中国の弱点

山口彦之(東京大学名誉教授)
Hikoyuki Yamaguchi


はじめに

 最近,サブラマニアン(Arvind Subramanian) がEclipse: Living in the Shadow of China's Economic Dominanceという書を著した(2011年9月)が,その内容は非常に衝撃的である。その内容の一部がThe Economist(2011年9月10日号)やTIME(2011年11月21日号)で紹介された。その象徴的な図が,1870年,1973年,2010年,2030年における世界の支配的な国のランクの変遷を表したものだ(図参照)。本のタイトルのEclipse(日食)という言葉には,「米国が成長する中国によって日食を受けて暗くなりつつある」という意味を持たせている。
 今後も中国が昇竜の如く成長していくようすを見て,「今後日本は,米国をやめて中国に追従するように鞍替えした方がいいのではないか」と考える人も出てくるだろう。しかし,このようなサブラマニアンの予測は,果たして妥当なものか,あるいは中国には問題がないのか,などについて,経済,軍事・外交,文明論の観点から検証してみたい。

1.経済

(1)サブラマニアンの推計は正しいか?
 もし彼の予測が正しいとすれば,今後日本は米国から中国に鞍替えしていく方がいいということになる。しかし,私の結論は,彼の予測するほど中国は大きくなることはないということだ。
①指数曲線か,あるいはロジスティック曲線か
 彼の予測の根拠は,中国は今後20年にわたって年率5.5%で成長し続けると仮定,その結果,20年後には経済規模で2.9倍になるとするものだ。これは1.055の20乗の数値で,指数函数である。しかし,指数曲線で経済が伸びるとは考えられない。ある段階になると伸びが鈍化して天井を打つだろう。即ち,S字曲線(ロジスティック曲線)を描き,やがて頭打ちになるのである。中国経済の伸びに関する予測は,指数曲線ではなくロジスティック曲線で考えるべきだろう。実際,日本経済など過去の事例を見ても,ある段階で頭打ちになる形で推移した。
②購買力平価(PPP)とインフレ,貿易額と人民元
 サブラマニアンは,国民所得やGDPなどの数値を購買力平価(Purchasing Power Parity) で表している。つまり,金額の実数ではなく,その金額でモノをどれくらい買うことが出来るかに換算して計算した。中国のように物価の安い国では,PPPで計算すると大きな国民所得が算出されるが,先進国のように物価の高いところでは低い数値となる。
 さて,どこの国でも経済が成長するとインフレが起きる。インフレになると購買力は低下するので,それに伴いPPPも低下することになる。いま中国は,インフレが進行している。国の経済を見るときには,経済成長率だけではなくインフレ率も注視しておく必要がある。
 また,サブラマニアンは,国民所得などの数値に,貿易額,海外投資額も含めている。中国のように輸出入額の大きな国は,総額の値が非常に大きくなる。ただし,輸出入の場合は為替平価が問題になる。人民元のレートについて,米国はもっと高くてしかるべきだと主張しているが,中国は頑として拒否している。もし人民元の為替平価が変動した場合には,どうなるか不透明だ。
③重力理論
 物理学から借用した経済学の理論に「重力理論」がある。物理学でいう重力理論は,簡単に説明すると次のとおりだ。ここに二つの天体A・Bと,その間にもう一つの天体Cがあるとする。CをめぐってA・Bの間の引っ張り合う力の関係は,引っ張る天体A・Bの質量に比例し,距離の自乗に反比例する。ゆえに大きな質量と小さな質量があるときには,距離が近いと大きな方に寄っていくことになる。
 この理論により,貿易においても,距離が近い方が貿易量が大きくなると,サブラマニアンは考える。現在,東南アジアの経済が発展しているが,これを貿易相手とするのは有利である。なぜなら,中国は東南アジアに近いからだ。一方,米国・欧州は遠い。ゆえに中国は東南アジアとの貿易を拡大している。
 ここで,インドと東南アジアとの関係を考えて見る。東南アジアまでの距離は中国・インドも似たような距離にあるから,インドにとっても有利さは同じだ。彼がインドの成長を評価して2030年に世界第三位としているのには,そのような背景があるのかもしれない。
 重力理論から敷衍すれば,中国に対抗する存在としてインドが出てくることになる。

