朴槿恵大統領の政治スタイルを読み解く

洪 熒 (「統一日報」論説主幹)

<梗概>

 朴正煕元大統領の娘である朴槿恵大統領は,父親のイメージと重ね合わされやすいが,実際の彼女の政治姿勢は一般的なイメージとは距離がある。従北勢力と北の工作もあり,朴槿恵大統領の政治姿勢は,大統領選挙で支持した人々の意向とは離れて,選挙勝利を優先して政治的反対勢力を抱き込むような一種の左右合作方式をとっている。緊迫する北東アジア情勢の中で,残る任期中に朴槿恵大統領が取り組むべき優先課題は安保と法治の確立であり,それを成すことができれば立派な大統領として歴史に記憶されるに違いない。朴大統領の政治姿勢について分析する。

9.3中国「抗日戦争勝利70周年」記念行事への参加

 朴槿恵大統領の5年任期の半分が過ぎた。朴大統領は任期の前半に政局を主導できずに,これといった成果もなく折り返し点を迎えた。
 朴槿恵大統領が外交安保面で国内外に強い印象を残したのは,安倍首相との摩擦と,9月3日の中国共産党の「抗日戦争勝利70周年」記念行事に出席したことであろう。朴大統領はこの論難の多かった行事への参加(対中傾斜)について国民にとくに説明もしなかった。
 (北側との対応次第ではもしかすると)朴大統領は北京での閲兵式に出席できなかったかも知れない。それは,北側が非武装地帯内の韓国軍の管轄区域を侵犯して地雷攻撃を加え,韓国軍が報復策として対北心理戦放送を再開したことで,南北間の緊張が高まったからだ。金正恩第1書記は8月20日,準戦時状態を宣言し,韓国に対して48時間以内に「対北拡声器放送」を中断するように最後通牒を送った。平壌側が準戦時状態を公開的に宣言したのは1953年7月の停戦協定の後8回,1993年以降23年ぶりのことだった。
 一触即発の軍事対峙状態は南北間の高位級接触を通じて8月25日に一旦回避されたが,実状は全面戦争能力のない北側が南側の譲歩によって回生したものだ。今回の事態で,朴槿恵政権の外交安保態勢と覚悟が改めて確認された。朴大統領は,金正恩第1書記が最も恐れる,韓国側の対北心理戦手段,つまり,「休戦線上での拡声器放送」「対北電光掲示板」「対北ビラ散布」など,北の全体主義暴圧体制を終息させられる最強の手段を自ら放棄したのである。
 朴大統領は当選(2012年12月)直後から金正恩第1書記の挑戦を受けた。金正恩第1書記と平壌の対南工作機関は,朴槿恵大統領を飼いならしやすい相手と見たようだ。多分,朴槿恵大統領が軍事などの経験が皆無の上,南北連邦制を指向した金大中路線の継承を確認して,金正日の招待で2002年に平壌を訪問したためかも知れない。
 金正恩第1書記は,朴槿恵大統領の就任2週間前に3回目の核実験(2013年2月12日)を行った。朴大統領が就任してから1週間後には,対南テロ組織の首魁である偵察総局長が対南脅威に直接登場した。偵察総局は,米国へのサイバー攻撃で有名だが,韓国に対するサイバー攻撃はすでに日常的なものになった。
 金正恩第1書記は韓国内の従北勢力に朴槿恵大統領当選無効闘争を指令した。国家情報院の選挙介入説を拡散させたこのキャンペーンの目的は2つだった。朴槿恵政府を飼いならすこと,そして国家情報院を無力化させることだった。

