学際研究の発展および対中国戦略と思想の形成
― PWPAの二つの使命―

加藤栄一(筑波大学名誉教授)
Peter Eiichi Kato



第一部 学際研究の発展と宗教統一

(1)小乗仏教とシステム論
 宗教の統一は,一神教のみではなく仏教その他も含めていくべきである。一神教,すなわちユダヤ教,キリスト教,イスラームは,みな「一冊の本の民」と言われるように,共通点がある。
 一方,マルクス,エンゲルスを考えてみると,彼らは当時における学際研究の雄であった。マルクスは,大英図書館にこもってありとあらゆる思想を研究して,彼の学説を打ち立てた。しかし,今から振り返ってみると,彼は「システム論」はまだ知らなかったし,仏教も知らなかった。
 システムとは何か。次のように譬えることができる。石と犬を蹴ることを仮定してみよう。石を蹴ると石は蹴った方向に飛んでいくが,犬は逆に人間に向かって噛み付きにくる。その違いは何か? 犬はシステムであるから「非線形」に反応する。マルクスは,人間社会を,蹴った石が飛ぶように,つまり「線形」として考えた。すなわち,資本家階級は労働者階級を搾取しているから,彼らを殺して生産手段を奪取すればよいと。しかし,社会システムは「非線形」なので,彼の想像とは違った形で反応した。すなわち,労使協調路線としてシステムを変化・発展させたのである。マルクスの誤りは,低いシステム(物理システム)の言葉をそのまま上位システム(社会システム)に使ってしまったことであった。
 またこれに関連しては,小乗仏教の考え方が参考になる。
 小乗仏教の極意は,諸行無常,諸法無我,涅槃寂静の「三法印」といわれている。それぞれに意味について,立正佼成会の庭野日敬・初代会長(1906〜99年)は,次のように説明した。諸行無常とは,「すべてのものは変化する」,諸法無我とは,「すべてのものはすべてのものにつながっている」と。この内容を,かつて私が筑波大学に在職中,社会工学系のシステムの専門家に話したら,みなびっくりして「われわれがやっているシステム論と同じではないか!」と言ったのを思い出す。数学的表現でいえば,多元連立方程式で表現すべきものである。