(2)人口問題
 中国は,毛沢東時代から一人っ子政策を取ってきた。これはよくも,悪しくも,中国の今後を占う点で重要な視点となる。すなわち,今後中国は急速に高齢化が進み,労働力人口が縮小する。総人口で見ると,現在は中国が13億人,インドが12億人だが,2030年には総人口,労働人口において逆転し,しかもインドは若い年齢層が多い。
 ところで,国の資産をすべて国有とする共産国家には「人民の生活を保障する義務」がある。そうなると,今後中国は,高齢化と労働力減少の中で,人民の生活保障をどうするのかという大問題が生じる。これにはソ連の前例がある。現在のロシアは所得格差が拡大しており,貧困層の人々は「ソ連時代の方がよかった。あのころは,職もあったし,生活も保障されていたが,いまはいじめられてばかりだ」と嘆く。つまり,ソ連時代は,人民の最低生活を保障していたのである。
 中国は,資本主義経済を取り入れながらも,「共産主義」の建前(看板)は放棄していないから,人民の生活保障という義務がある。それは膨大な財政負担を負うことを意味する。

(3)資源制約と冒険的外交
 中国は,古来「地大物博」(土地は広く,物は豊かだの意味)と自称してきたが,今やモノが不足してきた。ことに多くの人々が自動車に乗るようになり,石油が不足してきてその輸入に精を出している。こうした資源不足問題をどう解決するのか。
 そこで中国は,南シナ海を経由せずに石油を運び込むルートを開拓している。ミャンマー,パキスタン,中央アジア経由のルート(パイプライン,鉄道,道路)をつくろうとしている。それぞれ山越えがあり大変な工事が伴うので,相当無理をしている。またこれは外国の領土を通過するために,外交が不可欠だ。
 東シナ海,南シナ海の海底にある天然ガス・石油など天然資源開発を狙って,中国はそれらの海に対する覇権を主張している。その結果,日本,アセアン,米国と対立しつつある。南シナ海に覇権を行使しようとすれば,アセアンと対立するので,その結果,中国はその海を通過できなくなる。このシーレーンは,日本のルートだけではなく,中国のルートでもあったのに,覇権を主張したために自分の首を絞めるという「自縄自縛」の結果を招いてしまった。そこでシーレーンを確保するために中国は,海軍拡大を強力に進めるという冒険に出た。
 次には,アフリカ進出である。これも冒険である。インドのやり方と比較すると,中国のアフリカ進出が冒険主義であることがわかる。インドは,先進国の優秀な工業・商業・金融業に海外投資をしている。一方,中国は,天然資源を狙った投資であるために,非常に効率が悪い。

(4)党独裁と創造圧迫
 中国は,中国共産党の一党独裁体制の国で,人民を常に厳しく監視している。インターネット,情報交換を監視しながら,創造を抑えている。
 また,知的所有権を全く尊重しないために,情報産業の発達が阻害されている。知的所有権を保護しなければ,それを創造した人の報酬はないので,情報産業は発達しない。工業社会から情報社会へと移行していく中にあって,中国はいつまでも移行できないことになる。これは,共産党の一党独裁制に起因する問題である。
 中国には企業家精神もない。温家宝首相は「中国には三つの優位な点がある」と言った。即ち,意思決定の迅速性,組織の効率性,資源の集中である。さらに挙げれば,人権無視,法の支配の不在である。土地収用も人権無視によって非常に容易にできるので,道路,鉄道,飛行場建設など,インフラ整備は迅速にうまくできる。この点で,インドは民主国家なので劣る。
 中国では民間企業は発達しない。国営企業はいうまでもないが,民間企業もすべて党が支配している。企業にも党委員が入り込んで,絶えず組織を監視し,情報を党本部にあげて,党は情報と人事によって支配する。そのような中に企業家精神は発達するはずがない。
 中国経済は外見は良いように見えるが,実は,隠し借金が相当ある。(半ば国営的)民間企業は(半ば国営的)銀行から借金しているが,それがたまりたまってGDPの139%にも達する額となっている。日本の国家債務が膨大だと言って騒ぎ,ギリシアやイタリアは百数十%で国家破綻の危機を迎えている。一方,中国はこうした膨大な借金を,民間企業が銀行から借りたという形にして表向き隠している。中国では企業家精神を持った真の民間企業が発達していないために,健全な経営がなかなか難しいのである。

