比較憲法学・憲法変遷論から見た憲法改正の視点
―基本法制定による解釈改憲

小林宏晨 (日本大学名誉教授)

<梗概>

 保守勢力を中心に憲法改正の議論が繰り広げられてきたが,安倍首相もその信念に従って憲法改正について言及するも,世論の動向は憲法改正と反対とが拮抗する状況に大きな変化はなく,その道のりは容易ではないように見える。昨年政府は,集団的自衛権を一部認めて安保法制の整備を進めたが,そのやり方について一部の学者等から批判も出た。そこで比較憲法学や憲法変遷論の立場から,憲法改正についての現実を踏まえた視点を提示するとともに,あわせて基本法制定による解釈改憲に関しても述べたい。

はじめに

 私が集団的自衛権と取り組んだ時期は,防衛研修所の西岡朗氏を座長とする1983年の「自衛権」に関する共同研究においてであった。その成果が1987年発刊の『自衛権再考』(知識社)であった。前記共同研究から凡そ30年を経て,ようやく集団的自衛権の適用問題が政治の日程に上り,日本が国際法上この権利を有するのみならず,憲法上もこの権利を適用できるとする閣議決定にまでも到達した。同時に「憲法改正」も政治日程に上る時代ともなった。
 しかし私の推定からしても,これまで待ち望んできた「憲法改正」は容易なことではない。たとえ衆参両院定数の三分の二を獲得したとしても,これに続く国民投票で過半数を獲得することはさらに難しいと予測される。米国の占領政策の主要手段たる「war guilt information program =WGIP」(戦争についての罪悪感を日本人に植え付ける計画)の成果が極めて大きく,現在に至るまで日本人の圧倒的多数に大きな影を落としているからである。その影は,例えば政治家の靖国神社参拝へのマスコミの批判の中に表明されている。そこでは日教組と日弁連が未だにイデオロギー集団として大きな役割を演じている。
そこで本稿では,下記の諸項目について検討する(詳細は,拙稿「集団的自衛権と憲法の変遷論」『日本法学』第81巻第1号,2015年6月,参照)。
Ⅰ. 集団的自衛権を巡る国際法の諸問題
Ⅱ. 憲法変遷論を巡る諸問題
Ⅲ. 日本国憲法における憲法変遷
Ⅳ. 基本法制定を通した解釈改憲の方向付け

Ⅰ.集団的自衛権を巡る国際法の諸問題
 個別的・集団的自衛権(国連憲章第51条)についての検討の前に,国連の二つの原則について言及しなければならない。それは,諸国家間の「紛争の平和的解決義務」と「一般的武力禁止義務」である。

1.武力の一般的禁止義務及びその例外

 国連加盟諸国は,国際紛争の平和的解決義務(国連憲章第2条第3項)があるが,国連憲章第2条第4項により,その国際関係において,武力による威嚇,または武力行使をいかなる国の領土保全又は政治的独立に対するものも,また,国際連合の目的と両立しない他の如何なる方法によるものも,慎まなければならない。
 ところが武力の一般的禁止義務の例外として許容される武力行使は,一般国際法及び国連憲章第51条に基づく。国連憲章第51条は以下のように規定する。

「この憲章のいかなる規定も,国連加盟国に対して武力攻撃が発生した場合には,安全保障理事会が国際の平和及び安全の維持に必要な措置を採るまでの間,個別的又は集団的自衛の固有の権利を害するものではない。この自衛権の行使に当たって加盟国が執った措置は,直ちに安全保障理事会に報告しなければならない。また,この措置は,安全保障理事会が国際の平和及び安全の維持又は回復の為に必要と認める行動をいつでも採るこの憲章に基づく権能及び責任に対しては,いかなる影響も及ぼすものではない」。

 前記国連憲章第51条規定の特徴について若干説明する必要がある。
 その第一は,国連加盟国の個別的及び集団的自衛権が「固有の権利」(inherent right)もしくは「自然権」(droit naturel)と記述されている事実である。その意味するところは,全ての国連加盟諸国もしくは(スイス,ヴァチカン市国,台湾など非国連加盟国を含む)全ての主権国家は,適用可能な個別的・集団的正当防衛の自然権を有している事実である。
 その第二は,個別的・集団的自衛権が国連憲章第51条規定で初めて創設されたのではなく,既にそれ以前に一般国際法によって確立している事実である。
 つまり国連憲章第51条は,一般国際法によってすでに確立している権利を確認しているに過ぎない。そうでなければ,例えば,スイスはこの権利を持たず,武力攻撃の対象となった場合でも,他国に支援を求めることさえできないことになる。台湾も同様の立場に置かれることになる。
 なお,これに加え,国連憲章第53条及び第107条によるいわゆる「敵国条項」の問題が存在する。しかし敵国条項については,既に筆者が扱っているので,本稿での検討対象とはしない。

