緊迫する東アジア情勢と日本の危機管理のあり方

志方俊之(帝京大学教授・軍事アナリスト)
Toshiyuki Shikata

<梗概>

 防衛・軍事問題に関する議論においては,時間軸の前提をはっきりさせることが重要である。目の前の脅威,中期的脅威,長期的脅威によって,対応が変わってくるからである。また国の経済が厳しい昨今の情勢を反映して,経済的合理性の尺度であらゆる政策を見直す流れもあるが,防衛はいうまでもなく,教育や科学開発などは長期的な視点から論じて戦略を立てる必要がある。とくに21世紀は,考えられていた以上に厳しい国際環境になることが予測されるので,それを先取りして危機管理・防衛・安全保障体制を早急に構築しながら,安心と安全の国づくりに着手しなければならない。


1.脅威の議論における「時間軸」の重要性

 「脅威」について考えるときには,時間軸を抜きにした議論は発散してしまう傾向があるので,この点を押えておく必要がある。つまり,時間軸(スパン)の設定の仕方によって脅威の内容が変わってしまうのである。日本の防衛を考えるときも,時間軸という前提を抜きにして議論するために,議論が収斂しないことが多い。

(1)目の前の脅威
 まずは「今そこにある目の前の脅威」である。例えば,大規模自然災害・大規模事故・大規模テロなどである。
 3.11東日本大震災は,地震被害と津波被害,これによって起きた原子炉事故災害と風評被害が複合した大規模災害だった。原子炉災害対処は目下進行中で,終息(何をもって終息とするかさえ,多くの考え方がある)するまで何年かかるかさえ分からず,それまでに余震が起きる可能性もあり,予断を許さない。
 また,わが国において一般にテロは起こりにくいと思われているが,地下鉄サリン事件は,「事件」ではなく,世界初の大規模化学「テロ」であった。福島第一原発の事故は,原子炉そのものを襲撃しなくても原子炉に至る外部電源の送電線を切断すべく襲撃すれば,あるいは巧妙なコンピュータ・ウィルスを原子炉の制御系に送り込んで,冷却機能を混乱させれば,テロの目的を達することが可能であることが明らかとなり,送電線がテロ・グループの格好のターゲットになり得ることを世界に示すこととなった。

(2)中期的な時間軸の脅威
 次は,中期的時間軸(5~10年後)で見積もるべき脅威である。政府官庁では五カ年計画や十カ年計画を立てるように,防衛でもこれに相当する「中期計画」,すなわち5~10年後に目の前に現れるかもしれない脅威を想定して計画を立てる。
 例えば,わが国に近い地域にある軍事力が,わが国の安全を脅かす直接的な脅威,すなわち「核と弾道ミサイルを持つ北朝鮮」が軟着陸し得るか,不安定に向うかの問題である。軍部の支えを背景にして,世襲による権力継承を行なってスタートした金正恩新指導部のリーダーシップは,いまだ安定しているとは言い切れない。李英鎬・朝鮮人民軍総参謀長の突然の更迭が,この兆候を示している。新指導部(新総参謀長・玄永哲)による改革開放政策が,中国の支援によって進捗する可能性もあるが,今後,指導部内の内紛が表面化して半島情勢は不安定化するかもしれない。

(3)長期的な時間軸の脅威
 三番目が,長期的時間軸(2030~40年ごろ)で見積もるべき脅威である。これは,グローバルな戦略環境の変化が,周り回ってわが国の安全を脅かす「間接的な脅威」である。今すぐと言うわけではない「長期的な脅威」だ。
 例えば,防衛力整備についていえば,基本は長期時間軸に基づく計画である。現在のF15,イージス艦,パック3などは,みな25~30年前に計画して準備した結果として,現在運用できるようになっているものだ。来年度の防衛予算を増やしたからといって,こうした防衛力増強にはすぐに結びつかない。長期的スパンの計画に基づき,営々と準備をし,装備の開発,人材の育成・訓練をしてようやく実現できるのだ。現代の兵器はどこの国でもほぼ互角のレベルになってきており,勝敗を決するのは兵士の意思と判断力になるが,そういう部分を鍛えるには10年,20年という歳月を要する。ゆえにこの時間軸にあわせて,脅威を想定して,装備とマンパワーを準備していかなければならないのである。