政治的反対勢力を抱擁する「左右合作」方式

 問題は,この話にもならない謀略工作の中心が従北勢力と連帯してきた第1野党(現在の新政治民主連合。以下「新政連」)である。国家安保を担う国家情報院の無力化に国会議席の40%以上を占める第1野党が積極的に加担したことで国政は麻痺した。国会が麻痺した理由は,2012年5月に国会法を改正して,憲法が規定した過半数の議決原則を無視して与野党が対立する法案は,60%の支持で通過するようにしたためだ。この「国会独裁」への道を開いた国会法改正を主導したのは,当時,セヌリ党の代表だった朴槿恵大統領自身だった。
 野党(現在の新政連)は,憲法裁判所によって反国家勢力と断罪され,2014年末に解散させられた統合進歩党(統進党)と選挙連帯(2012年の総選挙)をしたが,統進党が解散されるまでこの選挙連帯を解消しなかった。党代表的である文在寅は問題の選挙連帯を主導した人々を今も庇護している。
 いずれにせよ,朴槿恵大統領は金正恩第1書記と野党の挑戦に対して積極的に応戦しなかった。朴大統領は,自分の就任直前に核実験をし,サイバー攻撃を日常化し,核ミサイルの実戦配備を急ぐ北側に断固とした態度で対すべきだった。金正恩第1書記に核放棄を要求し,自分の選挙公約だった福祉政策路線を修正して国防費を大幅に増額する措置を取ったら,南北関係だけでなく,内政でも主導権が握れたはずだ。
 実は,朴大統領に対する支持率は不安定で,朴大統領を積極的に保衛する勢力もない。多くの保守・右派の人々が朴槿恵大統領の政治姿勢と政策路線について批判的だ。保守右派が朴槿恵候補に投票したのは,南北連邦制の実現を公言した文在寅の当選(=盧武鉉政権の延長)を阻止するためだった。彼らは自分たちの投票を「次悪の選択」と自嘲する。最悪を回避するため「次悪」を選択せざるを得なかったということだ。
 朴槿恵候補に投票した保守右派が望むことは,自由民主主義の価値の象徴である憲法と法治が毀損されたことを正常化することだった。朴大統領は,南北関係での主導権を握るためにも,平壌の肩を持つ国内の従北・左翼勢力を確実に制圧すべきだった。これが朴槿恵候補に投票した支持者たちの期待だった。これは難しいことでもなかった。壊れた国家紀綱の確立,法治を回復させることで十分だったはずだ。
 ところが,朴大統領は,憲法と法治を正常化,回復させる代わりに,政治的に反対側を抱擁する,一種の左右合作のような方式を選択した。「国民大統合委員会」を発足させた。極めて多様で,数多くの利害が衝突する現代社会で,法の他に国民を統合させられる別の政治的基準があり得るだろうか。そのため「法治」があるのではないか!とくに,(韓国にとっての)韓半島の統一とは,野蛮的暴圧体制である金氏王朝を消滅させて法治を拡大し自由を拡大することではないか。
 従北勢力の集中攻撃を受けた国家情報院の反撃が,平壌に呼応して暴力革命を目論んだ李基石議員のRO(革命組織)を内乱陰謀で起訴したことだ。しかし,国家情報院のこのような努力は政府と与党の全面支持を受けられなかった。朴槿恵大統領は従北,反国家勢力との全面対決を回避した。恐れたのかもしれない。

朴槿恵大統領の政治姿勢

 朴大統領の政治の特徴のひとつは,自分の支持者たちが望む政策をとらず,自分に反対する者たちの主張を受け入れる傾向があることだ。反対の意見を聞く姿勢を一概に悪いとは言えない。政治家・朴槿恵を観察してきた人々ならすでに感じただろうが,朴槿恵大統領は政治の目標を選挙での勝利と捉えて行動する自己中心の独特なスタイルを持っている。
 選挙での勝利戦略として,自分への支持層はいかなる場合にも自分を支持してくれるはずだから,自分に反対する者たちの要求を受け入れればそれだけ支持(票)が増えると信じているようだ。このような計算と行動が朴槿恵大統領を「選挙の女王」と呼ばれるようにしたのかも知れない。そのためか,大統領になる前から党の合理的な決定に反対する場合が多かった。彼女は自分のそういう習慣を原則と約束に対する尊重だと言ってきた。
 しかし,反対者の意見を傾聴するのと反対者の主張を受け入れることは違う。支持者たちの要求は無視して,反対者の要求は受け入れる朴槿恵大統領の姿勢は,核心的支持階層を疲れるようにし怒らせた。何よりも,もはやこれ以上選挙で審判されることがないにもかかわらず,大統領としての憲法上の責務より選挙運動をするように,支持率にこだわる政治スタイルが政権の安定性を損なっているのである。政敵たちと平壌側がこれを看破した。とくに体制変革(革命)を夢見る勢力は,朴大統領の政治スタイルを逆用し始めた。敵がすでに看破した戦術を繰り返し駆使すれば,その戦いで誰が有利だろうか。
 自由民主国家の最高指導者の責務は,国民を直接扶養することでない。そして,朴大統領は戦争時の国の最高司令官である。敵と対峙している国家の指導者の最優先責務はいうまでもなく安保である。そもそも安保なしで福祉は存在できない。
 金正恩第1書記は,南北関係において決定的優位に立つため核ミサイルの実戦配備にすべての資源を投入している。金正恩第1書記はSLBMの実験まで公開した。国家安保は長期的戦略的方策も重要だが,差し迫った物理的な脅威から国を守らなければならない。暴悪な金正恩第1書記の核ミサイルから国民と国家を保護するには,物理的な対応まで講じねばならない状況だ。そのために犠牲を払うのも辞さねばならない。
 もちろん,朴大統領も北核問題の深刻さを認識している。それで,北韓に対して最も影響力行使ができる中国に対して過度に期待する。だが,これは現実を無視した誤った対処である。中国は今まで大韓民国の安保に役立つ行動をしたことがない。歴史的に中国は,統一を妨害した交戦相手で,北韓の全体主義暴圧体制を庇護してきた。北韓核問題の解決をサボタージュし,韓半島に領土的野心を持っている。中国の戦略的目標は韓米同盟を破綻させることだ。
 朴槿恵大統領は中国の「戦勝節」行事に出席した後,中国と統一問題を協議していくことにしたと強調している。朴大統領のこの外交安保観は前述した支持者を無視する選挙戦略を見るような気がする。「平和統一」という名分を出して例の,親北左派が望む,敵(金正恩第1書記)と敵を庇護する共産党一党独裁の中国との信頼関係を優先させている。米国は同盟国だから,いかなる状況でも韓国を支持,支援と計算して...。
 朴大統領の中国に対する過度な密着は,韓国の外交安保に大きな負担をもたらしている。朴槿恵政権に対する中国側の覇権的な姿勢が目立つ。まず,韓半島の最大の懸案である北韓の核問題で,韓国は「北韓の非核化」を要求するが,中国はあくまでも「韓半島の非核化」を主張する。北韓の挑発に対しても「韓半島の緊張緩和」を強調して,韓国と韓米同盟の正当な対応を常に牽制してきた。
 また,看過できないのは,2013年6月の朴槿恵・習近平会談以来,サミット後に発表された共同発表文に登場する「両国は人文紐帯活動を強化する」という表現だ。共産党一党独裁全体主義体制と自由民主主義体制の間で「人文的紐帯(絆)」というものは一体何を意味するのか(注:人文的紐帯とは「中国との共通の価値の追求」という意味)。