2.個別的自衛権

 自衛権は,あくまでも武力攻撃を前提とする武力反撃の権利である。武力攻撃は,国家によるものと国家によらないものに分類される。前者は通常の形態であり,後者は,一定の国家領域から発せられるが,必ずしもその国家から発せられない(例えば,テロ集団による)ものである。
(1)国家による武力攻撃に対応する自衛
 自衛を正当化する武力攻撃には,戦争に至らないものと戦争そのものとに分けられる。これらへの対応としての自衛の形態は自ずと異なる。
1)戦争に至らない武力攻撃
 戦争に至らない武力攻撃に対応する自衛の措置には,凡そ三つの性格付けが行われる。第一は「限定的対応」(On-the-spot reaction)」,第二は「防御的武力報復」(Defensive armed reprisals),第三は外国在住の自国民の保護である。
i)「限定的対応」(On-the-spot reaction)
 相手国の限定的武力攻撃に対しては,自衛としての対応措置も限定的でなければならない。国家による自衛としての対応措置も国連憲章第51条と慣習国際法によって規定される。このための用例としては,国境周辺の小規模武力紛争ならびに国際海峡における艦船間の武力衝突等が挙げられる。
 自衛として正当化される限定的反応に対しては,三つの条件との調和が要求されている。それらの条件とは,必要性(Necessity),比例適合性(Proportionality)及び即時性(Immediacy)である。即時性は,限定的対応の本質に内在し,武力反応が惹き起こされる軍事攻撃と時間的に組み合わされている。従って,即時性と必要性の判断は,地方レベルの司令官に委ねられている。比例適合性の意味するところは,武力攻撃とこれに対する反撃の「規模」と「効果」が類似的でなければならないことである。過剰反応は,許容される限定的反応の範囲を超える。
ii)「防御的武力報復」(Defensive armed reprisals)
 一般的に武力報復は,対象とされる国家の事前の不法行為がない場合には不法である様な対応措置を意味する。結局,武力報復は,戦争に至らない武力攻撃を前提とした限定的反応形態による自衛の措置である。
 国際法は,明らかに諸国家の実践の中で創設される。
 国連憲章発効以来,関係政治家たちが「報復」という用語の使用を回避したにもかかわらず,国連安保理の常任理事国を含めて,多くの諸国によって,防御的武力報復が遂行された記録がある。一例を挙げれば,1986年(米国人2名を含む多くの人々の死傷を発生させた)リビア政府の支援によるテロ攻撃への対応として米政府は,自衛権の行使として,リビアの複数の目標に対する空爆を遂行した。この空爆は実質的に防御的武力報復行為と見做される。
 国連安保理が再三にわたり武力報復を「国連の諸目標と諸原則に相容れない」として非難した事実はある。しかしこれらの諸決定の詳細な検討は,安保理事会が徐々に,「合理的」報復の部分的受け入れに動き出している事実を示している。この進展は,理論と実践における賛同を見出している。
iii)外国在住の自国民の保護
 A国の領土におけるB国民に対する武力行使は,多くの専門家がB国に対する武力攻撃と見做す。この場合,B国が適用する武力対応措置は,自衛措置と位置付けられる。そのための3条件は,既に指摘したように,必要性,比例適合性及び即時性である。
 ハンフリー・ワルドック卿は,外国在住の自国民保護のより良いコンテキストに合致する異なった表現を提示している。第1に,自国民傷害の急迫的脅威の存在,第2に,自国民を保護する領土主権者側の失敗あるいは不能,第3に,傷害から自国民を護る目的に厳格に限定された保護措置がこれである。
 国際的実践は,ある国が自国民を保護あるいは救済するために他国の領土で武力を行使し,これを自衛と訴える事件に満ちている。二,三の用例を挙げよう。
• 1964年自国民の救出を目的とするコンゴでのベルギー・アメリカ共同作戦。
• より疑問のあるケースは,1965年自国民保護を目的とするドミニカ共和国への米軍の上陸。
• 対立的論議のケースは1983年米軍の対グレナダ作戦。米政府は,グレナダのカオス的状況に鑑み,1千人に及ぶ(その大部分は医学生)自国民の保護を根拠とした。
この作戦をハンフリー卿の条件と一致させることは極めて困難である。問題視された中心事項は米国市民の避難完了後,グレナダ占領が数カ月続いた事実である。比例適合性の原則は,この種の如何なる侵害も当事国の主権への最小の侵害を以て可能な限り早期に終結することを要求している。
• ハンフリー卿の3つの条件を充足した最も明白な用例は,1976年のエンテベ空港における救出作戦であった。この作戦は,テロリストによってハイジャックされ,イディ・アミンの支配下のウガンダ政権の了承の下に,人質として留めおかれたフランス航空機内のイスラエル人及び他のユダヤ系旅客の救出に成功した。
2)戦争
 自衛行為としての戦争は,武力攻撃への対応における対抗措置の包括的適用を意味している。ある状況下において自衛権が戦争に訴える権利である事は疑いがない。換言するならば,自衛の強制行為が戦争という結果となり得るのだ。自衛の戦争のコンテキストの中で生じる顕著な問題は,必要性,比例適合性及び即時性の3条件の作戦に関わっている。
i)必要性
 個別的武力行使に続いて戦争が開始される場合,必要性が議論の対象となる。自衛する国家は,全面的敵対行為を開始する前に,紛争の合理的解決への到達が友好的方法で可能であるかについての確認義務を有する。
ii)比例適合性
 比例適合性の条件は,自衛戦争のコンテキストにおいて,特別の意味を持つ。一度戦争状態が発生すれば,戦争前の比例適合性の条件にも拘らず,自衛力の行使は,敵軍のせん滅を目指す。つまり戦争状態では,戦争に至るまでの比例適合性の原則が外される。
 自衛戦争への比例適合性原則の適用可能性のより良い理解は,核兵器の先行利用の法的分析によって容易にされよう。1996年の「核兵器の威嚇あるいは使用の合法性」に関する(11対3の)勧告意見の中で,国際司法裁判所は,以下のように述べた。
 「慣習国際法においても条約国際法においても,核兵器それ自体の威嚇と使用の包括的かつ一般的禁止は存在しない」。
 更に国際司法裁判所は,核兵器の使用が,一般国際人道法,とりわけ二つの主要原理,戦闘員(あるいは軍事目標)及び非戦闘員(あるいは民間目標)の区別,ならびに戦闘員に対する不必要な苦しみの禁止に照らして,違法であるか否かの問題と取り組んだ。
 核兵器のユニークな性格に鑑みて,裁判所は,この使用がこのような要求の尊重との一致は極めて困難であると考える。それにかかわらず裁判所は,このような使用が「あらゆる状況下の軍事紛争における適用可能な諸原理や法の支配と必然的に相容れない」との結論付けを決定的に否定した。
 裁判所の多数(7対7+裁判長の賛成)は,「国家の存続がかかっている自衛の極限状況下において」核兵器に頼る可能性を否定しなかった。
 更に裁判所は,その存続がかかっている自衛国家が通常兵器のみに限定している侵略国家に対して核兵器に訴えることが出来ると結論付ける。換言するならば,その存続が脅威にさらされている自衛国家は,侵略者の兵器との比例不適合にも拘らず,大量破壊兵器を使用できる。裁判所は特別に以下の見解を採る。
「比例適合原理は,それ自体あらゆる状況下における自衛に於いて,核兵器の使用を排除するものではない」。
当然のことに,核兵器(及び他の兵器)の標的の選択は,一般国際人道法の規定と一致しなければならない。
 結論として,戦争状態が発生すると共に,戦争状態に至る前の軍事攻撃とそれへの対応において適用された比例適合性の原理は外されることになる。
iii)即時性
 自衛戦争は原則的に,相手の個別的武力攻撃後,長い時間を経た後に遂行されてはならないとは言っても,この原則には二つの条件が付されている。
 第一に,自衛戦争は,武力攻撃後数分でも又数日後でも可能ではない。攻撃対象となっている国家は,平和から戦争へのシフトが即時には不可能である。前線の司令官と参謀本部との通信,しかも民主国家では,政府と議会との調整に応分の時間が必要である。
 第二に,このような状況下において,武力攻撃と自衛戦争間の間隙が長くとも,この遅延は状況によって正当化される。その間に,紛争の平和的解決が試みられれば,攻撃対象となった国家にとってはさらに有利に作用する。
 「湾岸戦争」では,イラクの対クエート武力攻撃開始後,対イラク軍事作戦が開始されるまで,ほぼ半年を要した。その間に,国連内部で多くの平和的解決の試みがなされた。自衛権を行使する国家の軍事作戦の正当な遅れの用例としては,更にイギリスとアルゼンチン間のフォークランド紛争(1982年)が挙げられる。

