「シルクロード戦略」に見る中国のグローバル戦略

茅原郁生 (拓殖大学名誉教授)

<梗概>

 21世紀に入り,中国の大国化に伴うグローバルな展開は,グローバル・イシューの一つとなっている。ここ数年,南シナ海における岩礁の埋め立てを急ピッチで進めながら軍事基地化を図り,周辺諸国や日米との摩擦が起きているほか,アジアインフラ投資銀行の設立など国際金融秩序への挑戦的な動きが見られる。中国は近年,「シルクロード戦略」を掲げながら,その土台となる軍事力の整備をも同時に進めている。その狙いはどの辺にあるのか,考察する。

はじめに

 2013年にスタートした習近平政権が3年目を迎える中,その体制は固まりつつあり,いよいよ「大国志向」を顕わにしてきたと見ている。しかし中国の実態は「内憂外患」であって,外から見る目よりも実際の中国は厳しい立ち位置にある。その中で習近平主席は自分の求心力を増すために,「偉大な中華民族の復興」や「中国の夢」というスローガンを掲げて国内の統一と求心力を図ってきた。
 この5月,中国の軍事に関する重要な資料が続けて公表された。一つは,中国の軍事動向に関する米国防総省の議会宛の年次報告書『中国の軍事力・安全保障の展開』(以下,「米レポート」)である(5月8日)。もう一つは,5月26日に中国国防部が「中国の軍事戦略」と題をつけた「中国国防白書」を出したこと。これらの文書を通して米中両国間の攻めぎあいが垣間見られる。とりわけ南シナ海においてそれが顕著に現れている。
 5月末にシンガポールで行われたアジア安全保障会議(英国際戦略研究所主催)でも,米中間の確執が繰り広げられた。その背景には,米国の冷戦後世界の秩序維持の警察官としての役割が,そのパワー減衰によってうまく機能しなくなったことがある。それでも米国はその役割をリカバーしようと「リバランス戦略」を展開している。一方,中国は習近平政権成立以降,国内を取りまとめつつ,国民の目を国外に向けさせる上からも,「中国の夢」「大国の振る舞い」などを強調するようになった。こうした米中のパワー・バランスの変化が不安定要因となり,昨今のさまざまな問題を引き起こしていると観ている。

1.シルクロード戦略

 中国は何を狙っているのか,外交戦略について見てみよう。
 2014年秋,アジア太平洋経済協力会議(APEC)が北京で開催されたが,このとき北京政府は,それ以前から主張してきた「中米新型大国関係」を米国に認めさせたいと考えた。「中米新型大国関係」とは,米中は対等な関係であり,太平洋を米中2国で分割して管理しようという虚勢を張ったような考え方だが,米国はこれを受け入れようとはしない。習近平主席はこれまで何度かこの主張をオバマ大統領にぶつけてみたが,なかなか受け入れられないので,一説によると,米国に対してこれ以上この主張を要求しても無理だと思い込み始めたのではないかといわれる。
 また2013年末に「周辺国外交重視」という方針を出したものの,南シナ海や東シナ海周辺の関係国との間でいろいろな摩擦を引き起こしているように,これも必ずしもうまくいっていない。
 そこで中国は,しばらく太平洋の正面は(現状維持で)置いておき,西方に向かおうと考えたのではないか(「シルクロード戦略」)。これが私の仮説である。シルクロード戦略には二つあり,一つは陸のシルクロード戦略で,かつてのシルクロードに沿って中央アジアを経て欧州に至るルートにおいて,その間のインフラ整備をしていこうというものだ。そしてアジアインフラ投資銀行(AIIB)をつくりこれをフル活用しながら,中国のマーケット拡大,鉄道や高速道路の売り込みなどを図ろうとしている。具体的には「シルクロード経済ベルト構想」を打ち出し,中央アジア諸国からは歓迎されているようだ。
 もう一つが「21世紀海のシルクロード戦略」だ。これは南シナ海からマラッカ海峡を経て,インド洋,スエズ運河から地中海・欧州へ連結しようとするものだ。この背景には,中国の経済発展に死活的に重要な石油など天然資源の輸送海路確保がある。
 そしてこの二つを同時に進めながら,二つのルートを途中で直接連結しようという試みも進めている。例えば,パキスタンのグワーダル港から中国内陸(カシュガル)をつなぐ鉄道や道路建設の計画である。

