東日本大震災の教訓と日本の再生
― 防衛・防災関係論の視点・論点から―

前川 清(武蔵野学院大学名誉教授)
Kiyoshi Maekawa


<梗概>

 冷戦後の世界では,大国間の戦争や世界大戦の可能性は低くなっている反面,内戦や部族間紛争など局地戦が増えるとともに,大規模災害が頻発している。その結果,戦災と自然災害が同規模になってきていることは,今回の東日本大震災を見ても明らかだ。これからの安全保障では,単に軍事的な防衛のみにとどまらず,防災,防犯,防疫などの分野をリンケージさせた,総合安全保障政策を立てることが重要である。フランスの格言「憂いなくば備えなし」の発想を基本にして,想定外の危機や事態を少なくする努力を行なうとともに,そのための国の体制整備を早急に進めることが,人々の安全と幸福の実現への第一歩であると思う。

1.総合安全保障

 現代はグローバル社会,ボーダーレス社会とも言われるが,近年の特徴として,自治体や国の壁を超えた大規模な事件や災害といった危機が頻発している。例えば,大規模自然災害,国際犯罪,鳥インフルエンザなどである。それらを防護する意味の防災,防犯、防疫などの概念も,国境の壁を超えて広範囲に拡大しつつある。ゆえに現代社会は,戦争の脅威という伝統的な危機に加えて、広範囲の危機から国民を防護することが大きな課題となっている。
 このような意味から現代は、国の「総合安全保障政策」が重要な柱となってきた。そこで総合安全保障についてまずさまざまな観点から分類してみる。
国際政治の視点
 従来からいわれてきた国際政治の分野でいえば,国際安全保障や国家安全保障という考え方がある。近年そこに加わった概念が「人間の安全保障」である。これは個々人の人命・人権をも捨象せずに保護していくという考え方である。とくに日本は,緒方貞子氏を中心に人間の安全保障を世界に向けて主唱しながら積極的に進めており,日本外交の大きな目玉になっている。
 これに関連して日本では,「国民保護法」(正式名称は「武力攻撃事態等における国民の保護のための措置に関する法律」)が制定された(2004年)。これは戦争有事(テロ有事も含む)における国民の生命・身体・財産の保護を目的とするものである。そのために,国と地方公共団体の役割分担,必要な場合の一定の私権制限,住民の避難・救援に関する措置などを定めている。
 しかしここに災害対策は含まれていない。そのため今回の東日本大震災でも,このことが問題になった。今回の震災で政府の指揮・統制がうまく機能したかは,大いに疑問が残るものである。
 残念ながら,日本は国際安全保障分野で主導をとるほどの軍事力がない。それだけに,国際安全保障に対する貢献は大いにすべきであり,具体的に言えば,PKO。最近では,ハイチ地震(2010年1月)のときの災害救助を兼ねたPKO活動がある。このPKO活動では,日本の自衛隊と韓国軍が非常にうまく連携して共同作業を行ない,救助活動を展開している。
機能面からの分類
 安全保障を機能の観点から区分すれば,政治安全保障,外交安全保障,経済社会安全保障,軍事安全保障,文化安全保障などがある。
危機管理・安全管理の視点
 防衛,防災,防犯,防疫といった安全保障もある。これらは国の危機管理,安全管理をどうするかという問題であるが,これらをどのようにリンケージさせていくかが,今日的課題となっている。今回の東日本大震災でも,これらの連携の必要性が明らかになった。
?国際安全保障
 グローバルな国際関係における安全保障の考え方には,国連安保,マルチ同盟安保(NATO,将来におけるアセアンなどの多国間安全保障体制),バイ安保(二国間同盟など),単独安保などがある。
 今日,単独で安全保障を推進するケースは少ないが,中国はそれに近いかもしれない。かつては大帝国が単独で安保をすることができたが,21世紀の世界ではそうすることがほぼ困難になってきている。米国の場合,軍事力はいまなお圧倒的であるが,近年経済力が低下しつつあり,世界の中で圧倒的とはいえなくなってきた。しかも経済力と軍事力は密接に関係しているので,米国も将来的に軍事的優位を保てるかは未知数である。米国ですら一国では対応することが難しくなりつつある。これからの安全保障はマルチでやることが合理的で,中国に対する対応についてもそうである。
 今日における軍事問題を考えるときに重要な視点は,「軍経関係論」(Econo-Military Relationship)である。20世紀までは,「政軍関係論」(Politico-Military Relationship)が基本であった。政治の本領は,経済・軍事・外交・文化等をうまく総合運用することにある。
?スマート・パワー戦略
 ハード・パワー(軍事力,経済力などを中心とする戦略),ソフト・パワー(文化戦略)に加えて,それらをうまくミックスしたスマート・パワーという考え方も出てきている。
 ここで重要な点は,安全保障は「国民の意志」と「国家の能力」の相乗積であるということである。戦前の日本は,能力の不足を精神力でカバーしようとして,意志を強調しすぎた。メンタル・パワーとマテリアル・パワーのバランスをとる必要がある。
 現代の日本は,戦前の反動も影響して,意志の力が減退してしまった。これを強化するには,宗教の力,教育の力が必要である。
 そこで,安全保障を考えるときに忘れてはならないことは,(国民の)「幸福論」から出発することである。それでは「幸福の条件」は何か。かつてジェレミ・ベンサムは「最大多数の最大幸福」(the greatest happiness of the number)といった。菅直人首相は「最小不幸社会の理念」を提唱したが,アイディアとしては興味深いが,論理的体系化が不十分である。
 幸福の条件の中に,安全を入れるべきだ。但し,「奴隷の平和」もありうるので,モノの豊かさだけではなく心の豊かさも考慮すべきである。後者には名誉,国際的信義,威信などがある。国民の幸福を前提にし,メンタルな部分をも含めた安全保障論がますます必要とされている。