3.集団的自衛権

 国連憲章第51条に規定される集団的自衛の用語の把握は容易ではない。
(1)集団的自衛の意味
 ディンシュタイン(Joram Dinstein)は,自衛の4つの分類を提案する。つまり,i)個別的に行使される個別的自衛,ii)集団的に行使される個別的自衛,iii)個別的に行使される集団的自衛,iv)集団的に行使される集団的自衛,がこれである。
 以下,前記の分類に従って検討したい。
i)個別的に行使される個別的自衛
 第一の範疇は,最も直接的な遂行,つまり,A国がB国に対し武力攻撃を行い,これに対しB国が自衛の武力反撃を行うことである。
ii)集団的に行使される個別的自衛
 第二の範疇は,同一侵略国(A国)による複数の諸国(B・C・D国)に対する,同時か,あるいは逐次の武力攻撃に対する集団的反応に関わる。B国及びC国は,A国に対しそれぞれ個別的自衛措置を行使できる。B国及びC国は,例えば,その歴史的対立関係からして,相互の協働行為への意欲がない場合,個別的に自衛措置を講ずることになる。
 しかしながら,大がかりな武力攻撃が進行し,これに対応せざるを得ない場合,B,C両国は,過去の対立を忘れ,「敵の敵は味方」の原則に従い,軍事連合を形成し,個別的自衛を集団的に行使する事になる。つまり国連憲章第51条に規定される「集団的自衛」は,「集団的に行われる個別的自衛の複合の行為に他ならない」。
iii)個別的に行使される集団的自衛
 集団的自衛は,別の意味を有する。A国は,B国に対し武力攻撃を仕掛け,これに対し,C国は,A国の武力攻撃の対象となっていないにもかかわらず,B国を救済する為にA国への武力反撃を行う。国連憲章第51条は,疑いもなく,原則的に武力攻撃を受けた国の武力救済を国連加盟国に許している。慣習一般国際法もその例外ではない。
 例えば,日本の軍艦,飛行機,領土もしくは外国で日本国民が武力攻撃の対象となった場合に,米国が武力によって,攻撃国に対応する場合,あるいは米国の軍艦,飛行機,領土もしくは外国での米国民が武力攻撃の対象となった場合に,日本が武力によって,攻撃国に対応する場合,個別的に行使される集団的自衛となる。これには当然のことに,地域もしくは対象の事前限定を行うことが可能である。
iv)集団的に行使される集団的自衛
 第四の範疇は,集団的に遂行される集団的自衛である。二カ国あるいはそれ以上の国々(C国,D国,E国)がA国の武力攻撃の犠牲国(B国)の支援を共同で行うケースがこれである。問題は分析的観点からして,いったい武力攻撃の対象となっていなかったC国によって単独あるいは他の諸国(D国及びE国)と協働でB国の為に遂行された武力行使が適切に「自衛」と見做され得るか否かである。時にはこの構想に反対が提示されている。しかしこの種の諸国家集団の集団的自衛の存在を否定する説得的理由は存在しない。B国の安全と独立がC,D国の安全と独立にとって重要と見做される場合,A国の武力攻撃の排除を目的とするC国等によるB国への武力支援は,C国等の自衛措置と見做され得る。
 結論として言い得ることは,国連内部における集団安全保障システムが有効でない限り,集団的自衛が武力攻撃に対する唯一の保障を創設している。
(2)集団的自衛権の現象形態
集団的自衛は武力攻撃への無計画な対応として,自然発生的に行使されるか,あるいは潜在的武力攻撃に配慮した事前合意に基づいて計画的に行使される。法的にはこれらの双方が可能である。
 前者の用例としては,クエートに対するイラクの武力攻撃に対して国連安保理事会の承認を得た米国主導の軍事連合作戦が,後者の用例としては,北大西洋条約機構(NATO)と今はなきワルシャワ条約機構が挙げられる。
(3)集団的自衛権の法源
 1986年のニカラグア・ケースで国際司法裁判所は,集団的自衛権が国連憲章第51条においてばかりか,慣習国際法においても確立していると述べた。
 しかもそこでは小田判事が正当にも,その反対意見の中で,集団的自衛権が国連憲章以前の慣習の中で「固有の権利」(仏語droit naturel=自然権)であるとの構想が十分に評価されていないと批判している。
 筆者の観点からしても,集団的自衛権は,個別的自衛権と異なって国連憲章第51条によって初めて創設されたのではなく,既に国連憲章以前に確立していた主権国家の自然権(固有の権利)が,憲章第51条によって確認されたに過ぎないのだ。
 このための説得的用例はパリ不戦条約(1928年)前文で確認される。曰く,
「その相互関係における一切の変更は,平和的手段によりてのみこれを求むべく,又平和的にして秩序ある手続きの結果たるべきこと,及び今後戦争に訴えて国家の利益を増進せんとする署名国は,本条約の供与する利益を拒否せらるべきものなることを確信し・・・」
 前記の前文の意味するところは,この条約署名国がひとたび他の条約署名国に武力攻撃を開始した途端に,他の全ての条約署名国に,個別的であれ,あるいは集団的であれ,条約違反国に対する武力行使の権利が発生することになる。
 しかしながら,集団的自衛権は,国連以前の慣習国際法にまで遡及され得るか否かに関わりなく,なかんずく国際慣習法の統合要素を構成している事実に疑いをさしはさむ事はできない。従って,国際連合加盟国でない主権国家も加盟諸国と同様に,集団的自衛権を行使できるし,また同時にこの権利からする利益を享有できる。
(4)集団的自衛の法的制限
1)国連憲章の優先
 現在では武力攻撃は国連憲章違反とされている。しかも国連憲章第103条は,「国際連合加盟国のこの憲章に基づく義務と他のいずれかの国際協定に基づく義務とが抵触するときは,この憲章に基づく義務が優先する」と規定する。
 国連憲章第103条の解釈について争いがないわけではないが,国連憲章からする義務の優先的地位そのものについては争いがない。従って国連憲章がNATO条約と(今は存在しない)ワルシャワ条約を支配することになる。
2)武力攻撃の必要性
 ニカラグア・ケースにおいて国際司法裁判所は,諸国が国連憲章においても,あるいは慣習国際法においても,武力攻撃を構成する行為への対応以外に,集団的自衛で武力を行使する権利を有しないことを強調した。従って,C国は,集団的自衛を発動してA国に対して武力に訴える場合,B国に対してA国による武力攻撃が開始された事実を示さなければならない。
 国際司法裁判所は更に,国家が集団的自衛の権利を状況の自前評価に基づいて行使してはならないと命じている。先ずは武力攻撃の直接の犠牲国がこの種の攻撃の対象となった時点を形成し,且つ宣言しなければならない。これに加え,支援要請は,犠牲国によって行われなければならない。この種の要請が欠落している場合,第三国による集団的自衛は排除される。
 国際司法裁判所の前記の見解には,以下の諸根拠からして疑念が提示される。
 第一に,歴史的に,1938年3月ドイツによるオーストリアの軍事併合に対し,オーストリアは一切の抵抗を行わなかった。それでもなおドイツの軍事行動の違法性(具体的にはパリ不戦条約違反!)は排除できない。
 第二に,ある国は,パリ不戦条約に違反した場合,条約が提供する保護を享有できない。つまり,第三国は,条約違反国に対して武力反撃を遂行できる。
 第三に,集団的自衛権は,自衛のための一形態であり,その限りで,当事国は,第三国ではなく,集団的自衛の権利を行使する当事国である。
 第四に,国連の集団安全保障制度の不完全性故に,集団的自衛権に基づく補完制度が重要視されている現状で,いたずらにこの制度を制限する試みは,必ずしも成功しない。
 第五に,集団的自衛の権利は,あくまでも権利であって,相互軍事支援条約がない限り,当事諸国の義務とはならない。この権利の中核機能を麻痺させるほどの法的制限は望ましくない。
3)集団的自衛権行使の為の他の諸条件
 自衛権の行使に先立つ3要件 ,すなわち,必要性,比例適合性,即時性は,個別的自衛と同様に,集団的自衛にも適用要件とされる。このことは,ニカラグア・ケースにおいて,国際司法裁判所によって強調されている。
 更に,国連憲章第51条は,自衛権を行使する国家に対し,安全保障理事会に直ちに報告する義務を課している。この報告義務の確立の中で第51条は,個別的自衛と集団的自衛間の区別を行っていない。そのことは,自衛の措置に訴えるそれぞれの国家がこの種の報告を提出しなければならないとするニカラグア・ケースにおける判決から生ずる。

