現代日本とリーダー教育

林 正寿(横浜市立大学名誉教授)
Masahisa Hayashi

 栄枯盛衰は世の常であり,ローマ帝国や大英帝国の興亡は世界史でよく知られている。わが国でも平家物語の語るように,驕る平家は久しからずであった。わが国は明治維新後,列強による植民地化を優れた指導力により逃れ近代化に成功し世界の一等国になったが,奢りと視野の狭い自国中心主義のために,第二次大戦では無条件降伏に近い大敗を経験した。筆者も戦後の荒廃を体験したが,1959年から1960年にAFS生として米国に留学した時には,あまりにも大きな格差に愕然とした。それから不死鳥のようにわが国は蘇り1980代には『ジャパン・アズ・ナンバーワン』と賞賛されたが,90年代以降のわが国の衰退は目に余る。
 急速に進む少子高齢化をはじめさまざまな客観的条件の変化があるが,もっとも重要な要因は,戦後教育において人材の育成に失敗したことである。学力の低下,気力の低下,道徳の低下は顕著であり,明日を担う人材が育成されていない。とりわけ指導者の欠如が深刻な問題となっている。指導者の質がいかに重要かは,戦場の指揮官が無能であったら全軍が全滅することから明らかである。平時には物理的な全滅はないが,無能な指導者のもとでは国民が塗炭の苦しみを味わう。同じドイツ人なのに西ドイツと東ドイツ,同じ中国人の国であるのに毛沢東の頃の中国とイギリス統治のもとにあった香港,台湾やシンガポールとの間には,あれほどの格差が生じていた。また,現在では同じ朝鮮民族なのに韓国と北朝鮮とを比較すれば,指導者や制度がいかに重要か分かる。
 西欧にはnoblesse obligeという伝統があるが,高貴さは義務を要請することを意味し,一般的に財産,権力,社会的地位の保持には責任が伴うことを指す。わが国の戦後教育では結果の平等が重視され,指導者の養成が軽視された。優れた人材には最大限その潜在的能力を活かすような教育を施すとともに,それらの優れた人材には自分の人生のみならず,国民全体の福祉厚生に配慮するようなnoblesse obligeを実践する指導者の教育が最大の課題である。神輿に乗る人も,担ぐ人も,その草鞋を作る人もすべて社会に不可欠な人材である。

(2012年5月1日,「世界平和研究」193号)