2.軍事・外交

(1)文臣銭を愛し武臣命を愛す
 中国の昔の言葉に「文臣銭を愛さず,武臣命を愛せざれば,国家安泰なり」というものがある。これを裏返せば,「文臣は銭を愛し,武臣は命を愛す」となるが,いまの中国はほぼこのような状況だ。その例外は,中華人民共和国建国(1949年)当初である。当時は,建国の意気に燃えていたから,朝鮮戦争で北朝鮮に援軍したときには,米国とほぼ互角に戦った。しかし,その数年後には既に衰え始めており,対ベトナム戦争で中国は負けてしまった。その上,現在,党幹部・国家官僚は腐敗を極めている。

(2)大戦略は依然孫子
 現在の中国の戦略は,孫子の戦略に拠っているようだ。孫子の戦略は優れているとはいえ,いまだに三千年前のものでやっているようでは,多少遅れていると思う。孫子の戦略の核心は,「戦わずして勝つ」というものだ。すなわち,下の戦いは城を攻め,中の戦いは兵士を相手に戦うが,上の戦いは敵の戦意を喪失させ,そのためにスパイ・謀略・外交をやる。

(3)諸軍の検討
 陸軍の兵力は世界一だ。かつて兵力の大部分はソ連に向けて展開していたが,現在もそれは変更していない。ちなみに日本は,冷戦時代からソ連に向けて北海道に多くの戦力を配備していたが,今年(2011年)になってようやく戦車など戦力の一部を西南方面に移動させた。
 海軍では,軍艦や潜水艦の数は多い。最近,空母を一隻持ったが,まだ稼働できる状態にはない。空母は一隻だけではだめで,空母を護衛する航空隊と軍艦とがシステム的に運用して初めて意味があるが,そこまでは行っていない。
 空軍も戦闘機数は多いが,性能はまだまだだ。
 ミサイルも多く,冷戦時代から開発し発達してきた。ミサイルの方向を見れば,その国の仮想敵国がどこかがわかる。その方向は,依然として東向きだ。すなわち,米国と日本を標的にしている。これらのミサイルは,恐るべきものである。
 最近の情報によると,米国は地下60メートルまで貫通する爆弾を開発したという。これは核ミサイルが地下の坑道に隠れているので,それを破壊するために開発された。長い坑道でも何箇所でも破壊可能なので,有効だろう。
 サイバー戦の能力は,非常に優れており,既に実行に移されている。米国,日本などに対してサイバー戦は展開中である。サイバー攻撃は,軍事機密を盗むのみならず,人工衛星の破壊も可能だ。
 一方,米国はサイバー攻撃を戦争と見なすことにし,その対応も検討しているが,まだ実施には至っていない。ちなみに米国は,イランの核施設に対してサイバー攻撃をしかけたようである(イスラエルとの説もある)。

(4)技術は盗作,粗末
 技術は盗作が多く,粗末なものが多い。例えば,殲20は米国のF22の模作と言われる。創造性を圧迫しているので,新しいものは出てこないために,米国の後追いばかりしている。

(5)補給(ロジスティックス)と情報(イン テリジェンス)
 旧日本軍は,非常に勇敢で,武器も優れていたが,補給と情報において非常に劣っていたために太平洋戦争では惨めな負け方をした。この点について,中国はどうか。よく分からないことが多い。情報は発達しているが,補給については不明だ。

(6)文明連合の衝突時代の弱点 —独善中華思想
 これまでの戦争は,主に国家と国家の衝突であった。これからは,「文明間の衝突だ」とハンチントンは述べた。私は,さらに進んで文明と文明が連合し,そうした文明連合同士の衝突が起きると考える。そのとき弱点になるのは,他の文明と協力する能力があるかどうかだが,この点で中国文明は劣る。中華思想は,他の文明と融和しにくい。一方,日本文明は融和的である。

