心である。成長すれば国債も返せる。にもかかわらず,鳩山政権には成長戦略がない。全く困ったことである。さらに知恵を出すべき官僚をいじめてしまっているので,どうしようもない。政府は学者から意見を聞く様子もない。しっかりしたブレーンもいない。かつて池田勇人内閣の所得倍増論のときは,下村治(1910-1989年,エコノミスト・経済学者)というしっかりしたブレーンがいて彼が中心となって政策を立案して進めた。
 瀕死の老人がたまらず声を挙げた次第である。

(「世界平和研究」2010年5月春季号より)