(2)易の思想
 易の思想の根本は,すべてのものは変化するということである。『易経』は英語でThe Book of Changeというように,変化する,発展するという意味である。すべてのものは陰と陽の二が基本となっていると見る。一では,孤立,無変化であるが,二は異なったものも許容できる。そして,有性生殖のように二であれば,発展・繁殖していく。
 また「地天泰」というように,上に地があり,下に天がある。それゆえに上下相結ぶことが可能になる。ちょうど日本の皇后陛下が国民の前に跪いて慰められるような姿,これが本当の平和の姿なのである。これは欧米の支配者(ruler)という考え方とはだいぶ違う。
 この易の考え方は,弁証法にも似ているし,統一思想の基礎ともなっている。
 自然,社会,人文のすべてに通ずる原理を立てようとした点で,『易経』とエンゲルス『反デューリング論』は,通ずるところがある。
(3)大乗仏教の極意と学際研究の発展
 大乗仏教は,釈尊が直接説いたものではなく,釈尊没後,数百年後に生まれたものである。小乗仏教の「三法印」に対して,大乗仏教では「諸法実相印」と言っている。それは,釈尊のいう「一即多,多即一」,あるいは般若心経にいう「色即是空,空即是色」に通ずる考え方であり,また「重々無尽」ともいう。
南アジアでは帝釈天(インドラ)の住む宮殿には網が張ってあり,網の結び目には美しい宝石がたくさんちりばめられている。それらの宝石は互いに相照らしあって,影が無限に反映しあって輝いている。これを「梵網」という。すなわち,すべてがすべてに関連するという一種のシステム論であり,フラクタル論につながるものである。
 一つが一つだけで終わらない。華厳経は「砂一粒の中に宇宙がある」といい,量子物理学者は「素粒子の中に宇宙がある」という。『正法眼蔵』に曰く,「尽十方世界,是一顆の明珠」(じんじゅっぽうせかい、これいっかのめいじゅ)。俳句にも「金剛の露 ひとつぶや 石の上」(川端茅舎(ぼうしゃ))と詠まれている。これらは汎神論,多神教に通ずる思想である。
 「空(くう)」も大乗仏教の発展の中から出てきた思想である。「空」とは,単なる空虚(void)ではなく,そこから力と創造が出てくる。なぜなら,「空とは,すべての個々のモノが全体性を持ったまま,畳み込まれ融和して完全に一体化した状態である」からだ(宗教哲学研究家・志水一夫)。
 神秘体験(天人一体)は全宗教の基礎である。空海は天皇の前で「即身成仏」を現して信仰を獲得した。空海はあらゆる分野に通じた学際研究の大天才であった。
 また神秘体験は,脳科学へ続き,さらには情報科学,システム科学につながる。脳は意識のあるところだが,意識には三段階あるという(中村信夫)。すなわち,顕在意識(欲望,理性),潜在意識,宇宙意識である。宇宙意識とは何か。137億年の宇宙の変化経歴が,各原子(さらに素粒子)に刻み込まれ,畳み込まれている以上,人体・脳の各原子も137億年の経歴を含むことになる。
(4)神道と学際研究
 神道では「言挙(ことあ)げせず」といって,いろいろと理屈を言うことを嫌う。神道の宮司さんに今回の大震災の意味を問うたところ,はっきりした答えはなく,ただ「大御心にしたがって日々祈るだけだ」ということだった。しかし,異なる宗教をもつ誰であっても,神社に行くと自然と頭が下がる。それは神人一体の境地に至るからだろう(始源の空と神人一致境に戻らす)。
 これを譬えれば,iPadはいろいろなページを開くことができるが,必ずホーム・ページに戻ることができるようなものだ。ホーム・ページに戻らせるアイコンのような存在が,神道といえるかもしれない。
(5)学際研究の発展
 ディシプリン(discipline)とは,数学,経済学など学問の単位とでもいうべきものである。ディシプリンは,各々の学問の研究対象と研究方法を持つことによって成立する。しかしそれらは時間の経過と共に固定化し融通の利かないものになってしまう。いくつかのディシプリンをマスターした人は,より上位にあるメタ・ディシプリンの研究をやってみたくなる。
 例えば,社会工学というメタ・ディシプリンは,数学・経済学・行政学・都市工学などが集まって形成される。また,心理学,大脳生理学,情報学などをあわせたメタ・ディシプリンを私は,「意識学」と命名した。
 コンピュータも今や,一種の意識を持つに至ったと考えられる。「コンピュータが意識を持つか?」ということに関して,アラン・チューリング(Alan M. Turing,1912-54年)という英国の数学者は,今から70年ほど前に,「チューリング・テスト」を提唱した。それによれば,隠れたところで答えを出し,それが人間が出したものか,コンピュータが出したものか,判別できないものであれば,コンピュータも意識をもつと考えた。現在のコンピュータは,その域に達していると考えられる。ただし,「統一された自己」は未だもってはいないようだ。
 チェコの作家カレル・チャペックは戯曲「ロボット」の中で,自己(self)を持つ人間に至った存在を描いたが,その基は「痛み」「痛覚」であった。ロボットは何度も壊れたが,そこに「痛み」を与えたところ,「痛い!」と言って自己を守り始め自己が形成されたという。
 意識学に社会工学,機械工学が合わさると,メタ・メタ・ディシプリンとしてのシステム学が生まれる。一方,原子物理学や天文学から宇宙物理学ができ,そこに古生物学や地質学などが加わると宇宙史ができる。システム学と宇宙史が統合されると科学の統一が可能となるだろう。
 宇宙史の第1章は,非常に短い時間のできごとだ。つまり,1秒にも満たない時間内のことを記して第1章が終わる。無システムからシステムが形成され,宇宙史が展開する。ゆえに,無システムとシステムを統合することは難問かもしれないが,可能性はあるだろう。
 ビッグ・バン理論は,神の創造論と合うというので,ローマ教皇庁が熱烈に支持する理論である。宇宙は始源があるがやがて終焉を迎え,再び誕生するというような,輪廻宇宙論もありうるが,この考え方はキリスト教圏ではなかなか発展しにくい理論だろう。しかし仏教の思想とあわせれば,輪廻宇宙論に基づく物理学の発展も可能性が出てくるに違いない。