(4)防衛力整備と危機管理は時間との戦い
 中国では一連の権力闘争を経て新しい習近平体制が発足したが,汚職,貧富の差,社会不安,教条主義などとの闘いをうまく進め,軍部を統制し,持続性のある経済成長をすすめることに成功するであろうか。とくに高度経済成長に歯止めがきかない中国は,核心的利益と称して南シナ海に進出するとともに,西太平洋におけるプレゼンスを強化させる富国強兵路線を採り,軍備の近代化に邁進している。尖閣諸島問題において,反日デモを煽ってはみたものの,全国に拡がったデモの暴力化を制御できないほど北京のガバナンス能力は相対的に低下しているようにも見える。発足した習近平新指導部については,待ったなしの政治改革を進めるためにも,軍部への借りはますます大きくなることから,難しい軍政関係が垣間見える。
 ロシアはプーチン大統領が北方四島問題について解決をほのめかす一方,メドベージェフ首相は北方四島を訪れ自国の領土であることを強調するとともに,核戦力強化を含む軍備近代化計画をスタートさせた。またフランスから導入する2隻のミステール級揚陸艦を太平洋艦隊に配備すると発表した。また,このところロシア空軍機のわが国近傍空域への接近も多くなり,航空自衛隊のスクランブル回数が増加している。
 イラン情勢がわが国の安全保障に与える影響にも重大な関心を持たなければならない。イランの核開発疑惑をめぐって,米国とイランの対立はますますエスカレートしている。内戦状態にあるシリアの場合でも核開発疑惑のあるイランの場合でも,オバマ政権が地上兵力を使った大規模な軍事的行動に踏み切るとは思えないが,延々と続く外交交渉に業を煮やしたイスラエルがイラン核施設の空爆に踏み切る可能性もないとは言えない。また,ホルムズ海峡にイランが機雷を敷設した場合には,海上自衛隊の掃海部隊の派遣を求められるかもしれない。いずれにせよ,海の向こうのこととして見て見ぬふりはできない。
 このように,21世紀はわが国の能力や持ち味を活かすことが難しく,かつ,われわれが考えていたより厳しい国際環境になる可能性もあることから,情勢の変化を先取りして危機管理・防衛・安全保障体制を構築し,安心と安全の国づくりに着手しなければならない。防衛力の整備と危機管理法制構築には,十数年以上の年月を要することから,これは遠い先の問題ではなく,「時間との戦い」なのである。
 福島第一原子力発電所事故は,わが国の国家的な「危機管理体制(法律・組織・訓練)」の脆弱さを白日の下にさらすこととなった。今後,われわれがなすべきことは明らかである。「費用対効果」や「選択と集中」と称する一見合理的な政策判断,経済的合理性だけを追い求めてきたわが国の「国の在り方」に,大きい方向修正が必要であることを国民に知らしめた。世の中には,費用対効果で考えてはいけないものが,少なくとも三つある。それは,「教育」「先進科学開発」「防衛」である。その効果は,10年も20年も先に出てくるものであるし,いま手を抜けば,その時点で「取り返しのつかない」事態になるからである。


2.21世紀世界の特徴と展望

 20世紀は「革命と戦争の世紀」と言われたが,21世紀はどう特徴づけられるだろうか。今や大規模戦争は起こりえないと思う。21世紀の特徴は,「格差の拡大と是正の闘争」と考えられる。しかし,両者には共通点がある。すなわち,現状を維持したいグループと現状を打破したいグループとの闘争という点である。この闘争は,新しい形として21世紀世界でも続くと考えられる。
 ここで格差のなかみについて見ておく。

核の格差(Nuclear Divided)
 核保有国と非核国との国際的発言力の格差は,幾何級数的に大きくなるばかりである。そのために小国は核を保有したがる。例えば,インドが核を保有するのは,米国や中国と戦争をするためではなく,対中外交を進めるに際して,中国が核を持つのに自国になければ交渉は話にならないから,対等な立場に立つためにも核を保有するのである。戦争の手段ではなく,「政治的ツールとしての核保有」という考え方である。
 日本は「非核国」を決断したので,核保有国と対等の立場で外交交渉をするときには,核に代わるどのような力で発言力を確保しようとするのか。この点を国は論じる必要がある。

