渋谷区「同性パートナーシップ条例」に隠されている問題点

谷口 博 (北海道大学名誉教授)

<梗概>

 性的少数者を救済する同性パートナーシップ条例は渋谷区議会にて可決されたが,両性愛者や性同一障害者の救済を考えておらず,日本国憲法による両性の合意による婚姻の定めを踏み躙る結果にもなっている。さらに,多くの婚姻による家庭が我々文明社会の最少単位であることを斟酌せず,他国におけるパーナーシップの例に惑わされての条例可決であると思われる。また,この条例に隠された種々の問題点があることも予想されるので,私見を紹介して論議の切っ掛けにでもなればと考えている。

1.はじめに

 東京都では,渋谷区議会にて2015年3月に「渋谷区男女平等及び多様性を尊重する社会を推進する条例」を可決して,日本国憲法に定める「個人の尊重及び法の下での平等の理念」を実現する社会を目指すとしているが,同じ日本国憲法に定める「婚姻は両性の合意のみによる」とした条文を踏みにじる結果になっている。何故ならば,男女の婚姻関係と異ならない程度の実質を与えるパートナーシップ証明を渋谷区が与えることによって,人類が文明社会の最少単位である婚姻による家庭に与える影響が大きいからである。
 現在,我々の社会が遭遇している少子化への懸念は,社会を構成する家庭の存在意義に関連すると云われているが,家庭の経済格差も大きな影響を与えていることが知られている。この経済格差は,人々の受ける教育レベルにも波及することになるので,婚姻による家庭の成立と少子化への危惧にも繋がるかもしれない。従って,将来を見据えてパートナーシップに隠されている問題点を検討する必要があり,祖先から引き継いだ文明社会を次世代に引き継ぐ責務があると考えている。
 パートナーシップ条例の考え方を否定するのではなく,その条例が望まれる背景を考慮しながら,現在の家庭において男女平等と多様性を包含させることを検討して,建設的な意見を集約することができないであろうか。周知のことであるが,婚姻による家庭の他にも単身者の存在があると認めるならば,性的少数者に限定している多様性の尊重を拡張することにより,パートナーシップで除外されている単身者にも手を差し伸べて頂きたいと考えている。
 我が国の特色である多くの宗教に寛容な社会として,予想されない多様性にも適応できる村社会のような伝統を生かすことができれば,家庭・地方自治体・企業などの叡智を結集することにより,狭い概念のパートナーシップを不要とする論議などを期待したいと云えよう。場合によっては,科学と宗教に共通する概念を生かすことも考えて,祖先が残した文明社会の存続を検討することができないであろうか。無神論の概念が見え隠れするパートナーシップへの対応を考慮して,文明社会の衰退を防ぎたいと思っている。