2.東日本大震災の教訓 

 20世紀までの世界は,国同士の戦争や世界大戦といった戦争の時代であり,その特徴は戦争による甚大な戦災がもたらされることであった。ところが,冷戦後の世界は,そのような大規模戦争の可能性は低くなり,地域間,部族間などの局地戦の様相を帯びるようになった。また1990年代以降,大規模な自然災害が頻発するに伴い,その災害の程度が,かつての戦災にも匹敵するようになって来た。今回の東日本大震災は,天災と人災がミックスした大複合災害であり,その災害規模は戦災と変わりないほどであった。
 私が今次震災を通して改めて痛感していることに次の二つがある。
?緊急事態基本法(2004年の自公民合意事項)の早期制定。
?国家の安全保障・危機管理における防衛と防災の結合によるシナジー(相乗)効果。
 今次の震災に対して,組織力を発揮した自衛隊の大規模多分野の救援活動は大きな成果をあげ,広く国民的信頼を高めた。また最大時,2万名の兵員,空母を含む艦船19隻,航空機140機による米軍「トモダチ作戦」は,日米同盟の深化と進化に大きな効果を生んだ。それだけに今後,防衛と防災の共用機能装備(通信・情報・輸送・補給・医療など)の強化により,自衛隊の防衛と防災の両有事における対応能力を高めるとともに,「防衛と防災の新しい黄金率(ベスト・バランス)」を定めることが大切である。
 ところで「自衛隊の有力部隊を防災部隊に特化してはどうか」という意見がある。しかし,それは戦争有事のための組織として日ごろ訓練をして鍛えているからこそ,災害においてもそれに対応の取れた行動が取れるのである。その点を忘れてはいけない。
 いずれにしても,地震・津波防災さらには原発防災においては,ハイテク技術,集団としての自衛隊の組織力を防災に有効活用するとともに,「防衛・防災・防犯・防疫」を結合し,シナジー効果をレベルアップするような総合安全保障政策が必要である。