3.文明論

(1)5000年文明の底力はあるか?
 中国には5000年の歴史があると言われるが,その歴史を見ると,国家統一が困難であった。ある王朝が滅ぶと,乱世となり,しばらくするとまた新たな王朝が起こる。このような治乱興亡の繰り返しの歴史であった。「中国5000年文明」はそれほど立派な歴史であったか,どうか?
 日本人や韓国人は,中国文明を過大評価する傾向がある。それは中国と地理的に近いから実際よりも大きく見えるのである。錯覚しているのだ。
インド文明と中国文明を比べて,どちらが優れているか?この難しい問題に解答を与えたのは,小室直樹博士である。小室博士は,「文明は一方から一方へと流れる。そのとき優れた文明が劣った文明に流れる。しかるに,中国文明とインド文明の間では,ほとんどすべてがインド文明から中国文明に流れた」と述べた。例えば,仏教,医学,数学,天文学など,みなインドから中国に流れ,その逆はほとんどない。ゆえに,「インド文明侮るべからず」である。
 インドの科学が優れている一例は,数学である。インドの小学校では,九九を教えるのに,99までの二桁の九九を教えている。これは商売人にとって非常に有利だ。10以上の掛け算も暗算でできるので,商売人として長けている。
 またインドの商圏は非常に広い。シンガポールからインドネシア,中近東,アフリカなどインド商人の足跡には,あまねきものがある。古代からそうであった。インドには,宝石,(インドネシアからもち込んだ)香料など,比較的軽くて高価な産物があり,遠方への交易に向いている。古来からインドでは国際貿易が行なわれており,インド人は抜け目ない。
 梅棹忠夫(1920-2010年,国立民族博物館初代館長)は,初めてインドを訪ねたときに驚いて,「これまで自分は,東洋と西洋しかないと認識していた。東洋は中国・韓国・日本などを考えていたが,西洋と東洋の間に,インドから中東地域を含む“中洋”ともいうべき文明圏があることが肌身にしみてわかった」と述懐したという。
 次に,中国文明の弱点をいくつか指摘してみよう。
① 独善的で利己主義なので,国家としてなかなかまとまりにくい。孫文も「中国人は砂のようだ」と述べた。
② 中華思想は,独善的で世界標準という共通価値観とはなじまない。ゆえに,文明と文明の連携(文明連合形成)に弱い。一方,日本は,他文明との連携はしやすい。
③ 独創性は弱い。現代社会は,生産の主要が工業ではなく情報である。情報時代は独創性がものをいうので,このような時代に,創造性を圧迫する中国はマッチしない。したがって,科学も弱い。中国人でノーベル物理学・化学賞受賞者はいない。
 しかし,中国人が人種として劣っているわけではない。中国人が他文明と融合した場合には,優秀な文明をつくることができる。例えば,アングロサクソン文明と融合した香港やシンガポール,日本文明と融合した台湾などである。

(2)文明論から見た日本外交の大方向
 外交は,そのときどきの情勢を勘案して考える必要もあるが,何よりも重要なことは,大方向を定めることである。
① 共通の価値観(自由・民主・人権)と利害の観点から言えば,日米韓が共有できるので,日中韓よりも日米韓に軸足を置くべきである。鳩山由紀夫元首相の東アジア共同体論や,小沢一郎の中国崇拝はいけない。
② 万一,戦争になれば,米国に勝ち味がある(加藤栄一「ビューポイント」“夏の夜の夢”『世界日報』2011年8月11日付参照)。ゆえに,日米同盟を堅持する。
③ 平時はどのような方向性をもつべきか。一つには,以前に日本の外務省が「自由と繁栄の弧」という立派な戦略を立てた(麻生太郎外相時)。日本から,韓国,台湾,東南アジア,インド,中央アジアから欧州にかけての半月弧の連携で中国を包囲しようという構想である。残念ながら,その後これは忘れ去られてしまったようだ。もう一つは,「ダイヤモンド戦略」である。これは谷口智彦・元外務副報道官が提唱した考えだ。日韓,米,豪州,インドの4点のダイヤモンド形で中国に対抗せよという考え方である。このような大戦略で中国を封じ込めつつ,交易の利も図る。
④ 日本文明はどうなるか。言語と宗教が文明の基礎だ。まず日本語はどうなるか。大きく見ると,これまで日本語は漢語圏に属していたが,これからは英漢語圏へと進化していくだろう。英語と漢語の両方を使う社会である。現に,日本企業でも会社の公用語に英語を導入したり,パソコンなどITには英語がどんどん入ってきている。次に,宗教はどうか。以前は仏教圏であったが,これからはキリスト教・仏教圏へと進化していくだろう。日本にキリスト教徒は少ないが,日本の知識階級には浸透しており,影響力は小さくない。そして,原日本語,原日本宗教はその基底に残る。この言語と宗教が日本文明の骨格である。
⑤ これからの外交はどうあるべきか。従来の外交は,国家対国家の外交が基本であったが,これからは文明対文明,あるいは文明連合対文明連合の外交へと変わっていくだろう。あわせて,それにふさわしい日本外交のしくみも整備しなければならない。



<参考文献>
中村元『東洋人の思惟方法』
アーノルド・トインビー『図説歴史の研究』
サミュエル・ハンチントン『文明の衝突』
梅棹忠夫『文明の生態史観』
フランシス・シュー
『比較文明社会論—クラン,カースト,クラブ,家元』

(2011年11月22日)