第二部 中国の強大化に対する思想と戦略の形成 

1.中国の強大化
 今年5月に中国・上海に行ってきたある研究者の見聞話をまず紹介しよう。クルーズする船上から上海市街地を見ると,海岸にものすごい高層建築が並んでいる。その姿は,東京,ニューヨークの比ではない。100メートル以上の高層ビルが350以上ある。それらの外面は上から下まで電光がきらめく全面広告になっており,昼間のような明るさだ。その広告の多くは金融業のものだ。それらに驚きの言葉を発すると,案内人は「来年来てください。もっとびっくりするでしょう」と答えたという。今の最高層ビルの三倍もある高いビルが建設される予定という。しかし,二十年前までは何もないところであったらしい。
 このような変貌激しい中国だが,2010年米国を抜いて世界最大の工業国(製造業)となった。また金融業も非常に活気を呈しており,「10年以内には世界一の経済大国になる可能性がある」(“Rising Power,Anxious State”The Economist,June 25,2011)。中国に「強大の自覚」(中国語で「盛世」shengshiという)が出てきたのである。
 かつて清朝の康熙帝・乾隆帝の時代(17-18世紀),ヨーロッパはまだ産業革命前であったから,当時清朝は世界一の経済大国であった。そのころ「太平盛世」という言葉を使って表現した。いま中国は,その言葉を再び使い今の世こそ「盛世」だというのである。
 それでは,その強大の理由は何か。温家宝の言葉を借りれば(2010年3月),「共産党の独裁」のゆえだという。すなわち,共産党の独裁によって,?迅速な決定,?効率的な組織,?資源の集中ができるからだ。これはまさに,現日本の政治組織とは反対である。
 次に,中国の軍事力についてみてみる。陸軍は200万人ないし300万人とも言われ,世界最大である。海軍は,いま空母を建造中だ。空軍は,殲20というステルス戦闘機,核ミサイル,人工衛星を使った宇宙戦力をもつ。宇宙戦力が恐ろしいのは,俗に「空母キラー」とも言われる対艦弾道ミサイル(ASBM,Anti-Ship Ballistic Missile,東風21D)の故だ。現在,米空母が黄海に自由に入ることができるために,中国は北京の制空権をもっていないといわれる。それに対抗して中国は,空母キラーをつくったのである。この空母キラーの射程距離は1500キロメートルであるから,その範囲内に米空母は接近できなくなってしまう。
 一方米軍は,西太平洋から後退するが,X47Bという空母搭載型のステルス無人攻撃機を使って(射程距離3900キロメートル),中国の空母キラー基地を全滅させる。その上で米空母が中国沿岸に接近するという戦術を使うだろう。
 中国は,台湾有事には米軍を先制攻撃すると言っているので,沖縄,韓国の駐留米軍基地は危険だ。そうなると日本も方針を変える必要がある。
 さらに加えれば,サイバー戦力である。サイバー戦力は,米国,イスラエル,台湾なども強いが,北朝鮮と中国は非常に強い。北朝鮮と中国はたびたび米国にサイバー攻撃を仕掛けている。最近,米国のゲーツ国防長官は,サイバー攻撃を戦争行為みなして対処していく方針を明らかにした(2011年6月)。
 イランの核開発施設が最近,サイバー攻撃によって破壊されたようだが,それは米国とイスラエルの仕業ではないか。
 国内治安に関しては,中国は7兆円を投入し(軍事費に匹敵),16万人で人民を監視している。
(2)中国の矛盾
 中国では,階層間,地域間の格差が非常に深刻化している。そして人民を抑圧しているが,それは西側の価値観に反するばかりか,情報化・創造性にも反する行為だ。そうした状況が進んでいけば,革命を孕む危険となる。革命をして政権を奪取した共産党が,再び革命されるというのは皮肉な現象である。
(3)思想(イデオロギー)の違い
 西側と共産中国との思想について比較してみる。
 日本を含む西側諸国は,自由,民主,人権の価値観を共有する。とくに日本に限れば,和イズム,繁栄,儒教に親近感を持つなどの特性が見られる。