資源格差(Resource Divided)
 資源産出国と資源依存国との間の国力の格差は大きくなるばかりである。20世紀の資源は,日本にとって基本的にカネを出せば買える時代であった。しかし,21世紀は資源を戦略的ツールに使う時代になる。ある日突然,「この資源は売らない」と通告されるかもしれない。日本には,資源がほとんどないわけだが,どのようにして安定的な資源供給を確保しようとするのか。どこかの資源国を「日本に売ってやろう」という思いにさせることが大事になってくる。またその国に「日本に売ると制裁する」などと脅す国が現れるかもしれない。イランの石油はこの事例に該当する。

先端技術格差(Technology Divided)
 高度な技術を駆使できる国とできない国との格差は大きくなるばかりである。最近日本人もノーベル賞を受賞しており,先端技術は大丈夫と思う人もいるかもしれない。しかし,日本の先端技術は,櫛の先端のようなもので,その中間を埋める技術や投資の面では遅れをとっている。最近は,欧米の優秀な大学への日本人留学生がめっきり減ってしまった。反面,中国人留学生は急増している。ある在仏日本人留学生は,「自分探しの旅をしている」と語っていた。

情報格差(Information Divided)
 国家的情報収集組織を持つ国と持たない国との格差は大きくなるばかりである。わが国は米国のCIAのような情報機関を持っていない。内閣調査室というのはあるが,いわゆる「スパイ行為」を是とする組織ではない。言ってみれば,「清く,正しく,美しく」ということになろうか。
 一般に情報を収集する場合には,相手側から「おまえはどんな情報をくれるのか?」と対価を求められる。情報の世界は,まさにギブ・アンド・テイクの関係だ。ところが,日米関係で言えば,軍事関係情報では米国が知らずに日本だけが把握している情報はほとんどないために,ギブ・アンド・テイクが成立しない。ゆえに相手方がなにがしかの情報が欲しいと言ってきたときには,何か魂胆があると考えた方がいい。

価値観の格差(Value Divided)
 以上のような格差をつけられた国=日本は,どうなるのか。その結末が価値観のギャップだ。価値観の共有は難しく,格差をつけられた国(日本)は価値観の相違を狂信するようになる。

上述のようなさまざまな格差が拡大する結果,次のような現象が起こるだろう。
 
1)国際テロリズムが頻発する。
 テロは,相手が国家ではないので,抑止も交渉もできない上,発生場所や時はテロリストが選びうるだけだ。

2)大量破壊兵器や高度な通常兵器を破綻国家や国際テロ組織が手に入れる。

3)国連の安全保障機能には依然として限界がある。
 「たかが国連,されど国連」の時代は続く。

4)情報戦争が本格化する。
 インターネットを含む情報手段が高度に発達し,ウィキリークスのような,特異な情報漏洩,国家間のサイバー戦争が本格化するだろう。
サイバー問題について日本では「サイバー犯罪」と捉えているが,世界では「サイバーテロ」として扱っており,さらに「サイバー戦争」と考える段階にまで来ている。国家と国家がサイバーをめぐって戦争をしているのだ。この点で,日本の認識と対応は本当に手遅れ状態にある。
 陸,海,空,宇宙に続く第5の戦場がサイバー空間だ。これは遅れを取ると非常に恐ろしいことになりかねない危険性を孕んでいる。ここ数年のわが国の事例を見ても,防衛関連企業からの情報漏えい,国会議員のパスワードが盗まれるなど,きわめて憂慮する現状である。一方,米国では,サイバー・コマンドを設けた体制を整備し対応している。わが国も,国家に対するハッカーなどサイバー攻撃に対しては,防衛省が担当すべきだと考える。

