中国・朝鮮族の位相と北朝鮮とのつながり

権寧俊 (新潟県立大学教授)

<梗概>

 朝鮮民族は東アジアの各地(朝鮮半島を除く)にディアスポラの民として暮らしているが,なかでも中国・東北部には現在183万人あまりの朝鮮族が居住している。彼らがそこに住むようになった歴史的経緯と人的つながりをみると,現在の北朝鮮とも関係が深いだけに,その動向は今後の北朝鮮情勢を考える上で無視できない存在とも言える。そこで本稿ではその朝鮮族の現況と北朝鮮との関係について考察する。

1.中国・東北部の朝鮮族

(1)歴史的経緯
 少し前までは中国・東北部に住む朝鮮族は約192万人(2000年)といわれていたが,現在では約183万人(2010年)となり,今後も減少傾向が続くと見られる。その背景には,近年,韓国や日本など海外に朝鮮族が移動しつつあるという「再移動の時期」を迎えていることがある。
 まず朝鮮族が中国・東北部に住むようになった歴史的経緯を見てみよう。
 朝鮮民族はもともと(モンゴル民族のように)移動する遊牧民ではなく,農耕民が大半を占めていた。農耕民は基本的に土地に定着して生活しており,容易に自分の土地を離れることはしない。それにもかかわらず,日本の植民地時代に相当数の人々が東北部に移動したことを考えると,やはり日本の植民地政策と関係があったといわざるを得ない。
 清朝時代の東北部(満洲)は,清朝が満洲族の「発祥の地」として漢民族の移入を禁止したために,人口希薄地域であった。19世紀後半に朝鮮では大凶作などが起きて農村が疲弊し土地を離れる農民が出始めると,彼らは豆満江を越えて満洲に入り,そこで農業や採集生活をしながら定着するようになった(なお,1860年には満洲への移民禁止が撤廃された)。ちなみに,朝鮮では豆満江を越えた朝鮮人居住地を「北間島」,鴨緑江を越えたところを「西間島」とそれぞれ呼んでいる。
 その後20世紀に入り,朝鮮半島が日本に併合されると,その統治に反発して多くの朝鮮農民が満洲に流入するようになった。さらに1932年「満洲国」が成立すると,日本の移民政策も手伝って,新天地を求めて満洲国にわたる朝鮮の人々もいた。こうして日本統治時代に,間島地域のみならず沿海州や東北部の全域にわたって朝鮮の人々が流入するようになったのである。
 20世紀初頭の満洲には約10万人の朝鮮民族がいたといわれるが,「満洲国」時代には少なくとも160万~200万人ほどに膨れ上がっていた。しかし1945年の日本の敗戦,そして南北朝鮮の独立,朝鮮戦争の勃発という激変する政治情勢の過程を経て,その半数は朝鮮半島に戻るものの,残り100万人余りは東北部に居残ることになった。

