北朝鮮の経済改革の行方と中朝関係

宮塚利雄(山梨学院大学教授)
Toshio Miyatsuka

<梗概>

 金正恩体制が出発して早1年近くが経過しようとしているが,この間,党の実権者・第二人者である張成沢国防委員会副委員長が中心となり軍中心の体制から党中心の体制へ移行させようと内部権力闘争が進められてきた。あわせて中朝国境地帯に経済特区を設けて中国の資本を導入するとともに,経済改革を進めながら経済苦境を克服しようとしている。果たしてそのような経済改革の試みは本物なのか,そして今後の展開はうまくいくのか。経済面から金正恩体制の現状と中朝関係についてみてみる。

1.中朝共同開発経済特区の現状

 永年,経済苦境に苦しむ北朝鮮は,改革開放以来経済を著しく発展させてきた中国の指導・協力を得ながら,中朝国境地帯を中心に経済特区を設けて経済開発を重点的に進めようとしてきた。その主な開発地域には,西部の鴨緑江河口にある黄金坪,威化島,東部には豆満江下流域に位置する羅先,清津などがある。本年8月に中朝国境地帯から黄金坪付近の様子を観察してきたが,その情報を含めて開発の現状と今後の経済改革の行方についてまず見てみたい。
 2012年8月中旬に,張成沢・国防委員会副委員長が訪中したが,その目的は近い将来の金正恩訪中のための準備とともに,黄金坪や威化島,羅先の共同開発を更に進展させることを促すことにあった。黄金坪などの共同開発のために管理委員会を設置することについては合意を見たが,その進捗については決して楽観を許さない状況だ。北京訪問の後,東北の吉林省,遼寧省などを訪問し,上記経済特区地域の共同開発に,地方政府として積極的に支援してくれるよう要請したようであったが,残念ながら良い返事はもらえなかったようだ。北朝鮮としては,経済苦境の中で中国資本の導入を図りながら経済難を克服しようという思惑があるようだ。ただ,今回の訪中でよい成果を挙げられなかったが,こうしたことが続くと張成沢副委員長の立場も危うくなりかねない。
 鴨緑江河口にある黄金坪の開発に関しては,2011年6月に着工式が中国側の丹東市において張成沢副委員長も参加して盛大に行われた。黄金坪の開発は,「中朝友好の象徴」と位置づけられ,同年12月には北朝鮮側で関連法も成立させたが,2012年5月になって中国側から採算性に乏しいなどの理由により開発留保の連絡が来ていた。実際,今年3月および8月に黄金坪付近を観察したときには,ほとんど開発が進んでいなかった。
 黄金坪より鴨緑江上流に位置するところでは2010年に新鴨緑江大橋の着工式が行われ,現在も工事が着々と進められているのとは対照的である。その背景には何があるのか。
 もともと黄金坪は,鴨緑江河口の中洲であり,鴨緑江の流れによって次第に中国寄りに移動していった湿地である。現在は,中国側(丹東市)の沿岸とわずか1メートル余りしか離れていない。葦の生える湿地と水田地帯となっている。黄金坪に隣接する緋緞島も葦の湿地帯で,かつて金日成主席が「絹の島にしよう」といったことに由来して緋緞島と呼ばれるようになった。かつては葦を利用してパルプをつくったりした。船が座礁しやすいところで,誰も余り行きたがらないところだ。
 これらの島は川の中洲という地形上の特徴からもわかるように,天候次第ではしばしば洪水に見舞われる場所でもある。そうした難点もあって黄金坪のインフラはほとんど整備されておらず,中国としてはそこに隣接する丹東辺境経済合作区への投資・開発をむしろ優先させている。
 このような立地条件のよくない黄金坪のインフラをこれから整備していこうというのだから,資金と時間が相当かかることが予想される。中国自体もいま経済状況がよくないし,指導者の交替期を迎えて不安定な政治状況もあるので,金のかかる非効率的なところへの投資が遅れていると思われる。
 北朝鮮の場合,最初の起工式は派手にやるのだが,その後なかなかうまくいかないことが少なくない。最近,中国の鉱山・鉄鋼生産大手の「西洋集団」(遼寧省)が,「北朝鮮の一方的な契約破棄で大きな損害を被った」として現地を追い出される事件があった。このように中朝の経済協力は思うほど順調にいっているわけではない。一方,羅先港や清津港の開発は,豆満江流域から東海岸にでる航路としての港湾利用という積極的な経済メリットがあるために,開発は一歩進んでいる。