残る任期は安保と法治に専念すべき

 朴大統領が残った任期でなすべきは何で,できることは何だろうか。任期5年の大統領ができることは事実多くない。自由民主政治での指導者たちの役割は個人の名誉のためではなく歴史を正しく繋いでいくものだから,そのための寄与が最も大事だ。そのためには限られた条件の中で何かに集中しなければならない。
 朴大統領は福祉と安保を同時に追求することはできない。政府が国民に普遍的福祉を提供できると信じて,福祉のため市場経済を犠牲にするとすべてが崩れる。「集中」は,結局は「選択」であり,選択は何を基準にするかだ。結論的に言えば,福祉はさておき,安保と法治を充実させよということだ。
 実は朴槿恵大統領は残る任期中,政局を主導することも思うままになり難い。大統領は今,与党と衝突している。実際に朴大統領は国会議員の数では与党内の多数派でない。朴大統領が法治回復と国家正常化に努力しなかったことの後遺症はすでに深刻だ。常識と原則が尊重されないからだ。与野党は,2016年4月に行われる総選挙で一般国民を相手に携帯電話の世論調査を通じて自党の公認候補を決める構えだ。政党の党員でない者が政党の公認候補を決定することは政党政治を否定することだ。
 朴大統領が望んだ「国民大統合」も今のようでは絶対不可能だ。それは今,韓国内で展開されている教育問題,特に「歴史戦争」を見れば分かる。高校の歴史教科書は現在採用されている検定教科書のすべてが「反韓国的」であるため,親たちが全国的に検認定制を廃止して国定化を要求する運動を展開している。
 元々国定だった高校の歴史教科書を検認定に変えたが教科書執筆陣を親北左翼が完全に掌握したため,昨年に検定過程を通過した8種の歴史教科書の中で韓国の現代史を客観的に記述した本は,1種(教学社出版)だけだった。問題はこの1種を全国の左翼が総動員して,一つの高校も採用しないように完全に封鎖した。
 1980年代から勢力を拡大してきた韓国の親北・反逆勢力が,「全教組」(全国教職員労働組合)を中心に公教育を掌握して,自由民主主義と自由市場経済を否定する教育をしてきた。これが韓国の「歴史戦争」の現状だ。歴史を支配する者は未来を支配する。今のところ,韓半島の統一に最大の障害がまさに歴史教育であろうと専門家たちは指摘する。
朴大統領は歴史認識と関連して,日本に対してだけでなく,中国の「東北工程」(歴史戦争)と中華帝国主義,平壌の金氏王朝の歴史捏造や洗脳に対応することがもっと急務であり,何よりも韓国の歴史教育を抜本的に直さねばならない。最も困難な課題が韓国内の従北勢力との「歴史戦争」である。
 公人の行跡は歴史に記録される。朴大統領は,大統領就任宣誓のとき自由民主主義の憲法守護を誓った。制度を作って運営するのは「人」である。来年の総選挙で仮に与党が60%以上の議席を得た場合,果たして法治と国家正常化は可能だろうか。
 北韓住民を解放する自由統一も,韓国が安保と法治を回復し,そして歴史戦争で勝利してこそ可能だ。朴槿恵大統領が残りの任期中でも韓米同盟の強化と法治回復に専念すれば,保守右派が大統領の成功のために全面的に協力する。
 韓国は建国後67年間,予期できなかった困難に直面しても前進してきた。韓国だけでなくどの国でも,国がダイナミックに変貌,発展するときは指導者のリーダーシップが最も重要な要素だ。朴槿恵大統領がこの点を謙虚に悟れば,任期の後半でも統一の基礎を築いた立派な大統領として記録される。10月中に訪米する朴槿恵大統領が韓米同盟の精神を復元して,過度に密着した韓中関係を是正する機会になることを切に望む。
(2015年10月2日,初出:「世界平和研究」2015年秋季号No.207)