2014 QDRに見る米アジア太平洋重視戦略の内実と日本の対応

太田文雄(防衛大学校元教授)

<梗概>

 今年3月,米国防総省は安全保障戦略の指針となる「4年ごとの国防計画見直し」(2014 Quadrennial Defense Review)を発表した。米政府の厳しい財政事情を反映して国防予算が大幅にカットされる中,2014 QDRではアジア太平洋重視戦略の堅持や同盟・友好国との連携強化などを示した。ともすると世界の紛争から身を引こうとする姿勢の見られるオバマ政権だけに,その内実は果たしてどのようなものか。あわせて今年末に予定されている「ガイドライン」の改定に向けて,日本としての対応についても考えてみたい。

1.アジア太平洋地域へのリバランス

 前回(2010年)の「4年ごとの国防計画見直し」(QDR)と今回のQDRを比べてその特徴を見てみたい。
 両者について特徴的な一言で表現すれば,前回は「戦時のQDR」(wartime QDR)であるのに対し,今回は「緊縮予算下におけるQDR」と言えるだろう。2010年から2014年の間に,国防総省からその変化を示す文書が二つ出ている。それは,2012年1月に相次いで出されたSustaining U.S. Global Leadership: Priorities for 21st Century DefenseとDefense Budget Priorities and Choicesの二つである。
 米政府の厳しい財政事情を反映して,国防予算の大幅なカットが展望される中での2014 QDRであるが,アジア太平洋地域に対する「リバランス」は明確に示されている。
まず,注目すべきキーワードから見ても,今回の2014 QDRの特徴が見えてくる。例えば,2014 QDR全文中の使用頻度は,rebalanceが28回,balanceが53回,budgetが30回などとなっていて,2010年のQDRによく使用されていたglobal commonやhybrid/complexといったキーワードは全く使われていない。
 また,国防総省が今年3月に出した2015年度(2014年9月~)の「予算要求の概要」を見ると,至るところに「アジア太平洋地域に対するリバランス」(the rebalance to the Asia-Pacific region)という言葉が出ている。海軍・海兵隊・陸軍といった軍種毎のみならず,武器弾薬・近代化・インフラなどの機能面においても「アジア太平洋地域に対するリバランス」に言及している。とくに近代化に関しては,A2/AD(接近阻止/領域拒否)環境下での作戦・生存能力に照準を当てた新技術開発を強調している。
このように2015年度の予算要求を見ても,アジア太平洋地域へのリバランスは明確である。

 2012年より以前に,オバマ大統領がオーストラリアで「(アジア太平洋への)リバランス」について述べたのは2011年11月だったが,それ以降の米太平洋軍の主な動きを拾ってみると次のようになる。これらを見てもアジア太平洋地域へのリバランスが,実態面で着実に進められていることがわかる。
・海兵遠征旅団(約2500名)や空軍ローテーション配備の豪州北部ダーウィンへの派遣
・2014年以降,豪海軍強襲揚陸艦艇との訓練
・米海軍の豪パース軍港へのアクセス
・最新鋭「沿海域戦闘艦」(LCS)のシンガポールへの配備と日本への配備表明
・フィリピンへのローテーション配備や艦艇の派遣
・陸上自衛隊と米第3海兵遠征軍のグアム・テニアンでの共同訓練(2012/8)
・陸・海自衛隊と米第1海兵遠征軍の南カリフォルニアでの共同訓練(2013/6)
・攻撃ヘリ(AH-64E)8機のインドネシアへの配備
・米・韓海軍と海上自衛隊の日本海における合同軍事演習(2012/6)