2.経済改革の行方と中朝関係

 今年6月28日に「新経済管理体制」が内部通達されたが(6.28方針),これは経済再建に向けた取り組みの一環とされる。その骨子は,配給制の事実上の廃止と,農民に収穫量の30%の個人所有を容認するというもの。しかし,果たしてこれが実行できるか疑問がある。これまで硬直した経済運営を行なってきただけに,指導者が変わったというだけで,やり方まですぐに変えることができるのか。
 実は2009年11月30日に貨幣改革(北朝鮮通貨ウォンの百分の一のデノミ)を断行したことがあった。それは金正恩が指導したと言われるが,この改革も経済を混乱に陥れただけで成功することなく失敗に終わり,責任者を公開処刑に処して結末をつけたのであった。
 この6.28方針の発表は,李英鎬・朝鮮人民軍総参謀長の解任(7月)直前に行なわれた措置で,党を中心とした経済改革を進めていこうという意思の表れと思われる。しかし,軍のトップであった李英鎬・朝鮮人民軍総参謀長が解任されて,軍としても黙って引き下がるかどうかは分からない。軍にとってはこれまで享受してきた利権を奪われるわけだから巻き返しがあるかもしれない。そうなると経済改革の法律などは下の木阿弥になってしまう。
 北朝鮮ではこれまでも字面上はいい法律をつくることがあったのだが,実際にそれがその通り履行されうまく進むかとなると話は全く別問題だ。
 ところで,鴨緑江下流域にある水豊ダム(60万キロワット)に行って見ると,その発電施設のところに以前は金日成主席の大きな肖像画が立っていたが,それが最近外されていた。前は金日成・金正日親子を称えるスローガンが掲げられていたのだが,それが二人を一つにまとめた文言に変わっていた。「偉大な金日成・金正日同志思想万歳」,そしてその横には「偉大な領導者金正恩同志万歳」となっていた。これが金正恩時代の幕開けを示すことは間違いない。
 北朝鮮では,これまで経済改革,農業改革を何度もやってきたが,そのたびに失敗して計画立案者が粛清されるということの繰り返しであった。経済の根本的なしくみを改革せずに,表面だけの改革ではどうにもならない。そのような基礎的なところの解決をしないままに,農民のやる気を出すような改革をしようとしてもうまくいくはずがない。
 今回の経済改革で収穫の一部の個人所有を認めることで農民にやる気が出てくるかもしれないが,実は農民の負担が大きくなる可能性がある。農民に生産が丸投げされてしまうと,かえって(農業機械,肥料代など)自己負担が増える可能性もあり,今まで以上に働かなければならない。今であれば共同農場でそこそこに働き,自分の自留地だけ熱心に耕せばそれで生きていける。
 北朝鮮では,今年も春の干ばつと夏の洪水という甚大な自然災害を蒙った。しかしこのところ毎年同じパターンの繰り返しだ。政府は農業政策の失敗の原因を天災としているが,やはり人災,政策上の問題がある。周辺国家がみな豊作のときに北朝鮮だけが凶作になるのを,天災のせいにだけするわけにはいかない。
 以前ある北朝鮮の農業代表団の人に話を聞いたときに,北朝鮮の農業不振の原因として,種,肥料,土壌などの問題が大きく,経営方針の問題は2割程度だと説明していた。日本では農業試験場での栽培結果と,農民のそれとがほとんど変わらないのに,北朝鮮では農業試験場ではそれなりの成果を出しても共同農場に行くとかなり成果が悪い。
 金日成主席や金正日国防委員長などのトップが現地指導に来たときには,いいところを見せているだけだ。かつて農業の分からない金日成主席があちこち現地指導しながら農業開発を進めた(主体農法)。そうした歴史的な残滓が数多くあり,それらが根本的に改善されていない。
 また農業肥料で重要な窒素は,火薬(銃器)の原料にも使えるために,肥料に回さないという。このような根本的なところでの過ちが正されない限り,農業発展は望み薄だ。政権の基盤が安定していない中,改革が果たして順調に進むかどうかも不明だ。