2.パートナーシップに隠されている問題点

 2015年3月に渋谷区で「同性パートナーシップ条例」を可決した根拠として,米国各州における同性婚の拡大を挙げていると思うが,米国では同性婚が合憲か否かが重要な問題点であったことを知っていたであろうか。周知のように,2015年6月に米国で同性婚を合憲とする米連邦最高裁の判決があったとしても,我が国の憲法は同じではないことを理解するならば,同性婚への一里塚としての同性パートナーシップには違憲の疑いがあると云えよう。すなわち,この条例の根拠として渋谷区が日本国憲法の「法の下での平等の理念」を主張していても,同じ日本国憲法にある「婚姻は両性の合意のみによる」の条文を踏み躙る結果になることを知っておきたい。
 ここで,パートナーシップ証明に必要な条件を調べてみると,まず交互に相手方の当事者を任意後見受任者とする契約の公正証書を作成して登記する必要があり,次に共同生活を営む当事者間で渋谷区の定める合意契約を公正証書により交わさなければならない。ただし,渋谷区長が特に理由があると認めれば,上記の条件はその限りではないので,婚姻届のように当事者の意図的な簡略化を可能とする余地が残されている。従って,なし崩し的に婚姻によらない家庭の成立を可能にするので,人類の叡智により築きあげた家庭の意義は失われることになり,文明社会は予想外の変化を経験するかもしれない。
 予想される社会問題点の一つに,少子化への推移に関する危惧があるとすれば,パートナーシップが婚姻に取って代わることで少子化が加速されると考えている。何故ならば,両性の合意での婚姻による家庭での出産を,パートナーシップによる家庭で代行できるとは考えられず,少子化どころか零子化を招くことにもなろう。勿論,人工授精による出産も可能ではあるが,殆どの家庭がパートナーシップにより構成されるならば,現状の人口を維持できるまで出産率を向上できるであろうか,甚だ疑問であると云えよう。
 また,男女平等と多様性を尊重すると称しているパートナーシップでも,戸籍上の性別が同一の二者間には適応されても,性別が異なる両性愛者・無性愛者・性同一障害者などの性的少数者は見捨てられているので,多様性の尊重など考えていないことを知っておきたい。さらに,このパートナーシップの適用は渋谷区に限定されるので,他区あるいは他市町村で同様な条例が可決されたならば,同一人物が重複して別人とパートナーシップ証明を受け取ることを妨げないであろう。従って,社会の秩序を守るための重婚の禁止は他国にまで及ぶのに,パートナーシップでは野放になっていることも気付いていないとは,極めて無責任であると考えている。
 以上のような問題点のあることを想定するならば,「交互に相手方当事者を任意後見人受任者とする契約」を「パートナーシップ」と見做して,渋谷区で区営住宅条例の適用などを検討すれば可なのである。すなわち,日本国憲法に定める「両性の合意による婚姻」の条文を踏み躙る結果となるので,家庭の存在意義を大きく変えるパートナーシップに隠された問題点がないか,冷静な判断を求めるべきではないであろうか。もし,パートナーシップ制度が世界のすう勢であると云うならば,世界人口の多数が帰依している宗教が認める一夫多妻制度について,同様な論議をしておく必要があるかもしれない。
 一方,我々の祖先が営々と築きあげた教育制度を知るならば,0~2歳の家庭教育・3~5歳の家庭幼稚園教育・6~15歳の学校義務教育・15~18歳の高校教育・19~27歳の大学大学院教育を受けてから,人々は社会生活を送っていることを理解しておきたい。とくに,最も大切な0~5歳を受け持つ家庭教育の重要性に気付くならば,「三つ子の魂百までも」の諺は祖先の残した叡智であると考えるならば,「一時の迷い」「世界の誤った趨勢」「オリンピック参加への条件」などに惑わされないことが大切である。
 ここで,将来を左右するパートナーシップの問題点を考えてみることにしたい。最も危惧するのは,カルト集団などによる地域社会の乗っ取りであり,婚姻と同等のパートナーシップにより養子を迎えることができれば,我が国の各地に拠点を構える集団生活を容易に合法化できるであろう。また,カルト集団が政治活動にまで発展するのは目に見えているので,少子化により消滅しそうな地方自治体を占領して○○国と名乗ることもあろう。
 現在,イスラム国が戦闘集団として発足しているが,○○国が平和集団であれば対応策は必ずしも見当たらないので,徐々に我が国の地域社会を蝕みながら成長して,場合によっては完全共産化社会の形成に繋がるかもしれない。合法的なパートナーシップの適用によって,平和的な完全共産革命が起こるのではと危惧しているので,日本国憲法の精神を尊重して再検討するなど,早急に対処されることを期待している。
 もし,婚姻制度よりパートナーシップのほうが人々に平等であるならば,雪崩現象を起こすことも想定されるので,重婚に相当する複数者間のパートナーシップを望む人々が現れることになろう。何故ならば,二者間に制限されたパートナーシップであっても,効力の及ばない地区あるいは他国では別途のパートナーシップが可能と想定されるので,婚姻のように世界共通の概念など存在しないと思うからである。従って,ある宗教が認める一夫多妻あるいは過去のように妾を容認する社会となり,世界各国とも封建社会へと逆戻りすると思うが,如何か。さらに,一妻多夫あるいは多妻多夫にまで移行すれば,原始社会に遡ることになり完全共産化が成立して家庭の消滅となるかもしれない。