4.集団的自衛権の適用例:湾岸戦争・朝鮮戦争との比較において

 集団的自衛権の最も典型的な用例として挙げられるものが,1950年の朝鮮戦争とその40年後に勃発した1990年の湾岸戦争である。
以下朝鮮戦争との比較において湾岸戦争を検討しよう。
(1)朝鮮戦争
 朝鮮戦争は,1950年6月25日,中華人民共和国ではなく,中華民国(台湾)が国連代表であることをソ連が不満として,国連安全保障理事会をボイコットしている最中に勃発した。米国はこの間隙をぬって,ソ連抜きの4常任理事国(米,英,仏,中華民国)で,三つの安全保障理事会決議を成立させた。
1)1950年6月25日決議
 この決議において,安全保障理事会は,「大韓民国に対する北朝鮮軍による武力攻撃を非常な憂慮を以て」注目し,「この行為は,平和の破壊を構成している」と決定し,北朝鮮当局に対し,「敵対行為の即時停止と38度線までその兵力を撤退する事」を要請し,更に,「全ての国連加盟国に対し,この決議の執行において国際連合にあらゆる援助を与え,かつ北朝鮮当局への援助を慎む事」を要求している。
 ここで注目される点は,安保理事会が「武力攻撃」を指摘することによって暗黙裡に安保理事会の要請に応ずる加盟国の行動が国連憲章第51条(自衛権)下の行動となる可能性を前提とし,更にこの「武力攻撃」が「平和の破壊を構成する」と指摘することによって,暗黙裡に国連憲章第39条(安保理事会の任務)に従った行動となる可能性を前提としている。また「敵対行為の即時停止と,北朝鮮当局に対する,北緯38度線までの兵力の撤退」の要請は,国連憲章第40条の意味での「事態の悪化を防ぐ為の暫定措置」の要請であることが推定される。更に安保理機会の決議は,韓国が国連憲章第51条の意味での自衛権の適用下にあることを前提としており,安保理事会がこの条項(個別的・集団的自衛権)を国連の非加盟国(韓国は当時非加盟国!)にも適用できると解釈していることを示している。しかも「すべての加盟国に対し,この決議の執行において,国際連合に援助を与え,かつ北朝鮮当局への援助を慎む事」を要求することによって,暗黙裡に国連憲章第2条第5項の適用を前提としている。
 しかし,この決議のどの部分においても国連憲章第51条も第39条も第40条も又第2条第5項も明示的には規定されていない事が特徴となっている。
2)1950年6月27日決議
 この決議において,安保理事会は,前回の6月25日決議を指摘した後,「武力攻撃を撃退し,且つ,この地域における国際平和と安全を回復するに必要な程度,韓国に援助を提供することを国連加盟国に勧告」した。
 ここで注目される点は,北朝鮮の武力攻撃の撃退が国連加盟国に勧告されている事実である。つまりここでは,暗黙裡に国連憲章第51条の集団的自衛権の適用,つまり武力の行使が「勧告」されている。当然のことに,安保理事会の武力攻撃支援「勧告」は,「決定」ではないので,加盟国が国連憲章第25条もしくは第48条に従って公的に拘束されることはない。
3)1950年7月7日決議
 この決議において,安保理事会は,
第一に,武力攻撃に対して自衛する韓国を援助し,且つこの地域における国際の平和及び安全の回復のために与えられた迅速かつ積極的な支援を歓迎し,
第二に,前掲の安保理決議に従って,軍隊その他の援助を予定している全ての国連加盟国が,この軍隊およびその他の援助をアメリカの指揮下にある統合司令部に利用できるようにすることを勧告し,
第三に,米国にこれらの軍隊の為の司令官を任命することを要請し,
第四に,この統合司令部に対北朝鮮作戦に参加する多様な諸国の旗と並んで,その裁量に従って,国連旗を使用する権限を与え,
第五に,米国に,統合司令部下に遂行される行動に際し,報告を安保理事会に提出することを要請した。
 この決議で注目される点は,「武力攻撃に対して自衛する韓国を援助」するとの表現によって,より明確に国連憲章第51条の「集団的自衛権」の行使を加盟国に勧告している事実,ならびに北朝鮮に対して武力行使する軍の司令部に国連旗を使用する権限を与えている事実である。
4)対北朝鮮軍事行動は「国連」の行動に非ず
 対北朝鮮軍事行動が国連そのものの行動と看做す考えが浮上した。そのための論拠として,第一に,統合軍に国連旗の使用を認める安保理決議,第二に,1950年7月7日の安保理で議長が「この行為は,国連の行為である」と明示的に述べた事実が挙げられている。
 しかし結論として,朝鮮戦争におけるいわゆる「国連軍」は,国連憲章第51条の「集団的自衛権」を適用する行動を行う限り,形式的に国連の旗を掲げても,実質的には国連安保理の任務を遂行する「国連軍」とは言い得ない。つまり,安保理の勧告に応じた多国籍(同盟)軍ということになる。
(2)湾岸戦争
1)国連安保理決議:
1990年8月2日,力による現状変更を指向するサダム・フセイン支配下のイラク軍による対クエート侵略戦争(総合・包括的武力行使)が開始された数時間後に国連安保理事会は第1回目の660号決議を行った。そこで安保理事会は,イラクの侵入による国際の平和と安全の破壊の存在を確認し,国連憲章第39条(安保理事会の任務)と第40条(暫定措置)に従った行動を指摘し,かつイラク軍の即時無条件撤退を要求した。
その後,安保理事会は,次々に決議を積み重ね,終に1990年11月29日以下のような第12回目の第678号決議を公表した。
1)イラクが660決議及びその後の全ての諸決議を無条件に履行する。