2.予算削減の影響

 アジア太平洋へのリバランス政策により,2020年までに米海軍の6割をアジア太平洋地域にシフトするとの方針は今回も再確認された。すでに潜水艦は,太平洋に6割,大西洋に4割の体制になっている。従って大きな方向性ではアジア太平洋へのリバランスは間違いないのだが,予算削減の影響を無視するわけにはいかない。今回のQDRではわざわざ1章を割いて(第5章「更なる予算削減があった場合の意味合い・リスク」)この問題を論じている。
 それによると今後更なる予算削減が行われる場合には,同盟・友好国との訓練が減ること,実質的にA2/ADやサイバーチャレンジといった脅威に対する科学的能力に欠陥が生じること,水上艦艇の隻数が減りプレゼンスの低下を招くこと,同盟・友好国への再確証や潜在的脅威に対する抑止力の低下,などをもたらすだろうと警告している。
 予算削減による影響としては,米軍全体の兵力が低下する中で,欧州・中東地域はかなり低下するが,アジア太平洋地域については不変か微増となるであろう。しかし,中東や欧州で有事があった場合には,アジア太平洋地域からの兵力転用が行われる可能性もあるので,その点の懸念は残る。
 今回のQDRは,世界に向けての発信というよりは,「国内向け」の意味合いが強いように感じられる。つまり,更なる予算カットをすると大変なことが起こりかねないという警告メッセージを大統領府(行政府)や議会に向けて発信しアピールしている側面が大きい。QDRの最後に統参議長の評価が載せられているが,(さらなる予算削減によって)通常兵器による戦闘が更に困難になり,同盟・友好国に対する依存度が高まるなどの見通しを述べている。
 大幅な兵力削減をされる陸軍に比べれば,海軍はそれほどではないが,それでも2016会計年度以降も更なる予算削減がなされた場合には,空母11隻が10隻体制となり,ジョージ・ワシントンを退役させなければならなくなると述べている。
 2012年1月にアジア太平洋地域へのリバランスが明示されて以降,国防総省および国務省の海外に対する軍事関連予算を見てみると,予算削減傾向の中でも地域的緊急度に鑑みてメリハリをつけた予算配分を行っている様子が見えてくる。国防関連予算でシンガポールが増加しているは,最新鋭の「沿海域戦闘艦」(LCS)の配備に関連する予算の増加に伴うものであろうし,国務省の外国軍関係費ではフィリピンやベトナムが増加している。

3.米中関係

 米国の中国に対する見方について大まかに言えば,大統領府(ホワイトハウス),国務省,経済関係省庁などは中国に対する融和的な傾向が強いが,国防総省やインテリジェンスコミュニティは警戒の念を崩していない。もちろん米中の軍同士の連携で,可能な分野(海賊対策,災害救助など)での米中協力は進めているものの,毎年出版される『中国の軍事力・安全保障の進展に関する年次報告書』では懸念材料としてみている。
 オバマ政権は,対中関係に限らず,世界の紛争に巻き込まれないようにしたいという傾向が見られる。最近のシリアやウクライナ事態への対応を見てもわかるし,アジア太平洋地域の事例を見てもそうだ。
 2013年11月に中国が東シナ海に防空識別圏を設定した直後,グアム島所属の米空軍爆撃機がその圏内を飛行したことがあった。それは現地の空軍司令官の判断でやったことだったが,その後爆撃機の運行に関しては,より高いレベル,すなわち米太平洋軍の許可なくしてはそうした判断ができないようになった。その変更にはかなりの部分で,(中国を刺激しないようにしようという)ホワイトハウスの意向が働いていたと思う。
 また昨年12月5日に,南シナ海の公海上で米海軍イージス艦カウペンスに中国海軍の艦艇が急接近し進路妨害をするという事件があった。その直後の12月16日,第7艦隊司令官と私が会ったときに,彼は「クリスマス休暇後にまた同様のことをやる」と言っていたが,実際には起こっていない。その背景には,政治的な圧力が加わった可能性がある。つまりオバマ政権としてはできるだけ中国を刺激してもめごとを起こしたくないというメッセージである。
 この脈絡から判断すると,日本が中国に対して刺激的なことをやって関係悪化を招いて欲しくないという思いがあって,安倍首相の靖国神社参拝への「失望」表明につながったと思う。そして米国の同盟国である日韓の仲が悪いと東アジアの安全保障環境が不安定となるので仲良くして欲しいという意図があるのであろう。
 中国の軍事力が急激に増強されても,ここ数年で米国に対抗できる水準まで高まるとは思わない。依然として米国の空母,原潜などの兵力は中国に対して圧倒的であるから,少なくとも2020年まで米国は世界で最も強力な軍事力であると思う。このことは2014 QDRでも指摘されている。しかしこのままのペースでさらに中国の軍事力増強が続き,米国防費の削減が進むと仮定すれば,国防費に関しては2030年ごろに中国は米国と肩を並べる水準までいく可能性はある。
 2010 QDRには「中国(China)」が11回出てきたが,2014 QDRでは8回の言及にとどまった。このことをもって中国を名指して警戒する姿勢が弱まったと指摘する人もいるが,全体の総ページ数を比較すると前回が105ページで,今回は64ページだったことからすれば,割合的に減ったとは言えない。
 さらに軍関連の機関が出している定期刊行物を見ても,中国を意識した記事が結構掲載されている。例えば,米海軍協会(United States Naval Institute)が発行するProceedingsという雑誌や米国防大学が編集するJoint Force Quarterlyなどには,対中警戒感をもった記事が毎回掲載されている。こうしたことからも国防総省や軍人は,明らかに対中戦略をしっかり考えていることがわかる。