(2)中国支配下での朝鮮族
 中国・東北部に残った100万人余りの朝鮮民族は,戦前は日本の強い影響下にあった「満洲国」の人民であり,日本の臣民であった。その中には日本の支配に対して激しく抗日運動を展開した人々もいたが,大半の人々は(日本の強い影響下の)「日本の臣民」として暮らしていたので,中国側からは「敵性民族」と見られていた。日本の敗戦によって戦後の朝鮮民族は,日本というレッテルはなくなったものの,中国の支配する地域で安心して暮らすために「敵性民族」というレッテル(汚名)を払うべく,国共内戦時代から中国共産党側に協力する姿勢を鮮明にした。
 その後,1949年に中華人民共和国が成立すると,中国共産党は1952年,民族区域自治実施要綱を発表し,55の国内少数民族に自治権を付与した。これによって吉林省南部に「延辺朝鮮族自治区」が誕生,55年には「延辺朝鮮族自治州」と改名された。延吉には,朝鮮族のための高等教育機関である延辺大学も設置された。
 中華人民共和国が成立する前に朝鮮半島では,1948年南北に二つの国が成立した。東北部に残った朝鮮族の人々は中国共産党側に協力した経緯があったために,戦後,朝鮮半島に成立した南北の国に対しては主として北朝鮮を支持する立場となった。
中華人民共和国は,朝鮮族に対して中国公民(中国籍)の資格を与えたが,そのとき区分けをした。一つには1948年に北朝鮮が成立したときに北朝鮮国籍をとり中国に居住している朝鮮人は「朝鮮僑民」とし,北朝鮮の国籍者ではない大半の人は「中国公民」(中国籍)とした。多くの朝鮮族は中国公民になったとはいえ,まだ中国内に定着する過程において肩身の狭い立場であったから(自分たちの地位や生活の保障のためにも),朝鮮戦争においては積極的に人民解放軍として参戦した。そうした彼らの努力もあって,朝鮮戦争中の1952年に「朝鮮自治区」として認められたのであった。
 このような経緯もあって朝鮮族は,中国の55の少数民族の中でも,中国政府に協力的な「優等生」である。よくメディアでも報じられるウィグル族やチベット族のような抵抗運動はほとんど見られず,朝鮮族は政府の方針に従うだけではなく,さらに積極的に協力する姿勢すら見せている。

(3)朝鮮族の現況
 朝鮮族の人口は,戦後100万人くらいから人口が急激に増えて192万人余りまでになった。この間,彼らは言葉(民族語の朝鮮語)を中心とする民族教育に力を入れてきた。言語教育については,東北部に移住した朝鮮族の多くが朝鮮半島北部出身者だったことや,その後の政治的な関係もあって,言葉はピョンヤンの標準語(朝鮮語)を採用した。
 韓国人を含めた朝鮮社会の歴史・伝統を見ても分かるように,朝鮮族は学歴志向の社会で教育レベルが高い。漢民族を含めて中国の民族の中でも一番高学歴社会を形成している。しかも朝鮮語・中国語・日本語の3カ国語が使える外国語能力の高い人材も多く,その言語力を利用して社会に進出し安定的な職場に就く傾向が見られる。そして東北部には,日本や韓国から進出した企業が多く,そこに就職して活躍する朝鮮族も少なくない。とくに延辺地区では,文化大革命後に日本語ブームが起きて各学校において第一外国語として日本語を選択した学生が多かったこともあった。
 延吉市には,朝鮮族のための高等教育機関である延辺大学があり,多くの朝鮮族の若者が学んでいるが,近年はさらにレベルの高い大学を目指して受験する傾向が顕著になり,北京大学や清華大学,中には米国や日本の有名大学に進学する人も増えている。そのため,以前は延辺大学の約70%が朝鮮族で占められていたが,現在では漢族が大半を占めるようになった。
 そうした変化に伴い大学を終えて再び故郷に戻ってくる朝鮮族の若者が減って,優秀な人材が延辺地区から流出するようになった。残念なことだが,延辺地区にはこれといった有力な産業がないこともその一因である。一方,北京や上海など大都市に流れ込んで,そこの朝鮮族の人口は増えている。そのような人口移動の結果,延辺地区では60年代に70%を占めていた朝鮮族の割合が,現在では38%まで低下して,朝鮮族の民族自治州といえるのかといった声も聞こえてくるほどである。
 近年の朝鮮族の移動の動態を見ると,中国国内の大都市や沿海州地域に約20万人が移住したほか,韓国に在住する人が約70万人もいる(2015年現在,韓国国籍取得者を含む)。そのほか,日本や米国,ロシアなどにも移住し,全体では約100万人が出て行った。以前は単身で出て行く人が多かったが,今では家族で移住するパターンも増えている。
 ところで中国では,少数民族を例外として長年一人っ子政策を取ってきたが,実はこれをきちんと守ったのが朝鮮族であった。それは朝鮮族が学歴志向社会のために子どもを少なく生んで高い教育投資をするという傾向が強かったためであった。それも朝鮮族人口減少の要因の一つとなっている。