5)安全保障の分野でも,超大国の米国一国主義から多極化・地域化の時代に入る。
 「パワー・シフト」(欧米中心の世界から多極化世界が出現),「パラダイム・シフト」(アラブの春に見られるような,強権的独裁体制から民主制への移行など統治の力学的変化),「テクノ・シフト」(技術の進歩が非常な速度で進んでしまい,後からそれを制御する法律,システム構築が追いつかず犯罪が横行している)が同時進行し,わが国の「良さ」「長所」(治安のよさ,国民の勤勉性の高さ,教育レベルの高さなど)が活かされない「不安定」かつ「不確実」な時代の到来である。未知な海に漕ぎ出している状況だ。


3.わが国が存立する上での必須条件

 ここで,不安定かつ不確実な時代において,わが国が生存を維持し繁栄していく上での,必須要件をいくつか考えてみたい。
 
(1)資源保有国が,わが国に喜んで資源(年間約8億トン)を供給してくれること
 わが国の資源依存度の現状を示す。
・エネルギー自給率:4%(原子力を輸入とした場合),19%(原子力を国産とした場合)
・食糧自給率:約40%(カロリー・ベース) 
・水自給率:46%(仮想水=バーチャル・ウォーター・ベース)

(2)資源保有国からわが国へ至る長大なシーレーン(約6000海里)に沿って紛争がないこと

(3)わが国は,その資源に付加価値をつけて競争力ある工業製品(1億トン)をつくり得ること
 そのための鍵は,
①他の追随を許さぬ高度な技術(他の工業国がとても作れない高度な製品やシステム)
②勤勉な労働力(雇用システムの刷新)
③安全・安心な社会秩序(結局は,教育の問題に帰する)

(4)多くの国々が,わが国の製品を買ってくれること(邪魔する国々が出現しないこと)
 わが国ほど,世界中が平和であることを必要とする国はない。
①わが国が平和であることは「必要条件」であっても,それだけでは「十分条件」ではない。
②わが国は平和のために何をすればよいか?(資金提供だけでは済まない)
③最大の脅威は,国際社会における孤立である(高い発信力と国際的リーダーシップの発揮)。
④自国を危険にしない努力,およびそれと同程度に国際的責務を果たすべき。
 「貢献」(contribution)する日本から「責務」(obligation)を果たす国への転換。


4.時間軸から見た脅威とその対応策

(1)今そこにある脅威
①大規模自然災害
 「災害対策基本法」に基づく対応(このノウハウは危機管理の基礎となる)。
②大規模事故
 「原子力災害対策特別措置法」によって対処(福島第一原発事故が一例)。
③大規模テロ
 「武力攻撃事態法」および「国民保護法」に基づく対応。

(2)中期的時間軸の脅威
 数年後以降に起こるかもしれない脅威(2015~20年ごろ)の一例として,北朝鮮のシナリオを考えてみる。
①自己崩壊シナリオ:ルーマニアのチャウセスク型崩壊 
 大量難民の発生⇒日本海を渡ってくる大量難民の受け入れをどうするか。
 UNHCR(国連難民高等弁務官事務所)の統計によれば,国が崩壊すると人口の約10%が難民として出て行くという。北朝鮮の人口は約2400万人なので,200万人くらいの難民が予測される。朝鮮戦争のときの例でも,北から約200万人が脱出した。そのうち,日本に来るのは果たしてどのくらいか?日本政府はその十分の一の20万人程度を予測する。例えば,万景峰号に乗り込んだ北朝鮮の人々が鈴なりになって日本に押し寄せてきたときに,どう対処するのか。どの法律を適用して,どう対処すべきか,いまからシナリオを描いて準備しておかなければならない。
②軍事的挑発による瀬戸際政策(provocative brinkmanship)シナリオ
 金正恩のリーダーシップを顕在化するための軍事的瀬戸際政策である。例えば,韓国哨戒艦「天安」撃沈や延坪島への砲撃の例,弾道ミサイル発射や地下核実験が想定される。
③軍事的暴発(accidental explosion)シナリオ:軍部の誤判断による暴発
 工作員によるわが国に対するテロ攻撃(拉致という名のテロは既に行なわれた)の可能性。今後警戒すべきテロ攻撃目標としては,大都市中枢部(政経中心),公共交通機関(新幹線),重要施設(原子力発電所,長大トンネル,長大橋梁など)が考えられる。
 軍事的攻撃へのエスカレートの可能性。
 例えば,米軍の艦艇や航空機に対する攻撃(例:トンキン湾事件,プエブロ事件),軍独走によるわが国に対する弾道ミサイルの発射(わが国の大都市)などである。しかし,北朝鮮は米軍に対する攻撃は戦争に発展してしまうのでやらずに,韓国軍に対する攻撃にとどめている。
 政治・経済・外交については,既に北朝鮮は中国の影響下に入っているが,軍事だけは間合いをとってきた。例えば,北朝鮮人民軍の装備に中国製はなく,みなロシア製だ。朝鮮戦争では人民解放軍の援助を得たが,それ以降中朝軍事訓練は一度も行なっていない。それは軍事に関して中国人民解放軍が介入してくるのを恐れてのことであった。ところが,金正日死後に金正恩を次期後継者として中国に認めてもらうために,軍事顧問に入ることを許したようだ。これで北朝鮮の軍事も中国の影響下に入ったと見ている。つまり,レッド・ラインを越えて「北朝鮮人民自治区」の誕生である。中国から見た北朝鮮はどうか。日本国内とのアナロジーで言うと(面積比),東京から石川県を見ているようなものだ。しかも北朝鮮の隣には人民解放軍がいて目を光らせている。