3.家庭によるパートナーシップ必要性の解消

 性的少数者同士の居住により生ずる事例として,区営住宅への入居・医療機関での差別などがありパートナーシップにより解消できると考えているが,区営住宅については渋谷区の事務手続きで簡単に解決できよう。医療機関については,親族を押しのけてパートナーシップに優先権を与えて良いかとの疑問点があるので,親族の同意を得て解決するのが社会の常識であると思われる。「同性パートナーシップ条例」では,その他の具体的な事例が記載されておらず,なし崩し的に婚姻と同等の権利を与えようとする意図が見え隠れしており,慎重な取り扱いが必要であると云えよう。
 従来からの家庭を最小単位とする社会常識に従って,同居の有無に係わらず性的少数者を尊重する意思を示すことができれば,当事者の出産・養育に関連した家庭からの同意を得ることで医療機関での差別を解消できるであろう。ただし,当事者が最優先との思い上がりをしない配慮が必要であり,謙虚な態度を示すことが必須条件なのである。我々の社会においては,自己一人のみで生存できるはずはないことを知って,周囲の方々にお世話になると云う心掛けを持つならば,多くの事柄の解決が可能になると考えておきたい。
 また,パートナーシップを望む人々も,我々の社会の一員であるから少子化による危惧について理解しておく必要があり,婚姻による家庭との絆を大切にして頂きたい。ともすれば,パートナーシップによる家庭の特殊性を掲げて,婚姻による家庭と断絶して社会生活を営むようでは,次の世代へと引き継ぐ意思がないと思われる。例え遺伝子の継続は不可能でも,人生の意義を次世代に残すことができるので,生活の場である家庭を大切にして有意義に過ごせるよう努力して頂きたい。
 もし可能ならば,性的少数者も家庭に所属あるいは独立することにより,場合によっては家庭教育に参加することで,パートナーシップでは得られない経験を積むことができればと思う。そのためには,例外的なパートナーシップの庇護を受けるのではなく,婚姻による家庭と交わりながら社会生活を過ごすことができれば,何よりであると考えている。場合によっては,宗教に帰依することや慈善団体での奉仕を行うことにより,家庭との結びつきを大切にする人々との交流が大切かもしれない。何れにしても,人類の長い歴史を理解して我々の社会生活を送ることが重要な課題であるから,「恩故知新」の諺を忘れずに我が国の伝統を守ることが必須事項であると云えよう。

4.我が国における家庭の特色

 我が国における多くの家庭では,宗教戒律の厳しい国々で考えられない多くの宗教行事を受け入れており,正月は神社参拝・夏は仏教の盆・冬はクリスマスなどの行事があり,婚姻は神道・キリスト教・仏教などで挙式し,葬儀は仏教・神道・キリスト教などで行う他国では見られない風習がある。ここで論議されている性的少数者に対しても寛容である宗教行事があることから,我が国ではある宗教に見られる信者でないための差別は少ないと云えよう。また,社会の最少単位である家庭は互いに尊重し合う風習があるので,場合によっては無関心あるいは非協力の状況と受け取られることもあろう。
 しかし,まだ現在でも残っている町内会の存在を知るならば,地域社会の安心と安全に役立つと思われており,家庭教育あるいは学校教育にも協力していることが知られているので,重要な社会の最少単位として家庭の重要性が認識されていると云えよう。良く知られているように,民生委員の存在により少数弱者の救済に力を注ぐ制度があるので,パートナーシップにより近隣から独立させる制度より,民生委員を通じて多くの家庭に支えて頂く配慮のほうが良いと考えている。すなわち,パートナーシップのように家庭と離反する試みには疑問が残るので,家庭と協力し合えるように再考慮できないであろうか。
 学校教育に関連して,PTA参加の意義について多くの論議が交わされているが,両親と教師の集まりであるとしても,当然のことであるが片親でも参加できるのである。しかし,我が国の現状ではPTA役員になると両親の何れかが就任しているので,片親家庭の意見は届かないことが多く,学校行事への意見集約には問題点が残ることもあろう。とくに,PTAへの参加は社会教育の一環であると云われており,貴重な体験ができると思われている。従って,性的少数者でも参加できる配慮が望まれるので,ボランテイア活動などを通じて機会が与えられるならば何よりであると考えている。
 現在,我が国は極めて安全な社会であるが,警察組織に支えられていると考えられてはいるが,家庭内の安全がなければ「絵に画いた餅」となるので,婚姻による家庭もパートナーシップによる家庭も互いに協力して,社会を支える責務があると思う。そのためには,家庭内での崩壊を引き起こさないよう,多くの人々に協力して頂くことが望まれるので,パートナーシップが唯一の解決策と決めつけるのは如何であろうか。そのためにも,家庭と離反しない制度を再検討して頂くことが,解決法の一つと考えている。
 我が国の多くの宗教に寛容な特色を生かして,科学と宗教に共通する概念を生かす論議などを経て,将来に禍根を残さず祖先の残した文明社会を次世代に引き継げるよう,家庭の意義と重要性を踏まえて多くの方々に案を示すことができればと思う。また,性的少数者についても重要視することで,大切な家庭を崩壊させる切っ掛けとならないよう,早急に必要な施策の立案をお願いしておきたい。