2.北朝鮮と朝鮮族とのつながり

 中華人民共和国成立以前,北朝鮮と中国との間には正式な国境線はなく,せいぜい鴨緑江や豆満江などの川がその役割を果たす程度であった。そのため中国に居住する朝鮮族の中には北朝鮮の親戚を自由に訪問し,北朝鮮の学校に通う人もいた。それほど交流が密接だった。しかし中華人民共和国成立以後は,正式な国境線が引かれたために,往来が制限されるようになった。とは言っても両国は「血の友誼」という同盟関係にあるために,朝鮮族が両国をまたいで出入りするのは比較的容易なことであった。
 文化大革命のころは中国内の迫害を避けて北朝鮮に逃げた朝鮮族が少なくなかったが,現在では逆の流れとなり,北朝鮮から中国へと脱北しているような状況である。そのような協力関係を支えているのは,ブローカーによる斡旋もあるが,ほとんどが朝鮮族のネットワークを通じてだ。
 貿易面で見ると,2013年9月,習近平国家主席はシルクロード経済圏構想を提示し,その後,10月に「21世紀海上シルクロード」建設を提議した。いわゆる一帯一路政策の公表だ。一帯一路は,中国主導でアジア,中東,欧州にまたがる地域のつながりを強め,各国の経済発展を促す構想である。もともと同構想に含まれる都市リストには延辺の琿春市も含まれていたが,最近北朝鮮との関係が悪化したことから琿春市がはずされるようになったという(2017年3月琿春市関係者とのインタビュー)。北朝鮮の問題が延辺経済にも影響されているのである。
 北朝鮮から東北部への主要輸出品として海産物がある。中国から北朝鮮への輸出品は石油,焦炭,穀物,電器,部品,機械類,鋼鉄,発動機,プラスチックなどであるが,北朝鮮からの輸入品は海産品,鉱産品,無煙炭,鉄鉱石などである。特に東北部は海に面していないために,北朝鮮から多くの海産物を輸入している。それは北朝鮮にとって大きな外貨収入の手段になっているが,最近の経済制裁によって厳しい状況も生まれつつある。
 2017年3月に延辺地区を訪ねたとき,町の市場には海産物が溢れていた。店の主人に聞いてみるとほとんどが北朝鮮産だという。正式なルートからの輸入ではなく,密輸入によるものもあるらしい。しかし8月以降は密輸入のルートも断たれつつあった。やはり中国との貿易が断絶された場合には影響が大きく,次第に孤立化を深めているようである。
 一方ロシアとの関係では,ウラジオストクなど沿海州地域には「高麗人」と呼ばれる朝鮮民族が住んでいる。もともと19世紀後半に飢饉などのために朝鮮半島北部より中国東北部だけではなくロシア沿海州にも移住した朝鮮民族がいた。彼らは当時沿海州の人口の20%を占めていたといわれる。20世紀に入り,日本の大陸進出に伴い,日本と中国・ソ連との間に緊張関係が高まると,ロシア沿海州に住む高麗人住民が日本のスパイを働いているのではないかとスターリンから疑われ,1930年代に18万人余りが中央アジアに強制移住させられた。その後,ソ連が崩壊して中央アジアなどから沿海州や韓国に戻る人々も出てきた。ちなにみ,韓国の光州には高麗人村と呼ばれるところがあり,彼らは高麗人と呼ばれている。
 このような歴史的経緯もあって,ロシアは彼らを通して北朝鮮と貿易をしている。