2.南シナ海をめぐる中国の動き

 中国はユーラシア全体を睨んだ大きな戦略をもって西方に向かおうとしているが,この過程で起きてきたのが,南シナ海の岩礁埋め立て問題だった。
 中国は南シナ海について,「九段線」を根拠として自国の海であると主張している。しかし南シナ海を囲む関係各国から見ると,受け入れることのできない主張である。実際,スプラトリー諸島(南沙諸島,注)は,島というよりほとんどが岩礁からなっており,満潮時に頭を出す島は十数個しかない。その中の6~7個を中国が実効支配している。そのほかフィリピン,マレーシア,台湾,ベトナムなどもいくつかの島を実効支配しており,ベトナムは実効支配した島に観光団を送ったりしている。最大の島・太平島(Itu Aba Island)は唯一水の出る島で,台湾が実効支配しており飛行場も作っている。そのような中,出遅れた中国が南シナ海に対して実効支配を拡大していこうと,5つばかりの岩礁を選んで埋め立てを始めたのである。
 米国は,5月8日の「米レポート」でこの問題を取り上げ懸念を示した。実は,岩礁の埋め立ては中国だけではなく,台湾,ベトナムなども同様のことを行っているので,「埋め立て行為」それ自体についての異議申し立ては論理的にできない。そこで米国は「ものすごい勢いで現状を変えようとしている。どこまでやろうとするのか,先の見えない現状変更をやろうとしている」として非難している。
 米国の主張によれば,昨年12月の段階で岩礁の埋め立て面積約2平方キロが,今年4月には4倍の約8平方キロになったという。しかもその大部分の埋立地に重機を投入して建物の建設などの工事も進めている。その一つファイアリークロス礁には,3000メートル級滑走路も作っている。米国は,「これは何のためかのものか」と問い,対中懸念を示している。
 それに対して中国は「中国領内・主権の範囲内のことであって,他国から言われる筋合いのことではない」と答えている。6月16日には,中国外務省の陸報道官が「(埋め立ては)近く完了する」と宣言した。中国としてはこれ以上,埋め立て問題をめぐって米国と言い争いをしたくないと思っている。
 5月末にシンガポールで行われたアジア安全保障会議でも,米中間のつばぜり合いがあった。中国から参加した戚建国・副総参謀長は,「中国の主権,領土内の問題」と発言しただけではなく,一歩進んで「軍事目的」であることも認めた。
 当面,中国は南シナ海に人工島を拠点に防空識別圏(ADIZ)を設定したいと考えている可能性がある。そのときに必要なことは,ADIZ圏内をレーダーできちんと管理しなければならない。不審な飛行機が接近したり,領空侵犯が迫るときには,対応能力をもたなければならない。そのために軍用機の発着する滑走路が必要であり,軍用機を分駐させておく必要がある。そういう意味で,ADIZ設定が南シナ海に対する実効支配強化の狙いと合致すると考えている。
 中国の領域拡大の動きは,最近は海洋を中心として注目されているが,実はさらに宇宙空間,サイバー空間,上海協力機構の充実化による西側に向けた影響力拡大,西方拡大としての欧州展開なども進められている。
 中国の膨張についていえば,2014年習近平主席が,南太平洋のフィジーを訪問したときに,「南太平洋地域も海のシルクロードの範囲だ」と述べた。中国が主唱する「海のシルクロード」は,南シナ海からインド洋方面に伸びるだけではなく,南太平洋まで視野に入れていることになる。そのとき王毅・外相も同行して,「中国は大国になったので,世界に影響力を広げたい。それは放射状に全方面に向かう」と語った。中国のパワーを世界に拡大して,グローバルな戦略国家となろうとしていることが見て取れる。
 中国は内憂外患にありながら,外に向かっては膨張しようとしている。その中でいろいろな国と摩擦が引き起こされており,南シナ海の紛争がそのシンボルとなっている。