4.日本の対応

 今年末に「ガイドライン」(日米防衛協力のための指針)の改定が予定されているようだが,それに向けて三つの提案をしたい。
 第一に,日米一体化の更なる強化である。現在,安倍政権が進めようとしている集団的自衛権の行使を可能にすることも,その一手段である。
 最初のガイドラインは冷戦下の1978年で,そのときのテーマは「本土防衛」だった。その次の改定時(1997年)のテーマは,「周辺事態に対応するための日米協力」だった。これは主として朝鮮半島有事を想定していた。そして今年の改定では,明らかに中国問題を想定すべきであろう。とくに中国が進めるA2/ADに関して,それを打ち破るための米国の「エア・シー・バトル」を可能とするために日本の防衛体制をどう整えるかである。
 第二に,戦時でもなく,平時でもない「グレー・ゾーン」での日米協力を早急に検討すべきである。
 第2回目のガイドラインのときは,平時と戦時の日米協力について論じた。今日本が(尖閣諸島などの日中対峙の中)当面する状況は,平時でもなければ,戦時でもない「グレー・ゾーン」である。平時と戦時の境目である「グレー・ゾーン」のときに,日米がどのように協力することができるか,それについて銘記する必要がある。
 日中両国は尖閣諸島をめぐって,海上保安庁と中国沿岸警備隊が対峙しているわけだが,何かの偶発的なできごとをきっかけに事態がエスカレートして,軍が出動し戦闘行為に入ってしまうことを防がなければならない。従って, その前段階(グレー・ゾーン)で収めきることが重要になるので,そのとき日米がどう協力できるか明確にしておく必要がある。
 北朝鮮問題の場合は,北朝鮮が弾道ミサイルを発射するといった戦時か,あるいは平時の協力だけでも十分だったが,対中関係はそれだけでは不十分だ。
 第三に,二回目のガイドライン以降の変化として,サイバーや宇宙の脅威が増してきたことが挙げられる。それに対応するために,陸海空だけでは不足で,サイバーや宇宙に対応する日米協力が求められている。中国が考えていることは,有事に,情報における優越を確保するために,相手の偵察衛星を打ち落としたり,サイバー攻撃を仕掛けたりするに違いない。その場面における日米間の協力をどう進めるか,その点についても明確化しておくべきだろう。

5.最後に

 アジア太平洋地域に対する米兵力は微増こそすれ,減ることはないと思う。「微増」というのは,イラクやアフガンなど中東地域から撤退した陸軍・海兵隊・空軍の一部がアジア地域に戻るためだ。それ以上に兵力が増える可能性はないが,欧州や中東への米軍の兵力が減るので,相対的に見れば,アジア太平洋地域の兵力の割合が高まることになる。
 ただし中東や欧州で有事になった場合,このリバランスが崩れる可能性がある。例えば,昨年8月のシリア問題のときに,米空母ニミッツが地中海へ,ハリー・トルーマンがオマン沖にそれぞれ派遣された。そうした事態になるとアジア太平洋地域からその穴埋め兵力が引き抜かれる可能性がある。そのほか世界には,イラン,エジプト,ウクライナ情勢やアルカイダの存在などさまざまな不安要素が山積しており予断は許せない。
 今回のウクライナ問題でも米国が積極的コミットをしてくれないことがはっきりすれば,東アジアにおいても尖閣諸島で何かがあった場合に,同様に米国は日本にコミットしてくれないのではないかとの恐れを抱くことになりかねない。ただ,シリアやウクライナは米国の同盟国ではないが,日本は同盟国であり日米安保条約5条にも明記されているのでそういうことはないと思う。
 しかし台頭する中国の動きには十分注意を払う必要がある。
例えば,米国のスーザン・ライス大統領補佐官(国家安全保障担当)が,2013年11月20日に米中の「新大国関係」構築への意欲を明らかにした3日後に,中国は東シナ海の防空識別圏を発表した。かつて1950年1月にアチソン米国務長官が朝鮮半島を除く日本・沖縄・フィリピン・アリューシャン列島に対する軍事侵略に米国は反撃するとした, いわゆる「アチソン・ライン」演説をしたが,その直後の同年6月に北朝鮮が南進して朝鮮戦争を起こしたことを想起させる。米国の高官の微妙な発言によって生じる隙に中国が付け入ることになりかねない。そのためにも日米韓がしっかりと連携しておくことが重要である。
(2014年3月19日)
プロフィール おおた・ふみお
1970年防衛大学校卒(14期)。その後,80~82年米海軍兵学校交換教官,92年米スタンフォード大学国際安全保障・軍備管理研究所客員研究員,93年米国防大学学生などを経て,96年在米日本大使館国防武官,2001年防衛庁情報本部長,05年退官(元海将)し,防衛大学校教授を歴任。03年米ジョンズ・ホプキンス大学高等国際問題研究大学院にて博士号(国際関係論)を取得。主な著書に『「情報」と国家戦略』『同盟としての米国』『日本人は戦略・情報に疎いのか』『国際情勢と安全保障政策』,The U.S.-Japan Alliance in the 21st Centuryほか。