(3)長期的な時間軸の脅威
 今後,十数年ないし20年以内に起こるかもしれないシナリオ(2020~30年ごろ)として,日中関係のシナリオを考えてみる。これは中国の変化していくコースによって幅がある。中国の向うコースには次の三つが考えられる。
①わが国を10倍にしたような共存共栄した民主国家に進むコース(これが最も望ましい)
②軍事的覇権を追求するコース
 (核の脅威,シーレーンに対する脅威,東南アジアのフィンランド化)
③大乱の中国となるコース
 (辺境地域の分離独立・貧富の差に起因する大乱,大量難民の発生)
 わが国としては,中国が三つのどのコースをたどるにせよ,それぞれに対応可能な公約数的な対応が必要である。つまり,「状況に変化して注意して進む」ことが大切である。その際に注意しておくべきポイントをいくつか列挙する。
・米中は同床異夢の戦略的共存(当面は経済における中国との相互依存関係)である。ゆえに,米国は,太平洋を二分する相手としての対中観,異質であるがゆえに相互に重要とする考えを持つ。
・長期的には軍事的脅威となる(例えば,対艦弾道ミサイルASBM)。
・「友好」とは同じ考えを持つことではなく,違いを認め合うことから始まる。
・常に国際法に則る凛とした対応をし,鋭敏に反応することを止め,相互に自重すること。

(4)中国の抱える難問:中国の光と影
 中国には「社会主義市場経済」を「一党独裁体制」で運営するという矛盾が常に内在しており,顕在化してくる矛盾を,政治の民主化なしに解消するためには,粉末化しつつある人民の感情をまとめるため,反日ナショナリズムを利用するという最も安易な誘惑に陥るかもしれないが,これは中国にとって危険なシナリオである。これからも時の政権の都合で,「友好」と「反日」,さらには「抗日」の間を幅広く揺れ動くだろう。
 もともと政治権力を持っている軍部の政治化はますます強まり,政権は軍部を懐柔するためにも軍事力の増強に歯止めをかけることが難しい。また「反国家分裂法」は,事があれば政府は躊躇せず軍事力を使うことを軍部に確約した文書であると見てよい。中国政府は米国には気を使うが,反日は軍部を懐柔するための格好の材料である。要するに,「軍部の政治化」はますます進行し,中国政府は軍を制御することが難しくなって,中国を軍事大国に変身させる可能性をもっている。
 中国には以下のような難問を抱えている。

<暴走する経済>
①経済の高度成長を制御することが難しく,ますます顕在化してきた貧富の差。
②国有企業の民営化の過程で,不採算部門を整理した際に「切り捨て」が行なわれたが,そのときの「シコリ」が未だに残っていて不公平に対する不満が鬱積している。
③銀行が抱える不良債権が不透明である。
 要するに,一党独裁の社会主義体制では,現今の「市場経済の暴走」を制御することは難しい。