3.北朝鮮とのかかわり

(1)朝鮮族の戦略的位置
朝鮮半島の南北統一,すなわち韓国と北朝鮮がどのように統合するのかを考えるときに,そのヒントが朝鮮族にある。中国の少数民族政策は,排除の論理ではなく「優遇政策」を採っている面も多い(特に朝鮮族)。それにならって韓国も北朝鮮と統一するときには,力による統合ではなく,抱きこむようなやり方で統一を進めるのがいいのではないかと思う。
 これまで北朝鮮と韓国は対立していて相互交流は非常に少なかった。朝鮮族は,文化大革命以降,改革開放政策の中で,北朝鮮とはさまざまな交流が行っていた。南北統一に向けては,そうしたルートをうまく活かしていくことが重要ではないか。
 ソ連崩壊後,資本主義経済が北朝鮮にも導入されて,北朝鮮は社会主義国家を標榜しながらもかなり資本主義市場経済的なしくみが見られるようになった。それによって北朝鮮の人々にも資本主義経済のマインドが身につくようになると,いままで国が食べさせてくれるという(社会主義的発想の)時代から,自分自身でがんばって生きるという意識が形成されていくに違いない。それは逆に,金正恩体制には(非社会主義的現象として)かなり危険なものになる可能性がある。
 金正一時代の前半までは,世界が社会主義陣営と資本主義陣営とに分かれて対立する冷戦時代であったために,敵がはっきりしていたので自国の体制固めがしやすかった。しかし冷戦時代が終わり,北朝鮮にも資本主義市場経済のしくみが入り込むようになると,体制への影響を憂慮してかなり危機感をもつようになっている。

(2)アメとムチ
 面子を重んじる朝鮮民族の国である北朝鮮は,交渉の話し合いの場で簡単に頭を下げることはしない。むしろ韓国よりも北朝鮮の方が儒教的な性格が強いので,北朝鮮の顔を立てて交渉を進めなければならない。そこに対北朝鮮交渉の難しさがある。
 北朝鮮に対してこれまで「太陽政策」で多くのものを与えてきたが,ただ与えるだけでは変わらない。逆にうまく利用されてしまうだけである。アメとムチをうまく使い分けることが重要である。それとともに米韓はもっと中国との関係をしっかりやることが大切ではないか。中国が北朝鮮の背後にあってうまく関与しているために,国際社会は北朝鮮をなかなかコントロールできないでいる。中国をこちら側にいかに引き込むことができるかがポイントである。中国もおいそれとは北朝鮮を手放さないだろうが,中国が変わらない限り,朝鮮半島情勢は変わらないことも現実である。

4.朝鮮族の今後

 中国は鄧小平による改革開放政策を展開して以降,沿海部を中心に(先富論に従って)経済を発展させ全国展開させようとしてきた。しかし東北部はむしろ経済状態は非常に厳しい現実に置かれている。朝鮮族の多く住む延辺地区はこれといった産業がほとんどない中で,今後は消費都市としての発展戦略を考えている。
 朝鮮族は,韓国など外国に出稼ぎに行く人も多く,彼らからの送金もある上,中には海外で稼いだ資金を元手に延辺に戻って飲食店などの商売を始めるケースも少なくない。この地域はもともと農村地域であったが,いまではビルが立って都市化が進み物価水準も北京並で,商業化が進展している。
 また延吉朝陽川国際空港には韓国から毎日飛行機が往来しており,ほぼ満席状態である。韓国からの観光客が非常に多い。中国東北部で一番大きな空港は,ハルビン,長春,瀋陽などの空港であるが,それらの空港の旅客数と比較してみると,2016年の延吉空港の旅客数は148万人(国際線は68万人)で瀋陽の次であった。ちなみに,上記空港の旅客数は瀋陽が156万人,大連が142万人,ハルビンは69万人であった。人口構造からみると,瀋陽は730万人,大連が700万人,ハルビンは1000万人で,延吉(朝鮮族自治州)は210万人である。それほど延辺には観光客が多く訪れており,観光業が非常に盛んな地域である。
 この地域は抗日運動の遺跡も多いので,歴史探訪の好きな韓国人には人気スポットになっている。また近くに白頭山があるが,この山は韓国人にとっては日本の富士山と同じように,朝鮮民族の魂であり崇敬しているために観光に出かける人が多い。韓国人にとって満洲や遼東半島方面は,古代から自分たちのホームランドという潜在的な意識もある。それだけに朝鮮半島の南北統一後には,観光面の関係にとどまらず中国との間で領土問題が再燃する可能性もある。
(2017年12月16日)
(初出『世界平和研究』2018年春季号,No.217)