3.日本復興・再生への道
 
 今回の震災は,日本の特性の長所・弱点を如実に浮き彫りにした。とくに日本の弱点である,「依存体質,アンバランス体質,劣化体質」をきっちりと見極め改革し,復興・再生への道を探ってみたい。
(1)戦後日本の依存体質(とくに対米依存体質)
 大震災では,「トモダチ作戦」などを通じて,日米同盟の価値が浮き彫りにされた。しかし戦後の日米関係を振り返ってみれば,例えば,原発導入の経緯を考えてみても,米国の国益の都合で「押し付け」られた側面は否定できない。
 もともと原発は,核兵器開発と密接に関連しており,その過程で生まれてきた。それゆえ核兵器の開発・保有国は,それ相応の核に関する技術・ノウハウをもっているわけだが,それがない国がいきなり「核の平和利用」と称して国策としての原発を始めることは,安全管理,危機管理の上で危険なことであった。少なくともこの部分については,国家が経費を度外してでも安全・危機管理を行なう体制をつくらなければならなかった。もちろん日本で関係省庁の行政指導がなされたとはいえ,米国企業からの技術導入や,民間企業に安易に依存してきた。
 米英仏露中の場合,核兵器開発製造段階で国家の強い安全管理施策がなされ原発産業はその基盤の上に立っている。しかし,核大国の米国や旧ソ連でも,スリーマイル事故やチェルノブイリ原発事故が起こっている。
 原発は,地震や津波の要素を外しても,安全管理が非常に難しいものだ。今後日本の国策として原発をどう位置付けるべきか。原発依存は基本的に少なくしていくべきだが,しかし「原発ミニマム」は考慮すべきであると思う。将来,代替エネルギー源が開発するにしても,原発を全廃することは問題がある。なぜなら,原発全廃の結果,核に対する国民的関心を失うだけでなく,核関係の技術や知識がなくなってしまうおそれがあり,外国から核の脅威に対する対応力が心理的にも低下する。
 戦後日本は,エネルギー源を石油・ガスに過度に依存し,その後は原発に依存してきた。「原発は,電力源として三安(安全,安心,安価)だ」と信じられ,その線上に拡大政策がとられてきた。しかし,今回の事故でそれらに疑問がつきつけられたわけだ。将来のエネルギー源をどのような配分で維持していくか,そのバランスが重要になってくる。
 今回の福島原発事故では,多くの国民が核について関心を持ったことはよい点であったが,過剰に反応したことは反省すべき点である。マスコミの論調に多くの国民は踊らされてしまう傾向が強いので,マスコミの扱いは注意を要する。
 これまで日本は主体的な危機管理能力,政策が欠如してきた。主体性を発揮するということは,自分たちで計画,方針をきっちりと立てることが大切である。そのためには,哲学(Philosophy),政策(Policy),計画(Plan),プログラム(Program),プロジェクト(project)をもつことが大切である。
(2)アンバランス国家のアンバランス人間
 戦後の日本は,経済偏重と軍事軽視のアンバランス風潮が蔓延してきた。それを人間に譬えると,血肉(経済)が肥満体質,高血圧体質になり,骨筋(軍事)は骨筋粗しょう症となり,頭脳(文化)は脳軟化症になってしまったようなものだ。この症状は,日本人のみならずその総体としての日本国も同様だ。
 例えば,軍事をタブー視してきたので,軍事力軽視のアンバランスな国内外政策がとられてきた。
 文化は人間の価値観の形成に大きな影響を与えるが,その価値観を決めるのは,教育や宗教である。国家や国民にとって,教育や宗教の問題が大切なのはそれゆえである。
(3)地政学的利点の欠点化・退化
 日本は,島国・海洋国家としての地政学的メリットを生かし,陸上国境を接していないことが防衛費の軽減にも役立ってきた。ところが,ミサイルなどの兵器の開発によって,海洋のメリットが少なくなってきている。