<迫り来る国際化の圧力>
④エネルギー,その他の資源輸入国となったので,国際ルールを守らなければならない。
⑤人民元切り上げ圧力は加速化する。
⑥オリンピックや万国博を体験し,国際化した開かれた社会への転換が迫られている。
⑦人民に国際化した商道徳を守らせるよう教育することの難問に直面している。
 要するに,一人勝ちの経済運営ができなくなる一方,社会改革を迫られるようになった。

<政治的発言力を強める軍部>
⑧エネルギー資源の確保のための海洋資源開発にも,
⑨台湾の独立や西域の不安定に備えるためにも,
⑩全国に広がる抗議行動の制圧のためにも,
 政権にとって人民解放軍の力は不可欠である。もともと政治権力を持っている軍部の政治化はますます肥大化し,政権は軍部を懐柔するため軍事力を増強する。軍部の政治化がますます進行し,中国はやがて軍事大国に突き進む可能性が高い。

<劣化する社会>
⑪激増する組織犯罪(その一部は,海外にまで渡る勢いである)。
⑫麻薬禍やエイズの蔓延など,社会の劣化も拡大している。
⑬救いを求める人民の中には宗教に救いを求める者もでてくるが,これも政権を揺るがす。
⑭これまでに行なってきた反日教育があるから,反日大衆運動を抑え込むことも難しい。
 いま中国政府は,このよな「経済の暴走(バブルの崩壊)」「国際化圧力」「軍部の政治化」「社会の劣化」という構造的な四重苦に直面しつつある。経済成長が人民の懐具合をよくしている間は,これらの矛盾を覆い隠すことができるが,経済が停滞すれば政府に対する人民の抗議行動は先鋭化する。壁新聞や「人民日報」全盛期の頃とは違って,人民はインターネットで情報を交換し問題の本質を知る。


5.脅威に対するわが国の対応

(1)国家の構造改革(平成維新)
 まず,国家構造改革に関するわが国の歴史を振り返ってみよう。
①大化の改新:中国にあった律令国家への国家構造改革
②明治維新:西欧諸国に倣った近代国家への国家構造改革
③戦後復興:米国のような民主主義社会や経済繁栄に追いつく国家構造改革
現在の「平成の国家構造改革」では,わが国はトップランナーのグループに属し,追いかける目標となる国家像はない。ゆえに21世紀における「国家像」(坂の上の雲)を自ら創り出す必要がある。平成の改革は,未知への挑戦であり,最も難しい改革に挑戦することになる。その鍵は,国家像の決定である。
 過去の国家構造改革に共通する要因を挙げてみれば, 
①外的条件(国家的な危機感)があった⇒しかし今は「危機感」がないことが最大の危機。
②追いつくべき国の姿(国家像の設定)があった⇒自ら創出しなければならない。
③旧構造の大規模な破壊⇒平和裏に旧体制を廃止することの難しさ。
④洞察力のあるリーダーの輩出⇒実はこれが一番問題。
 そこで,平成維新における国家像(坂の上の雲)の一例を挙げてみよう。
①道義国家(弱きを助ける尊敬される国)
 新しい社会規範(世代間の共生社会,富の再配分,調和した個人主義)を確立し,先導する。
②知の大国(先進科学技術国家)
 宇宙開発・海洋開発・原子力エネルギー・農業・医学・材料・新エネルギー開発など,基礎的な先進巨大技術開発への体制整備。
③安全・安心の大国(危機管理国家)
「危機管理・安全保障基本法」の制定,憲法改正。
④情報大国(他国より早く情報を知る)
 「国家情報組織」の創設,「情報管理基本法」の制定。
 最後に,参考として,「武士道の五要件」を紹介する(各条項中,「武士」を「自衛隊」「日本」に置き換えればそれぞれの姿勢を示すことになる)。
①武士は,強くなければならない。
②武士は,自分から先に刀を抜いてはならない。
③武士は,弱気を助けなければならない。
④武士は,為したことを恩に着せてはならない。
⑤武士は,為した後,黙って立ち去らなければならない。
 しかし,武士の立ち去った後には,華の香りが残る。