3.積極防御戦略

 前述のようなグローバルな戦略を展開するに重要なのが軍事力である。今回の国防白書を見ても,軍事力の任務として強調した点は「総合国力の強化」であった。その内容については明示していないが,一般的に言えば,中国は人口・国土面積はもちろん,経済力・購買力平価でも米国に次ぐ力を持つようになったので,大国としての軍事力を備えるのは当然だという発想である。そして経済発展,国内外の安定のためにも軍事力が必須だと考えている。譬えてみれば,人間は成長して体が大きくなればそれに見合った服を着るように,中国も大国になったのでそれにふさわしい軍事力を持つべきだという考え方である。
それでは,中国はどのような軍事力を目指すのか。
 中国の国防白書は,1998年から2年ごとに出されており,今回が9回目になる。今次白書のテーマは「中国の軍事戦略」で,基本理念として「積極防御戦略を基本国防戦略とする」と明示している。「積極防御戦略」とは,毛沢東時代にあった人民戦争戦略と呼ばれる考え方に通じるもので,弱い者が強い者に対していかにやられずに生き延びて勝利をつかむか,という戦略である。ゆえに弱いときは持久戦で生き延びて逃げるが,敵が攻めてきて兵站が伸びきったときに叩いて漸減する。そして相互の戦力差が逆転して有利な立場に立った暁には,徹底して相手を叩きのめす。このような考え方だ。
 中国は大国になったとはいえ,米国の軍事力にはかなわないと冷静に見ている。外交や経済分野では大きな顔ができても,軍事分野では弱者という自己認識に立つ。国防白書の中で「後発制人」(他人が私を侵さなければ私も侵さないが,もし他人が私を犯した場合は徹底して完膚なきまでやり返す)と表現しているが,それは一種の脅し,あるいは負け惜しみとも解釈できる。中国はまだ弱いから,自分たちから先に攻めていって戦争を起こすようなことはしないが,中国に手を出したときにはやっつけるぞという脅しである。いずれにしてもこの考え方が,積極防御戦略の真髄だ。
 今回の国防白書で強調している点は,次の二つである。
 第一が,いつでも戦える戦闘準備を整えること。裏返していえば,今の軍隊では戦えないということかもしれない。近年の中国軍は,汚職まみれ,格好ばかりで,しっかりした訓練をしていないと見る習近平主席は,軍に対して「本当に戦えるのか」と厳しく問いかけている。今の軍人は,特権階級化して多額の給与,強大な権力を手にしているので,そういう現状に対してしっかり訓練して準備しろと叱咤しているとも見られる。
 第二が,世界に向かって中国の軍隊は飾りではなく戦える軍隊だとのアピールである。積極防御戦略は,一種の防勢の戦略ではあるが,これに海軍・空軍・核戦略を加えて,それらが一段と積極性を帯びてきた。以下,具体的に見てみよう。
• 陸軍
 中国は7つの軍区に分けて2万キロ余りの国境線防御を分割管理させている。これまでは「戦区戦略」といって,それぞれの軍区(戦区)がそれぞれの国境を防備するやり方だったが,今度「全国土機動防御」戦略に変わった。それは中央に戦略予備軍をおき,周辺などで事態が発生すると中央部隊から現地に即座に出動していく方式である。そのためにはヘリコプター,戦車,装甲車で全国どこにでも戦力展開が可能な能力を備えなければならない。
 中国の一軍区は一国の軍隊ほどの規模を持っており巨大組織化している。習近平主席はそれを旅団規模で機動性を備えた軍隊に改変しようとしており,現在の7軍区を4~5軍区に再編しようともしている。陸軍の兵力削減は,相当抵抗を受けることになろう。
• 海軍
 これまでの海軍戦略の基本は,黄海・東シナ海・南シナ海など第一列島線内を主として防衛する「近海防御戦略」だった。最近では,第一列島線を越えて西太平洋,さらにはインド洋まで展開するようになり,近海防御プラス遠海護衛の結合型戦略への発展が示されている。
• 空軍
 これまでの防空戦略の基本は,侵攻する敵の戦闘機を迎撃することだったが,それでは間に合わない。そこで先手を打って,敵の戦闘機が飛んでくる策源を打つ戦略,すなわち,攻撃防御兼備防空戦略への発展が示された。西太平洋地域に遊弋している米空母の艦載機が中国を攻めてきた場合には,まず米空母を叩くことになる。このような積極性を持つようになった。これまで米空母や艦船は第一列島線と第二列島線の間を自由に動くことができたが,その海域に中国の潜水艦が侵入するようになって安心して動くことができなくなった。さらにミサイルの射程距離が延びて空母を狙い打ちすることが可能になった。これが中国の「接近阻止/領域拒否戦略(A2/AD)」として,米国は脅威を感じ始めている。
 しかしこれは率直に言って,米国のA2/AD戦略の評価は過剰ではないかと思う。「米レポート」は議会向けに訴える性格があって,10年間で5000億ドルの国防費削減が決定される中,中国の脅威を過大に評価して表現する側面は否めない。それは逆に中国を自己過信させるという,危ういスパイラルに陥っているともいえる。
• 核戦略
 中国の核戦略については,中国の核兵器は多様な運搬手段が揃ってはいるが,実は弱いと見られていた。米ロは中国の核ミサイルに対して先制攻撃で反撃力をつぶせると見ていた(「最小限核抑止戦略」)。以前は中国のミサイルは液体燃料で巨大なサイロに格納されていたので衛星で捉えられたが,最近は,固形燃料となり,大型のトレーラー搭載となり移動可能になって,衛星からの捕捉が難しくなって先制攻撃がしにくくなった。その結果,中国の第二撃力(反撃力)が生き残る可能性が増えた。これによって下手に中国を攻撃すると第二撃力によって米国本土が反撃されることにもなりかねないリスクを負うようになった。
 また,晋級原子力潜水艦は射程距離7400キロのSLBMを搭載するようになり,海南島基地から太平洋に自由に侵入するようになった。これを探知するのは容易ではない。青島,上海基地は,沖縄列島線にさえぎられて太平洋に出て行くことが困難だが,海南島からはバシー海峡を経て自由に出入りできる。このように核戦略も積極性を持つようになった。
 このような軍事力を後ろ盾としながら,中国は陸と海のシルクロード戦略を展開しようとしている。中国の立場から言えば,米国に対しては新型大国関係を主張し,国際社会から孤立しているロシアに対しては,支援をしながら,ユーラシア大陸における主導性を確保しようとしている。
習近平主席は,冷戦後の多極化の進展を踏まえて,既存の国際秩序に挑戦し,中国主導の新秩序を作ろうとしている。その一例が,AIIBだ。経済,軍事などの分野で中国の影響力の拡大を図っている。