3.鉱物資源の「飢餓輸出」と洪水被害

 北朝鮮が正当な方法で外貨を稼げるのは鉱物資源だ。実は北朝鮮の鉱物資源の中で,マグネサイト,重石,クロム・モリブデン,黒鉛,バライト,金,雲母,蛍石など8種類は,世界10位圏内の埋蔵量を誇る。また,鉄,銀,鉛,亜鉛,銅,ニッケル,コバルトなども世界的な規模の埋蔵量がある。その大半が中朝貿易で中国に輸出されている。
 例えば,咸鏡北道の茂山鉄鉱山は,可採量が数十億トンに上る大規模な優良鉱山であるが,中国国境の豆満江沿いに位置する立地のよさもあって,貴重な外貨稼ぎの拠点となっている。茂山鉄鉱山から中国に向けて大型ダンプが連なって走り,鉄鉱石と無煙炭をどんどん中国に運んでいる。また鉄鉱石は水洗いして品質を高める方法をとっているが,水洗いすると豆満江がそれによって汚染される。同時に汚泥が出るが,それが川べりに堆積し,乾燥すると飛来して大気汚染の原因にもなっている。
 このように北朝鮮は国土・資源の切り売りという「飢餓輸出」によって外貨を稼いでいる。本来ならば,自国のために鉄鉱石や無煙炭を使って鉱工業などの産業を発展させなければならないのに,中国に輸出して石油を輸入し外貨を稼いでいるわけだ。中国は北朝鮮の資源などを搾り取っている。貴重な地下資源を売っているのだが,その収益が人民のために回っていない。そのくせスローガンには「茂山鉄鉱山はわが国の宝だ」と書かれている。「国破れて山河あり」ではなく,「国土荒廃して山河あり」が北朝鮮の現実だ。
 日本の対北朝鮮経済制裁について全く効果がないと主張する人がいる。「日本の経済制裁で北朝鮮はかえって外貨を稼いでいる。その結果,国内に立派なビルが建設され,ジェットコースターもつくられた」と。しかし,日本からもたらされるものには,精密機械などで北朝鮮での産業の発展に非常に役立っているものも多く,経済制裁は実際に影響が少なくない。
 この夏,平壌で大洪水被害があったが,これも深刻だ。北朝鮮は一旦韓国からの食糧や医薬品などの救援物資を受け入れることを表明しながら,その直後に「大したものでもない,いくつかの物資を出しながら冒瀆した」と主張して救援を拒絶した。それは「食べ物なら豊富にあるのでいらない。もっと肝心なもの(=とくにセメント)をくれ」というのである。セメントは北朝鮮でも生産しているが品質がよくない。もちろん本音で言えば,食糧だって欲しいのだが。
 以前にも似たようなことがあった。韓国がかつて食糧支援を申し出たときに,北朝鮮の最高人民会議常任委員会委員長,朝鮮労働党政治局員・延享黙という人は,「わが国の倉庫には食糧がたくさんあり,飢餓は存在しないから食料は要らない」と断ったことがあった。しかし実際には倉庫はからっぽであった。北朝鮮は面目・体面にこだわるところがある。
 今年北朝鮮では,干ばつや洪水の影響で,穀物収穫量 が例年より最大60万トン減少するだろうと予想され,深刻な食糧不足が懸念されている。今回の平壌付近の洪水被害はとくに厳しく,インフラがかなり破壊されたので,水道などの衛生設備の復旧を早急にしなければならない。そうしないと衛生状態の悪い水を子どもたちが飲めばたちまちやられてしまう。
 大洪水の被害をことのほか北のマスコミで宣伝していたが,軍事に投入する予算を民政に回せば,それで十分対応できるものだ。農水道などの復旧も土を固めたようなやり方で済ませていることが多い。きちっとしたインフラを整備していかないと,毎年同じ繰り返しをするだけだ。