(2)緊急事態基本法の整備
 ここ数年の間に見えてきた日本の脆弱性の一つが,国家の危機管理体制である。少し前に野田内閣に関わる中で,危機管理の甘さを再確認した。福島第一原発事故の時の対応を見ても,現場と官邸,その他の司令部がまったく別個の動きをするなど,お粗末なものだった。多くの情報が寄せられてはいたのだが,それらについての価値判断や優先順位を付けることができずに,すべての情報が同列に扱われてしまい混乱を助長させた。情報をしっかり判断して扱うシステムの不在が明らかになった。具体的な項目として挙げてみると,①法体系の不整備,②官邸の訓練不足,③リーダーシップの不在,④組織の不在,⑤時間軸の混乱などである。
 そこで,わが国は法治国家であるから,法律で国家の安全保障・危機管理を万全にする必要がある。安全保障法制に関連して,いくつか指摘しておく。

 周辺事態安全確保法や船舶検査法は,日本の法律が及ばないインド洋などで事態発生時の法律であるが,「日本の法律が及ばないときには国際法に則ってやれ」という趣旨に過ぎない。その意味であれば,あってもなくても変わらないような法律と言える。国際法を準用するとの規定であり,わが国としてどうするかがまったく言及されてない。
 また,イラク復興支援特措法,テロ対策支援特措法(それぞれ時限立法),国際平和協力法,国際緊急援助隊法,海賊対策法などを,「国際協力一般法」(仮称)のような恒久法としてひとくくりにすれば,緊急な災害や事態発生に対しても即応できる。つまり,そのときの事態に応じて,「同法の何条と何条は適用しない」というように国家安全保障委員会(NSC)の会議で決めて選択的に運用する。
 こうみてみると,緊急事態時の対応は,憲法からいきなり4階部分に飛んでしまうので,一つひとつの事案が憲法違反かをそのつど判断するような場面に遭遇することになりかねない。現場は,憲法を意識しながら運用しなければならないという状況だ。そして「どうしよう,どうしよう」と慌てているのが日本の現実である。それは緊急事態基本法,安全保障基本法などが整備されていないからである。一方,自然災害については,基礎の憲法から運用までのすべての面で整備されている。
 なぜ整備されていないのか。(緊急事態関連の)基本法をつくろうとすると,憲法との関係が問題になって進まないからである。憲法には「平和」ということばはたくさん出てくるのだが,平和をどう守るかという条項が全くない。それは敗戦日本に対してすべて占領軍が対応するというしくみにしていたので,平和を守ることに関する条項がないのである。しかし,占領政策が解かれた後になっても,日本自身が自国を誰が守るのかについて自問自答しなかったことが問題であった。自民党も憲法改正を党是としてきたのに,何もしないで放っておいた。
 さて,基本法とは,国政に重要なウェイトを占める分野について国の制度,政策,対策に関する基本方針を明示した法律で憲法の中にそれを担保する文言がある。現在,「基本法」と名の付く法律は40以上ある。
 例えば,教育基本法は1947年の占領下に成立し残っていた唯一の基本法であったが,2006年ようやく安倍政権時に改正された。ところが,国家の緊急事態や情報管理に関する基本法がない。そのほかの課題としては,外国人による土地売買の問題がある。現在わが国の土地は外国人売買に関して野放し状態で,沖縄は最近中国がどんどん買い占めつつある。
 尖閣問題の今後のシナリオを考えてみると,尖閣諸島への中国人の接近は,最初は武器を持っては来ないと思う。特殊部隊が銃を持たずに数百人がいつの間にか上陸し,島で生活をし始める。自衛隊は,武器を持たない人に対して武器の使用はできない。自衛隊のレインジャー部隊でも対処が難しいだろう。このような離島警備一つをとっても,まともな法律がないために,対応に苦慮せざるを得ない現状である。