 また日本は,島国として船舶・船員などの海運力を活用し,交易国家としてこれまで繁栄を享受してきた。ところが近年,日本国籍の船舶はほとんどなくなり,日本人で船員になる人が少なくなってしまった。日本の商船をみても,船長だけが日本人であとの船員は外国人という例も多い。このように日本の海運力が非常に劣化しつつある。しかも,シーレーン防衛を米国に大きく依存しているのが現状だ。
 そうした観点からも日本の海軍力の強化が求められている。海軍力は,国際政治において大きなパワーである。陸軍力は国内の戦いに有用であるが,海軍力は外交力の大きな手段でもある。大英帝国の繁栄もその海軍力に支えられていた。
 日本は漁業大国であるが,世界三大漁場の東北沿岸の漁港が東日本大震災によって大きな被害を蒙ったので,それを早急に復興しなければならない。漁業資源は,食糧自給率の向上に重要である。畜産業は陸地に広大な土地(牧草地,牧場など)が必要であり,日本の環境にはあまり合っていない産業だが,漁業資源はコメとともに日本人の食生活を支える重要な柱である。肉の生産は今後世界的にも大きく増やすことは難しく,鳥インフルエンザや豚コレラなど新しい問題も多い。
(4)人的資源の変化
 ここ数十年の間に日本の社会は,少子高齢化,人口減少化が進んでいる。そこには量的変化のみならず,質的変化も起きている。すなわち,貧富の格差とともに教育格差が現実のものとなりつつある。いい大学に入るためには,費用の高い塾に通わなければならず,経済と教育が不可分の関係になっている。
 韓国や中国は日本以上に受験戦争が激しい。身分的に下の者が上の地位に就こうとすれば,いい大学に入ることが必要だ。しかし,最近の日本同様,金持ちでないといい大学にいく道が狭められている。
 最近の政治的混迷をみれば如実であるが,日本の指導者層が強靭性を失い,ひ弱なエリートになってしまっているが,その背景には,このような教育事情がある。この面の改善が是非とも必要だ。
(5)文化としての教育・宗教
 「歴史を学ぶ」と「歴史に学ぶ」では,意味が違う。前者は,歴史的な事実などを学ぶこと,即ち「考証」である。後者は,歴史的事実をもとに教訓などを学ぶこと,即ち「考察」である。両者は相関連しており,誤った事実をもとにした考察は誤った教育を導き出す。正しい考証に基づいて考察をすることが大切だ。その意味でも正しい歴史教育が重要である。

4.最後に−「憂いなくば,備えなし」 

 このたびの地震・津波・原発災害の体験を日本復興の原動力にすることが大切である。その基本戦略として,既に前節で述べたことを要約すると次のようになる。
?特性を活かし変化に対応する(活性応変戦略)
 これだけでは日本に与えられた与件をもとに受動的に反応することに留まってしまう。そこで次に,
?新しい特色と変化を開発する(創性造変戦略)
 与えられた特性に加えて,新しい特色とさらには世の中を変えていくような変化をも作り出すことが大切である。
 これらをさまざまな場面に応用していくためには,汎用戦略(ユビキタス・ストラテジー)をしっかりともつことである。つまり,危機対応の最たるものが防衛であるが,防衛の基本戦略を防災,防犯,防疫など汎用にリンケージさせながら展開していくわけである。
 「備えあれば憂いなし」とはよく言われたことであるが,フランスには「憂いなくして備えはない」(Non pr?souci, non pr?paratif)という格言がある。つまり備えは,まず憂いから始まるというのである。未知の危機や脅威を憂い,それらを想像や歴史の教訓により想定内とし想定外を少なくする情報努力が大事である。

(2011年8月9日述記)
(「世界平和研究」秋季号No.191,2011年11月1日発行より)