2)イラクが前記諸決議を1991年1月15日までに完全に履行しない場合に,クエート(亡命)政府と協力する全ての加盟国に第660号決議とこれに続く全ての諸決議を有効化し,執行し,且つこの領域における国際平和と安全を回復するために必要なあらゆる手段を投入する権限を与える。
3)全ての関係当事国に対し,当決議の第2項と第3項に従って執られた措置について,安保理事会に定期的に報告することを要請する。
 これまでの対イラク安保理諸決議の特徴を要約するならば以下のようになる。
 安保理事会は,国連憲章第39条,第40条,第51条,第7章,一般国際法原則たるスチムスン・ドクトリン(武力併合の法的無効宣言)を指摘し,国連憲章第7章適用下における経済制裁の実効化目的での海上での(限定的武力行使を含む)必要な措置を執ることを国連加盟国に要請し,第4ジュネーヴ協定を含む人道国際法へのイラクの全面責任を指摘し,国連憲章第25条(決定の拘束力),第48条(加盟国の履行義務),第103条(憲章義務の優先),を指摘し,イラクに外交・領事関係に関するウィーン条約と国際法の順守を要求し,イラクによる人権侵害,損害の補償責任の追及を決定し,国際平和と安全の回復のための武力行使の正当化を明示的に指摘している。
 実際に,米国主導の多国籍軍は,1991年1月16/17日ミサイル攻撃及び空爆を開始し,2月28には,陸軍による攻撃を開始し,百時間以内にクエートの開放ばかりか,イラク領土の約15%を制圧した。1991年2月28日,米国のブッシュ政権は敵対行為の停止を一方的に宣言した。これを1991年3月2日の第686号安保理決議が追認し,更に1991年4月3日の第687号安保理決議が休戦条件をイラクに強いた。これらの休戦条件をイラクはしぶしぶ受け入れたが,結局イラクによる完全実行は行われなかった。
2)安保理決議の法的評価
第一に,前記の第678号安保理決議は,いわばイラクに対する期限を付した「最後通牒」と見做されると同時に,クエートを支援する加盟諸国に,イラクに対する武力行使の権限付与を行っている。つまり「必要なあらゆる手段」には,当然「武力攻撃手段」も含まれる。しかも「この領域における国際平和と安全を回復する」目標は,単に「クエートの軍事的解放」に留まらず,バグダッドを含むイラク全土の占領も法的に可能であった。
 第二に,米国主導のクエート支援同盟軍は,国連軍か否かという問いがある。これには否定的な回答が提示される。安保理事会は,どの時点においても対イラク戦闘目的で国連軍を設立しなかった。安保理が行った決議の主要事項は,イラクの対クエート武力攻撃が国際の平和と安全の破壊を意味(第660号決議)し,国連加盟諸国がイラクの武力攻撃対する国連憲章第51条による個別的・集団的自衛の自然権を有する事を確認(第661号決議)し,イラクが全ての決議を1991年1月15日までに完全に実行しない場合,クエート政府と協力する全ての加盟国に,第660号決議とこれに続くすべての諸決議を有効化し,且つ執行し,この領域における国際平和と安全を回復する為に必要なあらゆる手段を投入する権限を与えたこと(第678号決議)である。
 つまり,対イラク反撃同盟軍は,国連の集団安全保障を担保する国連軍ではなく,集団的自衛権の適用下に武力反撃の権限を付与あるいは正当化された国連加盟諸国の連合軍に他ならない。
 第三に,通常想定される時系列からすれば,個別的もしくは集団的自衛の固有の権利(自然権)に基づいて武力反撃を行う国家は,その行動の報告を安保理に報告し,安保理がこれについて事後に調査を開始する。しかし,湾岸戦争においては,米国主導の軍事同盟諸国が事前に,武力攻撃の犯罪国に対する集団的自衛権を行使する為の青信号の獲得を求め,これを獲得した。
 しかも安保理がひとたび集団的自衛権に基づく武力反撃の要請もしくは正当化を行った場合,これを制限あるいは中止させる決議は実質行い得ない。何故なら,この方向に関心を有する常任理事国(五大国)の一国が拒否権を発動し得るからである。
 背景は異なるが,類似的行動は,朝鮮戦争の場合にも成功裏に行われた。
 第四に,法的には,第660号安保理決議で,イラクの武力攻撃によって,国際の平和と安全が破壊されたとの確認のみで,既に集団的自衛権に基づく対イラク武力反撃が可能になった。しかも極論するならば,クエートに対するイラクの包括的・総合的武力攻撃の開始を以て,戦争事態が発生したので,個別的武力行使の開始から,徐々にエスカレートし,ついには戦争事態が発生すると言うプロセスが省略されたので,「比例適合性」の原則の適用も省略された。
 背景は異なっても,この点では朝鮮戦争のケースも湾岸戦争に酷似している。
 第五に,湾岸戦争における同盟軍の作戦遂行は,国連集団安全保障体制というよりは,寧ろ集団的自衛権遂行の表明であった。朝鮮戦争もこれに類似する。両戦争において,安保理事会は,国連の集団安全保障を強化する為に加盟国を法的に拘束する決議(国連憲章第41条及び第42条)を回避し,寧ろ集団的自衛権の行使(国連憲章第51条)を勧告・要請・正当化した。
 第六に,朝鮮戦争では,早期に切れ目なく軍事作戦が継続されていたに対し,湾岸戦争では,1990年8月2日に包括的軍事作戦を開始したイラク軍は,完全にクエート全土を占領し,この占領が既成事実として米国主導の連合軍が戦闘を開始するまでの1991年1月16/17日まで続いた。