 沖縄を中心に地図上に同心円を描いてみると,グアムは約2000キロメートルのところに当たる。現在の軍事的知見から言うと,2000キロメートルというのは,Not too far,not too closeという距離に相当する。つまり,あまり遠いと事態発生時に間に合わないし,あまり近すぎるとアクシデントが起きやすくなる。かつて冷戦時代の日本の脅威はソ連であったが,当時米軍基地は北海道にはなかった。それは北海道がソ連軍に近すぎたからである。米軍は青森県三沢基地まで下がった。
 軍事基地は,剣道の蹲踞に譬えられるが,一定の距離を置きながらも,いざというときにはすぐに対応できる位置が重要になる。それが現代でいえば,2000キロメートルという距離なのである。こうしたことを考慮するときに,沖縄の方々には申し訳ないけれども,沖縄の軍事上の位置が非常に重要なのである。
 もう一つは,沖ノ鳥島の戦略的な価値についてである。中国は沖ノ鳥島を島ではなく岩だと主張する。もし沖ノ鳥島が島でなくなると,日本のEEZは約37万平方キロメートル,ちょうど日本の面積に相当する部分を失うことになる。しかも単なる海という意味以上に,この地域は海底資源や漁業資源の宝庫である。沖ノ鳥島には気象観測所があって,海保が管理している。最近は中国の海洋調査船などが沖ノ鳥島周辺海域を徘徊している。

(3)核拡散時代におけるわが国の核に関する選択肢
 核に関しては,銘記すべき核に関する四つの現実があることを知らなければならない。 
①核に対抗できるものは核しかない。
②核を持った国が核を手放した例はない。 
③核軍縮は核保有国間で実現した。 
④核拡散防止条約の二つの前提は崩れた。つまり,「核保有国は核軍縮をする」,「核保有国をこれ以上増やさない」の二つである。
 冷戦後の今の時代,北朝鮮が日本に小規模な核を一発落としたときに米国が必ず核で報復してくれるだろうか。理論的にはそうであっても,米国は核以外の対応をする可能性がある。では,日本も独自の核を持つかとなると,グローバルな経済制裁を受けるなど,そのために払う政治的コストが高すぎて,国民的合意を得ることが難しい。
 核拡散防止(NPT)体制が完全に破綻して,韓国も台湾もASEAN諸国もすべて核保有に踏み切ったとなれば別だが,わが国は核弾頭と弾道ミサイルを何時でも開発する技術を持っているのであるから,「持てるけれども持たない」(Can but Not)という政策を採るのが賢明である。むしろ「持てるけれども持たない」と高踏的な立場で,非核国の利益のために,国際場裏で政治・外交力を発揮した方が得策である。カナダのように非核ではあるが,米国の核の傘の信頼性を高くするための協力に踏み切ることも選択肢である。
 ドイツやイタリアなどが選んでいる「核共有」(nuclear sharing)もあるが,陸続きの国で戦略核が未だに配備されているNATO第一線の諸国と島国の日本とでは基本的な条件が異なることから,せいぜいカナダ方式までが限界であろう。日本が核保有政策に踏み切らないよう周辺諸国が祈るようにしておいた方が,現実に保有するより有効なのではないか。

(4)弱体な国家情報力
 最後に,情報力強化を図るためのポイントを列挙してみる。
①サイバー空間における防御と反撃。
②各省庁間のガバナンスを検討中,反撃部隊は未整備。
③米国は国家に対するサイバー攻撃に対抗する任務を国防省に集約。
④「サイバー・コマンド」を設立し,国家的な反撃態勢を取るに至っている。
⑤防諜活動(Counter Intelligence)。
⑥法令の整備:秘密保全法(あり方を検討中),情報管理基本法,緊急事態基本法などの整備。
⑦情報を「収集し,分析する」ことが直接の目的ではない。その情報を使って,行動方針を「決断する」ことが目的なのである。したがって,国家安全保障委員会(NSC)のような国家組織がなければならない。
⑧核を持たぬ日本,軍事力を制限している日本は,ウサギのような長い耳を持つ必要がある。
⑨各種衛星システムの強化。
⑩日本版の国家安全保障委員会を設立。
⑪秘密保護関連法令の整備。

(2012年11月21日)
(2013年2月1日,「世界平和研究」冬季号より)