対中プロパガンダ外交の勧め

海外特派員報告

 安倍晋三首相は中国の「三戦思想」をよく理解しているようである。「三戦思想」は2003年12月,中国の「人民解放軍政治工作条例」に加えられた軍事思想で,米国では国防総省年次報告書に2008年,三戦を直訳した「Three Warfares」という表記が初めて登場した。言うまでもないが,三戦とは以下の通り。
 世論戦=自国に有利な情報を流し,国内外の世論を誘導する。
 心理戦=恫喝や懐柔によって,敵の対抗意思を挫く。
 法律戦=自国に有利なルールもしくは法解釈を作る。
 この戦いに不可欠な手段は「プロパガンダ」つまり宣伝である。宣伝は,ローマ・カトリックの伝道に用いられた宗教用語に遡ると言われる。プロパガンダの肝は繰り返し繰り返し,ありとあらゆる機会にそれを繰り返し流すことである。
 中華人民共和国あるいは韓国も南京虐殺はもとより慰安婦等々,様々な偽りを流す プロパガンダによって外国を誘導し,日本は守勢に置かれている。日本はプロパガンダが下手といえる。確かに,謀略めいたプロパガンダこそ日本はへたであるが,誠実に真面目に物事に取り組むという美点をもち,それを世界に知らせるプロパガンダなら苦労することはない。
 ただ,事実を知らせればいいとはいえ,この分野においてすら積極性が日本には足りない。日本 は世界でもっと評価されてもいい存在である。アフガンの女性教育を支えるのは日本のODA (政府開発援助)であり,それが社会革命を起こしつつあると,「ニューヨーク・タイムズ」が記事にしたことがある。

 さて今日,中国の理不尽さに対する憤りを抑えるのは難しいが,どう対抗するか。「目には目を」で,プロパガンダの戦いが必要である。日本は謀略が苦手であるから,まっとうに勝負すればいい。すなわち,安倍内閣の閣僚がいろいろな機会に繰り返している①国際法による支配②力による現状変更に反対-というしごく当然の原則をくどいほどいうわけである。法律戦でもある。中国が動けば動くほど,この原則に齟齬(そご)をきたすことになり,いずれは中国を縛ることになると期待できる。 
 東南アジア諸国訪問でも,欧州訪問でも,これ一つだ。「国際法遵守」「力による現状変更反対」。これを繰り返すのは「牽制」ではなく「プロパガンダ」と位置づける方がいいと思われる。安倍首相を始め閣僚の東南アジア,欧州訪問はまさに絶好の機会になった。各国と同意の意思表示を行うことで原則を確認していくのである。その同意を獲得し,プロパガンダの戦いでそこそこの成果を得はじめているというところだろう。

 去る5月,ロシアのプーチン大統領が中国を訪問し,習近平総書記ら首脳部と会談した。実際,上海で中国が主導権をもって「新しい安保」だのなんのかんのと言っても,それは「国際法遵守」と「力による現状変更反対」を原則とすると言い返せば,中和できるというマイティーワード(強力な言葉)である。ロシアはこのあたりをよくわかっているはずで,中国を利用できるだけ利用するが,あまり接近しすぎないというスタンスを維持してきたし,今後も基本はそうであろう。中国が「自失」,野球でいうエラーを犯すのにつきあうつもりなど毛頭ない。
 ベトナムとのトラブルなど客観的にみて中国に非がある。「国際法遵守」と「力による現状変更反対」という普遍性のある原則からしてそうだ。中国が「新しい安保」とか言って,現在のような傲慢な拡大路線を続けると,その原則との齟齬が広がる一方である。ロシアが肩入れする義理もない。 
 天然ガスの巨大契約を結んだのは中露両国にとって大成果であるが,値段がどうなっているのか,パイプラインの建設費をどうするのかなど契約内容を詳しく検討する必要がある。天然ガス契約をめぐり,ロシアはシベリアに向かう中国の圧力を警戒しているが,ロシアは中国の首根っこを掴んだということかもしれない。そう言うために必要なのは日本の協力である。
 ロシアの天然ガスは値段が高い。シェールガスが13ドル,その倍はするわけで,ロシアが値下げして輸出するために必要なのはLNG(液化天然ガス)技術で,実は,これは日本の得意芸だ。
 ウラジオストクにそうした施設を伊藤忠などが建設中で,ロシアにとっては必要不可欠。ロシアは日本と関係悪化に向かうわけにはいかない。それと,クリミア問題での制裁 云々で,安倍首相はこれをG7でやろうと,原則を示した。日本としても都合がいいのだが,米国の突出を抑えるという点ではロシアにとっても都合がいい。安倍首相がプーチン大統領にシグナルを送っているのだ。

 以前,安倍首相が訪露し,直ちに習近平総書記が訪露した。その後,中露海軍が日本海で合同演習を行ったが,ロシア側はやる気のない演習だったと言われている。今年も東シナ海で合同演習したが,これはどの程度かというと,お付き合い程度の演習だった。
 以上のように,安倍政権の対中外交は集団的自衛権とか島嶼防衛とかが強調され,当たり前の「国際法遵守」と「力による現状変更反対」というお題目は注目されないが,このプロパンガンダの戦いこそが三戦の主戦場であって,日本が中国に対して挽回しつつある。実にこれは大きい。
 南京虐殺や慰安婦というフィクションも,正面からかかっても何ともしようがない。
 しかし,どうプロパガンダを展開するかによって活路が開ける。安倍内閣の慰安婦問題の再検証も,それをめぐっていかに韓国が嘘つき外交を展開して日本を騙したかという点の暴露に主眼があるわけだ。対韓プロパガンダである。慰安婦の強制を否定する難しさは,すでに経験済みである。これについては証拠がないと第一次安倍内閣で閣議決定しているので,もうする必要がないし,しても焼け石に水である。

 結局はプロパガンダである。もっとプロパガンダに注目すべきという発想は,東アジアの現状を見るとよくわかる。ベトナムが西沙諸島で中国に立ち向かったのも,中国がベトナム艦船を沈めると国際問題になる以上,戦争はできない,それならばと,ベトナムは世界に知らしめるために立ち向かったわけだ。
 今回の中越衝突は,これまで劣勢にあったベトナムの堪忍袋の緒が切れた瞬間であった。小中国のベトナムが記者会見で映像を公開した。日本の民主党政府が,尖閣諸島での中国船衝突事件ビデオを秘匿したのがいかに姑息で,戦略性のないことであったか。フィリピンも中国のウミガメの密猟船を摘発して参加している。これもベトナムと並行してプロパガンダの戦いを展開している。 
 ようやくオバマ米政権も中国との「新しい大国関係」など中国の「お気に召すまま」か,幻想にすぎないことをわかってきたようだ。すべてはプロパガンダの戦いの結果である。 
(2014年7月11日)
(『世界平和研究』No.202,2014年8月1日号より)