 確かに自衛権適用の3要件としての,必要性,比例適合性及び即時性の中,イラクによるクエート軍事併合への強い意思表示,ならびに包括的軍事行動により,必要性と比例適合性の要件は満たされ,残るは依然として即時性の要件である。つまり,イラクの総合的軍事攻撃が開始された後約6カ月にわたって軍同盟諸国の武力反撃が開始されなかった。これは反撃側の事情による。つまり反撃側は,十分な軍事的準備を整え,更に国連安保理から集団的自衛権に基づく武力反撃の為の「錦の御旗」を得るために,約6カ月を費やしたのである。
第七に,朝鮮戦争では,全く偶然に,ソ連側の安保理ボイコット中に朝鮮戦争が勃発したので,国連安保理は,短期間中に残る4常任理事国で重要な三つの決議をする事が出来た。これに対し,ソ連と中国の力が相対的に脆弱化し,緊張緩和が開始されたとはいえ,両国を説得するための時間が必要とされた。
 結論として,湾岸戦争も朝鮮戦争も,国連集団安全保障とは異なる集団的自衛権行使の典型的形態と看做される。
Ⅱ.憲法の変遷論を巡る諸問題
 日本国憲法の平和主義は,その前文と第九条に基づいており,現在(2016 年)でも与野党を問わず,平和主義そのものに反対する政党は存在しない。しかも日本の憲法学者(学理解釈の担い手)の圧倒的多数は,憲法解釈の帰結として,日本の「非武装中立」を結論付け,更にその中の多数が憲法政策的に,憲法解釈上の「憲法変遷」にも,「憲法改正」にも反対している。
私の解釈的結論は,前記の双方と対立する。そのための第一の根拠は,国際法的に「非武装」と「中立」が相互に相容れない関係にある事実,第二の根拠は,「憲法の変遷」は,憲法学の中で,なかんずく原則的に,「憲法改正」の前段階として,重要な位置付がなされている事実である。
従って本節の目的は,憲法変遷の本質並びに日本国憲法第九条の「変遷」を検討対象にするところにある。
1.憲法変遷の本質
 人間の性格と同様に,憲法も二つの傾向を持つ。それは持続的傾向と変化の傾向である。
一方において,憲法理論によって憲法の持続的傾向が強調される場合には,その改正の難しさ(例えば,日本国憲法では,両議院定数の三分の二+国民投票での過半数の賛同,ドイツ基本法では,連邦両議院定数の三分の二の賛同)によって他の諸法律と区別される規範が憲法規範と表示される。
 他方において,全ての憲法に内在する変化の傾向は,不断に表明されている。憲法の変化的性格と状況依存性は,憲法が実定法規範の総体である限り,本質的なものである。従って,全ての実定法は,憲法を含めて,その本性からして変化するものであり,柔軟で,状況によって条件づけられ,歴史的で,従って,恒常的変遷下に置かれている。
2. 憲法と「事情変更の原則」(clausula rebus sic stantibus)
共同体における権力の構成と配分を目的とするすべての法規範(憲法)は,暗黙裡に,立法原理としての「事情変更の原則」の留保を前提としている。換言するならば,権力配分的規範は,これらの規範が発生した状況が本質的に変化せず,しかも法秩序の不可欠な部分として規範の背景にあり,規範と共に「意図していた」規範の「意義」が廃止を要求しない限り,有効であるという留保がこれである。
 事情変更の原則は,全ての憲法の不可欠な構成要件であり,如何なる憲法規定によっても排除され得ない。その意味でこの原則は,「契約順守(pacta sunt servanda)」の原則と同様の機能を有している。両者は,法制度の本質からして,実定化が行われない場合でも,直接適用可能な一般的法原則と見做されている。
3. 「事情変更原則」実現の三つの方法
 憲法における「事情変更の原則」は,三つの異なる方法で実行される。
 第一に,事情変更の要請は,憲法に規定される方式で,改正権限のある機関が憲法規範を改正,廃止もしくは補充する正式の憲法改正によって実現される。
 第二に,事情変更の要請は,革命もしくはクーデタによって,現行憲法の廃止もしくは新たな憲法の制定によって実現される。
事情変更を根拠として憲法改正が,暴力を平和的法創造に向けるが故に,国内法秩序の最高の任務である如く,事情変更の原則適用に「平和的移行(peaceful change)」の可能性を開くことが国際法の目標である平和秩序の維持に対する最高の手段と見做される。
第三に,事情変更の要請は,暗黙の憲法変遷(stiller Verfassungswandel)によって実現される。暗黙の憲法変遷とは,憲法の文面の変更無しに,実定憲法規範の意味を本質的に変更することである。
つまり憲法改正と憲法変遷と憲法違反は,明確に区別する必要がある。
 憲法改正は,憲法自体に規定されている方法で憲法条文を変えることである。憲法違反は,憲法の文面と意味に対する意識的違反行為である。これに対し,憲法変遷は,違法意識の介入しない,本来的憲法条文の文面の意味の変更である。また別の場合には,意味の変遷は意識されても,違法性は意識されない。この意味変遷の違法性の意識が憲法変遷を除外し,憲法違反を提示することになる。
 憲法変遷は,進化の一種として,正式の憲法改正と革命の中間に位置付けられ,憲法改正を先取りし,少なくとも一定期間革命を阻止する。
4.憲法変遷と憲法解釈
 憲法変遷は,表現手段として憲法解釈を利用する。憲法解釈は,先ず実現された暗黙の憲法変遷を確認する。憲法解釈は,憲法変遷において決定的な役割を果たし,先ず憲法変遷に正式の道を開き,変遷に実行の為の手段を与える。
つまり暗黙の憲法変遷は,解釈の下で,そして解釈を通して実現される。解釈利用の古典的例証は,米国憲法の歴史である。この拡大解釈(Broad interpretation)は,最短の,従って最も賢明な米国憲法の若さを保ち続けた。暗黙の憲法変遷の中で,米国憲法は不断に再生された。