 一方,中国は,治(治乱の治,stability)を非常に重視する。治のためには,自由,民主,人権を抑圧してもよいと考える。そのために国の力,党の支配を正当化する。そして中国はマルクス主義を捨てた(?小平)。つまりここでいうマルクス主義は,資本主義の批判であるが,中国は資本主義になってしまった。しかし,レーニン・スターリン主義(党の独裁)は堅持している。
(4)権威主義(党独裁)は続くか?
 一党独裁が今後も続くかについては,いくつかの見解がある。まず,Exceptionalists,中国は独自だという説である。第二に,Universalists,西側の価値は普遍的価値であるから中国にも敷衍(党独裁が終焉)するだろうという説。第三に,権威主義はどの国にもありうるもので,発展途上の一段階だという説である。そして発展途上が終われば,民主化すると考える。果たしてどうなるか。
(5)中国の戦争思想
 一つには,謀略を重視する孫子の考え方がある。その本質は,「戦わずして勝つ」というものだ。戦いには上・中・下があり,上兵は謀(はかりごと)を伐つ,次は城を攻む,下は兵を伐つという。
 次に,中華思想だ。これはなかなか抜きがたいものである。夷狄は放置するという考え方なので,積極的に帝国主義で全世界を支配しようとはならない。しかし,最近は第一列島線,第二列島線という考え方に見られるように,中国の勢力がどんどん拡張している。
(6)日本の思想
 日本の戦争に対する思想はどうか。国防思想はほぼ皆無だ。それを特徴付ける俳句を引用しよう。
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 日本国民がみなこのような考え方であったら,戦争した場合,誰も政府についていかない。それに対して,「特攻魂を復活せよ」との主張もある。日本が先の大戦で負けたことに対して,「日本は科学技術と産業力で負けた」と考える人たちは,いまや日本は科学技術や産業力で秀でているので,そのやり方で行こうと考える。しかし,その考え方に対してすら,日本には「死の商人反対」の思想が強い上,非核三原則や武器輸出三原則といった束縛があって自由にならない。
 最近,これらを解除しなければ米国と(兵器の)共同開発もできないということになり憂慮されている。それに対する思想的な論拠を与える必要があるだろう。
 それから,日米韓の共通価値観を充実させる必要がある。
(7)日本の戦略
 こうした中国に対する日本の戦略を考えるときにまず重要なポイントは,「日中韓」か「日米韓」かという点だ。それに関しては,「日米韓」で行くべきだ。なぜなら,日米韓は自由,民主,人権などの共通価値観をもっているからである。ところが,日中韓を中心とする東アジア共同体という考え方があって,鳩山元首相に代表される民主党はそちらに行こうとしている。これは非常に危険な方向である。
 次に,日米安保の堅持であり,さらに日米韓の同盟協力へと発展させるためには沖縄の基地問題を解決しなければならない。この基地問題は,難問中の難問だ。
 外務省(麻生太郎外相,当時)は,平成18年に「自由と繁栄の弧」構想を出した。これは,ヨーロッパから中東を経て,インド,アセアン,台湾,韓国,日本へとつながる大きな半月のような形の対中封じ込め政策である。あからさまには中国について言及しなかったので,中国もあからさまには反発しなかったが,その含意は明らかだ。残念ながら,その後日本は政権が代わってしまい,この考え方を発展させることができなかった。
 中国は豊富なお金の力を借りて,いまアフリカ,中南米,ヨーロッパなど世界中に進出している。ゆえに,この「自由と繁栄の弧」の考え方は正しい戦略だと思う。
 結論として,冷戦時代にわれわれはソ連を中心とする共産主義勢力に対抗したが,今後はそれと同じ規模の努力を対中国に傾注すべきではないかと考える。

(2011年7月22日)
(「世界平和研究」2011年秋季号,No.191より)