4.日本の対中外交をどう進めるか

 日中関係は,戦略的互恵パートナーシップが約束されており,複合的な視点から考えて対応していく必要がある。日中とも,今や互いに相手国なしにはやっていけないような,経済相互依存関係が深化している。このように日中関係は重要でありながら,歴史・領土問題でぎくしゃくしてうまくいかなかった。
 しかし昨秋の安倍・習近平会談によって日中関係は,関係改善の動きにつながった。それでも尖閣問題は一触即発の危険な状態にあり,安倍政権が進める安保法制についても中国はいらだっている。他方,日本から見ても,核兵器や原潜を増強するなどの軍事力強化や南シナ海での力による現状変更を求める挑戦があり,中国に対して懸念を抱いている。このような誤解や相互不信を減らすためには,日中両国はお互いに言いたいことをずけずけ言えるような関係になることも必要だと思う。今まで日本は,相手を慮る余り主張することを避けてきた。また中国から強く主張されると,すぐ謝り,コトを荒立てない姿勢があった。今やそういう時代ではないと思う。中国の南シナ海での行動をG7の場で取り上げ,懸念を表明するなど是々非々で対応する普通の国家関係になるべきだと思う。
 日中両国ともGDPで世界2・3位の経済大国となっている。お互いに相手を大国として認め尊重するという姿勢をもつことが大切になる。言いたいことは主張し,受け入れられることは受け入れるが,そうでないことはそうでないとはっきりと言う。そのような大国関係を構築することだ。今日の日中関係はそのような段階に入っており,安倍首相は,その点でしっかりやっていると思う。
 米中関係を冷静に見ると,ある一面では激しく対立するような関係にありながら,米中戦略経済対話は継続され,握手する関係にある。そういう国際政治の現実を見ながら,日本としても冷静に国際関係の現実を正視しながら,今後の外交を進める必要がある。そのためには日本国民がアジアの平和に貢献しているという自信を持つことであり,脅しに屈しないですむよう自立した防衛力を持つことが必要になってくる。
(2015年6月16日)
注 南沙諸島(スプラトリー諸島,Spratly Islands)
南シナ海南部にあり,岩礁・砂州を含む約18の小島からなる。現在,中国,台湾,ベトナム,フィリピン,マレーシア,ブルネイが領有権を主張しており,ブルネイ以外の国は島や岩礁を実効支配している。台湾,フィリピン,ベトナム,マレーシアの実効支配する島にも滑走路が作られている。
(「世界平和研究」No.206,2015年夏季号)