4.金正恩体制の今後

 最近,金正恩国防委員会第1委員長のファースト・レディがミニスカートをはいている写真や映像が公開されて,「北朝鮮は変わった」と勘違いしている人が少なくない。しかしかつて,金正日国防委員長の妻であった高英姫もかっこいい格好をしていた。そして北朝鮮に遊園地もできたし,イルカのショーもできるようになったと喜んでいるが,国ができて60年以上経過してこの程度かという見方もできる。携帯電話が普及し始めたと宣伝しているが,いまやアフリカなどの奥地でも使われており,ことさらほめるようなこととはいえない。
 三代目になって改革開放が進むかと期待されている向きもあるが,長年硬直した体制でやってきた国が,一夜にして政治や体制を変えることはできない。拉致問題についても,「それは親(金正日)の代にやったことで自分(金正恩)には関係ない」から解決に向けて前進するのではないかと期待する見方もあるようだが,彼は親を否定するようなことは決してしない。
 変化を期待するのは難しい。幻想を抱いてはいけない。簡単には変わらないし,変えられない。1~2年ではなく,5年以上の先を見ないといけない。とくに軍との関係が不安定だ。張成沢国防委員会副委員長がいつまで勢力を保ってやっていけるか。今回の訪中で成果を挙げられなかったことを喜ぶ勢力もある。
 生殺与奪を握っているのは中国だ。北朝鮮にとって中国は大きな存在であるが,逆に中国にとって北朝鮮は貿易額にしても小さい。しかし北朝鮮には核兵器というものがあり,それがいつ北京に向けて飛ばされるかも分からないという恐れもある。中国としてはときに北朝鮮をなだめる必要があった。
 中国は「李英鎬・朝鮮人民軍総参謀長がいる限り六カ国協議もうまく行かないし,中国の面子丸つぶれだ。彼を排除しない限りは,援助をしない」,さらに「石油を送らない」といえば,北朝鮮の経済は終わりだ。このような圧力を加え,強硬派の李英鎬・朝鮮人民軍総参謀長を粛清することに成功した。
 北朝鮮では,食衣住は政策の重要課題だ。かつて金日成主席は朝鮮人民の理想とする姿は,「白米を食べ,肉のスープを飲み,絹の服を着て,屋根瓦の家に住む」ことだと言ったが,30年言い続けても実現できなかった。二代目の金正日国防委員長は,「首領様(金日成)は,人民が白い米のご飯に肉のスープを食べて ,絹の服を着て瓦の家で暮らせるようにしなければならないとお話になったが,私たちはこの遺訓を貫徹することができていない」 と同じことを言い,これも実現できなかった。三代目金正恩国防委員会第1委員長は,自分は太っているのに,「人民 が腰のベルトをきつく締めさせることがないようにする(やせないようしたい)」と言った。ただし,軍人だけ腹いっぱい食べさせておけば鉄砲を向けてこないが,彼らがお腹を空かせると何をするか分からない。
 最近,日朝交渉において戦争中の北朝鮮内の日本人遺骨収集問題が提起され,9月には代表団が訪朝したが,これは北朝鮮が何とかして日朝交渉の糸口をつかみたいと思っていることの表れといえる。北朝鮮が竹島(独島)のことにあまり言及しないのは,日本との交渉を進めたいからだろう。北朝鮮にとって日本はモノとカネのつるだ。日本人妻の拉致問題では進まないので,今度は遺骨収集を持ち出して交渉を進めようとしている。例えば,遺骨収集はタダでできない。小さなことでいえば,訪問先のインフラ整備や遺骨掘り起こしのために人夫代などを請求して儲けようともしている。
 朝鮮労働党の幹部である張成沢国防委員会副委員長は,今春彼の右腕である崔竜海を軍のトップに据えるという人事措置を行うなど,党中心の政治運営に変えていこうとしている。そもそも北朝鮮の最高権力機関は,朝鮮労働党であり,朝鮮人民軍はその前衛部隊であるから,金日成時代の体制に戻すということである。しかし,軍の経験のない者がいきなり大将(崔竜海も大将,金敬姫も大将)になって軍を指導しようとしているわけで,これは軍を敵に回すようなものだ。軍人国家においては煙たがられているに違いない。
 現在の金正恩体制の実権は,張成沢副委員長が権力を握っているというよりは,実はその妻の金敬姫党政治局員(金正日の妹)である。彼女が党書記であった崔竜海を軍のトップ(朝鮮人民軍政治局長)に据える人事工作をした。このような方向性は,ある意味で親父(金正日)の時代とは全く反対のことをやっているわけだ。金正恩国防委員会第1委員長は彼女が自分の親父のやってきたことをないがしろにしているのではと思っているかもしれない。今後については金敬姫の健康問題にかかっているともいえる。

(2012年9月14日談)
(2012年11月1日『世界平和研究』2012年秋季号より)