5.憲法解釈の任務
憲法解釈は,憲法変遷における憲法に対する監視者の役割を担っており,憲法の発展を方向づける。その意味で,憲法解釈が憲法変遷において,法の倫理的なるものへの不可変な拘束を思い出させる限り,つまり憲法変遷における憲法の良心である限り,憲法によって招聘された保護者は,憲法解釈諸機関なのである。
6.憲法解釈の担い手―有権解釈と学理解釈(Authentische und wissenschaftliche Interpretation)
 憲法解釈の担い手は,その為に憲法によって招聘されている諸機関である。
憲法の解釈機関は最終的に裁判所であり,例えばドイツでは憲法裁判所である。従って憲法裁判所は,憲法変遷の本来的担い手であり,監視者であり,警告者であり,有権解釈(Authentische Interpretation)の主要な担い手である。
裁判官による解釈と並んで,政治家による解釈が現れる。法は,政治的なるものの機能であり,政治行動の結果である。政治は生成途上にある法である。現在の法規範の中に昨日の政治的要請と夢が実現される。そのことは,とりわけ憲法規範において妥当する。憲法は,政治家に行動の場を提供し,可能性と権力を与える。従って,政治家が行う全てが憲法解釈の一部なのである。政治家は,その意味で,憲法の保護者であり,有権解釈の先兵であり,個々の規範が政治目的を充足するだけではなく,その背景にある倫理的要請をも充足することに配慮することが憲法の保護者の義務であることを忘れてはならない。
 憲法の解釈に招聘されている者は,最後に法学者である。法学者による学理解釈(wissenschaftliche Interpretation)は,有権解釈に重要な資料を提供することによって影響力を行使する。法律の全ての解釈に妥当することは,とりわけ学理解釈にも妥当する。
学理解釈は,三つの段階で構成されている。
解釈の第一段階は,立法者の実際の意思の解明である。若干の法律においては,立法者が明快な意思を有していたか否かを問うこともある。
 解釈の第二段階において,立法者の意思の解明は,法律の意思の解明に高められ,検討される。その際法律の意思は,最早立法者の意思ではなく,立法者がかかる状況下において,如何なる意思を持たなければならなかったかということである。法律の意思のこのような解明と共に創造的解釈が生まれる。
 解釈の第三段階は,事情変更後の法律の意思の解明である。ここで法学は,過去の(ex tunc)法律の意思,つまり本来の法律の意思ではなく,今からの(ex nunc)法律の意思,つまり今と明日のために現在の法律の意思を問うのである。
 前記のどの段階においても法学は何らかの意味で憲法の保護者として現れるが,第三段階でその度合いが最も強い。何故なら,法学はここでその解釈によって,憲法変遷に道と方向を示すからである。
Ⅲ.日本国憲法における憲法変遷
1.憲法第九条の変遷
 周知の如く,日本国憲法は,占領下の異常状態の下で検閲を含む占領体制のさまざまな超憲法的制約の中で制定されたので,日本国民の憲法制定権力が行使されたと看做すには無理がある。日本国憲法は,日本国民の純粋な「憲法制定権力」の産物とは言い得ない。寧ろ米占領当局の意思が強く反映したいわゆる一種の「協約憲法」と見做される。
 わが国憲法の制定過程では,日本国民の政府と議会が占領当局による厳しい制約下に憲法制定行為を遂行したことからして,日本国民の憲法制定権力が自由な自決による正式な憲法制定行為を遂行したのではなく,言わば新憲法草案の形式的提案を行ったに過ぎない。従って,その行為からする国家の最高規範としての憲法の真の効力は,占領中には発揮されず,日本の独立まで,日本国民の憲法制定権力とアメリカ占領当局の双方によって留保されることとなった。
 つまり占領当局にとっては,日本国憲法もその下位にある諸法律も同様に占領当局の命令に従属する規範に過ぎなかった。その限りにおいて,占領当局にとっては,日本国憲法の突破(Verfassungsdurchbruch)も変遷(Verfassungswandel)も可能であった。
従って,占領下の憲法解釈も,独立するまでは,占領当局による不断の変更が留保されている過渡的性格のものに過ぎなかった。その辺の事情を考慮に入れないで,憲法が最高法規にあらざる占領時代の憲法解釈を,独立後に,無修正に全面的に取り入れた憲法解釈は,時には欠陥商品の誹りを免れ得ないことにもなったのである。
 占領時代の「協約憲法」の,とりわけ憲法第九条の解釈の中で,占領軍の政策に適応するものが軍隊保持の禁止を提唱する「多数説」であった。当然のことに,当時の占領政策は,日本の武装解除と非軍事化であった。しかも日本は,その主権が極度に制限された国家であり,自前の軍隊がなく,他国の軍隊に占領された状態にあった。
 確かに憲法第九条の「芦田修正」により,侵略以外の目的のためには軍隊の保持も可能であるとの解釈も可能になった事から,憲法第66条第2項(文民条項)の挿入が占領当局(というよりはむしろ中国及びソ連)から要求され,これが実現した事実があり,また文理解釈的には,軍隊の保持と不保持の双方が可能な状態にはあったが,しかし当時の外国軍の占領の現実と占領当局の非軍事化政策は,(たとえ侵略以外の目的であれ),軍隊の設立を可能にする解釈を許す環境ではなかった。つまり占領下の日本における憲法解釈では,ひとまず「主権国家の論理」が停止した状態にあった。当時の憲法学界の主流を自他共に許しいていた東大憲法学は,その意味でも,占領政策に合致した解釈を展開したのである。しかしこの解釈は占領下の現実に鑑みた憲法規範の説明ではあったが,あくまでも臨時の解釈であって,しかも主権国家を前提とする解釈ではなかった。