5.まとめ

 我が国の婚姻については,日本国憲法では「両性の合意のみによる」と定めており,これを踏み躙るような同性パートナーシップ条例が承認されると想像もしていなかったが,渋谷区で2015年3月に渋谷区議会にて可決されたのである。勿論,すでに他国でパートナーシップの承認が行われているので,世界の趨勢であるとの意見に惑わされて,問題点の存在など斟酌もせずに「オリンピック参加への条件」と称して,不完全なパートナーシップを早急に認めたのではと云わざるを得ない。周知のように,2015年6月米国で同性婚への合憲の判決はあったが,我が国では同性パートナーシップには違憲の疑いが濃くなったので,これからの論議に影響を与えるであろう。
 当然のことであるが,区議会は性的少数者である両性愛者や性同一性障害者を見捨てることで,戸籍上の同性愛者のみ救済する条例が可決されているので,法の下での平等は確保されていないことを知っておきたい。何故このように急いだのであろうか,慎重に審議すれば除外された性的少数者から突き上げられ,社会の重要な担い手である多くの家庭からも非難されるので,論議もせず世界の趨勢に惑わされた結果ではないかと思っている。
 しかし,条例が一旦可決されれば一人歩きして家庭を崩壊させるばかりでなく,最悪の場合には完全共産化への途を歩むことになる。従って,現在の文明社会は崩壊して想像もできない過去の原始社会へと後退するかもしないので,祖先から受け継いだ文明社会を次世代に引き継げないのであろう。勿論,このような論議は必要ないかもしれないが,もし家庭の存在が過去のものとなれば,意外な社会形態に変容することを覚悟しておかなければならない。我々世代の責任は重大であると云わざるを得ないのである。
 一時の世界情勢に惑わされて,伝統ある婚姻のみならずパートナーシップも含めた共存関係を望むのであれば,隠されている問題点の有無を十分に確かめておく責務があり,渋谷区議会で十分に論議を尽くしたであろうか。「渋谷区男女平等及び多様性を尊重する社会を推進する条例」には,その形跡すら伺われず単なる礼賛の意図のみが表現されている。また,日本国憲法に定める「婚姻は両性の合意のみによる」とした条文に気付くことなく推移しており,杜撰極まりない条例であると思っている。
 従って,今後も機会があればパートナーシップの及ぼす影響を調査して,条例の存続か廃止かの論議を尽くすとともに,パートナーシップが我々の社会に悪影響を与えたか否かを確認しておく必要があろう。条例を可決したならば,「後は野となれ山となれ」ではなく責任を取る覚悟であることを示して,東京オリンピックを迎えては如何か。良識ある渋谷区議会として,将来への責任を果たして頂くことを期待しておきたい。
(2015年8月29日)