憲法解釈に際してとりわけ注目すべき点は占領期間中にわが国憲法第九条を裏付けとする平和主義の内容を決定的に方向づける重要な立法が行われた事実である。つまり占領期間中の朝鮮戦争勃発(1950年6月)を契機として,占領当局の勧告(実質は命令!)に従って制定された警察予備隊令である。これが基礎となって独立直後の1952年に保安庁法が,そして1954年に自衛隊法が制定された。つまり占領中に開始された「再軍備」の方向づけが独立後も踏襲されたのだ。正に前記の一連の規範制定行為の中に「憲法変遷」の事実が認められる。これらの一連の行為は,あくまでも行政・政府・議会が警察予備隊令,保安庁法,自衛隊法の憲法適合性を前提とした規範制定行為であった。
 しかも最高裁は,現在に至るまで,このような方向,とりわけ自衛隊の存在を違憲と見做さないどころか,日本国家の「無防備」,「無抵抗」を明確に否定している。
 つまり執行機関たる政府と立法機関たる議会の多数による有権解釈が自衛隊(軍隊)を合憲と解釈して現在に至る。つまり最高裁が自衛隊を違憲であると解釈するまでは,自衛隊の合憲性の推定が成り立つ。つまり有権解釈が「憲法の変遷」をもたらしたのである。
 1952年4月の対日講和条約発効によって,日本が国際法的に独立国家となった時点は,日本国民の憲法制定権力が自由な自決を行うことを可能にする好機であったが,米国の占領政策を裏付けとした,日本の左派勢力たる抽象的平和主義勢力が議会で憲法改正に対する拒否勢力として三分の一以上を占め,憲法制定権力の自由な自決を実質上不可能にした。
 しかも日本が独立した1952年4月から,提案された新憲法の真の最高法規たる憲法としての機能が開始するのである。国民の憲法制定権力の意思の表明としての日本国憲法は,国民の憲法制定権力の継続的意思として,憲法解釈の対象となったのだ。
 しかし有権解釈に資料を提供する立場にある学理解釈の多数派は,主権国家となった日本の現実を受け入れず,占領時代の解釈を執拗に維持し続けたのである。なお「多数派」とは言っても,東大法学部が当時も,そして現在も最大多数の憲法学者を育成した事実があるだけであって,これが必ずしも多数派の論理の正しさを証明するものではないのは自明のことであるが。
 なお,これまでの最高裁判所の判例を見ると,非常に政治的な事案を扱う場合は,その内容に大きな齟齬がない限り,砂川判決(1959年)に見られるように,最高裁判所は「統治行為論」を展開しており,今後もこの方向性にあると考えられる。
Ⅳ. 基本法制定を通した解釈改憲の方向付け
 すでに指摘したように,日本の現状を鑑みるならば,憲法の改正が必要なことは論を待たない。しかし,これには極めて高いリスクが伴う。従って,この「憲法改正」のリスクへの対案として,「憲法改正」の可能性を留保しながらも,事前に「憲法変遷」論を可能最大限適用し,これに基づいて一連の重要な「基本法」(例えば,非常事態基本法,地球環境保全基本法,原子力平和利用基本法,生態維持基本法等々)の制定を提唱したい。その際には当然のことに,現行憲法の諸条項との整合性の確認が不可欠である。
 既に指摘したように,今般の閣議決定による新たな政府解釈は,集団的自衛権の適用可能性を限定的に容認することによって,慣習一般国際法と国連憲章に近づいた。
 このような解釈を左派勢力は,自衛隊が海外で戦争を行い,日本が戦争に巻き込まれることになるとの宣伝を強化している。この主張は既に1960年の岸内閣時代の安保改正過程で見られたもので,旧い主張の焼き直しに過ぎない。この種の主張には,通常伝統的な「抑止論」が対置されている。これに更に伝統的な格言「平和を望むなら,戦争に備えよ(si vis pacem, para bellum)」もつけ加えられる。
 換言するならば,かつて筆者の知人の元ドイツの連邦軍総監が述べたように,「連邦軍は,戦争を強いられることがないために,戦争できる状態を維持し続けなければならない」ということになろう。集団的自衛権の適用可能性の容認は,前記の伝統的な知恵と密接に関連している。その意味からして,日本の左派系メディアの主張は,日本ばかりか,世界の非常識の典型と見做されよう。
 近い将来,日本の政府及び議会の任務は,この閣議決定を明快な形で,非常事態基本法の中に挿入するところにあろう。「自然は飛躍しない(natura non facit saltum)」のであるから,日本も,普通の国家として,積極的に平和に関与することが不可欠である。
(2016年5月11日,IPP/PWPA主催「政策研究会」における発題を整理した)
プロフィール こばやし・ひろあき
1937年秋田県生まれ。上智大学,ヴュルツブルグ大学,ジュネーヴ大学,パリ大学でドイツ語,哲学,政治学,法学を学ぶ。専門は,比較憲法,国際法。77年上智大学教授,86年日本大学法学部教授。2007年4月,秋田県上小阿仁村村長選挙に出馬し当選。比較憲法学会理事長,防衛法学会理事など歴任。現在,日本大学名誉教授。主な著書に,『東西体制比較』『良心の自由と国家』『ドイツ憲法における「戦争」と「防衛」』『自衛権再考』など多数。